会議が続いても良いじゃない

 アームアード王国の国民や平地に暮らす者にとって、竜峰とは見ることはできても絶対に立ち入れない、近くて遠い異郷の地。

 竜峰の自然は、他と比べることもできないくらいに厳しくて、恐ろしい。

 その要因の最も重大な部分のひとつが、竜族の存在だった。

 全ての種族の頂点に立つ竜族がむ、竜峰。

 竜人族でさえも、竜族を刺激しないように暮らしている。


 竜族は、竜峰のいたる場所に棲息せいそくしていた。

 南北に長く連なる竜峰のどこに行っても、竜族の気配を濃密に感じ取ることができる。

 だけど、その竜族たちでさえ気をつける場所が、竜の墓所と呼ばれる竜峰の北部だ。


 竜の墓所。

 その名の由来のとおり、竜が最期に眠る場所。

 竜峰の各地に棲息し、絶対の力で君臨する種族であっても、老いには勝てない。

 年老いた竜族は、力こそが全ての弱肉強食の世界を離れて、最期は静かにきたいと願うんだ。

 だから、竜の墓所には余生を静かに過ごしたいと願う老竜たちが竜峰各地から集う。


 それでも竜峰は竜峰であり、弱肉強食と大自然の脅威は老竜たちにさえ容赦なく襲いかかる。

 余生を静かに過ごしたい、と願う老竜であっても、時には危険や騒動に巻き込まれてしまう。

 力を誇示こじしようと、若い竜が老練な竜族に襲いかかったり。時には魔物や妖魔によって、戦う力を失った老竜が狩られることもある。


 すると、竜の墓所には次第に、最期の安寧あんねいを脅かされて未練を残した老竜たちの怨念おんねんいや後悔こうかいが残されるんだ。

 生前は、圧倒的な力で全種族の頂点に君臨していた竜族だからね。その竜族が遺す残滓ざんしも、普通とはいかない。


 竜族が遺した「最期の心残り」は、竜の墓所の特定の場所、即ち、竜の王がまつられているこの死火山に次第に集まり溜まっていく。そして、それはいずれ濃く纏まっていき、瘴気となる。


 竜の墓所に生じた瘴気は、静かに余生を送る老竜たちにわざわいもたらす。それだけでなく、瘴気をそのまま放置していると、場合によってはよからぬ存在である始祖族が生まれてくる可能性だってある。

 だから、アイリーさんは何百年も前から独りで竜の祭壇に暮らし、老竜たちの遺した未練や想いを祓い続けてきた。

 そして、過酷な宿命を背負ったアイリーさんを補佐するために、竜峰北部の竜人族の人たちは七十年に一度という頻度で竜の祭壇を訪れて、供物くもつと魂を竜の王へ捧げる役目を担っていた。


「竜奉剣は、その道中のさわりや瘴気を竜人族の人たちが祓うために必要だったんですよね?」

「それだけじゃないわよ? 彼らが無事に竜の祭壇まで来ることができて、わたしがまた竜奉剣を手に竜剣舞を舞うことによって、竜の墓所全体の穢れを祓っていたんだから」

「そうでしたね!」


 竜奉剣が担っていた役割は、実はとても大きいんだよね。

 でも、竜奉剣はユフィーリアとニーナに継承されて、現在では更にスレイグスタ老に預けられている。

 だから、竜人族の人たちが竜の墓所を安全に踏破とうはするための方法や、アイリーさんが穢れを祓う手段が今は失われてしまっている状態なんだよね。


「竜奉剣をお返しする、というのがもっとも手っ取り早くて簡単な解決方法なんだけど」


 でも、ユフィーリアとニーナは竜奉剣をとても大切に愛用している。アイリーさんや竜人族の人たちもそれを理解してくれているから、二人が所有していることを許してくれているんだよね。


「……ユフィとニーナに竜奉剣を持たせたまま、竜人族の人たちが竜の墓所に安全に入る方法とアイリーさんが穢れを祓う方法を新たに見つけ出さなきゃいけない。だから、僕たちへの依頼なんですね?」


