新たな命

 ミシェイラちゃんと護衛のナザリアさん一家の登場に、僕たちは驚く。

 なぜ、この時期にミシェイラちゃんたちが僕たちの前に現れたのか。そして、邪族じゃぞくはお任せ、と胸を張っていながら、年末の騒動には駆けつけてくれなかったのか。

 色々と思い巡らせる。


 いっその事、勢いに任せてミシェイラちゃんを問い詰めようかとも思ったけど。


「エルネア、個人的なことは後回しにしましょう。それよりも、今は獣人族たちを支援しなきゃ」

「うん、そうだね」


 そうだ。ミシェイラちゃんたちとの邂逅かいこうを懐かしむよりも前に、もうひとつだけやらなきゃいけないことが残されているよね。


 妖魔を倒した、という達成感に包まれた僕たちとは違い、村を襲撃された鹿種の獣人族の中には、今も顔色を取り戻さない人たちがいた。

 妖魔によって、家族や大切な人たちを亡くした人たちだ。


「さあ、犠牲になった方々が安らかに眠れるように、とむらいの準備をしましょう」


 マドリーヌ様が率先して、鹿種の人たちを導く。

 気が抜けて棒立ちになっていた女性。疲れ果てて座り込んだ青年。マドリーヌ様は、ひとりひとりに声をかけて周る。

 すると、いやしを含んだマドリーヌ様の声に人々は元気を取り戻し、また動き出す。

 瓦礫がれきを片付けたり、遺品を探したり。


 宗教観を持っていないはずの獣人族だけど、亡くなった者への想いは、どの種族も共通している。

 悲しみながらも、人々は弔いに向けて準備を始めた。


「わらわも……」

「あらあらまあまあ。イステリシアさんはもう限界を超えているのですから、これ以上の無理はいけませんよ? しっかりお休みすることも、修行のうちです」


 本人の言葉とは裏腹に、イステリシアの瞳は今にも閉じてしまいそうだった。

 力を使い果たしたら、衰弱状態になってしまう。きっと、このまま眠りについたら、数日間は目を覚まさないだろうね。

 イステリシアは最後まで見届けたいと思っているだろうけど、これ以上の無理をしてしまうと、命に関わっちゃう。


「あとは、お任せなさい」


 ジャバラヤン様の優しい笑顔に見送られながら、イステリシアは静かに眠りに落ちた。






 日が昇る頃には、粗方あらかたの片付けが終わった。

 それから、犠牲になった獣人族の人たちを弔い、ようやく落ち着いたのは日暮れ前だった。


「ミシェイラちゃん、探していたんだよ!」


 ナザリアさんたちも、お手伝いをしてくれた。

 まあ、食料を調達に行ったセジムさんとアゼイランさんは、相変わらず毒毒の食材ばかりを採ってきて、あんまり役に立たなかったけど。

 それはともかくとして、僕はお手伝いへの感謝をしつつも、昨年末の件でミシェイラちゃんに詰め寄る。


「すっごく強い邪族が出現して、大変だったんだよ?」

「ごめんなさいなの。でも、どうしても手が離せない要件があったの」


 はて、人の言葉を口にする邪族の出現という大事件を差し置いて、手が離せなかった要件とはなんだろう?

 すると、ミシェイラちゃんは事情を教えてくれた。


「ある女の子が生まれたの」

「ミシェイラちゃんが産んだの!?」

「エルネアはお馬鹿なの」

「しくしく、ごめんなさい」


 自分の娘を「ある女の子」なんて言う母親はいないよね。

 ということは、誰の子供なんだろうね?

 だけど、ミシェイラちゃんは女の子の両親についてはいっさい口を割らずに、話を進める。


「あたしたちは、どうしても女の子の誕生に立ち会わなければいけなかったの。だから、駆けつけられなかったの。ごめんなさい」


 背中の半透明のはねをしゅんと縮めて謝るミシェイラちゃん。

 ナザリアさんたちも、申し訳なさそうに表情を曇らせる。


「もしかして、西に用事があるって言ってたのは、その子の出産に立ち会うためだった?」


 ミシェイラちゃんたちは、別れる間際に西へ行くと言っていたよね。だから、僕たちも禁領から西側に足取りがないか探したんだけど。

 結局、昨冬はミシェイラちゃんたちを見つけ出すことができなかった。


 だけど、僕の質問にミシェイラちゃんは首を横に降る。


「違うの。あの子の誕生は、本来であればもう少し後のはずだったの。二百年か、三百年か……。それが急に早まって、あたしたちも大慌てだったの」

「はは、ははは……」


 なんだろうね?

