春の再会

 スレイグスタ老の秘竜術とはまた違った黄金色に視界が染まり、家族のみんなの気配が消失する。そして次の瞬間には、僕たちは冬枯れた森の奥に立っていた。


「あら、あらあらら、あら?」

「えっ! リード様!?」


 シャルロットによって、僕と三人の流れ星さまは狂淵魔王きょうえんまおうが支配する国に転移した。いよいよ、新たな冒険が始まる。そう思った矢先に、耳にしてはいけない人物の声が聞こえて、僕は慌てて振り返る。

 そうしたら、案の定に予定外の人物が僕たち一行に紛れ込んでいた。


「なんでリード様まで転移してきているのかな?」


 何をたくらんでいるのかな!? と転移魔法を僕たちに掛けたシャルロットを見たら、なんとシャルロットも少しだけ驚いたように糸目を僅かに見開いていた。


「珍しいものを見た! ではなくて。なんでリード様が一緒に転移してきているのかな? というか、巫女さまの方がひとり減っちゃっているね?」


 何だろうね、この状況は!


 二人の流れ星の巫女さまも、この意味不明な状況に困惑している。そして、紛れ込んだリード様も。

 全員が驚き、戸惑い、困っていた。

 だけど幸いなことは、僕たちを転移してくれたシャルロットが一緒に転移してきてくれたということだ。


「ということで。リード様を連れ帰って、もうひとりの流れ星さまを連れてきてくれるか?」

「ふふふ、それは面白くありませんよ、エルネア君」

「いやいや、面白味はなくてもいいんだよ。だから」

「却下でございます。それでは、私は人族の国で人を二人ほどさらってまいりますね」

「あーっ!」


 シャルロットは、僕たちの困惑なんてお構いなしに、一瞬で転移していった。


「やっぱり極悪魔族だね。……仕方ないから、今のうちにちょっと状況を整理しようか」


 心を落ち着かせるように何度か全員で深呼吸をする。

 そうして、改めて転移場所を確認しようと周りを見渡した。


 僕たちは今、冬が支配する森の奥にいる。

 とはいえ、禁領のように雪は積もっていなくて、葉を落とした寒そうな枝が風になびく風景が広がっていた。

 地面には落ち葉が降り積もっていて、足踏みするだけでじゃくじゃくと枯れ葉が砕ける音が耳に心地良く届く。

 空を見上げると、夏場とは違う弱々しい太陽が済んだ空に見えた。


「ここはもう狂淵魔王の国なんだよね?」

「エルエルの言う通りです。たしか、事前の説明では巨人の魔王と狂淵魔王の国が接する場所から少し南に下った、竜峰の麓だとか」


 僕の質問に答えたのは、今回同行する流れ星の巫女さまのひとり、マイン様だ。

 マイン様の年齢は三十を越えている。きりりと鋭い目鼻立ちをした長身の女性で、生粋の戦巫女なんだ。

 純粋な薙刀術だけで力比べをすれば、流れ星さまのなかでも上位に入る腕前を持っている。

 法術も得意なようで、薙刀と法術を組み合わせた戦い方をルイセイネも習っていた。


 そんなマイン様だけど、高位の巫女さまらしくない髪の長さをしていた。

 神職に身を置く女性は、身分に合わせて髪を長く伸ばすしきたりがある。現に、巫女頭だったマドリーヌはルイセイネよりもうんと髪が長い。

 だけどマイン様は、肩よりも少し長いくらいで奇麗に切り揃えていた。


「過去に魔族と戦ったときに、伸ばしていた髪を切られたのです」


 前に話を聞いた時に、マイン様が少し寂しそうに自分の髪を触っていたのが印象的だった。


 そしてもうひとりの巫女様は、アンナ様という回復法術を得意とする小柄で可愛い、小動物のような女性だ。


「エルエル、エルエル、私たちはもうすぐ勇者様に会えるんだよね?」

「はい、さっきの極悪魔族が迎えに行きましたからね。でも、ここでは勇者は禁句ですからね?」

合点承知がってんしょうち!」


