宴の前
収穫の秋に、穀倉地帯が広がる大街道が賑わう。
アームアード王国の首都と副都を結ぶ主要街道は、例年になく人の往来が激しかった。
秋が訪れた現在も、王都の復興は続いている。
王侯貴族の
気楽な者が言う。
「危機なんて、当面は起きない。エルネアとリステアがいるのだから」
と。だが国としては、そう楽観はしていられない。
エルネアもリステアも、不老不死ではないのだ。いずれ、彼らは世界から去っていく。
そのとき、はたして人族は、竜族や竜人族、それだけではなく獣人族や耳長族と友好でいられるだろうか。
魔族との関係を、エルネア抜きで続けられるだろうか。
いずれにせよ、王都の防衛機能は整備しなければならない。とはいえ、結局はエルネアの存在に甘え、後回しになっているのが現状だった。
そんな復興途上の王都に、遠路より旅団が到着したのは秋の良日。
街道を行き交う人々は、滅多に見ることのできない王侯行列に歓声をあげて見入っていた。
空の高い位置をゆったりと流れる薄い雲。その下を、飛竜の群が飛んでいる。
勝手気ままに飛ぶ個体は北に南に、ときには王侯行列を置き去りにして、西へと飛んでいく。そんななか、街道に長い隊列を作る一行に合わせて空に綺麗な編隊を組む、飛竜の一団があった。
その編隊のなかでも、空に瞬く黄金色の輝きに、誰もが
周りの飛竜たちよりもひと回り以上大きな
誰もが知っている。
アームアード王国とヨルテニトス王国の建国物語に登場する、伝説の翼竜だ。
しかし、街道の人々は空ばかりを見ているわけではなかった。
地上でも、珍しい行列が進んでいた。
最初は誰もが驚き、騒ぎたてた。
だが、なぜか混乱は起きなかった。
王都から副都に向かう者はとくに慣れた様子で、街道を西進する者たちに道を開ける。
副都から王都へと向かっていて「その者たち」に慣れていない人々は、最初から一目散に逃げ出してしまった後だ。
まずやって来たのは、地竜たち。
しかし、地竜の背には竜騎士の姿はない。どうやら、野生の地竜らしい。
気のままに歩く地竜は、周囲で騒ぐ人々を気にした様子もなく、大人しい足取りで歩く。
一応、アームアード王国の巡回兵や国軍が人々に注意喚起を触れ回っているが、大きな問題は起きていない。
低い地響きを鳴らしながら進む野生の地竜たち。その後ろからようやく、人を乗せた地竜が現れた。
白い鎧に身を包んだ、勇ましい騎士たち。
ヨルテニトス王国が誇る、竜騎士団だ。
野生の地竜とは違い、隊列を組んで
建国以来、双子の王国として仲睦まじく繁栄してきた、アームアード王国とヨルテニトス王国。
アームアード王国王都の手前でこれほど大規模なヨルテニトス王国軍竜騎士団の行列を見ても、誰も侵攻してきたとは思わない。
それはひとえに、竜騎士団の
地竜騎士団が過ぎると、次はいよいよ王侯行列の本命の登場だった。
誰もが息を呑む。
空を悠然と飛ぶ伝説の翼竜は確かに存在感はあったが、地上の人々には遠い存在だ。だが、地上の歓声を一身に浴びるその者は、まさに人々の憧れの存在。
先を行く地竜たちよりも大きな巨体。漆黒の鱗に包まれた地竜は、王者の風格でゆっくりと歩む。漆黒の地竜の背には、
ヨルテニトス王国国王、その人だ。
街道で
病に伏していたという。または、魔族の呪いにかかり、長い間意識を失っていたと云われている。そんな隣国の国王の元気な姿を、こうしてアームアード王国で見ることができるとは。運の良い旅人たちは、しっかりと目に焼き付けるように王侯行列を見送る。
国王が
最後に、また野生の地竜たちがのんびりと追従していた。
人と竜の異様な行列だが、アームアード王国の人々には見慣れた風景になりつつあった。
なにせ、最近では王都のなかで竜族を見かけるくらいだ。
刺激しなければ、竜族も暴れたりはしない。
王宮よりも広大ではないのか、と噂される屋敷に住む少年や少女たちが、竜族との付き合い方をその身で教えてくれていた。
