勝利を掴む者
戦いは、開始の合図もなく、
翼を持つ種族は、優位な上空から攻撃を仕掛けてくる。と身構えた僕たちを
僕に狙いをすまし、白刃を
「くうっ!」
初手から、予想外の攻撃で後手に回ってしまう。
だけど、こちらだって咄嗟に反応できないほど未熟者ではない。
霊樹の木刀を振るい、上空から強襲する斬撃を受け流す。
ずしり、と左手に重い感触が伝わる。
急降下で加速の乗った攻撃は、まるで竜族の体当たりを思わせるような威力があった。
でも、こちらが攻勢に転じた時には、既に戦女仙は空高くへと舞い戻ってしまっていた。
「あの急降下と急上昇は厄介ね。戦女仙は、こういう戦い方を好むのかしら?」
別の戦女仙からの初撃を受け切ったミストラルが、分析するように空を睨む。
「でも、向こうから接近してくれるのはありがたいわ」
「でも、向こうから間合いを詰めてくれるのは嬉しいわ」
「手の届かない上空から一方的に攻撃されるよりはましね。何より、受けきれない攻撃というわけでもないし」
こちらも、戦女仙の急降下攻撃を受け流した王女三姉妹が、不敵に笑う。
「はわわっ。ですが、このまま単純な攻撃が続くかは不明ですわ」
唯一、ライラだけが不安そうに霊樹製の両手棍を抱えて、夜空を見上げていた。
「そうだね。今のは、ほんの小手調べだと思うよ。だから、このまま向こうに主導権を渡したまま戦うのは危険だ!」
ソシエさんや他の戦女仙だって、この程度で僕たちが遅れをとるなんて考えは、毛頭ないはずだ。なら、今の攻撃は次へ繋げる為の布石。これからが、戦いの本番になる。
でも、僕たちだって相手の出方を待っての後手後手作戦なんて取ろうとは思わない。
次に動いたのは、ユフィーリアとニーナだった。
「ユフィと」
「ニーナの」
戦女仙が再び急降下してくる前に、手を取り合う双子王女様。
「「
ユフィーリアとニーナの掛け声に合わせて、地面から長い竜の尻尾が生えてくる。
しかも、何本も!
毎回、どういう発想で新術を開発しているんだろうね?
何本もの竜の尻尾は僕たちの頭上を越えて伸びると、
気のせいかな?
夜闇に
そんな感想はともかくとして。
竜の尻尾は、空へと上昇していくユフィーリアとニーナの竜気を追うようにして、天高くどこまでも伸びていく。
そして、戦女仙たちを上空で薙ぎ払おうと、無差別に暴れ狂い始めた。
「うわぁ。あれって、飛竜の群れでも蹴散らしちゃいそうだね?」
戦女仙も、まともに受けては痛い目を見ると本能で察したのか、応戦することなく散り散りに飛び回って回避していく。
「空を飛ぶ者を相手にした戦い方を考えていたわ」
「空を飛ぶ者への攻撃手段を考えていたわ」
普通なら、まずは空からの一方的な攻撃をどう防ぐのか、と考えるだろうけど。
攻撃的なユフィーリアとニーナは、逆にどう対処すれば勝てるのかを考えていたんだね。
地上から長く伸びた竜の尻尾は、上空で
さすがの戦女仙たちも、背中の光る翼を羽ばたかせて逃げ回るばかり。と思いきや。
「はわわっ。綺麗に分散されてしまいましたわ」
ライラの指摘通り。
戦女仙は、逃げ回りながらもお互いの位置を確認しあっていたみたいだ。
気づけば、戦女仙たちは上空で、僕たちを中心に据えて、均等に散らばっていた。
「来るわ。気をつけて!」
ミストラルの警告が飛ぶ。
戦女仙たちは、上空でこちらを包囲した状態のまま、一斉に急降下してきた。
地上すれすれまで垂直に急降下し、その後、勢いをそのままにして、中心である僕たちに向けて間合いを詰めるように強襲してきた。
僕たちはお互いに背中を預けあい、四方八方から迫る戦女仙を迎え撃とうと身構える。
「目先にしか意識が向かない、未熟者たちめ!」
そこへ、ソシエさんの声が上空から降ってきた。
光り輝く羽の雨と同時に!
「急降下してきた戦女仙たちは、囮か!」
勝負を見守っていた獣人族の人たちが叫ぶ。
未だに暴れ狂っている無数の竜の尻尾を掻い潜り、ひとりだけ上空に残っていたソシエさんが術を放ったんだ!
しかも、ソシエさんの術は、何も僕たちだけを限定して狙ったものではなかった。
広範囲にわたり、光り輝く羽の雨が降り注ぐ。
僕たちの頭上にも。周囲の獣人族たちの頭上にも!
