影打は何処に

 影打とは、神殿に剣や刀を奉納したり国へ献上けんじょうするときに、真打の候補として打たれる全く同じ複数の剣や刀のことだよね。

 刀剣などを奉納する際は、何本か同じ物を打って、そのなかで最も優れた逸品を「真打」として捧げるんだ。

 そして、真打として奉納されなかった剣や刀が、影打と呼ばれるたぐいのものだ。


 だけど普通は、影打は真打を奉納した後に処分される。

 また溶かされて違う剣や武具になったり、折られたりして、影打は普通だと現存なんてしない。

 それが、人族や竜人族だけでなく、多くの種族の常識だと思う。


 だけど、アイリーさんは言った。

 竜神剣、即ち竜奉剣の影打が、竜の墓所に遺っていると。


「アイリーさんは、その影打が保存されている場所も知っているんですか?」


 竜奉剣の影打が、もしも本当に遺されているのだとしたら……!

 誰もが思い浮かべたはずだよね。

 竜奉剣こそが、アイリーさんと竜人族を繋ぐ深い絆のあかしだと、誰もが認識している。その竜奉剣と同じ素材、同じ工法、同じ人物が同じ時期に打った影打なら、竜奉剣の代わりとして申し分ないんじゃないかな?


 僕たちの期待の宿った視線に、アイリーさんは少し恥ずかしそうに微笑んだ。


「そんなに熱い眼差しを向けられちゃったら、お姉さん火照っちゃうわよ? エルネアちゃん、相手してくれるかしら?」

「アイリーさん!? いやいや、何を言っているのかな!」


 僕たちの真剣な想いを冗談で軽く受け流すアイリーさんに、全員が苦笑しちゃう。

 でも、それがアイリーさんだよね。

 悩みすぎた挙句あげくに示された、大きな期待。それに僕たちは興奮気味だった。そこにわざと水を指して、冷静な判断ができるように戻してくれたんだ。

 さすがは、気が利くお姉さんだね!


「思い出しちゃったからつい口にしたけれどね? でも、君たちはそれで良いのかしら? 他にも何か考えがあるんじゃないの? それに……」

「竜奉剣の影打であれば、アイリーさんと竜人族との関係性を保てると思います。ただ、影打を準備するだけではアイリーさんが僕たちに依頼した意味がありませんから、そこはもう少し再考の余地ありですね。ところで、それに……と言いかけたこととは?」


 竜奉剣の代わりになる宝物が影打とは、少し芸がないかもしれない。だけど、芸はなくても最適解であるようには感じるよね。

 あとは、影打という遺物を土台に、僕たちがどれだけ「竜神さまの御遣いが齎した」という付加価値を付けられるかだと思う。

 ただし、それはあくまでも影打を無事に確保できたらの話だよね。

 アイリーさんが最後に言いかけた言葉が気になって、僕は聞き返してみる。すると、アイリーさんは少し困ったように表情を曇らせた。


「竜神剣の影打。有るには有るのだけどね? 場所も知っているのよ? でも、エルネア君にあれが抜けるかしらねぇ……?」

「えっ!?」


 どういう意味ですか? と首を傾げる僕たち。

 アイリーさんは、まるで僕を値踏みするかのように、じっと見つめて言った。


「竜奉剣は、君たちも知っての通り二本一対の大剣だわね。あれは二本重ねて使うことによってとても素敵な力を解放できちゃう特殊な剣なのよ」


 僕たちも知っている。

 二本一対の竜奉剣を、ユフィーリアとニーナが其々それぞれに一本ずつ持って扱っているけど、本来の能力を引き出すためには二人が息を合わせて竜奉剣を重ねないといけないんだよね。

 でも、それと僕に何の関係があるのかな?

 というか、抜けるのかってことは、どこかに埋まっている?


「はっ! まさか、伝説の剣みたいに困難を克服した先の岩に剣が突き立っていて、資格のない者には抜けない封印が施されているのかな!? 影打といえども所有者を選ぶ、特別な剣なんですね!」

「エルネア、思考が暴走しているわよ?」

「エルネア君、落ち着いてくださいね?」


 ミストラルとルイセイネになだめられる僕。

 ふうっ。僕としたことが、つい興奮しちゃったよ。

 だって、選ばれし者が伝説の剣を抜いて、その後に世界を救う大活躍をしたり、お姫様と結ばれるだなんて物語は、全男子の憧れだからね!


