幼女は粘土遊びを覚えました
仕掛けたのはミストラルだった。土埃をあげて突進し、漆黒の片手棍を振り下ろす。
迎え撃つジルドさんは、曲刀を横に構えて防御態勢。
だけど、まともに受けたら曲刀が折れちゃうんじゃない!?
片手棍と曲刀が交差する。
ミストラルさん、手加減してあげてーっ!
それは、ジルドさんの大切な曲刀なんですよっ。
はっ、と見守る僕たちの前で。
ジルドさんの身体が流れた。
ゆるり、とミストラルの力を難なく受け流したジルドさんは、そのまま滑らかな動きで反転し、攻勢に移る。片手棍を受け流した緩やかな動きとは違い、鋭い
銀色の刃の残像が、美しい
ミストラルは流れた体勢を立て直し、片手棍で曲刀を弾こうとする。だけど、曲刀は片手棍の表面をなぞるように動き、火花どころか激しい衝撃音さえ生まない。
ミストラルはジルドさんの柔らかい動きに戸惑いつつも、片手棍を縦横無尽に繰り出す。
漆黒の軌跡と、銀色の残像が何度も交わる。
ミストラルは片手で、自在に片手棍を振り回す。手首を返し、小さな半径で曲刀を弾こうとする。ジルドさんは流れる動きでその一撃を
ミストラルは、受け流されてもジルドさんの動きをしっかりと捉えて、反撃を
力任せじゃないよ。ああして振るう片手棍のなかにも、軸の移動や相手を誘う罠、力点の流れなど巧みな技は隠されている。
傍から冷静に観戦することで、ミストラルの卓越した技量を改めて確認することができた。
ゆらり、ゆらり、とジルドさんの身体が揺れる。猛烈な勢いの片手棍を右に左に受け流し、ミストラルに肉薄するジルドさん。
ミストラルは懐に入られないように距離を取ろうとする。と思いきや、反撃に転じる。
ミストラルの蹴りを、しかしジルドさんは変わらず流れる動きで躱すと、ミストラルに迫った。
なんだろう。
ジルドさんの動きは、相手の力を上手く受け流し、滑らかな体捌きのなかで曲刀を繰り出す技みたいなんだけど、僕の竜剣舞とはまた違った
舞っているわけじゃない。それなのに、ひとつひとつの動きが連動していて、しかも相手の苛烈な猛攻をいとも簡単に受け流す。
僕との試練のときには見せなかった戦い方だね。
あれからジルドさんが身につけた技ではないと思う。
ということは、試練のときには手加減されていたんだろうね。
巧みな緩急をつけたジルドさんの攻撃を、ミストラルは片手棍で捌く。そうしながら、隙があれば反撃を繰り出す。
ミストラルが片手棍を振るうたびに衝撃波が振りまかれていた。
だけど、爆裂音は一切響かない。ジルドさんが巧みに攻撃を受け流しているからだね。
竜姫ミストラルの攻撃をああまで完璧に受け切るなんて。
ジルドさんの剣技に、ついつい見入ってしまっていた。
ちなみに衝撃波は、離れて遊んでいるプリシアちゃんやニーミアたちの方へも飛んで行った。だけど幼女組は気にすることなく、楽しそうに遊んでいる。
ニーミアが防いでくれているんだね。
ミストラルが生み出す衝撃波を防ぎながら遊ぶだなんて、さすがはニーミアです。
「にゃあ」
それにしても、ジルドさんの動きはなんだろう。
舞とは違う。だけど、なにかしらの型があるようにも見えない。まるで、ミストラルの動きに合わせて自在に剣戟を繰り出し、身体が自然に流れているように思えるよう。
「噂に聞いたことがあります。
「流水?」
セリースちゃんも、眼前で繰り広げられる高度な手合わせに見入っていた。
「はい。リステアから聞いたことがあります。緩やかな小川の流れのように相手の動きを受け流し、急流が岩肌を削るように苛烈に反撃する。水は時と場合で自在にその性質を変えるように、自身を水に見立てて戦う、とても高等な技なのだとか」
「水の流れか……」
言われてみれば、確かにジルドさんの動きはミストラルの動きに合わせて変幻自在にその様相を変化させていた。
そういえば、ジルドさんは竜術も巧みに操っていたっけ。とても器用な人なのかもしれない。
というか、僕も手合わせしてみたいです!
