北の海の人魚さま
桃色の美しい
ルイララの本来の姿と同じように、上半身は人の姿。
赤に近い桃色の長い髪と、美しい容姿。
女性らしい細い首から
そして、きゅっと絞られたくびれから下が、まさに魚のそれだった。
「というか、服を着ていない! そして、ルイララとは違って小柄ですね!!」
海の底から姿を現した計り知れない気配の人魚さまの小柄さにもっとも驚いてしまう。
そして一拍遅れて、そういえばルイララも本性を現すと裸だったよね、と思い出した。
海を泳ぐ時は、衣服は邪魔になるのかな?
それよりも!
僕は嬉しくなる。
裸の女性の上半身を見たからじゃないよ!
海上に姿を現した桃色の人魚さまが、ルイララとは違って伝説通りの美しい姿をしていたからです!
「まあぁ、それではぁ。坊やがルイララ坊やのぉ、お友達なのねぇ」
と、桃色の美しい人魚さまがおっとりとした言葉を発した。
その直後っだった!
ざばんっ、と人魚さまが跳ねた!
そして、一瞬で僕の側に降りた人魚さま。
鯢竜の頭の上に魚の下半身を横たえて、上半身を起こして僕を見上げる人魚さま。
この状態だと、人魚さまの華奢な肩が僕の腰辺りになるね。
「まあまあぁ。可愛らしいわぁ。ルイララ坊やと仲良くしてくれて、ありがとうねぇ」
どこか、ユーリィおばあちゃんに近いおっとりさを感じる。
その人魚さまが、遠慮なく僕の腰に抱きついてきた。
上半身裸で!
「うわきうわき」
「いやいや、それは誤解だからね!?」
アレスちゃんは、人魚さまに警戒心はないみたいだ。
気配は始祖族らしくて計り知れないものがあるけど、おっとりとした口調や見た目の美しさから、警戒心が薄れてしまうのかな?
それとも、何かあったとしても、見渡す限りの大海原で、この人魚さまには絶対に敵わないという心理から、本能が警戒するだけ無駄と諦めてしまっているのかもね。
というかアレスちゃんは、僕に抱きついてきた人魚さまに向かって遠慮なくぺしぺしと叩いています!
だけど、人魚さまはアレスちゃんの攻撃なんて気にした様子もなく、僕を更に強く抱きしめてきた。
小ぶりな双丘の感触が!
「こほんっ。エルネア君」
そこで、アリスさんの咳払いが響く。
「アリスさん、助けてください? 僕はこの人魚さまに襲われています?」
「君はなぜそこで疑問系になるんだ?」
「さあ?」
けっして、鼻の下なんて伸びていませんからね?
というか!
「あ、貴女がルイララの親ということは、つまり?」
僕は、少し勘違いをしていたのかもしれない。
ルイララの親。北の海の絶対の支配者。
恐るべき始祖族。
そう聞かされていて。
なんとなく、僕は男性を思い浮かべていた。
でも、違ったようです。
ルイララの親とは、母親だった!
それじゃあ、父親は?
僕が浮かべた当然の疑問に対して、シャルロットが親切に答えてくれた。
「剣子爵ルイララは、人魚様の魂を分けて生まれたのですよ。ですので、人魚様は母であり父であるということですよ」
ルイララの名前は出しちゃっても良いんだよね? と今更に思う。
魔族は他者に自分の名前を呼ばれることを嫌うんだけど。でも、母親だけでなくシャルロットまでもがルイララの名前を出しているんだし、もう遠慮はいりません。
「に、人魚さま、離してください。じゃないと、僕の今後の安寧が脅かされます!」
だって、このことをアレスちゃんがミストラルたちに話すでしょ?
そうしたら、僕は正座の刑になるんですよ?
それに、今後以前に現在進行形で、女性陣の視線が痛いんです!
清く正しい巫女さまたちの視線がね。
そりゃあ、上半身裸の美しい女性が男である僕にべったりと抱きついていたら、不純に見えちゃうよね!
「ええぇ。そのようなことは言わないでくださいねぇ。だって、ルイララ坊やのお友達ですものぉ」
「ま、また今度、ルイララと一緒に遊びに来ますので! 今回は、貴女にお願いがあって面会させてもらったんです」
口調はおっとりなんだけど、力は強いですね!
僕が本気を出しても、引き剥がすことができない。
その辺は、さすがに始祖族なんだね。
と、感心をしている場合ではありません!
助けを求めるように、シャルロットを見る。
「仕方がありませんね。それでは、エルネア君のお願いをひとつ消費いたしましょうか」
「あっ、ずるいっ」
しまった。
シャルロットの謀略だった。
僕が困る様子を傍観して、助けを求めるのを待っていたんだね?
それなら、人魚さまに抱きつかれたままでも良いかも?
「だめだめ」
「ですよねー!」
頬を膨らませて抗議するアレスちゃんに同意を示す。
それで、仕方なくお願いをひとつ消費して、シャルロットら助けてもらうことにした。
「それでは、人魚様。
シャルロットに声を掛けられて、人魚さまはようやく僕以外の周りのみんなに視線を巡らせた。
「まあまあぁ。巫女様方には大変なご足労をおかけしましたぁ。ありがとうございますぅ」
ふわり、と柔らかな笑みを浮かべる人魚さま。
この女性が本当に北の海の支配者で間違いないんだよね?