 食事をりながら、竜峰とそこに暮らす者たち、竜の墓所とアイリーさんのことを改めてまとめた僕たち。

 アイリーさんが何を望んでいるのかを、自分たちの課題として落とし込む。


「うーむ。僕たちにできること……」


 みんなで意見を出し合う。


「べつに、竜人族が竜の墓所へ入るための宝物とアイリーが穢れを祓う宝物を一緒にする必要はないのじゃないかしら?」


 というミストラルの意見に、ルイセイネが頷く。


「アイリー様は竜剣舞を舞うことによって竜の墓所を浄化していらっしゃるということなので、アイリー様へは一対いっついの剣をお渡しした方が良いとは思いますが、竜人族の方々には剣でなくとも良いと思いますね?」


 ミストラルとルイセイネの意見に、マドリーヌが待ったを掛けた。


「お待ちなさい。それでは、竜人族とアイリー様との繋がりが途切れてしまいます。表面的に見れば竜人族の方々が竜の墓所を渡る道中の苦難を乗り越えるために竜奉剣を利用しているように見えますが、違いますよ? 竜人族の方々が

 アイリー様へと竜奉剣を届けるという行為がなにより大切で、現代に生きる竜人族と過去からの重大な宿命を背負ったアイリー様との繋がりを示しているのです」

「マドリーヌがまともなことを言っているわ」

「マドリーヌが正論を言っているわ」

「むきいっ、私もたまには良いことを言うのですっ」

「たまになのね」

「自覚があるのね」


 ユフィーリアとニーナに横槍りを入れられて、ぷんすかと頬を膨らますマドリーヌ。それを真似して遊ぶプリシアちゃん。

 だけど、マドリーヌの意見はまとていると僕も思う。


「つまり、竜奉剣の代わりになる物は、竜人族とアイリー様とのきずなを示す物じゃないといけないわけね?」


 それはいったい何かしら? と首を傾げるセフィーナに、ライラが意見を出した。


「ですが、それでも竜人族の方々への宝物とアイリー様の竜奉剣の代わりは別物であっても良いと思いますわ?」


 なるほど。ライラの言うことも一理あるね。

 みんなが意見を出してくれたので、僕も考えを出す。


「ふむふむ。ミストラルとルイセイネとセフィーナとライラの意見を纏めると、アイリーさんへは、竜奉剣の代わりになる剣を渡す。竜人族の人たちへは、アイリーさんとの深い絆を示す宝物、しかもそれは竜の墓所の道中で竜族たちの穢れを祓えるような物じゃないといけないんだね」

「でも、エルネア君。アイリーの剣はどう準備をすれば良いのかしら?」

「でも、エルネア君。竜人族とアイリーとの絆を示す宝物とは何かしら?」


 ユフィーリアとニーナは、マドリーヌを揶揄からかいながらも、意見はマドリーヌ寄りらしいね。

 三人は元々が同じ冒険者仲間だったということもあり、こういう時に意見を揃えてくるよね。

 素敵な仲間だよね、とユフィーリアとニーナとマドリーヌを見つつ、僕は思案する。


「そうだね。じつは僕もその疑問に思い悩んでいたんだよね。それと忘れちゃいけないことは、アイリーさんは『竜神さまの御遣い』である僕たちに依頼してきたんだ。だから、この問題は安易な解決策で結末をにごしちゃいけないんだと僕は思う」

「あら、その口ぶりだとエルネアはわたしたちの意見には反対なのかしら?」


 ミストラルがちょっとだけ不満そうに僕を見た。

 でも、これは罠だ!

 そうして僕の動揺どうようを誘い、後ろめたさを感じた僕が、あとでミストラルのいうことを何でも聞くよ、という状況を作りたいんだよね!


「正解にゃん」

「ニーミア、何が正解なのかしら?」

「んにゃっ!?」


 ニーミアが慌てて僕の頭の上に避難してきた。

 いやいや、そこは絶対安全なプリシアちゃんの頭の上の方が良いんじゃないかな!?