竜剣舞は、連続した動きと絶え間ない手数、二本の剣だけではなくて脚や身体全体を使って相手をこちらの舞に巻き込み、相対者を一緒に舞う者と見立てる剣術。つまり、こちらの掌で相手を踊らせることで、有利に戦いを持っていくものなんだよね。
それにひきかえ、ジルドさんは流れる水のような動きで自在に相手の動きに合わせながら、逆に川に浮かぶ流木のように相手を自分の技へと引き込む。
いったい、どっちが主導権を握って戦えるのか。
とてもとても興味があります。
「こらっ、あなた達。ちゃんと瞑想をしなさい」
すると、ミストラルが手を止めてこちらを呆れた様子で見つめてきた。
どうやら、僕とセリースちゃんだけじゃなくて、他のみんなも二人の戦いに見入っていたみたいだね。
「そんなことを言われましても、目の前でこれほどの戦いをされては……」
「全然集中できませんわ」
「どういう状況であれ、集中して瞑想ができるようになりなさい」
「無理だわ。だって、先達者のエルネア君でさえ瞑想をしていないもの」
「無理だわ。だって、熟練したエルネア君だって見惚れていたもの」
うむむ。僕も瞑想を忘れて見ていたからね。他のみんなのことは言えません。
ミストラルは、やれやれと肩を落としてジルドさんとの手合わせを終了した。
結局、二人の戦いは引き分けに終わった。
……というか、ミストラルと引き分ける人を、初めて見たような気がします!
お互いに派手な竜術や周りに大きな影響が及ぶような技は繰り出していなかったけど。それでも、ミストラルと互角に戦えるおじいちゃんは只者ではない。
僕なんて、未だにミストラルから一本も奪えたことがないのに。元八大竜王ジルドさんの底力を、改めて認識させてくれる手合わせだった。
「たしか、奥様が使われていた技でしたでしょうか?」
「久々に使ったが、儂には荷が重い。ミストラルさんが手加減してくれて助かったよ」
「いえ、手加減など。エルネアやルイセイネと戦う時とはまた違った難しさに、戸惑って苦戦しました」
「竜姫にそう言ってもらえると、あいつもきっと喜ぶだろうさ」
たしか、ジルドさんの持つ美しい曲刀は、奥さんの忘れ形見なんだよね。
奥さんは人族だったので、長命なジルドさんを残して先に女神様のもとへと旅立っちゃったんだ。
ジルドさんは大切そうに、曲刀を鞘に戻していた。
「さあ、あなた達はきちんと瞑想をしなさい」
「駄目よ。ミストもだわ」
「駄目よ。みんなでだわ」
ということで、改めてみんなで瞑想をすることになった。
仕方がない、とミストラルは僕の横に来て座る。他の女子から不満の声が噴出していた。
瞑想を始めると、すぐに膝上に暖かい温もりが触れてきた。
「んんっと、アレスちゃんだけずるいよ」
「疲れたにゃん」
『次はなにをするのかなっ』
『お昼ご飯はまだー?』
そして更に、新たな荷重と頭や肩に色々な感触が加わった。
ああ、幼女にくっつかれて瞑想だなんて、目を開けたときのみんなの視線が痛いです。
アレスちゃんとプリシアちゃんは、僕の膝の上でこくこくと居眠りを始めたみたい。そんな感触も感じつつ、瞑想をする。
そして瞑想の後は、いよいよ体を使った鍛錬へと移った。
ジルドさんは約束通り、セリースちゃんにつきっきりで指導をしてくれた。
やはり、人族はなかなか竜力を大きくできない。それで、セリースちゃんは上手く竜気を扱えないんだね。
僕たちが最初に習ったこと。まずは少ない竜気をいかに効率よく使い、竜力の少なさを補うのか。それを徹底的に指導されていた。
ジルドさんとセリースちゃんを見ていると、いかに優れた師匠が大切なのかを思い知る。
どれだけ素質があっても、正しく指導してくれる者がいなければ、上達はできないんだね。
僕はスレイグスタ老やジルドさん、そしてみんなに感謝の念を抱く。
