セリースちゃんと二人で

「エルネア君。わたし、ヨルテニトス王国まで行ったんだよ。それでね……」


 歓談会は賑やかさを極めていた。

 なんか国のお偉い様が挨拶をしたあと、豪華な食事とたくさんの飲み物が運ばれてきて、立食式の楽しいひと時になった。

 開会の前にちょっとした騒ぎがあったけど、そこは歴戦の僕たちです。みんなで気配を殺し、ひっそりと会場の隅に逃げた。

 ユフィーリアとニーナに出会ったお茶会でもそうだったけど、こうして大勢の人で賑わうなかで気配を消してしまうと、意外と目立たないんだよね。

 そうして平穏を手に入れた僕たちなんだけど、いくら気配を消しても、視界に入っちゃうとどうしようもない。


 ひとりの女子が僕の方へと駆け寄ってきて、なにやら顔を赤くしながら声をかけてきた。


「う、うん?」

「あのね。わたし、いつかヨルテニトス王国まで行ってみたいと思っていたの。だから旅立ちの一年で思い切って、向こうに行ったのよ」


 すごいなあ。僕なんかは、自力ではヨルテニトス王国に行くだなんて、遠いし危険な旅だから行けないと最初から決め付けて、目標にさえしなかったのに。この女の子は大きな目標を立てて、それを成し遂げたんだね。


「それでね。向こうの王都で、エルネア君を見たよ!」

「えっ。そうなの?」


 まさか、遥か遠い地で僕を見た人がいるだなんて。つい、女の子の話題に食いついてしまう。


「お土産もいっぱい買ったんだけど」


 女の子は少し照れた様子で、懐からなにやら取り出し始めた。

 うむむ、嫌な予感がします。


「こ、これに……」

「そ、それはっ!?」


 女の子が取り出したのは、紛れもない僕の黒歴史。天女エルネアの版画絵だった!


「これに、手形をください!!」

「なんじゃそりゃぁぁぁっっ!」


 手形ってなんですか!?

 有名人になると、版画絵なんかに手形を押すのが流行りなんですか?

 変な悲鳴をあげつつ、近くで僕たちのことをにやにやと見ていたリステアに確認した。


「いや、俺も手形なんてしたことないな」

「そ、そうなの?」


 この女の子は、いったいなぜ僕の手形を欲しがったんだ!?

 いや、今はそんなことよりも。


 叫んでしまったせいか、近くにいた人たちから注目を浴びてしまった。そして、せっかく気配を消して逃げていたのに、みんなに所在を知られてしまう。


「おい、勇者のリステアさんだ」

「見て見て。あの子がさっきの騒ぎでも大きな竜と会話をしていたエルネア君じゃない?」


 わらわらと少年少女が集まりだす。

 なんだろう。魔族の軍勢が迫ったときには勇気を持って相対できたというのに、このきらきらと瞳を輝かせるみんなの気迫には尻込みしちゃう。


「ルイセイネ」

「はいっ」


 僕は片時も傍を離れないルイセイネの手を取る。

 そして、躊躇ためらいなく空間跳躍を発動させた。


「消えた!?」

「一瞬でいなくなったぞっ」

「くそっ。エルネアめ、自分たちだけ」

「うわっ。二人とも卑怯だよっ」


 リステアたちは犠牲になったのだ……

 僕とルイセイネは、空間跳躍によって窮地きゅうちを脱した。

 ふはははは。逃げ足で僕たちに敵うものはいない。伊達に、毎日のように鬼ごっこをしてはいないからね。


 跳んだ先で、また気配を消して大人しくする。

 会場の隅で賑わっているみんなを眺めていると、幾つかの集団とそれに加わらない散らばった人たちに分かれていた。

 集団の中心は、リステアやスラットンのような有名人だったり、各校に居る格好良い男子や可愛い女子だね。聖職者の集団の中心には、キーリやイネアがいるのかもしれない。そして、そういった話に参加していない人たちも、食べ物や飲み物を手に楽しく話し込んでいた。