 可愛い返事だけど、だまされてはいけません。アンナ様もマイン様と同じく三十歳を越えた年齢なのです。

 蜂蜜色はちみついろのふわふわの髪の毛はお尻の下くらいまで伸ばされている。噂によると、ふわふわの髪をしっかりと伸ばすと、地面に付くくらいの長さになるのだとか。

 丸く大きい瞳は碧眼へきがんで、少し垂れ目な感じが可愛さを引き立たせている。

 なんでも、アンナ様の一族は聖四家ノルダーヌの遠い血縁らしくて、アンナ様も僅かにノルダーヌ家の特殊な力を受け継いでいるらしい。


「でもそれは秘密なんだよ!」


 どんな能力なのかと興味津々に聞いてみたら、わざとらしく勿体もったいぶったようにはぐらかされた。


 マイン様とアンナ様は、見慣れない異郷の風景を見渡しながら、周囲の警戒も行ってくれている。

 本当はここにもうひとり、流れ星の巫女さまの指揮を取るために、ディアナ様が来てくれているはずだった。

 だけどディアナ様の姿はなくて、何故かリード様がついてきちゃった。


 先ほどのリード様とシャルロットの様子から、二人のどちらかが画策した結果ではないようだけど……

 まさか、シャルロットは驚いたふりをしながら、僕たちを騙しているのかな?

 でもそうすると、どんな悪巧みを計画しているんだろうね?

 聞いてもシャルロットは絶対に教えてくれないだろうから、この状況を僕たちは受け入れるしかないのかもね。


「うーむ、リード様が来てしまったのは予想外だね。これは僕たちの設定を練り直さないといけないかな」


 狂淵魔王の国を、正体を隠して偵察する。

 つまり、神族の国を旅したときのような行動設定が必要なのです!

 こういう設定を考えるのって、意外と楽しいんだよね。

 さて、どんな設定を作ろうか、と頭をひねっていると、近くの空間が揺らぐ気配を感じた。

 その直後。


「ひえっ!」

「くうっ」


 という二つの悲鳴と同時に、周りが一瞬だけ金色に染まる。

 そして、待ちわびた親友の姿が僕たちの前に現れた。


 でも、転移してきたリステアとスラットンの様子が少し変です。

 大の男が二人して抱き合い、何かに怯えたように顔面蒼白になっていた。


「リステア、スラットン、お久しぶり。ところで、どうしたのかな?」


 何かに怯えた様子の二人に駆け寄って、顔を覗き込む。


「エ、エルネアか……」

「お前、よくもあんなに恐ろしい魔族と平気で付き合えるな!?」

「えっ?」


 そういえば、シャルロットの姿がない。

 僕たちを転移したときとは違い、リステアとスラットンは二人だけで飛ばされたんだね。

 でも、それでシャルロットが恐ろしい魔族とはならないはずだよね?


 そもそも、リステアたちだってシャルロットには会ったことはあるし、僕たちと和気藹々わきあいあいな関係を見てきたはずだ。

 ……ああ、でも。

 リステアたちがシャルロットと直接接したことはないのかな?

 いやいや。それでも普段の僕たちとシャルロットの関係を知っているなら、単純に恐ろしい魔族とはならないはずだ。

 ましてや、太陽の勇者であるリステアが純粋に怯えるなんて、有り得ない。


「ふむ。スラットン、何をしでかしたの?」


 勝手にスラットンが原因と決め付けて、問いただしてみる。

 普段だと「お前な!」と襲い掛かってくるスラットンだけど。

 ふいっ、と僕から視線を逸らした。


「あっ、本当にスラットンが原因だったんだね? それで、何をしでかしたにかな?」

「う、うるせえぞ!」


 言い返そうとするスラットンだけど、やっぱりいつもの勢いはないね。


「仕方がない。リステアに聞こう」


 リステアの方は、既に正気を取り戻したような表情だね。

 ただし、未だに男二人で抱き合っています!