 女の子が生まれるということは、予見されていたことなのかもしれない。

 だけど、それが百年単位での話になってくると、もう手に負えません。

 いったい、その女の子とは何者なんだろうね?

 そして、邪族の案件より女の子の誕生の方が重要な理由とは、なんだろう?


 が沈み始めると、気温もぐっと下がり始めた。

 妖魔によって家屋を破壊された鹿種の村で、僕たちが泊まれるような建物の余裕はない。

 僕たちは荷物から野営の設備を取り出すと、天幕を張る。そしてき火を囲みながら、ミシェイラちゃんの話を聞く。


「あの子がこんなに早く生まれてきた原因は、まだあたしたちにもわからないの。でも、その影響が世界各地に出始めているのは確かなの」

「もしかして、女の子の誕生と、妖魔を頻繁に見かけるようになったことは、繋がっている?」


 ふと、そんな気がして質問したけど、どうやら正解だったみたい。

 ミシェイラちゃんが頷く。


「本当に、こんなに早くあの子が生まれるなんて、あたしたちにも予想外だったの。でも、同じように予想を外して、急に慌ただしく活動し始めた存在があるの。剣聖やあたしたちは、奴らからあの子を護る必要があったの。それで、手が離せなかったの」

「その、慌ただしく活動し始めた存在とは……?」


 ごくり、と唾を飲み込む。

 ミシェイラちゃんが敵視する存在。

 なんとなくは予想がつくけど……


 ミシェイラちゃんは、僕たちの心の準備が整うのを待って、その存在を口にした。


「邪族、なの」

「やっぱり!」


 かつて、ミシェイラちゃんは邪族を「世界の敵」と断言した。


 僕たちも、邪族と対峙したことがあるから知っている。

 あれは、純粋な「悪」の存在だ。

 放置していれば、きっと世界は壊れてしまう。


 人族の視点から見れば、魔族や神族だって「悪」の存在だけど。でも、魔族や神族の人たちとは会話ができるし、心を通じ合わせることのできる者もいる。

 だけど、邪族は違う。


 邪族は、僕たちとは絶対に相容あいいれない存在なんだ。

 そして、ミシェイラちゃんたちは、邪族から「ある女の子」を護るために、手が離せなかったという。


「ところで、疑問に思っていたんだけど。なんで邪族と一緒に妖魔が大量出現したのかな?」


 そもそも、最初は妖魔の話だったよね?

 すると、お茶で喉をうるおすミシェイラちゃんの代わりに、ナザリアさんが教えてくれた。


「簡単に言えば、邪族の下位的な存在が妖魔なのさ」

「な、なんだってー!?」

「さらに言えば、妖魔の更に下に位置する存在が魔物になるかしらね」

「な、な、なんですとー!!」


 いや、深く考察していれば、わかったのかもしれない。

 そもそも、妖魔も魔物も、邪族と同じように意思疎通いしそつうなんてできない、危険な生物だよね。

 人族だけじゃなく、魔族や神族だって、魔物や妖魔が現れれば問答無用で討伐する。

 つまり、魔物も妖魔も、世界中の者たちから「敵」とみなされる存在なわけだ。

 そして邪族もまた、ミシェイラちゃんたちから明確に「敵」と指摘されている。


 でも、証拠がなかったしさ。

 気づけなかったのは仕方がないよね。

 第一、魔物と妖魔と邪族を研究している人なんて、絶対にいないと思います。


 魔物は頻繁ひんぱん遭遇そうぐうするけど、妖魔なんて、普通に生活を送っている人なら一生に一度遭遇するか、しないか、くらいにまれな存在なんだし。しかも、不運にも妖魔に遭遇なんてしちゃったら、命なんて風前のともしびで、研究する前に自分のことを心配しなきゃいけなくなる。