「おらあっ」

「ぐわあっ」


 会場の一画には腕試し用の場所が設けられていて、キジルムが鍛え上げられた腕前を十全に見せつけていた。


「さて、それじゃあ僕は、与えられた任務に向かおうかな」

「ふふふ。魔王様の御用ですね」

「うん。手ぶらで帰っちゃったら、絶対に恐ろしいことになるよ」

「わたくしも同行してよろしいですか?」

「もちろんだよ」


 僕とルイセイネは手を繋いで、会場をひっそりとうろつき始めた。

 探しているのは、会場を警備している兵士さんのなかでも偉そうな人。そこからどうにかしてルドリアードさん辺りに連絡をつけてもらい、お酒を調達しなきゃいけない。

 こそこそと移動しながら周囲を伺っていると、貴族の輪のなかから知っている美少女が現れた。


「あら、お二人さん」


 貴族に捕まっていたのは、セリースちゃんなんだね。

 セリースちゃんは、気配を殺している僕とルイセイネを難なく見つけると、取り巻きさんたちに挨拶をしてこちらへとやって来た。


「良いところで会いました」

「うん。僕たちもセリースちゃんに会えて良かったよ」

「セリースちゃんはリステア君たちと別行動だったのですね」


 僕たちが「セリースちゃん」と言うものだから、彼女は顔を赤らめてもじもじと照れてしまう。

 可愛い、と僕でも思っちゃう。

 貴族の人は遠巻きに僕たちのことを見てなにやら話していたけど、邪魔をしないように近づいてくることはなかった。

 さすがは貴族様なのかな。品があって素敵だね。


「それで、セリースちゃんは僕たちになにかあるのかな?」

「そうなのです。そうでした」


 セリースちゃんは照れた様子を一変させて、ルイセイネと繋いでいた僕の手を奪い、両手をたわわなお胸様の前に持っていく。


「エルネア君。二人でお出かけしましょう!」

「セリースちゃん、なにを唐突に言っているのですかーっ」


 慌てて僕の手を奪い直すルイセイネ。そして、自分の控えめなお胸様の前に引っ張っていく。

 うむむ、どちらも素晴らしい特徴があって、甲乙こうおつ付けがたいですな。

 ではなくて!


「セリースちゃん、どういうことかな? 僕はリステアや家族のみんなを裏切るようなことはできないよ……?」

「と言いつつ、エルネア君。目が泳いでいますよ」

「き、気のせいだよっ」

「ふふふ、お二人はいつでも仲良しですね。大丈夫ですよ。私はリステアに許可をもらっていますから」

「ええっ」

「エルネア君?」

「ええっと、僕はどうすれば良いのかな!?」


 なにこの状況?

 なぜセリースちゃんは僕と二人で出かけたいだなんて言い出したの? そしてなぜ、リステアはそれを承諾したのかな?

 ルイセイネの冷たい視線と、セリースちゃんの熱烈な瞳に戸惑う僕。


「実は最近、竜術の鍛錬に行き詰まりを感じていまして。それで、ジルド様を紹介してはいただけないかと」

「ああ、そういうことなんだね」


 僕は、ほっと胸を撫で下ろした。

 つまり、セリースちゃんは僕と一緒にジルドさんのところに行きたかったんだね。セリースちゃんも、先の騒乱の際にジルドさんのことを知ったんだよね。


「でも、竜術ならミストラルや僕たちもいるよ?」

「はい。リステアとエルネア君たちが試練で旅立っている間はお世話になっていたのですが。ですが、エルネア君たちはいつでも王都にいるわけじゃありませんよね?」

「そうか、そうだよね」


 僕たちは、これから落ち着いたら活動拠点を動かすかもしれない。それとは違い、勇者様御一行は王都を拠点にこれからも活動していくんだよね。

 そして僕たちが王都に居ない場合、セリースちゃんは指導者がいなくなっちゃうわけか。その点を考えると、王都住まいのジルドさんはセリースちゃんにとって魅力的な人なんだね。


「うん。ジルドさんも忙しいみたいだけど、今度会いに行こうかと思ってたんだ。そのときに一緒に行こうか。ジルドさんの意思も確認しないといけないから、すぐには無理だけどね」

「そうですね。勝手に押しかけられませんしね。ご配慮、ありがとうございます」

「いえいえ。それで、ジルドさんを紹介することと引き換えなんて言えないんですが……」

「ふふふ、なにか取引でしょうか」


 にやり、と微笑むセリースちゃん。


「う、うん。実は……」


 セリースちゃんは、僕の実家に魔王が宿泊していることを、もちろん知っていた。そして魔王がお酒を望んでいると知って、それは一大事です、と早速手配してくれた。

 お酒は、国の方から実家に直接運んでくれるらしい。


「ごめんね」

「いいえ、あのお方の機嫌を損ねたら、人族存亡の危機に発展しますしね」

「そのまえに、僕の命が危険に晒されちゃうんだよ。ひどいよね」


 周りからは、楽しそうに話し込んでいると思われたかもしれない。だけどその陰で、アームアード王国の運命が左右されるようなことになっていたとは思うまい。


「また、エルネア君のお屋敷にみんなで遊びに行かせてもらいますね」

「うん。いつでもどうぞ」


 セリースちゃんと軽く会話を交わしたあと。彼女は、待たせている貴族の人や、一度声をかけてみたいと思って集まっている人たちをいつまでも待たせるわけにはいかないと、戻って行った。