見物客たちは、間近で見る奇妙な行列にわいわいと騒ぎながらも、混乱することなく見送る。
「いったい、どんくらいの規模なんだ」
「竜族を含めると、二千以上はいるだろうねぇ」
「凄いな。国王陛下の挙式の際も、これほどではなかったぞ」
「いいや、うちらの国王様は結婚のしすぎさね。あんだけ何度も結婚の儀を挙げていたら、そりゃあ毎度毎度大規模には来れらんさ」
「しかし、国王様以上の
「やはり、あの少年だ」
「これが、竜王ってやつなんだねえ」
全ての人々が知っていた。
遠路はるばる、ヨルテニトス王国から王侯貴族たちが足を運んできた理由。
それは、数日後に控えた竜王エルネアの結婚の儀に参列するためだ。
勇者のリステアと並び称される竜王エルネア。
だが、人々は実感していた。
「こりゃあ、勇者様も
「そもそも、勇者様は王都を吹き飛ばすほどの人じゃないよ」
「あたりめぇよ。勇者様は節操を持っとる」
「それにひきかえ、あの坊やは……」
「なんでも、ヨルテニトスの王都も消し飛ばしたんだろ?」
「聞いた話じゃ、魔族の国を跡形もなくいくつも消滅させたらしいわよ」
「ひええっ」
街道の人々は、お祝いも兼ねて救国の英雄の話に花を咲かせた。
「エルネアの結婚の儀では、王国が大盤振る舞いするらしいぞ」
「そりゃあ楽しみだ。副都で早く用事を済ませてとんぼ返りしなきゃな」
「急げ急げ」
「なんでも、副都でも色々と振舞われるらしいぞ」
「そいつは嬉しいねえ」
王侯行列が過ぎ去ると、人々はまた足を動かし始める。
噂では、結婚の儀に招待されなかった人々へ王国が祝いの飲食物を振る舞うのだとか。
復興中のアームアード王国のいったいどこに、それほどの備蓄があったのか。
人々は知らない。
結婚の儀に際し、アームアードとヨルテニトスだけではなく竜峰や竜の森、さらには魔族の国からもありったけの支援物資が届いているということに。
ヨルテニトス王国の王侯行列は、夏にはすでに出立していた。
回復の兆しを見せる国王だが、それでも万全とはいえない。
余裕を持った行程で、彼らはやってきた。
そのおかげか、迎えるアームアード王国は十分に準備する期間があった。
各所に国軍を配し、万全の体制で王侯行列を迎え入れた。それでも、野生の地竜や飛竜たちには手を焼いたが。
しかし、竜族をよくまとめる者がヨルテニトス王国には存在した。
黄金色の翼竜にまたがる王子と、忠臣たち。
竜王エルネアと同じように竜の言葉を理解する彼らは、油断すると人族の決まりを超えて勝手に動こうとする竜族たちをよく
そんな王侯行列の影の立役者、黄金色の翼竜と王子、それと青い鱗が美しい飛竜が降下してきた。
王侯行列が行進を止める。
そして、漆黒の地竜グスフェルスに跨った国王だけが列を割って先頭に来る。
王侯行列と空から降下してくる竜騎士団を、街道で待つ者たちがいた。
「おお、兄弟よ。長旅だったな」
「兄弟よ、またこうして会うことができるとは」
付き人の手を借りてグスフェルスから降りたヨルテニトス王国の国王は、出迎えたアームアード王国の国王と固く握手を交わし、抱き合った。
「わざわざ出迎えてくれるとは、嬉しいぞ」
「なあに、こちらこそ、遠路はるばる来てもらったのだ。我が王都に入る前に、出迎えねばな」
「と、言うと?」
「はっはっはっ。なにも仕切りはないが、儂の後ろからは王都なのだ」
「そうか。例の彼が……」
「そうだ、例の彼だ」
抱き合ったまま
年齢が近いせいだろうか。それとも、
はたまた、若い頃に一緒に冒険をしていたせいか。
久方ぶりに再会した遠い兄弟は、しばしの間歓談を楽しむ。
すると、ゆっくりと降下して来た黄金色の翼竜と青い飛竜から、二人の男が降りて来た。
「フィレル王子、立派になったな。グレイヴ王子も、なんぞ一皮向けたか。その坊主頭はなかなかに似合っている」