 ましてや、邪族なんて普通に暮らしている者たちは存在さえ知らないよね。


「薄々は感じていたわね。年末の邪族の件で、妖魔の出現が異常だったから」


 度肝どぎもを抜かれてひっくり返った僕とは違い、邪族や妖魔と戦い続けてくれていたミストラルたちは本能的に理解していたみたい。


「ええっと、それで……。近頃、妖魔の出現が頻発するように感じられるのと、ミシェイラちゃんたちが僕たちを訪ねてきたのには、何か関連があるってことだよね?」


 話を戻す。


 僕が感じた、妖魔の異変。

 ミシェイラちゃんたちの、突然の来訪。

 そして、ある女の子の誕生と邪族にまつわる話。

 全てが繋がっているように感じた。


 お茶でひと息ついたミシェイラちゃんが、改めて口を開く。


「邪族は、妖魔を引き寄せるの。そして、妖魔は魔物を引き寄せるの」

「つまり、妖魔をよく見かけるようになった原因は、邪族が活性化しているから?」


 うん、と頷くミシェイラちゃん。


 限定的な地域での話ではなく、全世界で邪族が活性化し始めたから、妖魔も各地で見かけるようになってきたってことかな?

 そうすると、これからは魔物も増えてくるというわけだ。

 人々にとって、ただでさえ過酷な旅が、さらに困難なものになっていく。

 恐ろしい予感に、寒さではない震えが全身を襲う。


「いったい、どうすれば邪族の活性化を止められるの?」


 このまま放置なんてできない。

 邪族のことは、ミシェイラちゃんにお任せ。なんて、言っている場合でもないよね。

 でも、僕たちには何ができるんだろう?


 邪族は、生まれたばかりの女の子を狙って活性化し始めたという。

 では、どうすれば、邪族の動きを沈静化させることができるのかな?


 邪族を操っている黒幕を倒す?

 いや、意味がない。次の支配者が現れるかもしれないし、そもそも、黒幕とか支配者とか、邪族を操っている存在がいるのかも不明だよね。


 では、世界中の邪族を滅ぼす?

 無理に決まっている。

 邪族の総数がわからないどころか、どこに出現するのかさえ、僕たちには予測ができない。


 それに、自分たちが住んでいる地域の安定さえ守りきれるかわからないのに、世界中を飛び回るなんて馬鹿な発想だ。

 そう考えると、邪族が活性化し始めたという現在、僕たちにできることは限られているような気がする。


「邪族が本格的に動き出すのは、まだずっと先なの」

「それってつまり、女の子の誕生が早すぎて、邪族の準備も間に合っていなかったってこと?」

「そういうことなの。でも、油断は禁物。だから、あたしたちは引き続き、邪族の動きに警戒しなきゃいけないの」


 どうやら、最初の難関は僕たちの知らないところで乗り越えていたみたい。

 ミシェイラちゃんたちにとって、女の子の誕生の際に襲撃してきた邪族を撃退したことで、いち段落ついていたらしい。


 では、僕たちには、もう役目がない?

 いやいや、そんなはずはない。

 それなら、わざわざミシェイラちゃんたちが僕たちの前にこうして現れるわけがないよね。

 次の戦いに備えての休息なら、禁領のお屋敷でも良かったはずなのに、わざわざ北の地にまでやって来たということは、それなりの理由があるはずだ。


 僕の予感は的中した。


「邪族の動向については、あたしたちにお任せなの。でも、もっと大変な事態が予想されているの」

「それって……?」


 邪族の出現よりも大変な事態とは、何だろう?


 一拍置いて、ミシェイラちゃんは続きを口にした。


「妖魔は、邪族よりも下位の存在、とあなどっては駄目なの。妖魔の中にも、邪族を上回る力を持つ者もいるの。エルネアたちには、妖魔ようまおうからあの子を守ってほしいの」

「よ、妖魔の王!?」


 思わぬ存在に、全員が目を見開いて驚く。

 だけど、驚愕するのはまだ早かった。


「馬鹿な! ミシェイラ様、このような未熟者たちに、協力を得ようというのですか!」


 冬らしい、どんよりとした雲が夜の空に広がり始めていた。

 その曇天どんてんが、光を受けて真昼のように輝く。

 そして、彼女たちが空から降ってきた。


戦女仙いくさにょせん!」

「まさか、ここまで尾けられていたのか!?」


 ナザリアさんとセジムさんが、空を見上げて叫んだ。

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