今日は楽しい同窓会

 結局、僕たちは夜中まで魔王の相手をすることになった。

 途中からミストラルも呼ばれて、強制的にお酒の相手をさせられていた。とはいっても、ミストラルもお酒はあまり飲めないらしく、魔王のちょっとした謀略や悪戯に振り回されて弄ばされていた感じだったけど。

 竜人族の竜姫を弄ぶって、笑い話じゃなかったら背筋も凍る恐ろしいことなんだけどね。


「お酒が強いお嬢さんだ。もしかして、君もエルネアの?」

「エルネアの知り合いには美人さんが多いわね」


 父さんと母さんも、大人の客人の相手として途中からお酒に付き合っていたけど……

 父さん。魔王になんていうことを口走っているんですか!

 父さんと母さんが、目の前でお酒をみ交わしている相手の正体を知ったらどうなるんだろうね。これは細心の注意を払って打ち明けなきゃいけないよ。

 なんて気苦労を抱えながら、翌日を迎えて。


「それじゃあ、行ってきます!」


 運よく間に合ったというか、本日も忙しい日になりそうだというか。

 今日は、一年ぶりの登校日です!

 旅立ちの一年を終えた十六歳の少年少女は王城跡地に集い、みんなで歓談しましょうという集会らしい。もよおしのなかには、一年間冒険をしてきた人たちによる腕試しなどもあるらしい。

 本来は平民の人たちなども王城に招かれて、一年間苦労したご褒美に夢のようなひと時を味わえる催しだったんだけど……

 王城が綺麗さっぱり消えちゃったから、仕方がないよね!


 僕とルイセイネは、本日も二人で出かけることになった。

 ルイセイネは僕と手を繋ぎ、腕に密着するようにしてみんなに手を振る。


「ル、ルイセイネ様が抜け駆けしてますわっ」

「ライラさん、違うんですよ。今日は二人で登校なので、仕方がないのです。みなさんは学生ではないので、一緒には行けないのです。残念ですね」


 なぜかルイセイネはにこにこ顔でそう言うと、見送ってくれているみんなに元気よく手を振っていた。


「んんっと、プリシアも行きたいよ?」

「ごめんね、プリシアちゃん。今日は連れていけないんだ」

「むうう。またお留守番」

「いやいや、君たちは北の地に来たりして、他のみんなよりも遊んでいるからね」

「プリシア、今日は我慢しなさい。明日からルイセイネがいっぱい遊んであげるから」

「んんっと、じゃあお土産ね」

「ルイセイネがいっぱい持って帰ってきてくれるわ」

「ルイセイネが食べきれないくらいのお菓子を持って帰ってくれるわ」

「うっ……。みなさん」


 プリシアちゃんを抱きかかえたミストラルたちの視線から目を逸らすルイセイネ。

 良かった。僕には被害が及ばなかったよ。


「昨夜の酒は美味うまかった。また貰ってこい。手ぶらで帰ってきたら殺す」

「……歓談会にあんな高級なお酒は出てきませんよっ」


 しくしく。僕も絶望的な任務を受けてしまいました。

 僕とルイセイネは、顔を青くして王城跡地へと向かうのだった。






 とりあえず、王城跡地に着いたらリステアかセリースちゃんに相談しよう。と思っていたら。

 僕たちよりも先に会場へ到着していた生徒たちによって、既に勇者様ご一行は取り囲まれていた。


「すげえよ。俺、隣の街でリステアさんの活躍を聞いてました!」

「セ、セリース様、握手をしていただけませんか?」

「みなさんの活躍は、俺たちに勇気を与えてくれたんです!」

「スラットンさん、竜騎士になられたんですよね? 騎竜きりゅうを見せていただけませんか?」

「ネイミーさん、可愛い」


 すごい人気です!

 会場に来る人来る人、全てがリステアたちの方へと集まっていく。


 一応、僕も活躍したんですよ、という不満は特に湧いてこない。

 ずっと前から活躍してきて、アームアード王国の象徴だった勇者と、ぽっと出の僕の知名度の差は、実際にはこんなものだよね。

 昨日もルイセイネと二人で王都を歩いたけど、僕たちに気づいて近づいてきたり歓喜をあげるような人はいなかった。

 冬に王都で大暴れをしたとはいっても、それを直接見ていたのはごく一部の人だけ。噂では、僕たちの版画絵も売られたりしているらしいけど、ヨルテニトス王国での天女事件のことを考えても、正しく容姿が広まっているとは思えない。

