古の都の守護者たち
人族などよりも
「良いだろう、相手にとって不足はない。おい、貴様ら」
上級魔族が、近くの冒険者や戦士たちに言う。
「近辺に沸いたあれと同じ妖魔を、俺の近くに誘導してこい。まとめて相手をしてやる。貴様らは、引き続き他の雑魚どもを相手にしていろ」
鰐亀の頭部をした妖魔の見せる異常な現象が目立ち始めたとはいえ、飛竜の狩場や城塞に出現した他の魔物や妖魔の存在も忘れてはいけない。
今もまだ、至る所で魔物や妖魔が次から次に湧き続けていた。
不敵に笑みを浮かべた上級魔族が、魔境と化した世界を前に、魔力を
言葉こそ
これまでの戦いの中で、自分たちの実力をしっかりと認識している。できること、できないことを正しく理解し、任せるべき役目は、適任の者に任せるべきだとわかっていた。
そして何よりも、この地に集った者は、全員が仲間だ。
「よしきた、任せとけ!」
冒険者や戦士たちが走り出す。
すると、上級魔族や駆け回る者たちの様子を見ていた男が、楼閣の上から飛び降りた。
楼閣の下には、他にも数人の屈強な男たちが構えていた。
「魔族どもに負けるわけにはいかんぞ」
「昨夜の邪族は、ザンに美味しいところを持っていかれたからな」
「儂らも、そろそろ活躍せねばな」
どうやら、昨夜の邪族騒動で竜王たちの間に欲求不満が溜まっていたみたい。
各地の異常事態を高い位置から確認した竜王たちが、戦場に向かって走りだす。
いよいよ、日中においても竜王たちが本格的に動き出したようだ。
さらに、精霊たちも遊び周りながら、鰐亀の頭部をした妖魔を
『ほらほら、こっちだよ』
『お
「わらわ、恐怖!」
ラーヤアリィン様には騎乗せず、地上で真面目に精霊たちと遊ぶイステリシア。
今日も、イステリシアが精霊を追いかける構図だ。
ただし、本日のイステリシアはいつにも増して必死です。
なぜなら、盗まれた巫女装束を取り返さないといけないからね。
それに、巫女頭であるマドリーヌ様の衣装を借りているから、恥ずかしい真似はできない、と気合が入っている。
精霊たちを猛追するイステリシア。
そのイステリシアに追いかけ回されている精霊たちは、やんやと騒ぎながら城塞を逃げ回る。
しかも、わざと鰐亀の頭部をした妖魔に近づいたり、挑発しながらだ。
鰐亀の頭部をした妖魔は、近場で集団を形成している者を狙って動く習性があるみたい。
つまり、近寄ってきた大勢の精霊たちを狙う。
イステリシアは、そこに飛び込まなきゃいけない。
そりゃあ、怖いよね。
しかも、精霊たちは周囲の魔物や妖魔まで引っ張ってくる。
『逃げろー』
『逃げ遅れたら、食べられちゃうぞー』
いつも以上に楽しげな精霊たち。
だけど、追いかけるイステリシアは必死だ。
襲いかかる魔物や妖魔から逃げ、鰐亀の頭部をした妖魔の攻撃を回避しながら、必死に走るイステリシア。
「わらわ、救援を求めます!」
耳長族としての術を封印し、しかも、洗礼を受けていない状態のイステリシアは、精霊術も法術も使えない。
さすがに、この状況はイステリシアには荷が重すぎた。
全力疾走するけど、わらわらと集まってくる魔物や妖魔に包囲されつつあるイステリシア。
「はわわっ。エルネア様、イステリシア様が危険ですわ」
上空から
数区画分の魔物や妖魔が、イステリシアの周囲に集結しつつある。
しかも、その中には鰐亀の頭部をした妖魔も複数体含まれていた。
「レ、レティ……」
スー様が、イステリシアの状況を見て不安そうに眉根を寄せる。
だけど、声をかけられた巫女のレティ様は、城塞の様子を見て、柔らかく微笑んだ。
「ふふふ。スー様、大丈夫ですよ」
レティ様の言葉を裏付けるかのように。
「イステリシア、こっちだべ!」
楼門の先で、見習い巫女のルビアが手を振っていた。
イステリシアは息も切れ切れに、なんとか楼門を潜り抜ける。
周囲から大集合した魔物や妖魔も、雪崩れ込むように楼門を越えた!