そうして、ジルドさんのもとでの鍛錬は、夕方まで続いた。
まだ春だというのに汗びっしょりになった僕たちは、ジルドさんにお礼を言って帰る。セリースちゃんは後日の予定をお願いしていた。
みんなで並んで歩く夕方の王都。
王都の北部は、元々は軍関係の建物が多かった。そして、ジルドさんの家の周りは、昔から建物が疎らだったけど。復興途中の現在。見渡した限りでは、王城跡地の周りに兵舎が建っているだけで、北部の復興は後回しにされているようだね。
「自分の未熟さを改めて痛感させられる一日でした」
「そうかしら。人族で竜力を持っているだけでもすごいと思うわよ」
「ですが、まさかユフィ姉様とあれほどの能力差があるなんて……」
「妹には負けないわ」
「竜力があるだけましだわ」
「せめて、セフィーナ姉様くらいにはなりたいです。それと、エルネア君は本当にすごいのですね」
「いやいや。僕の場合、竜宝玉をジルドさんから受け継いでいるからね。竜宝玉の開放なしだと、竜人族の人たちよりも竜力は低いんだよ」
「そうなのですか? それは驚きました。ただ、熟達したライラさんに勝てないのはまだ納得できるのですが……。なぜルイセイネにも勝てないのでしょうか。それがちょっぴり悔しいです」
「それは……。まあ、僕も勝てないからね」
「えっ。エルネア君でもルイセイネには勝てないのですか!?」
貴女は何者なのです、とセリースちゃんはルイセイネを
竜眼があるからだよ、とは残念ながら教えられない。
そして、セリースちゃんだけじゃなく、ユフィーリアとニーナ、ライラもルイセイネには勝てないんだよね。だから、セリースちゃんが悔しがる必要はないんだよ。
ちなみに竜力のないニーナは、厳密に言えば力量で負けているわけだけど。ルイセイネは
唯一勝てるのはミストラルだけだけど、それでもルイセイネは善戦してみせる。竜眼は、それほどまでに絶大な威力を発揮するんだ。
なるほど、竜気を扱う者にとって、竜眼は天敵だね。
「エルネア君。ミストさんに勝てず、ルイセイネにも勝てないなんて駄目ですよ?」
「うっ。セリースちゃん、それは言ってはいけないことなんだよ」
僕は未熟だ。男らしさを見せてみんなをしっかりと守りたいのに、まだまだ実力が及ばない。
ライラの力技やユフィーリアとニーナの連携くらいはどうにかなるんだけど、圧倒的な差を見せつけてくるミストラルと、竜眼で先読みするルイセイネにはお手上げです。
「ふふふ。なにも力だけが人を測る物差しではないわ」
「そうですわ。私だけはエルネア様にどんなときもついていきますわ」
「ライラさん?」
「ち、違うのです。これはその……」
隣を歩くミストラルや、他の女性陣の汗ばんだ香りが鼻腔をくすぐる。
汗の匂いも、なんだか良い匂い。女の人はなんでこんなに良い匂いがするんだろう。一緒に住んでいるから、身体を洗う石鹸などは一緒のはずなのにね。
「エルネア君が変態の顔になっています」
「ち、違うんだ」
「にゃあ」
「こらっ。ニーミア、変なことは言っちゃ駄目だよっ」
「つまり、貴方は今、変なことを考えていたのね?」
「うっ……」
「なるほど。エルネア君は変態さんなのですね」
「セリースちゃん、間違った僕の情報を
ううう。だけど、汗の匂いに思いを膨らませていただなんて、たしかに変態なのかも。
……いいえ、僕はけっして変態さんではありません!
というか、僕自身は汗臭くはないんだろうか。
急に自分の匂いが気になり始めた。
こっそりと上着を匂ってみたけど、自分の匂いって、自分にはよくわからないよね。
臭いと思われていないかな、と戦々恐々としながら実家へ帰り、僕は慌ててお風呂に駆け込んだのだった。
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