 さすがは王女様。僕たちは逃げ回っているけど、セリースちゃんはきちんと対応しているんだね。


 そして、こちらへも集まりだした人たちを煙に巻きながら、僕とルイセイネは歓談会を楽しんだ。






 セリースちゃんとの約束は、歓談会の三日後になった。

 セリースちゃんは、指導者としてジルドさんに期待をしているわけだけど、僕が勝手に引き合わせるわけにはいかないからね。歓談会の翌日、一度ジルドさんに会いに行ったんだ。そうしたら、ジルドさんはこころよく受けてくれた。


「それでは、本日はよろしくお願いします」

「ジルド様へのお土産は持ったわ」

「ジルド様の好きなお酒は持ったわ」

「私は一昨日もお会いしましたわ」

「ライラさん、抜け駆けをしたのですね?」

「うっ……」

「んんっと、おじいちゃんが石のお人形を作ってくれるんだって」

「石を運ぶお手伝いをするにゃん」

『お出掛けお出掛けっ』

『お肉も持ってきたよー』

「それじゃあ、出発しましょうか」

「う、うん……」


 なんでこうなった! というか、予想くらいはできたのかもね。

 ジルドさんに会いに行くのに、なにもセリースちゃんと二人っきりじゃないといけないとは限らないんだよね。

 リステアたちは、さすがに遠慮して残るらしい。あまり面識のない人が大勢で押しかけるのは相手に悪いからね。

 でも、僕の家族は顔見知り。

 だから、ついて来ることになんの問題もないわけです。


 行ってらっしゃいませ、とお屋敷の人たちに見送られて、僕たちは王都の北を目指して出発した。

 セリースちゃんも、大所帯になったことには驚いていたけど、みんなとはもう仲良しになっていたようで、プリシアちゃんと仲良く手を繋いで、楽しくジルドさんの家へとたどり着いた。


 ジルドさんの家も、すでに建て直されていた。だけど、僕の実家とは違い、質素な石造りの家。

 うらやましいです。僕も質素な家に住みたいです。


「ジルドさん、こんにちは」

「よく来たね。いらっしゃい」


 ジルドさんは僕たちが到着するまで、いつものように石を彫っていた。

 今は、僕の実家の門に構えるという竜の石像を彫っているらしい。ニーミアとレヴァリアを見本にしているらしいけど、これが門の横に、と考えると迫力がありすぎて困っちゃう。


「ジルドさん、こちらの女性が一昨日に話したセリースちゃんです」

「冬以来でございます。今回は私の要望に応えてくださり、ありがとうございます」

「いやいや、かしこまる必要はないですよ。石彫の良い息抜きにもなるしね」


 ジルドさんは柔らかい笑みでセリースちゃんと挨拶を交わして、早速家に戻って美しい曲刀を取り出してきた。


「エルネア君の試練の時のように、期限を設けて厳しく、とはしないよ。じっくりと鍛錬していけば良い」

「僕のときは辛かった……」

「セリースだけだなんて、ずるいわ」

「セリースだけだなんて、許さないわ」

「やれやれ。双子さんにはこれまでも色々と教えただろうに」

「もっと竜術を覚えたいわ」

「もっと竜奉剣りゅうほうけんを扱えるようになりたいわ」

「そういえば、まだ返していなかったんだね……」


 竜奉剣は、竜人族にとって大切な宝物じゃないのかな。それをずっと持っているのはどうなんだろうね。


「ふむ。皆それぞれに成長をこころざすのは良いことだね」

「でも、みんな。ジルドさんはひとりなんだよ。そして今回はセリースちゃんが優先なんだからね。みんなは苔の広場で教えてもらっているでしょ」

「私は、エルネア様に教えていただきますわ」

「ライラさん、お相手して差し上げますよ」

「うっ。ルイセイネ様……」

「あなた達、実践修行も良いけど、まずは基本の瞑想からよ」

「そうだね。まずは瞑想からだよね」


 ということで、ミストラルにうながされて、みんなで瞑想から入ることになった。

 ……みんなじゃありませんでした。

 プリシアちゃんたちは、ジルドさんの彫りかけの石像や転がっている石などで遊び始めていた。


 怪我をしないようにね、と胡座あぐらをしながら幼女たちを見守る。


「では、わたしはあなた達が瞑想をしている間に、ジルド様と先に手合わせをお願いしようかしら」

「竜姫と手合わせとは。さあて、この老いぼれにどこまで相手ができるのやら」


 と言いながら、僕たちの前で武器を構えるミストラルとジルドさん。

 ミストラルは漆黒の片手棍を手にし、竜気を膨らませていく。対するジルドさんも、曲刀を抜いて気配を鋭くさせ始めた。


 えええっ。なんですか、その興味ある対戦はっ!

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