そして、動きを止める。
『愚か者どもめ!』
『容赦なく滅ぼしてくれる!』
楼門の先に広がる中庭で待ち構えていた者たち。
それは、ルビアと鬼ごっこをしていた竜族たちだった。
竜族たちが、一斉に竜術を放つ。
妖魔や魔物の断末魔さえかき消す爆音が響き、城塞の一画もろとも全てを消し飛ばした。
衝撃波が、遥か上空を飛行する僕たちのもとまで届く。
僕たちはラーヤアリィン様の加護を受けているから、直接的な影響はなかったけど。周囲の薄雲が、衝撃波で吹き飛ばされた。
「竜族は、本当に容赦がないわ」
「竜族は、本当に手加減しないわ」
「そのせいで、城塞の一部が消し飛んじゃったけどね!」
アステルが衰弱するほど魔力を絞り出して創りあげた大城塞は、戦いが苛烈さを増すにつれて、崩壊の度を増していく。
「あっ!」
崩壊といえば……
僕は、上空からある地点を見下ろす。
時間が経って、土煙が晴れたそこには、頭を城塞の壁に突っ込んだ、白桃色の体毛の巨竜が!
「にゃあ」
未だに、顔を出そうとしない白桃色の巨竜。
そこへ、例外に漏れることなく、魔物や妖魔が襲いかかってきた。
もちろん、鰐顔の頭部をした妖魔もいる。
邪悪な者たちは、無防備な巨竜に背後から攻撃を仕掛ける。
「だ、大丈夫なの!?」
さすがの僕も、心配になってきた。
だけど、ニーミアはプリシアちゃんの頭の上で呑気に尻尾を振るばかり。
『アアあアァアあァァァア……ッ!』
鰐亀の頭部をした妖魔が、猿の腕を振り下ろす。
何度も何度も、動かない巨竜を打ちのめす。
魔物や妖魔も、攻撃し続けていた。
その時!
「ええい、
ようやく、巨竜が動いた。
城塞の壁から顔を引き抜くと、恐ろしい形相で魔物や妖魔を睨む。
たったそれだけで、魔物や妖魔から悲鳴があがり、攻撃の手が止まる。
巨竜は、鋭い牙がずらりと並んだ口を大きく開く。
そして、全てを白い灰に変える咆哮を放った。
一瞬で、城塞の一画が白い世界に変貌する。
魔物も、妖魔も、そして城塞も。咆哮の範囲にあった全てのものが、白い灰に変わっていた。
「凄いね! でも、アシェルさんの威力よりは低い?」
「聞こえているぞっ!」
「ぎゃっ」
率直な感想を呟いただけなのに。
地上にいた巨竜が、ラーヤアリィン様の背中に乗った僕を睨む。
そして、美しい翼を羽ばたかせて空に舞い上がる。
周囲の白い灰が風に巻き上げられて、宙を舞う。その中を飛び立つ巨竜の姿は、とても幻想的だ。
だけど、幻想的な雰囲気とは違い、殺気を纏った巨竜は真っ直ぐにこちらへと飛んできた!
「我が娘を
今度は僕たちを白い灰に変えようと、巨竜は恐ろしい口を開く。
このまま、僕たちは魔物や妖魔のように、白い灰になってしまうのか!?
「ウルス、いい加減にしなさいね?」
「ぐっ……」
だけど、ラーヤアリィン様に優しく
さらにそこへ、ニーミアの容赦ない言葉が降りかかる。
「エルネアお兄ちゃんを
「うぐぐっ!」
見る間に顔色を悪くしていくウルスさん。
「あんまり
「くうぅぅ……」
そして、ニーミアは無慈悲に追い打ちをかける。
ウルスさんは、今にも泣きそうな顔で尻尾を巻き、遠ざかっていった。
「……可哀想に。ウルスさんは、アシェルさんとニーミアに頭が上がらないんだね」
なにせ、喧嘩したらすぐに家出されちゃうもんね!