 そんな僕たちとは違い、勇者様ご一行は広く正しく認知されている。

 だからこの差は嫉妬にもならないし、逆にリステアたちに注目が集まることで僕たちに平穏が訪れていることに感謝していた。


 だけど、そんな僕たちにも注目をする人たちがいた。


「エルネア、お前本当にエルネアだよな?」

「どういう意味かな?」


 声をかけてきたのは、同級生徒たちだった。


「お前の名前を聞いたぞ。本当に魔族相手に戦ったのか?」

「ねえねえ、ヨルテニトス王国の方でもエルネア君の名前を聞いたんだけど?」

「お前、竜峰に入ったんじゃなかったのか?」

「ははぁん。さてはお前、本当は恐れをなして竜峰には入らなかったんだろう?」

「ルイセイネ、噂じゃ貴女は神殿の試練に出たと聞いたんだけど?」

「なんでエルネアとルイセイネさんが一緒に!?」


 おおう、なんという質問攻めでしょう。

 突然みんなに取り囲まれて、困惑する僕とルイセイネ。


「お前ら、まだ宴会は始まってないんだぞ。ちっとは自粛しろよな」


 そんな僕たちを、人垣ひとがきを割って助けてくれたのはキジルムだった。


「おう。久しぶり!」

「帰還の報告以来だね」


 みくちゃにされかけたところを、キジルムに手を引っ張られて抜け出す。

 僕とルイセイネを救出したキジルムは、不満顔のみんなを落ち着かせるように、まあまあと手で制していた。


「お前らな、そんなにいっぺんに質問しても、答えられるわけがないだろう」


 そうだよね。竜の森の秘密などの言えない秘密以外の冒険譚は隠すつもりはないんだから、順序良く聞いてほしいです。


「仕方ない。そんなお前らに俺が教えてやろう。こいつは竜峰で英雄になり、竜族と竜人族を従える王になったんだよ!」

「はいいぃっ!?」

「スラットンが従えているらしい竜なんて小物だ。お前たちも聞いて知っているだろう。昨冬のあの騒動、その際に王都を守護した数多の竜と竜人族の軍勢。そして、魔王を撃退した巨大な竜。それを指揮していた者こそ、エルネアなんだよ!」

「ええええぇぇぇぇっっっっ!!」


 僕やルイセイネだけじゃなく、集まっていた同級生徒みんなで悲鳴をあげた。


 この人はなにを言っているんですか!

 助けに来てくれたと思ったら、火に油を注いじゃいましたよ!

 しかも、なんだかじ曲がった偽りの情報を広めています。

 どこでそんな間違った情報を。と思ったけど、多分スタイラー一家の人が色々と尾ひれをつけて、あれやこれやとキジルムに話したんだろうね。

 困ったものです。

 でも、放っておくと危険です。

 とても危険です!

 こんな間違いだらけの情報が広まったら、僕たちは大変なことになっちゃう。

 どうにかして、修正しないと!


「いいか。エルネアは今や、竜王様だ。お前たちが気安く……」

「ね、ねえ、キジルム!」


 キジルムの話を遮断しゃだんするように、叫び気味に割り込んだ。


「子供はそろそろ産まれるのかな! もうすぐお父さんだねっ!!」

「はいいいぃぃぃっっっ!?」


 同級生徒たちは、もう一度悲鳴をあげた。


 よし、釣れた!


「キジルムのお嫁さんは今年十五歳なんだっけ? 妊娠しているから、一年の旅立ちは免除されるんだよね。キジルムはすごいよ、あの有名な冒険者のスタイラー一家の一員になったんだからね」

「お、おう……」


 突然の話題変更に、戸惑うキジルム。

 だけど、僕の思惑は上手くいった。

 僕に対する想像しがた奇想天外きそうてんがいな話題よりも、出産や恋愛といった身近な話の方がみんなの食いつきは良い。


「スタイラー一家の女を捕まえたのか!?」

「出産ですってぇぇぇっっ!」

「キジルム、お前は一年の旅立ちでなにをしていたんだっ」

「裏切り者めぇっ」

禿げ散らかしてしまえっ」


 ふはははは。誘導成功!

 僕への追求は何処どこへやら。今度はキジルムがみんなの餌食えじきになる。


 彼は、とうとい犠牲になったのだ。

 みんなに、特に男子に揉みくちゃにされ始めたキジルムを横目に、僕とルイセイネは逃げ出す。


「助かったね」

「エルネア君のへんな噂が広まりそうでしたね」

「うん、あの話はどうにかして封印させないと危険だね」


 ルイセイネと、ほっと胸を撫で下ろしていると、別の方角からリステアたちがやって来た。

 どうやら、向こうはスラットンを生贄いけにえにして、避難してきたらしい。流石さすがの勇者様ご一行でも、歓談会前から質問攻めにあうのは嫌だったらしい。

 僕たちはお互いに顔を見合わせて、肩を落として苦笑しあった。


「各校分かれての歓談会の方が良かったな」

「うん。でも、仕方がないよね」

「だよねー。王都が綺麗さっぱり消えちゃったからねー」

「うっ……」

「ぼくは面倒だから、逃げ回っておこうかなっ」

「ネイミー、ひとりだけ逃げるなんて駄目ですよ」

「騒がしいのも最初だけですよ。きっとすぐに落ち着きます。それに、悪いことばかりじゃないですよ。今回は国が会場を準備しましたので、出される食べ物や飲み物も豪華になってるんですから」