想像していた存在と大きくかけ離れた姿と性格に、僕だけでなく全員が内心で首を傾げているはずだ。
だけど、やはり気配は計り知れない。
おっとりとした話口調だから、魔王を前にしたような恐怖心や
人魚さまが放つ気配に圧倒されて、自覚なく身動きを封じられているんだ。
それはまさに、水圧に押し潰されているかのように。
人魚さまは、みんなを見渡す。
そして、改めて僕を見た。
「クナーシャちゃんのお願いを叶えてくれて、ありがとうねぇ。お礼はどうしましょうねぇ?」
ふわり、と微笑む表情さえも美しい。
だけど、見惚れちゃいけません。
人魚さまは、恐るべき北の海の支配者だからね。
現在も、僕たちは海のど真ん中にいる。その状態で油断をしすぎていたら、魔族に弄ばれてしまうから!
「もうもてあそばれている?」
「くっ。アレスちゃん、そこに気づくとは!」
という冗談はさておき。
「ひとつ、お願いがあります。僕のお願いを聞き届けてくれたら、今後もクナーシャちゃんと霊樹と関わるお約束をしましょう」
クナーシャちゃんとは、鯢竜の名前みたいだね。
鯢竜は魔族ではないので、名前を呼ばれても怒ったりはしない。
ただし、ちゃん付けはどうなのさ?
僕の話に、人魚さまはおっとりとした笑顔のまま頷いた。
「はぁい。エルネア坊やのお願いを聞き届けますねぇ。だってぇ、ルイララ坊やのお友達ですものねぇ」
この人魚さま、ルイララを溺愛しているみたいです!
母親に似ることなく、あんなにぶくぶくと巨大に育ってしまったルイララを、それでも溺愛しているだなんて。
いや、甘やかされて育った結果が、あの巨大さなのかな!?
今度、ルイララに聞いてみよう。
母親との仲睦まじい日常を聞き出さなきゃね!
「いぃっぱい、お話しましょうねぇ」
「しまった! 当然のように心を読まれちゃっている!」
ということは、僕が今更お願いを口にしなくても、もうお願いの内容は届いているのかな?
僕の思考に「届いていますよぉ」と返事をしてくれる人魚さま。
「それは助かります!」
喜ぶ僕。
だけど、話の流れを理解できているのは、僕の心を読めるアレスちゃんとシャルロットと人魚さまとクナーシャちゃんだけで、残りのアリスさんたちは意味不明といった様子だった。
だから、僕は改めて伝える。
「僕とそこの横巻き金髪の魔族が取り交わした約束があるんです。宝珠宮の秘密を解いて霊樹の件を収めたら、お願いを聞いてもらうって。そして、そのお願いとは……」
僕は、アリスさんを見た。
「アリスさんを、夫の神官さまが生まれた小島まで無事に案内すること。北の海の支配者に、その約束を取り付けることです」
アリスさんが、瞳を開いて驚く。
逆に、ミシェルさんたちの表情から緩みが消えた。
「エルネア君!」
悲鳴に近い声を発するミシェルさん。
ミシェルさんの心情は理解できる。
アリスさんは、神官さまの生まれ故郷で死にたいと思っている。
自害を許されない立場であるアリスさんは、僕に殺されることで天命を全うしようとしている。
神官さまの生まれ故郷に行くということは、つまりアリスさんの人生の終わりが示されているという意味だ。
でも、僕は改めて誓うよ。
僕は絶対に巫女殺しという罪は犯さない。
でもね?
「アリスさん。なんでそんなに神官さまの生まれ故郷に
話してくれなきゃわからない。
知らないことが多すぎて、答えを導き出せない。
それは僕だけでく、ミシェルさんたちも同じだった。
僕の問いに、だけど口を
やはり、言いたくはないようだね。
知っていた。
アリスさんの硬い意志は、この程度では打ち砕けない。
だから、僕は決めたんだ。
「みんなで、神官さまの生まれ故郷である小島へ行きましょう。きっとそこに、答えの
僕とアリスさんだけでなく。
ミシェルさんを含む全員で小島へと向かう。
僕の宣言に、今度はアリスさんが表情を固めた。
だけど、反論はできない。
だって、これは僕とシャルロットが交わした約束だからね。
そして、北の海を無事に渡る保証は、この海に君臨する絶対の支配者が請け負うんだからね。
僕たちの約束を覆したいのなら、アリスさんは自力でシャルロットと北の海の支配者を捻じ伏せないといけない。
だけど、そんな力量はアリスさんどころか僕にだってないからね。
アリスさんも、そのことは誰よりも理解している。
だから、表情を強張らせつつも、反論はしなかった。
「それじゃあ、人魚さま。僕たちが北の海を渡ることを許してくださいね?」
「ルイララ坊やとぉ、また遊びに来てくださいねぇ」
「はい、もちろんですよ!」
僕は人魚さまに約束をする。
今度は、家族全員で遊びにきますね? と、どさくさに紛れて思い浮かべたら、おっとりとした笑顔で頷かれた。
どうやら、将来の家族旅行の行き先が決まったようです。
ただし、これから迎える長くて寒い冬の季節が過ぎ去ってからだね。じゃないと、冷たい海水で凍え死んじゃいます!
「それでは、エルネア君。行ってらっしゃいませ」
「うん、行ってきます!」
手を振って見送ってくれるシャルロットに、僕は笑顔を返す。
……ん?
僕たちはどうやって、神官さまの生まれ故郷である小島に向かうのかな?
道案内は?
「人族の住んでいた小島ですかぁ。心当たりがありますよぉ」
「本当ですか!?」
「はぁい。それではぁ、行きましょうかぁ」
なんと、北の海の支配者が、目的の場所を知っていました!
と喜んだのも束の間だった。
忘れてはいけない事実。
僕は、解けないほど強力に、人魚さまに抱きつかれているのでした。
そして。
「あっ!」
僕とアレスちゃんは、人魚さまによって海へと引き摺り込まれた!
「巫女様方はぁ。お空からついてきてくださいねぇ」
と言い残し。
人魚さまは海を泳ぎ始めた。
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