戦女仙

 戦女仙いくさにょせんと呼ばれた者たちの背中には、光り輝く雲よりもまぶしい翼が生えていた。


有翼族ゆうよくぞく……?」

「いや、天族てんぞくじゃねえのか!?」


 獣人族の人たちは、空を見上げながら困惑していた。

 だけど、突如として冬の夜空に舞い降りた彼女たちは、天族でも有翼族でもない。


 僕たちは知っている。

 天族といえば、神族のアレクスさんに仕えていたルーヴェントを思い出す。だけど、天族でありながら神術が使える彼であっても、一度たりとも白い翼をまばゆく輝かせたことはなかった。

 それに、と戦女仙の背中から生えた翼を見る。


「天族のそれより、倍以上も大きいわね」


 ミストラルの言葉通り。

 ルーヴェントの翼も大きかったけど、戦女仙の翼はそれの倍以上も大きい。

 大きく広げられた翼の両端までの長さは、身長の四倍以上はありそうだ。


 僕たちは、有翼族とは出会ったことがないけど、天族よりも飛行能力においておとると言われている有翼族が、天族よりも立派な翼を持っているとは思えない。

 だから、あれは天族でも有翼族でもない。

 なによりも、上空からゆっくりと降下してくる彼女たちは、圧倒的な存在感があった。

 まるで、飛竜が地上をう者たちの前に悠然ゆうぜん降臨こうりんしたかのような迫力だ。


「ひい、ふう、みい……」


 セフィーナさんが、現れた戦女仙の人数を確かめる。

 総勢、十人。

 けっして、多い人数というわけじゃない。

 なのに、そのたった十人の戦女仙が頭上に存在しているというだけで、空を支配されたような錯覚さっかくを受けた。


「やい、お前たち。ミシェイラ様の頭上を飛ぶとは、不敬だろうがよ!」


 ナザリアさん一家の長男、アゼイランさんが空に向かって抗議の声を上げる。

 すると、戦女仙の先頭に立って降下する女性が、上空でうやうやしくこうべれた。


「もちろん、降りてお話をさせていただく所存でございます、ミシェイラ様に仕える四護星しごせいけん、アゼイラン様」


 今の言葉で、少し立ち位置が理解できたね。

 やっぱり、この場で一番偉い、というかうやまわれているのはミシェイラちゃんみたい。そして、ミシェイラちゃんを護衛するナザリアさん一家にも、戦女仙は一目置いているようだ。


 だけど、疑問が残る。

 敬服しているはずのミシェイラちゃんやナザリアさん一家を、なぜ戦女仙は密かにけてきたのかな?


「まさか、ミシェイラ様は追跡されていることをご存知だったので?」


 ナザリアさんの確認に、うん、と可愛らしく頷くミシェイラちゃん。


「あれこれと探られた挙句あげくに先を越されるよりも、こちらの後を尾行して確実に後手に回ってもらった方が楽だと思ったの」

「だからといって、よりにもよって、武闘派ぶとうはのソシエに追われて知らないふりをするなど……。せめて、相談くらいはしてほしかったですね?」

「ごめんなさいなの。少しの違和感でもソシエは気付くだろうから、言えなかったの。でも、これで確定したの。ソシエがこちらに来たということは、あの子のおり役はレーヴェに決まったということなの」


 ミシェイラちゃんとナザリアさんの会話に、少しだけ眉間みけんしわを寄せるソシエと呼ばれた戦女仙。

 どうやらソシエさんにとって、二人の会話は、あまり耳触みみさわりの良いような内容ではなかったみたいだ。


 僕たちと同じくらいの目線の高さまで降下してきたソシエさんは、改めてミシェイラちゃんやナザリアさん一家に丁寧な挨拶をする。

 だけど、つま先が地面に触れるか触れないかの位置まで降りてきていながら、着地することはなかった。


「ふんっ。およんでも地に足をつけないとは、太々ふてぶてしい女だぜ」


 アゼイランさんが露骨な舌打ちを打つ。


「どうか、ご容赦を。私どもには、どうしても納得のならない要件がございますので」


 アゼイランさんの舌打ちに、微笑みを返すソシエさん。でも、目が全然笑っていない。

 そして、ソシエさんはとって返す言葉でこちらを睨むと、これまで蚊帳かやの外だった僕たちを巻き込んだ。


「霊樹を守護しする古代種の竜族や、経験豊かな御遣みつかいの方々なら、まだ私どもは納得できました。ですが、なぜこのような未熟者たちに、導き手を担わせるのです!? しかも、よりにもよって妖魔の王の対処を任されるなど!」