「……やれやれだよ。スラットンがまた馬鹿なことを口走ったせいで、出発前からとんんだ災難だ」


 リステアは話してくれた。


 それは、出発前の出来事。

 準備万端で迎えを待っていた勇者さまご一行。

 これからの大冒険に気を大きくしていたスラットンは、いつものようにお馬鹿な大言壮語たいげんそうごを吐いていた。


「くっくっくっ。見ていろよ、エルネア、魔族どもめ。俺様が大活躍をして、魔族どもに人族の底力を見せつけてやる。そして俺様は竜王となり、魔王になるんだ。エルネアがなれたなら、俺様も絶対に!」

「お、おい、スラットン!!」


 息巻くスラットンだったけど、彼には周りが見えていなかった。

 スラットンが馬鹿なことを豪語しているうちに、シャルロットが転移してきていた。そして、スラットンの言葉を聞いてしまった。


「ふふふ、貴方様が魔族を脅かす大物になるのでございますね?」

「っ!!?」


 リステアに声をかけられて振り返ると……

 殺気を放つシャルロットが!


「陛下と並ぶ魔王でございますか。それでは早めに未来の芽は潰しておきましょう」


 シャルロットは、二人に向けて容赦なく殺気を放ったという。

 シャルロットの微笑みと殺気を浴びたリステアとスラットンは、抱き合って怯えた。

 まさか、魔族の国へと向かう前に絶体絶命に陥るとは!

 迫るシャルロット。

 悲鳴をあげるリステアとスラットン。


「それで俺たちが怯えていたら、視界が金色に染まったんだ。もう終わったと思ったよ。だが、あれが転移魔法だったんだな。……残してきたセリースたちは無事だろうか」

「それは心配ないよ。あの横巻き金髪魔族なりの冗談だろうし、妊婦さんに瘴気しょうきや殺気は向けないよ」

「お前がそう言うのなら、信じよう。だが、あれが冗談だと言い切れるお前はすごいよ」

「いやいや、そんなことはないよ。それに、リステアとスラットンだって油断していたからびっくりしちゃっただけじゃないかな? だって、二人も妖魔の王や邪族と戦った経験がいるんだしね」


 妖魔の王との激戦や邪族討伐戦では、リステアたちも活躍した。あの時だって、化け物じみた存在が放つ殺気や瘴気をものともせずに戦い抜いたんだから、シャルロットの殺気なんて今更じゃないかな?

 と僕が言ったら、リステアが苦笑した。


「少し違うな。確かに俺たちもお前に巻き込まれて数多くの激戦を潜り抜けてきたが、妖魔の王や邪族が放つ殺気は『敵意ある者全てに向けて』という全方向の殺気だった。だが、今回あの魔族が放った殺気は、俺とスラットンだけを標的にした殺気だったんだ。油断とかそういう問題じゃなくて、あれは本当にきもが冷えたな」


 なるほど。「敵対者は全部殺す!」という殺気よりも「お前だけを殺すぞ!!」という殺気の質や迫力は違うよね。

 とはいえ、やっぱりそれを含めてもシャルロットの冗談だったと思うよ?

 もしくは、浮かれ気味のスラットンに釘を刺す意味で態と殺気を向けたのかもしれない。リステアは、それに巻き込まれた被害者だね。


「ということは、やっぱりスラットンが原因だね!」

「う、うるせえよっ。それよりも、さっさと状況を説明しやがれ。聞いていた話と少し違うじゃねえかっ」


 スラットンもようやく本調子に戻ってきたのか、僕に詰め寄ってリード様を指差した。


「事前の話じゃ、流れ星様の三人が同行するんじゃなかったのかよ? あの、見るからに場違いな雰囲気の浮かれた耳長族は何者だ?」

「あら、あらあらあら?」


 スラットンに指差されたリード様が、僕たちのやり取りを見つめて楽しそうに笑っていた。


 うん。僕もいろいろと説明がほしいです!

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2024年12月26日 06:00

竜峰の麓に僕らは住んでます 寺原るるる @yzf

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