 じゃないと、僕が危険に晒されちゃいます。


 僕とミストラルとニーミアのやり取りに、みんなが笑う。ミストラルも笑っていた。

 つまり、全部が冗談です。


 でも、アイリーさんからの依頼を冗談で済ませるわけにはいかない。

 だから、僕だけでなくみんなも真剣に意見を出し合う。

 だけど、なかなか意見が纏まらない。


 竜人族の人たちへの、竜の墓所の道標みちしるべとなるべき宝物。それは、アイリーさんとの絆を示す物じゃないといけない。

 アイリーさんへは、竜剣舞を舞うための剣が必要だよね。だけど、なまくらな剣では駄目だ。

 竜奉剣のように、竜族たちの穢れを祓う聖なる力が付与されていないといけない。

 しかも、それをアイリーさんが普段から持っているような状況だと、それじゃあ竜人族が竜の祭壇を訪れる理由が薄れちゃう。

 アイリーさんへの奉納品だけを届ける、なんて役目で、竜人族の人たちからこれから更に何百年も、危険極まりない竜の墓所に入ってくれるかな?


 それと、絶対に忘れちゃいけないこと。

 竜人族の人たちやアイリーさんへ竜奉剣の代わりになる宝物を準備するのは、竜神さまの御遣いである僕たちだということだ。

 竜神さまの威光を汚すような物ではいけない。

 誰もが納得できるような、立派な宝物を準備しなきゃいけないんだよね!


「ぐぬぬぬぬぬ。これは予想外に困難な課題じゃないかな!?」


 みんなも、むむむと悩み混んでいた。

 プリシアちゃんだけが、満腹になってアイリーさんの腕のなかで気持ちよさそうに眠っている。


「ふふふ、難しいかしら?」


 難題を依頼してきたアイリーさんは、僕たち家族が悩んだり意見を出し合っている様子を、優しく見守ってくれていた。

 きっと、アイリーさんにはアイリーさんなりの考えや想いがあるはずだよね。でも、依頼を出した以上は僕たちを信頼して、余計な口出しをしないようにしているんだろうね。


 でも、それでも!

 この難題は、僕たちだけでは解決の糸口が見つかりません!!


「アイリーさん」


 ひと息吐いちゃいましょうか、とアイリーさんが気を利かせて入れ直してくれたお茶を飲みながら、休憩を挟んだ僕たち。

 そこで、僕はアイリーさんに尋ねた。


「僕たちの話し合いを見ていたアイリーさんに、ちょっと聞きたいんですけど。そもそも、僕たちがこれから見出みいだす結論に、納得できますか? もちろん、まだ結果は出ていませんけど。でも、もしも僕たちが依頼を完遂させて宝物をお渡したら、それ以降はアイリーさんや竜人族の人たちが今後何十年、何百年と受け継いでいくわけですよね? その時に僕たちが出した答えにアイリーさんが禍根かこんを残していたら、僕たちだって悔やみ続けることになります。だから、これまでの僕たちの意見を聞いて、思ったことを何か意見してもらえませんか?」


 僕の質問は、間違っていないはずだよね。

 依頼を受けたのは僕たちだけど、依頼者が口出ししてはいけないという決まりはないんだ。

 すると、アイリーさんはあごに手を当ててしばし考え込んだ後に、自分の考えを示してくれた。


「ありがとうね、エルネア君。君のそういう優しい配慮はいりょが好きよ。それじゃあ、わたしも意見を出させてもらうわね。そうねぇ……」


 にこり、と柔らかく微笑むアイリーさん。


「竜奉剣の代わりになる宝物。竜人族との絆の維持。わたしが振るうべき剣。わたしもその全てが大切だと思うの。そして、その全てをまかなえる物を、わたしは思い出しちゃったわ」

「えっ!」


 思いがけないアイリーさんの言葉に、僕以外のみんなも驚く。


「ごめんなさいね。意地悪をしていたわけじゃないのよ? 本当に、君たちが真剣に意見を出し合ってくれている姿を見ていて、わたしも何か役に立てないかしらと考えているときに思い出したの」

「アイリーさん、それは……?」


 全員が前のめりになって、アイリーさんの次の言葉を待つ。

 アイリーさんは、僕たちに微笑みかけながら、教えてくれた。


「竜奉剣。かつては『竜神剣りゅうじんけん』と言われていたわよね。覚えているかしら? 竜神剣は、竜の王に奉納された至高の剣よ。そして、剣などを奉納する時って、影打かげうちを造るわよね?」

「ま、まさか!?」

「普通なら、真打ちを奉納したら影打ちは処分しちゃうものらしいけど。あるのよ、影打ち。竜神剣の影打ちが、この竜の墓所にね?」

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