黄金の翼竜に騎乗していたのは、四人の男女。そのうちのひとり、降りて来たのがフィレルだ。
青い飛竜からは、グレイヴ王子が降りて来た。
「すまんな。キャスター王子は借りている」
「陛下、お久しゅうございます。兄上はきっと、エルネア君の手伝いができたと喜んでおります」
「
ヨルテニトス王国の第二王子キャスターは、王侯行列よりも随分とまえにアームアード王国に到着し、結婚の儀の準備に参加していた。
どうやら、規模が大きくなりすぎたらしい。と報告を受けた時には、誰もが笑った。
あの少年たちらしいというか、今さらその問題に気づいたのか、というか。
なにはともあれ、彼らは周りの手を借りることを決めたらしい。
キャスターだけではなく、竜人族や竜族、その他の種族も巻き込んで、今頃は準備に追われていることだろう。
かくいうアームアード王国からも、第一王子のルビオンが駆り出されている。
第二王子のルドリアードも、国軍を率いて王侯行列の警備中だ。
「それで、結婚の儀は飛竜の狩場で行うと聞いたが?」
「おお、そうだぞ。彼ららしいではないか。儂たちらからすれば、飛竜の狩場は恐ろしい土地なのだがな」
「エルネアたちにとっては、広い草原は格好の式場、というわけか」
人と竜の理解が進んでいるとはいえ、未だに飛竜の狩場は危険な場所だった。
だが、竜王エルネアが居れば大丈夫。
そもそも、人族にとって邪悪であるはずの魔族とさえ仲良くなるような少年だ。
今さら飛竜の狩場で結婚の儀を執り行うと言われたところで、驚きはしない。
ただし。
「いったい、どれほどの規模になるのやら……」
「大騒ぎにならんと良いのだが」
国王同士の会話に、居合わせた者たちは笑うしかない。
「さあさ、長旅の疲れを癒そうではないか。彼らの折角の晴れ舞台だ。疲れを残して楽しめなければもったいない」
「違いない」
アームアード王国の国王に手を引かれ、王侯行列はようやく旅の終着点にたどり着いた。
そして数日後。
いよいよ、エルネアの結婚の儀が執り行われることとなった。
早朝から、王都中が騒がしい。
前夜祭だ、となぜか数日前からお祭り状態の人々。それに乗じて、竜峰の竜族たちと交友を深めるヨルテニトス王国の竜族たち。
竜峰からは、竜族だけでなく竜人族も数多く下山してきて、儀式を前に王都に滞在している。
竜人族だけではなく、耳長族も。そして、獣人族や魔族の姿もあった。
太陽が東の空に顔を見せ始めると、誰もが列をなして飛竜の狩場に向かい始めた。
勇者の一行も、そんな者たちの一部だ。
広大な飛竜の狩場。
そのどこで、結婚の儀が執り行われるのか。
もう、誰もが認識していた。
遠くからでも見ることのできる、巨大な生物。
伝説の魔獣である
少し前から姿を現した千手の蜘蛛は、現在ではもうすっかりと、エルネアの友達という認識だ。
たしかに恐ろしい姿で迫力もあるが、危険性はないらしい。
そうなると、好奇心が湧いてくる。
人々はやんやと騒ぎながらも、千手の蜘蛛を目指す。
千手の蜘蛛の下に、見慣れない
あの辺りに、あれほどの樹木が生えていただろうか、とリステアだけでなく、一部の者が首を傾げていた。
なにはともあれ、行けばわかる。
招待された人々が飛竜の狩場を進んでいると、誘導する者がいた。
「はーい、皆さん。これが案内図ですからねーっ。迷子になっちゃ駄目ですよ!」
「……お前はいったい、ここでなにをしているんだ!?」
「えっ?」
「えっ、じゃない!」
リステアは呆れ返ってしまう。
来賓たちにお手製の案内図を配っていたのは、本日の主役であるエルネアだった。
「違うんだ、リステア。誤解だよっ」
「どう誤解なのか、説明しろっ」
やはり、エルネアはいつでもエルネアだ。
リステアだけでなく、だれもが主役の能天気さに脱力していた。
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