獣人族の人たちから、悲鳴があがる。
「ルイセイネ、マドリーヌ様!」
「あらあらまあまあ、予想通りですね」
「むきぃっ、善良なる一般の者たちまで巻き込むなんて、許せません!」
ルイセイネとマドリーヌ様が力を合わせ、法術を発動させた。
空に上がったひと
散った流れ星の隙間を埋めるように、薄い水の
法術の
とはいえ、ルイセイネとマドリーヌ様が力を合わせた法術でも、限界がある。
防御結界の膜を突き破った光の羽が、容赦なく降ってきた。
防ぎきれなかった光る羽の雨を払い散らそうと、竜尾乱舞で召喚された竜の尻尾が唸りを上げて振り回される。
攻めるソシエさんと、防御に回った僕たち。どちらが優勢か。と、意識を頭上へ向けている場合ではない!
僕たちの意識を、空から地上へ、そして、もう一度空へと向けさせて、
だけど、降り注ぐ光の羽の雨に注意が向いている隙に、低空から迫る戦女仙たちが間近まで迫ってきていた。
「忙しいな!」
空からの術を防がないといけないし、一撃離脱を狙う戦女仙たちへも対応しなきゃいけない。
どちらかに意識を向け過ぎてしまえば、どちらかの対処が
ソシエさんが大口を叩くだけのことはあった。
戦女仙たちは、集団戦に慣れている。
どういう戦術を取れば自分たちの戦い方に相手を巻き込めるのかを熟知し、全員が連携して動く。
これが、戦女仙の戦い方なのか、と遅ればせながらに痛感させられちゃう。
地上すれすれを高速で飛行し、瞬く間に間合いを詰めてくる戦女仙たち。
だけど、急に二人の戦女仙が浮力を失って、地面に落下した。
飛行速度に勢いがあり過ぎたせいか、二人の戦女仙は何度も転がりながら、地面に叩きつけられる。
「あら、ごめんなさい? でも、アリシアもエルネア君の大親友よね? なら、参加しちゃってもいいってことよね?」
なぜ、急に浮力を無くしたのか。全身を打ちながらも、理解できないという様子で自分の翼を見る戦女仙に、アリシアちゃんがにっこりと微笑む。
どうやら、風の精霊術で戦女仙の光る翼から浮力を奪ったんだね。
周囲に風の精霊さんの気配はないけど、使役している精霊を召喚すれば、これくらいは賢者様なら朝ご飯前だ!
さらに、別の方角から飛来してきていた戦女仙が悲鳴をあげた。
見れば、屈強な獣人族の戦士に体当たりをされて、吹き飛ばされたみたい。
「おうおうっ! 俺たちまで巻き込んだっつうことは、反撃されても文句は言えねえよな?」
にやり、と笑みを浮かべる獣人族の戦士たち。
やられたら、やり返す!
さらにさらに!
「くうっ!」
「な、何をなさるのです!?」
困惑した声が、戦女仙たちからあがる。
見ると、こちらに迫ろうとしていた戦女仙を、セジムさんとアゼイランさんが妨害していた。
「いやあ、何をなさるも何も、許可は最初にナザリアが取っていたしなぁ」
「母さんは、ちゃんとミシェイラ様に聞いたぜ?」
ああ、そういうことか、と気付く。
試合う前、ナザリアさんがミシェイラちゃんにかけた言葉は「僕たちと戦女仙の戦いを黙認するのか」という意味じゃなくて「自分たちが参戦してもいいのか」という確認だったんだね。
「何か勘違いをしていたとしたら、お前さんたちの落ち度だな?」
セジムさんとアゼイランさんも、精霊術で戦女仙たちの浮力を奪い、次々と撃墜していく。
ミシェイラちゃんは、相変わらず無言で戦いを見守っていた。
「こ、このっ!」
思わぬ伏兵が各所で出現し、怒り心頭で剣を振りかざす戦女仙。
「おおっと。翼を失ったあんたらに何ができるってんだよ? なあ、元有翼族の皆さん。地上戦は、その大きすぎる翼のせいで苦手だろ?」
戦女仙は、元有翼族!?
どういうこと?