 上空に現れた時から、確信はしていた。

 ソシエさんは、どうやらミシェイラちゃんが僕たちに提示した依頼に納得できていないみたいだ。それで、ミシェイラちゃんの思惑を阻止しようと、こうして僕たちの前に現れたわけだね。


 でも、話の全貌ぜんぼうを掴めていない僕たちには、ソシエさんの鋭い視線を受けても反論する余地がない。

 すると、僕たちの代わりにミシェイラちゃんが口を開いた。


「理由は、簡単なの。世界で唯一、地に根ざしていない霊樹を持つ者がエルネアだからなの。それに、妖魔の王は早めに手を打たなきゃ、あとが大変なの。あの子が安全に世界を周るためには、ここで討ち倒しておく必要があるの」

「ですが!」


 ソシエさんから、露骨な敵意を向けられる。

 明らかに、僕たちを信用していない瞳だ。


「あの方をおとりにしてまで、妖魔の王をおびき寄せる? しかも、それを守護する者が、こんな未熟者たちなど!」


 聞き捨てならないよね。

 僕たちは、これまでにだって多くの経験を積み重ね、幾多の苦難も乗り越えてきた。それなのに、一切のよどみもなく僕たちを未熟者と斬って捨てるだなんて。

 だけど、侮蔑ぶべつされた僕たち自身のことよりも、気になったことがあった。


「ミシェイラちゃん、どういうこと? あの方……って人が誰だかは知らないけど、その人を囮にして妖魔の王を誘き寄せるって、聞いていないんだけど?」


 穏やかな話ではない。

 僕自身がえさとなって、獲物を釣る。という話なら、幾らでも請け負う。だけど、誰だか知らない人を囮にしてまで、目的を達そうとするミシェイラちゃんの考えは、どうなんだろう?

 しかも、その「あの方」って、ソシエさんの口ぶりからしても余程の重要人物だよね?


 だけど、僕の詰問きつもんに、ミシェイラちゃんは平然とした口調で答えた。


「ソシエが言う「あの方」は、さっき話した、女の子のことなの。妖魔の王は、あの子を狙って必ず現れるの」

「んなっ!?」


 よりにもよって、最重要人物じゃないですか!


 ミシェイラちゃんたちは、女の子が誕生した際に襲撃を仕掛けてきた邪族を、剣聖けんせい様や他の方々と協力して撃退したって言っていたよね。

 それだけ大切に保護した女の子を、まさか囮として利用するだなんて!

 さすがに、僕たちもミシェイラちゃんの考えに疑問を持つ。

 でも、ミシェイラちゃんは「違う」と言う。


「あの子は、未熟なまま生まれてしまったの。だから、これから世界を巡らなきゃいけないの。それは、ソシエだって理解しているの」


 確認するようにソシエさんを見ると、相変わらず敵意剥き出しでこちらを睨んでいたけど、まばたきで肯定こうていされた。


 なぜ、女の子は旅をしなければいけないのか。生まれたばかりだというのに、過酷ではないのか。しかも、邪族や妖魔が狙っているとわかっていながら決行する理由とはなんだろう。

 色々と疑問は浮かぶけど、どうやら女の子が世界中を旅して周るという話は、ミシェイラちゃんたちの間で絶対的な条件として定まっているみたいだ。


「邪族の動きはまだにぶいから、こちらで対処できるの。でも、妖魔や魔物たちは違うの。あれを放置し続けていれば、いずれは後手に回ってしまうの。それなら、旅の始まりに最も大きなうれいは取り除いておくべきなの」

「それってつまり、女の子の旅の始まりは、僕たちのところからってこと?」

「重要な役目なの。こちらの出鼻でばなくじかれてしまえば、もう先はないの」


 まさか、妖魔の王を討伐するという話が、こんなに重要な案件だったなんて。

 しかも、けるのは僕たちの命だけじゃない。囮となる女の子を失うことになれば、目も当てられない事態へと陥ってしまう。

 ミシェイラちゃんは、僕たちに重大な役目を担わせようとしていたんだね。


 女の子の正体や、世界中を旅して周らなきゃいけないという具体的な理由は、まだ聴けていない。だというのに、これまでの話を聞いただけで、緊張に身体が硬直してしまっていた。


 僕たちは、果たしてミシェイラちゃんの期待に応えることができるだろうか。

 それよりも先ず、この話に関わる資格はあるのかな?