「もうエルネアお兄ちゃんは伝説以上の剣を持っているにゃん。お姫様のお嫁さんもいっぱいにゃん。あとは世界を巻き込む大騒動だけにゃん?」

「言われてみると?」


 僕の思考暴走とニーミアの突っ込みに、アイリーさんが愉快そうに笑う。その表情には、もう曇りはなかった。


「ふふふ、君は本当に面白い子だわ。前言撤回ね。君たちなら、きっとあの影打を抜くことができちゃうわね」


 アイリーさんのお墨付きをもらって、僕は素直に喜んだ。

 だけど、やはりそこは生半可な覚悟と実力では乗り越えられないような試練が待ち受けていた。


「影打が残されている場所を教えてあげちゃうわ。でも、そこへはエルネア君だけで行くこと。あと、気をつけてちょうだいね? 影打が遺されているのに、これまで誰もそれを手にできなかった理由は必ず存在するのよ?」

「うっ……!」


 アイリーさんが示してくれた答えの欠片かけらに浮き足立っていた僕たちだけど、現実に向き合わなきゃいけない。

 竜奉剣の影打が現存しているとアイリーさんが知っているのなら、他の誰かが知っていても不思議ではないよね?

 それは竜人族かもしれないし、竜族かもしれない。

 そして、竜奉剣の特殊な力を知っている者ならば、影打を手に入れたいと思ってしまうかもしれない。

 だけど、それを誰も成し得なかった。


 現代では竜奉剣と呼ばれている二本一対の金色こんじきの大剣だけど。元をただせば、竜の王に捧げられた竜神剣と呼ばれるアイリーさんの愛用の剣だ。

 すなわち、真打や影打が打たれてから何百年、下手をすると千年以上も前から存在するのに、誰も手にできていないということだよね!?


 その影打を、僕が抜けるのかな……?


 急に不安になってきて、僕は家族のみんなを見つめる。

 すると、妻たちも全員が困惑の表情だった。


 ただし、違う意味で!


「困ったわね。エルネアをひとりにすると、また騒動を起こすのじゃないかしら?」

「あらあらまあまあ、困りましたね。エルネア君は冒険が大好きですからね?」

「冒険が好きというよりも、騒動好きだと思うわ?」

「冒険が好きというよりも、騒動に愛されていると思うわ?」

「はわわっ。エルネア様だけの行動は不安ですわ。それでしたら私も……」

「ライラの言う通りだわ。エルネア君をひとりで行かせたら、また絶対に大騒動になるわね?」

「むきぃっ、最期を静かに迎えようとしている老竜たちの安寧を脅かす行為は禁止ですよっ、エルネア君!」

「ええぇぇぇーっ!」


 みんなは、僕が影打を抜けるかどうかではなくて、僕をひとりで行かせることに難色を示しているのかな!?


「しくしく。僕の評価って……」

「北の海で騒ぎを起こしたばかりにゃん。実績に照らし合わせているにゃん?」

「ぐぬぬ、ニーミアめっ」


 僕の頭の上で寛ぐニーミアに八つ当たりしようとしたら、呆気なく逃げられた。

 ニーミアは、今度はプリシアちゃんの頭の上に移動して丸くなる。

 プリシアちゃんは完全に寝入っていて、僕たちが騒いでも起きないね。

 でも、今はそれがありがたい。

 もしもプリシアちゃんが起きていて、この会議を聞いていたら……


「んんっと、プリシアも行きたいよ?」


 なんて言い出して、誰も手がつけられなくなるんだ。

 それこそ、僕が単独で行動する時よりも大きな騒動になっちゃうよね!

 いったい、誰に似たんただろうね?


「にゃあ」


 ニーミアが僕を真っ直ぐに見ていた。


「ふふふ、君は愛されているわね?」

「でも、夫としての威厳が地に落ちているような気がしますよ?」

「気のせいじゃないかしら?」

「そうかなぁ」


 僕を信頼してくれているのなら、ここは笑顔で送り出してくれる場面のような気もするんだけどね?

 それはともかくとして。


「ぼ、僕は好んで騒動を起こしているわけじゃないからね? それよりも、アイリーさん。竜奉剣の代わりは、やっぱり影打が相応ふさわしいように思います。なので、教えてもらえませんか?」


 竜の墓所のどこに、影打が遺されているのか。

 そこで待ち構えている試練や、僕が影打を抜けるかと言う問題は、次に考えるべきものだよね!