なんて、疑問は後回しだ。
戦女仙の
セジムさんも、二人の戦女仙を相手に拳を振るう。
みんなのおかげで、迫る戦女仙の数は半減した。
だけど、こちらにだって、余裕ができたわけではない。
非戦闘員である鹿種の獣人族を護りながら、勝負を続けなきゃいけない。
地面から生えた竜の尻尾の隙間を
速度の乗った重い斬撃を受け流し、反撃しようと剣を斬り返す。
でも、浮力を奪われなかった戦女仙たちは、一瞬のうちに上空へと離脱してしまっていた。
そして、アリシアちゃんたちの精霊術を警戒してか、高度を高く取ったまま、降下してくる気配を見せない。
「さぁて、こうなるとソシエたちが次に取る手は……」
セジムさんの足下には、気を失った戦女仙が二人、倒れていた。
他にも、アゼイランさんが打ち負かした戦女仙がひとり。獣人族の戦士たちに取り押さえられた者がひとり。それと、最初にアリシアちゃんの精霊術で勢いよく落とされて、苦しそうに悶絶している戦女仙が二人。
ソシエさんと戦女仙は戦力を半減させてしまった。
だけど、戦意は全く
むしろ、こちらに遅れを取ったということで闘争心に火がついたのか、先ほどまでよりも眩しく翼を輝かせて飛んでいる。
……いや、違う!
あれは、次の術を発動させようとしているんだ!
ソシエさんたちの翼が輝きを増すほどに、空からの威圧感が増してくる。
上空の曇天が、眩く発光するソシエさんたちの翼の輝きを受けて、
「……こいつは、やべぇな」
獣人族の戦士たちが、顔を引きつらせて上空を見上げていた。
「おいおいおい、大丈夫なのかよ!?」
「いくらなんでも、こいつは……!」
さっきまで威勢の良かったセジムさんとアゼイランさんも、
「んにゃん。危険にゃん。全力で防御にゃん」
僕の懐に潜んでいたニーミアが、顔を出す。
そして、空を見上げてふるふると震えだした。
僕たちはニーミアの忠告に従って、全力で結界を張る。
ルイセイネとマドリーヌ様は、ジャバラヤン様と改めて手を繋ぎ、さっきの傘のような防御法術を発動させた。
僕やミストラルも、何重もの竜術の結界を張り巡らせる。
そうしている間にも、上空のソシエさんたちは術を発動させようと、動く。
残った者たちで、上空に輪を作るようにして飛ぶ。
敵対する相手の動きながら、不思議な光景に魅入りそうになってしまった。
ソシエさんたちの背中で光り輝く、大きな翼。それが、さらに大きくなっていく。そして、隣り合う戦女仙の翼と触れ合うと、翼同士が重なり合い、融合していく。
空に、戦女仙の翼が創り出した、光の輪が生まれた。
ぞわり、と悪寒が走る。
「みんな、来るよ! 衝撃に備えて!!」
叫んだ僕の声と同時だった。
『貴様らは、こんな場所で何を
曇天が、
荒々しい咆哮が、空を支配する。
はっと、咄嗟に上空を仰ぎ見るソシエさんたち。
次の瞬間。
業火で曇天を焼き尽くし、火の玉の雨が空を埋め尽くす。
「ぎゃーっ!」
悲鳴をあげる僕たち。
ソシエさんたちも、自分たちよりも高い位置からの思わぬ攻撃に、悲鳴をあげて逃げ惑う。
光の羽の雨なんて、この火の玉の豪雨に比べれば、
なにせ、法術の結界を容易く蒸発させ、僕たちの多重の結界を難なく打ち破った火の玉は、容赦なく、しかも止むことなく僕たちを襲う。
ニーミアの最後の結界で、なんとか持ちこたえるのがやっとだ。
「レ、レヴァリア、もういいよ! お願いだから、
そう。問答無用で全ての者たちを焼き尽くそうと火の玉の豪雨を降らせたのは、レヴァリアだった。
そもそも、僕たちはソシエさんたちの大術を警戒していたわけじゃない。
ソシエさんたちの、さらに上空。
雲の上に飛来してきたレヴァリアが、怒って竜術を放とうとしている気配を察知したから、全力で警戒したのです!
ソシエさんたちは、まさか自分たちよりも高く飛ぶ者が出現するとは思いもよらなかったんだろうね。だから、レヴァリアの気配に寸前まで気づけなかったわけだ。
でも、僕たちは空に意識を向けていた分、分厚くなっていく雲の上のレヴァリアに気づけたわけだ。
『我を置いて、貴様らは何を遊んでいる!』
「わわわっ。遊んでいたわけじゃないんだよっ。誤解だよっ」
どうやら、レヴァリアはヨルテニトス王国に置き去りにしたことを怒っているみたい。
でも、仕方がないよね?
だって、レヴァリアたちはどこかに飛んで行っていたわけだし、僕たちは急を要していたわけだしさ。
『ええい、言い訳はいらん!』
「はわわっ。レヴァリア様、どうかお許しくださいですわ」
ライラが懇願する。
だけど、今夜のレヴァリアは、置いてけぼりを食らって大激怒しているみたいだ!
「相変わらず、騒がしい家族なの」
ミシェイラちゃんだけが、紅蓮色に支配された夜空を見上げて、
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