「セリースちゃん、じつはお土産についてご相談が……」

「エルネア君、まだ始まってもいないのに帰るときのことなんて考えてはいけませんよ」

「そうは言うけどね、ルイセイネ。僕の命が掛かっているんだよ?」

「お前はまた、いったいなにをしているんだ……」


 会場の隅でみんなに見つからないように話していると、なにやら王城跡地の外が騒がしくなり始めた。


 王城の周囲を囲んでいた堅牢けんろうな城壁もなくなっているので、敷地外の様子も見えるんだよね。


 兵士の人たちがなにやら叫び、右往左往している。

 聞き耳をたてると、会場の喧騒けんそうの間をって兵士の人たちの会話が少しだけ聞こえてきた。


「どうする?」

「どうするって言われても、王城敷地に誘導するわけにはいかんぞっ」

「俺たちじゃ手に負えん。王国軍の救援を待とう」

「しかし、このままでは……」


 なにか、問題が発生したらしい。

 王城跡地を警備していた兵士の人たちの動きが慌ただしくなってくる。

 気になって様子を伺っていると、兵士の人たちがこちらに気づいた。


「リステア様、ご助力願いたい」


 切羽詰まった様子で走り寄ってくる兵士さん。


「どうしたのでしょうか?」

「実は、妖魔が出現しまして……」

「なにっ!」


 僕たちの間にも緊張が走り抜けた。


 どうやら、近くで妖魔が出たらしい。

 妖魔は、並の兵士や冒険者では太刀打ちできないほど不気味で恐ろしい存在なんだ。

 そして兵士さんの言葉通り、王城近くに建築され始めていた貴族の邸宅の陰から、気味の悪い化け物が姿を現した。


 兵士の緊迫した様子に異変を察知したのか、集まっていた少年少女のなかにも妖魔に気づく人が現れて、会場が騒がしくなり始める。


「やれやれ。今日はゆっくりできると思ったんだがな」

「退治しないと、人の気配が密集してるこちらに来そうだね」

「さすがだ、わかっているじゃないか」


 僕とリステアは視線を合わせる。


「よし。それじゃあ、今回はお前に譲ろう!」

「うん。それじゃあ、勇者の腕の見せ所だね!」


 そして同時に、ゆずり合う。


「……」

「……」


 いやいや、ここは勇者様に活躍してもらいたいんですけど?

 僕が出張でばっちゃって、さっきみたいな騒ぎに巻き込まれるのは嫌だからね。

 だけど、その考えはリステアも同じだったみたい。


 僕とリステアは、互いに譲り合う。

 どうぞどうぞ、と笑顔でどちらが討伐に出るか争っている間にも、妖魔はこちらへと不気味に進んできていた。


「エルネア君!」

「リステア!」


 ルイセイネとセリースちゃんの声が僕たちをあせらせた。

 仕方ない。いつまでも譲り合っている場合じゃないよね。

 僕とリステアは、なにかを諦めたようにお互いを見て、武器を構えた。


 正確には、構えようとした。


「にゃーん」


 僕たちが妖魔に対峙しようとした直後。

 空から白桃色の巨大な物体が降ってきた。

 白桃色の巨大な物体は、勢いを殺すことなく地上に落下する。そして、建築中だった貴族の邸宅を巻き込んで、それは妖魔を踏み潰した。


 地響きで足もとが振動し、爆煙が吹き抜ける。

 恐ろしいほどの衝撃に、右往左往していた兵士の人たちは吹き飛ばされて、会場のみんなは尻餅しりもちをついていた。


「んんっと、鶏竜にわとりりゅうさんのおうちに遊びに行ってくるね?」

「行ってきますにゃん」

『妖魔は倒したよっ』

『お安い御用だよぉ』


 そして白桃色の巨大な物体、ううん、ニーミアとその背中に乗った幼女たちは、何事もなかったかのように西の竜峰へと飛び去っていった。


「……」


 ニーミアたちが飛び去った後の場所では、誰もが呆気あっけにとられて、静寂せいじゃくが支配していた。


「エルネア君、お屋敷がひとつなくなりましたよ?」

「そ、そうだね……」


 強そうな妖魔だったし、被害が建築中のお屋敷ひとつで良かったんじゃないでしょうか。


 ルイセイネの突っ込みと、あはははは、という自分の乾いた笑いだけが聞こえてきた。

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