「ふふふ。良いわよ、教えてあげちゃう。その代わり、無理はしちゃ駄目だわよ? ちゃんと無事に帰ってきて、家族のみんなに心配をかけないこと。いい? お姉さんと約束できるかしら?」

「もちろんですとも!」


 僕の威勢の良い返事に、ミストラルが小さくため息を吐いた。


「困った夫だこと」

「ですが、それがエルネア君ですからね」


 なんて、ミストラルとルイセイネがお互いの顔を見て笑い合う。

 ライラとセフィーナとマドリーヌも、困った困ったと言いながら談笑していた。


 ただし。

 双子王女様だけが、待ったを掛けた!


「竜奉剣のことなら、私たちも行くべきだわ」

「竜奉剣のことなら、私たちも関わるべきだわ」

「「だって、竜奉剣を使わせてもらっているのは私たち二人なのだから」」


 ユフィーリアとニーナが、声を合わせて僕とアイリーに詰め寄る。


「たしかに、竜奉剣はユフィとニーナが使用しているもんね? それなのに、一番恩恵を受けている二人が影打の件から除外されるのは問題かもしれない?」


 そもそも、なんで僕ひとりだけで影打を取得するための試練を受けなきゃいけないのかさえ聞いていませんでした!

 僕は、ユフィーリアとニーナの意見を尊重して、アイリーさんにお願いを申し入れる。


「どんな試練が待ち受けているのかわかりませんが、ユフィとニーナの同行を許してください。それとも、本当に僕ひとりで受けなきゃいけない内容の試練なんですか?」


 いったい、どんな試練が待ち受けているのか。

 僕とユフィーリアとニーナだけでなく、他の妻たちも真剣な表情に戻ってアイリーさんの返答を待った。

 アイリーさんは僕たちの視線を受けて、優しく微笑む。


「良いわよ、エルネアちゃんとユフィちゃんとニーナちゃんの三人、それと行き帰りの手段としてニーミアちゃんも一緒に行ってらっしゃいな」

「んにゃん。巻き込まれたにゃん?」


 ちょっと驚いた様子のニーミアの反応に、僕たちはつい笑ってしまう。

 アイリーさんが厳しい意見を出さなかったことに、気が緩んじゃったのかもしれないね。

 ただし、同行者はユフィーリアとニーナとニーミアだけだと釘を刺された。

 アイリーさんは言う。


「ここ最近は色々とあって、竜の墓所も少し騒がしかったわね。でも、思い出してみてちょうだい。ここは本来、爺婆じじばばたちが静かに暮らすための場所なのよ。だから、大騒ぎは厳禁。最小の人数で出向いて、目的を達成してちょうだいね?」


 僕たちの奉納の舞を見学した老竜たちは、また竜の墓所の各地へと去って行った。

 今頃は、降り積もる雪のなかで静かに冬を迎えているんだろうね。

 その老竜たちを、これ以上刺激しないこと。

 竜の祭壇の家主として、アイリーさんはそこだけは真剣に僕たちに忠告した。


 もしかしたら、最初は僕だけに行かせようとしていた理由も、そこにあるのかもね?

 だけど、妻たちの僕に対する評価を聞いて、ちょっとだけ考えを改めたのかな?

 僕ひとりだと、余計な騒動を起こしてしまう?

 だから、ユフィーリアとニーナの同行を許してくれた?

 僕的には、この人選の方が騒動になりそうな気がするんだけどなぁ。


 とはいえ、これからの方針が決まった。


「僕とユフィとニーナとニーミアは、これから竜奉剣の影打を取りに行くね」

「それじゃあ、残るわたしたちはもうひとつの課題の答えを見つけておくわ。竜神様の御遣いとして竜人族にどう示すのか、ね」

「うん、その辺はミストラルたちにお任せするね!」


 なにも、僕が全ての課題に対処しなきゃいけないわけじゃない。僕たち家族全員で「竜神さまの御遣い」なのだから、お任せできる部分は妻たちに頼ることも大切です!


「どうやら決まったみたいね。それじゃあ頑張ってちょうだいね。そうそう、試練の内容なのだけど。影打を守護する竜を倒して、封印石に刺さっている影打を抜くだけよ。ただし、竜を倒すときはこれまで通りに竜気の使用を禁止してちょうだいね? それと、影打なんだけど。両手に全く同じ力を込めて一瞬の遅れもなく同時に抜かないと、抜けないわよ?」

「ええっ!」


 アイリーさんの言葉に、僕は最後の最後で顔をしかめた。

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