「にゃん」
「ところで、アシェルさんはウルスさんのどこに
個人的な疑問だった。
ウルスさんの正体は、もう何も言われなくったって、確定している。
アシェルさんの夫であり、ニーミアのお父さんなんだよね。
では、高貴で実力も申し分ないアシェルさんは、ウルスさんのどこに惚れたんだろう?
いや、ウルスさんが弱々しいとかって
ただ、アシェルさんは自他共に認める
「お父さんは、雪竜の中で一番、毛並みが綺麗だったにゃん」
すると、僕の思考を読んだニーミアが、自慢するように教えてくれた。
「なるほど、毛並みかぁ。ところで『だった』って過去形なの?」
「にゃん」
ニーミアが得意げに頷く。そして、過去形になった理由を教えてくれた。
「今は、にゃんが一番にゃん」
「そうか! たしかに、ニーミアの体毛は綺麗だよね。ニーミアの綺麗な体毛は、お父さん譲りだったんだね!」
遠ざかっていくウルスさん。
毛先が桃色の長い体毛が、午前の陽光を浴びて、きらきらと輝いていた。
まるで、体中を白桃色の清流が流れているかのように長い体毛を美しく揺らすウルスさん。
体長の倍以上ある長い尻尾は、ウルスさんの飛んだ軌道を彩る芸術品だ。
「
「てへっ」
ウルスさんは、振り返ることなく言い放つ。
だけど、ニーミアに言われた言葉は心に深く刺さっていたようです。
地上に溢れる魔物や妖魔に向かい、急降下していく。
狙いは、先ほど竜族たちが魔物や妖魔をまとめて消し飛ばした地点に再出現した、鰐亀の頭部をした、巨大な妖魔だ。
「その獲物は、我が相手をしてくれる。貴様らは、他の場所から獲物を釣ってこい!」
上空から強襲してきたウルスさんを迎え撃つように、妖魔は猿の腕を振り上げる。でも、ウルスさんは猿の腕を容易く喰い千切ると、そのまま妖魔へ覆い被さるように襲いかかった。
竜族たちは、
イステリシアや精霊たちも、次の獲物を探して走りだす。
「ちょっと、貴方!」
そこへ、遠くからアシェルさんの恐ろしい声が響く。
「貴方が消し飛ばした場所の妖魔を放っておいて、何をしているの!」
「えっ? い、いや、それは……。あのう?」
鰐亀の妖魔の頭部を半分食い破った状態で、ウルスさんがアシェルさんの居る方角を見る。
古代種の竜族の恐ろしさを見せつける場面だというのに、ウルスさんの顔はとても困惑していた。
「自分の後始末は、自分でしなさい」
「は、はいっ!」
ぴんっ、と背筋を伸ばして、ウルスさんはアシェルさんのお叱りに反応する。
ウルスさんは、相手にしていた妖魔の首に噛み付くと、食い千切らずに、首を振って投げ飛ばす。
妖魔は巨体を空中に舞わせ、白く変色した灰の世界に落ちた。
身体の半分以上を失って瀕死だった妖魔は、白い灰の中で
そして、楼閣よりも巨大な姿に生まれ変わって、再出現した。
そこへ、ウルスさんが飛来する。
巨竜対大妖魔。
見応えのある激戦が繰り広げられる!