 ううん、それは過ぎた心配だ。

 ミシェイラちゃんは、僕たちになら任せられると信頼しているからこそ、話を持ってきてくれたんだよね。

 それに、僕たちはさっき、答えを導き出したばかりだ。

 なら、僕たちはこれから、全力で期待に応えるだけです。


 この地から女の子の世界の旅が始まるのなら、最初に憂いを払ってみせましょう!


 だけど、僕たちの力も決意も信用していないソシエさんは、声を震わせる。


「ならば……。ならばこそ、このような未熟者たちに任せるなど、言語道断です!」


 僕を指差し、厳しく叱責しっせきするソシエさん。


 僕たちが、どれくらい未熟者なのか。

 武闘派というソシエさんと、どれくらいの実力差があるのか。


 まあ、言われた通り、僕たちはまだまだ弱いんだろうね。

 僕たちより強い相手なんて、数えたら切りがない。

 そんなことは、言われなくったって百も承知している。


 でも、自分で理解しているのと、相手から見下されたように言い放たれるのとは、受ける意味合いが違ってくる。


「さっきから、聞き捨てならないわね?」

「あらあらまあまあ、ミストさん。わたくしと意見が重なりましたね」

「二人だけじゃないわ。私たちみんなが感じたことだわ」

「二人だけじゃないわ。私たちみんなが思ったことだわ」

「エルネア様は、未熟者ではありませんわ!」

「未熟者と人を馬鹿にする者の方が、未熟者ですね」

「やろうっての? 空を飛べるからって、優位だとは思わないことね?」


 僕が反論する前に、妻たちの口から異議の声が上がった。


「舐めてもらっては困るわ。これでも、竜姫なのだから」


 ミストラルを筆頭にして、臨戦体制へと入る妻たち。


 僕たちが本当に未熟者であるかどうか。

 妖魔の王を相手にして、戦うことができる実力はあるのか。

 そして何よりも、囮となる女の子を守り通すだけの責任を負えるのか。


 見せてやろうじゃないか!


 僕も、白剣と霊樹の木刀を抜き放つ。

 喧嘩を売られて、尻込みするような僕たちではないからね。


 交戦の意思を示すこちらに対して、低空まで降下してきていた戦女仙たちも戦意を露わにしてきた。

 というか、最初から彼女たちは僕たちと一戦交える気満々だったよね。


 敬服するミシェイラちゃんやナザリアさん一家の前でさえ地面に降り立たなかったのは、いつでも僕たちと戦える状態を維持するためだ。

 戦女仙も、他の有翼の種族の例に漏れず、地上戦は苦手なんだ。


「ミシェイラ様?」


 ナザリアさんが、何かを確認するようにミシェイラちゃんを見る。だけどもミシェイラちゃんは返答しなかった。

 つまり、僕たちと戦女仙の決闘を黙認する、ということだ!


 ミシェイラちゃんの意思を受け取ったソシエさんが、殺意にも似た敵意で僕を睨む。そして、光り輝く翼を羽ばたかせると、一瞬で上空へと舞い上がった。


「むきぃっ、飛ぶとは卑怯ひきょうですよ!」


 マドリーヌ様、今更ですか……


 苦笑する僕たち。

 だけど、口角を上げている場合ではない。

 空を飛ぶ戦女仙と、どう戦えばいいのか。


 ルーヴェントの戦い方を思い出す。

 有翼の者は、空の上という圧倒的優位な位置から、地上の者を容赦なく襲う。

 空を飛べない僕たちは、武器も術も届かない相手から、一方的に攻撃されるばかりだ。


 しかも、と戦女仙の動きを注意深く観察する。

 飛行能力は、天族よりも遥かに優れているね。下手をすると、小回りが利く分、飛竜よりも余程手強い相手かもしれない。


「でも、僕たちなら問題ないね!」


 僕の合図で、全員が役割を持った動きを開始した。

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