舞い降りた仙たち

「ま、まさか、女の子が来ちゃった!?」


 頭上の空が、まばゆい光に覆われていく。

 僕たちは、以前にもこの気象現象を見たことがあった。


 少し前。飛竜の狩場の、もっと北側で。獣人族の村が妖魔に襲撃された事件の時だ。

 あの時は、夜闇を払うかがやきだったけど。どうやら、日中でも太陽の輝きを打ち消すほどの発光現象だったみたい。


せんたちが、とうとう来てしまいましたね」


 ラーヤアリィン様の指摘に、眩い空を目を細めて凝視する。

 すると、遠いのか近いのかさえ眩しい空で距離感は掴めないけど、たしかに仙たちが飛竜の狩場の上空に出現し始めていた。


「たぶん、あの眩しく輝く空自体が、空間転移の術なんだね」


 スレイグスタ老であれば、黄金色の立体術式を展開させて、転移の術を使う。巨人の魔王は、闇そのもののような濃い瘴気を利用して、転移するね。

 そして仙族たちは、空を眩く輝かせて、どこか遠い場所から転移してくるんだ。


 光から湧き出るように、仙たちが姿を現わす。


「人数が多いね?」


 前回は十人だった仙たちだけど、今回は既に、出現した人数を数えるだけで二十人を越えている。

 仙の全員が、背中に大きな光の翼を輝かせ、高高度の空を飛ぶ。


 まるで、なにかを待っているかのように。


 僕たちも、固唾を飲んで仙たちの様子を見守る。

 ラーヤアリィン様よりも低空で奮戦していた飛竜や、地上で戦う者たちも、上空の異変に気づいたみたい。誰もが、戦いを忘れて空を見上げていた。

 驚いたことに、鰐亀わにがめの頭部をした妖魔さえもが、空を見上げて驚愕きょうがくしたように口を開けていた。

 口腔こうくうを埋め尽くす無数の目が、不気味に見開かれていた。


「ああ、やはり仙たちと共に降臨するお方は……」


 ラーヤアリィン様が感嘆かんたんのため息を漏らした時だった。

 光の奥から、四人の男仙だんせんかつがれて、御輿みこしが現れた。


 白い象牙のような柱には隙間なく絵巻物風の彫刻が施され、絢爛けんらんな屋根を支えている。屋根は見たこともない様式のかわらき、四隅の野筋のすじからは鈴や色とりどりの布帯が垂れ下がる。

 御輿に、壁はない。代わりに、竜の森の耳長族たちが建てる建築物のように、何重にも垂れ幕が下されていた。


 大切そうに御輿を担いだ男仙たちが、ゆっくりと降下してくる。

 先に転移してきた仙たちも、御輿を守護するように周囲を飛び回りながら、降りてきた。


「僕たちも、降りましょう」


 ラーヤアリィン様に提案する。

 ラーヤアリィン様は空を滑るように降下していき、城塞の中心に建つ塔の側に着地した。

 丁度、僕たちの乗った鞍の横に塔の最上階がくる。


「ありがとうございます、ラーヤ様」


 ラーヤアリィン様の背中から塔の最上階に移動する僕たち。

 すると、右腰に帯びた霊樹の木刀が、ふるふる、と震えた。


「嬉しいの?」


 と聞くと『うん!』と元気よく返事が返ってきた。

 僕も、仙たちが約束通り来てくれたことは嬉しい。


 だけど……


 塔の最上階から、城塞や飛竜の狩り場を見渡す。

 広がる光景は、魔物や妖魔が跋扈ばっこし、多くの有志が血や汗を流しながら死闘を繰り広げる、血生臭いものだった。


 僕は、約束された日が訪れる前に、頼もしい仲間たちをこの地に集めることができた。

 でも、最大の懸念事項だった妖魔の王は、とうとう討伐することはできなかった。

 できることなら、来訪する者たちに安心して寛げる場所と時間を提供したかったのに……


 複雑な想いで、上空に降臨した仙たちと、中心の御輿を仰ぎ見た。

 光る大きな翼を羽ばたかせて、仙たちは塔を目指して降下してくる。


「あっ、違うか。仙族は、霊樹ちゃんを目印に近づいてきているんだよね」


 戦場に出ていなくて良かった。

 だけど、僕が戦場の只中ただなかに身を置いていないというだけで、飛竜の狩り場と城塞は、どこを見渡しても荒れている。

 唯一、争いのない空間は、塔と周囲の中庭だけだ。


 仙たちは、魔物や妖魔が至る所で暴れる戦場を見下ろしながら、それでも塔を目指して高度を下げてくる。


 最初に低空まで降りてきた十人以上の仙たちが、塔の周囲に集う。

 今回は、女仙にょせんだけじゃなくて、男仙の姿も見える。

 仙たちは光る翼を羽ばたかせて、最上階の壁のない柱だけの部屋の周囲で警戒態勢を敷く。


 塔の最上階からは僕たちが。塔下の地上では、聖職者や多くの者たちが。そして、スレイグスタ老とアシェルさんとラーヤアリィン様が見守る中。四人の男仙に担がれた御輿が、塔の最上階に到着した。


「エルネア!」

「エルネア君っ」


 炊き出しなどで合流できていなかったミストラルと、聖職者たちを忙しく指揮していたマドリーヌ様が合流してきた。

 気配だけだけど、ユンユンとリンリンも近くにいる。その証拠に、ランランも階段を駆け上がってきた。


 これで、特別な役目を担ってこの場にいないルイセイネを除き、家族のみんなが僕の側に揃う。

 他にも、巨人の魔王とシャルロットや、ユーリィおばあちゃんとジャバラヤン様も塔の上に登ってきた。


「まさか、この状況で来るとは思わなかったわね」


 僕の隣に並んだミストラルが、驚いたように仙たちと御輿を交互に見る。


 仙たちと共に、女の子が近いうちにこの地を訪れる。それはわかっていたけど、まさか今日だとは思わなかったよね。

 家族のみんなで顔を見合わせて、驚きを共有し合う。


 すると、主要な者たちが塔の最上階に集まったと感じ取ったのか、僕たちが居並ぶ前に二人の女仙が舞い降りた。


「約束通り、私らは貴方の持つ霊樹を道標みちしるべとして、この地に来た」


 最初に僕たちへ声をかけたのは、舞い降りた女仙の内のひとり、武装した戦女仙いくさにょせんの、ソシエさんだ。


 先に、北の地で出会ったときのような険しい顔つきで、僕や周囲の状況に目を配る。

 きっと、ソシエさんもこの混沌とした戦場をこころよく思っていないに違いない。


「魔物や下級妖魔だけでなく、上位の妖魔が出現していますね」


 案の定、ソシエさんがきつい口調で指摘してきた。


「ごめんなさい。せっかく来てくださったのに、こんな有様で……」


 素直に謝罪するしかない。

 この状況は、安全快適な旅を提供できなかった、僕たちの失態だ。

 だけど、僕たちの前に舞い降りたもうひとりの女仙が、そこへ声を掛けてきた。


「どうぞ、そう落ち込まないでください」


 長い赤髪を綺麗にくくり、美しい緑色の瞳をした、二十代後半くらいの女性だった。

 落ち着いた雰囲気ふんいきと柔らかい物腰でこちらの前までやってくると、優しく僕の手を握る。

 そして、女性は言う。


「貴方は『こんな有様』と仰いますが。わたくしは、これほど活気に満ちたいくを他に見たことはありませんよ?」

「活気……?」


 女仙の視線に釣られて、僕たちは塔の最上階から改めて城塞や飛竜の狩場を見渡す。

 女性は、ゆっくりと城塞や飛竜の狩場に視線を巡らせながら、古い記憶を辿るように話す。


「わたくしが生きた時代。土地では、周辺諸国の王たちが終わりのない戦争を続けていました。大地には血の川が流れ、多くの民草たみくさが犠牲になっていました。度重なる戦争の戦費をまかなうために重い税が課せられ、民草は食べる物もなく、見知った者同士で食料を奪い、殺し合うという始末」


 仙族は、死後に転生するという。だから、この女仙が語る凄惨せいさんな状況は、僕たちの知らない別の地域の、ずっと昔のお話なんだろうね。


「争いは、憎しみや絶望、怨念おんねん、悲しみ、怒り、憎悪、そういった負の感情しか生みません。ですが……」


 女仙は、各地で繰り広げられる戦いから視線を戻して僕を見つめると、柔らかく微笑む。


「この地には、そうした負の感情が一切ありません。誰もが希望に満ち溢れ、困難に勇気を持って挑戦しています。なによりも、戦う者たち全員が、貴方の力になれているという喜びを持っています。これほど自分を輝かせ、信じる者のために迷わず、そして楽しく戦う戦士たちの戦さ場など、わたくしは知りませんよ」


 そうだ。


 この地に集ってくれたみんなは、今も必死に戦ってくれている。自分たちの活躍こそが素晴らしい結末に繋がるのだと信じて、前へ進んでいる。

 だから、なにも恥じることはないんだ。むしろ、僕たちは胸を張って、仙や女の子を迎えるべきなんだね!


「改めまして。ようこそ、いらっしゃいました、僕たちの生きる大地へ!」

「こちらこそ、改めてお礼を申し上げます。この度は、お出迎えいただきまして、ありがうございます。御子みこ様も、きっとお喜びになっていることでしょう。それと、申し遅れました。わたくしはレーヴェ。御子様のお世話をさせていただく女仙でございます」


 僕たちは笑顔で、天からの来訪者を迎えた。

 レーヴェ様も、微笑み返す。


 春の吉日きちじつ

 今日が、まさにその日。


 ソシエさんを筆頭とした二十人を超える仙族と、レーヴェ様。それに、御輿を担ぐ四人の男仙。

 僕たちは、みなさんを心より歓迎します。


「少し騒がしい状況になっていますが、どうかお祭りの最中だと思って、ここからみんなの活躍を見ていてください!」


 魔物や妖魔の存在はともかくとして。


 少なくとも、僕や集ってくれた大勢の者たちは、楽しみながら今を戦い抜いている。

 妖魔に苦戦したとしても、落ち込んだりはしない。傷を負っても、憎しみや恐れは抱かない。

 レーヴェ様が仰ってくれたように、誰もが厳しい戦いを通して、人生を謳歌おうかしていた。


 だから、負い目を感じる必要なんてないし、臆することもない。

 自信を持って「いらっしゃいませ、飛竜の狩場へ!」と、胸を張れる。


 僕たちの歓迎に、レーヴェ様は深くお辞儀をして感謝の意を示す。

 未だに険しい顔つきのソシエさんからは何か言われるかな、と身構えたけど、こちらからも苦言などは飛んでこなかった。


 どうやら、これがソシエさんの普段の表情みたい。

 もしくは、担った重責の影響で、表情が険しい状態のまま固まってしまっているのかな?


 なにせ、ソシエさんの任務は、女の子を護り、レーヴェ様を補佐することだ。

 だから、塔の最上階に位置する壁のないお部屋の中でも、警戒に気を張り巡らせている。


 だけど、前回のような、僕たちへの敵意はない。

 まあ、逆にこちらに気を使う、という配慮もないんだけどね。

 ともかく。

 ソシエさんは、すごく真面目な女性なんだね。

 戦女仙として、全力で自分の役目をまっとうしようとしているんだ。


「それでは、レーヴェ様。そろそろ御子様を」


 魔物や妖魔が溢れ返る戦場に視線を向けながら、ソシエさんが提言する。

 口に出して言ってはくれないけど、ソシエさんも僕たちを信頼してくれているのかな?

 だから、レーヴェ様に次の行動を促したんだよね。


 ソシエさんの言葉を受けて、レーヴェ様が動く。

 背後にひかえる、四人の男仙が担ぐ御輿へ向けて足を進めると、何重にも下ろされた絹布の天幕を開く。


 僕たちは、身を乗り出してレーヴェ様と神輿の中を伺う。

 レーヴェ様は、御輿の奥に手を伸ばすと、大切そうに何かを抱きかかえた。


「わわっ!」


 驚きに、僕はつい声を漏らす。


「女の子って、赤ちゃんじゃないんですね!?」


 レーヴェ様の腕に抱かれた小さな存在に、他のみんなも驚く。


 僕たちは、生まれたばかりの女の子だと聞いていたから、てっきり赤ちゃんなのだとばかり思っていたんだけど。

 だけど、レーヴェ様の腕の中ですやすやと眠る女の子は、プリシアちゃんよりもう少し幼いくらいの姿をしていた。


 満月色の、ふわふわの髪。

 紺色こんいろの可愛い幼服ようふくを着込み、小さな身体をきゅっと丸めて眠っている。

 背中には、とても小さな、可愛らしい翼が生えていた。


「御子様、どうか世界の全てに目をお通しくださいませ」


 レーヴェ様が、眠る女の子にうやうやしく言葉をかける。

 すると、女の子は眠りながら、微かに笑みを浮かべた。

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