同じように、飛竜の狩場の各地でも、見たことのない規模で戦いが始まっていた。
「あっちは、
二尾が特徴的だった、古代種の竜族。
どうやら「赤」を
シェラーザ様は、飛竜の狩場の東を炎の海に変えて、鰐亀の頭部をした巨大な妖魔と戦っていた。
炎の海の中で、火炎の咆哮を放つシェラーザ様。
対する巨大な妖魔は、猿の腕に生えた剛毛を燃やしながらも、シェラーザ様に殴りかかった。
シェラーザ様は赤く美しい翼を羽ばたかせ、大空に舞い上がる。
大地を赤く染めていた炎の海が、シェラーザ様の飛翔に合わせて空へ昇っていく。
大地と空が炎に支配され、その中をシェラーザ様が神々しく舞う。
一方、飛竜の狩場の西側では、世界が
太陽の光を浴びて、世界そのものが様々な色に輝く。
大地、草花、空、雲、そして空気。全てが非現実的な色に染まり、刻一刻と色を変化させていく。
目にも鮮やかな世界に、目が
その極彩色の世界を羽ばたくのは、色彩豊かな羽毛に覆われた、鳥のような翼竜だ。
「
ティレリエ様が羽ばたくごとに、世界を満たす極彩色は変化していく。
同時に、地上の妖魔が苦悶に身を捻る。
「ティレリエ様の支配する空間は、とても神聖にゃん。だから、妖魔とかは生きていけないにゃん」
それでも、鰐亀の頭部をした巨大な妖魔が苦悶しているだけなのは、消滅と再出現を休みなく繰り返しているからだ。
そして、ティレリエ様の生み出した極彩色の世界、その真逆な空間になっているのが、飛竜の狩場の北側だった。
「闇で覆われているわね」
「闇が支配しているわね」
ユフィーリアとニーナの言葉に視線を北へ巡らせると、真っ暗な闇しかなかった。
「あれは、もしかして
「正解にゃん。影竜のアルギルダル様にゃん」
「影竜の怖さは、身に染みて知っているよ」
十五歳の旅立ちの一年。僕は、竜峰で過ごした。そして、春になって下山するとき。
誤って、影竜の幼体が潜む洞窟に入ってしまった。
「でも、あのときニーミアは、影竜はお勤めをしない悪い竜って言ってなかった?」
ではなぜ、影竜が僕たちの加勢をしてくれているんだろう?
すると、ニーミアが言う。
「アルギルダル様が守護する
「それってつまり、お勤めだけでは物足りなくて、外でも迷惑をかけてるってことだね!?」
「旅人さんたちは、最初の外郭にたどり着く前に影竜に酷いことをされるから、とても困っているのにゃん」
ただでさえ、女性しか入れないという古の都なのに。何重にも張り巡らされた最初の外郭にさえ、容易には辿り着けないんだね。
お勤めを真面目にしない、暴れん坊の影竜のせいで。
「じゃあ、影竜がここに来たのって……」
「大丈夫にゃん。お母さんとラーヤ様がいるから、アルギルダル様は真面目に協力してくれるにゃん」
「女は強し!」
とはいえ、影竜の恐ろしさに変わりはない。
飛竜の狩場の北側に広がる闇そのものが、影竜だと言ってもいい。
影竜は闇に体を溶け込ませ、全方位から攻撃してくる。
きっと、あの闇の中では、妖魔が前後左右、上下も把握できずに攻撃され続けているんだろうね。
では、と最後に南の方角を確認した。
すると、こちらも実に不思議な状況になっていた。
周囲の瘴気が合わさることによって、巨大になった鰐亀の頭部をした妖魔。それが、草原の只中に一体だけで存在していた。
いったい、どうしたんだろう? と、様子を見つめる僕たち。
すると突然、猿の腕が千切れ飛ぶ。鰐亀の顔が潰れ、首が
草原には、妖魔しか存在していないはずなのに!
「
かつて、レヴァリアと共に虹竜のガフと戦った経験のあるライラが確信を持って言う。
ニーミアが、頷いた。
「虹竜のノヴァ様にゃん。にゃんも、全身をしっかりと見たことはないにゃん」
ノヴァ様が飛竜の狩場に飛来した時も、体の半分は空に
普段は、今のように姿も気配も完全に消して暮らしているのかもしれない。
でも、来訪したことを教えてくれるために、あの時は半分だけ姿を見せてくれていたんだね。
だけど、今はもう完全に姿を消していた。
世界に溶け込んだノヴァ様は、消えたまま一方的に妖魔を攻撃し続けていた。
「ねえ、エルネア君」
城塞各所で奮戦する者たち。それに、飛竜の狩場の各所でその力を見せつける竜族。
みんなの活躍に、どうやらセフィーナさんの血も
「そろそろ、私たちも戦場に出る頃合いじゃないかしら?」
さて、どの戦場に介入しよう、と地上を見下ろすセフィーナさん。
だけど、待ったがかかった。
僕ではなく、ラーヤアリィン様から。
「あなた達がこれから担わなければいけない役目は、どうやら別にありそうですよ」
ラーヤアリィン様は、自身が飛行する空よりももっと高い位置を、青い瞳で見つめていた。
僕たちも、釣られて視線を上げる。
空が、太陽の輝きとは違う光に包まれたのは、その時だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます