スラットンの冒険

「竜騎士様、どうか村をお救いください!」


 そう声を掛けられたのは、大層な名前がついた大橋おおはしを渡り、ドゥラネルの食料を求めて山奥へと入った時のことだった。


 どうやら、地竜を連れて歩く俺様の姿はよく目立つらしい。

 俺様としては、昔から勇者のリステアと行動を共にしてきたので、他者の視線はさして気にはならないのだが。

 どうもドゥラネルは人族の視線に敏感らしい。

 意外と繊細せんさいな奴だぜ。


 ヨルテニトス王国からアームアード王国に渡り、そのまま王都へと向かっても良かったのだが、ドゥラネルのことを考えて少し人気ひとけの少ない道を選ぶことにした。

 シューラネル大河を無事に越えて、アームアード王国側の港町から北へと足を向けた。東西に延々と延びる街道から離れると、次第に大きな村は少なくなっていった。そして途中から人気の少ない山道を、その日の食い物を探しながら西進していた。

 そんなとき。鹿の足跡を追って獣道を進んでいると、美しい女にそう声を掛けられた。


 金髪碧眼きんぱつへきがんの、若い女だ。年の頃は俺様と同じくらいだろうか。背はあまり高くなく、俺様の肩ほどもない。ただし整った容姿は、勇者に言い寄ってくる多くの女どもを見てきた俺様でも美人だと思えるほどだ。こんな山奥によくもまあ、これだけの美人がいたものだ。


「で、村を助けろってどういうことだ?」


 自分から駆け寄って声をかけてきたくせに、俺様の背後にたたずむ地竜のドゥラネルを見上げておびえている女に聞き返す。


 今は離れて行動しているが、俺様は勇者の相棒だ。切羽詰まった様子の女の言葉を無視するわけにはいかない。


「わ、私の村は、このままではあの蛇女へびおんなに滅ぼされてしまいます!」

「蛇女だぁ!?」


 女はナザリーと名乗り、村のことを話す。


「私の村は、ホレイスタ湖に面した場所にあります」


 ホレイスタ湖。確か、副都アンビスの北東部に広がる山岳地帯の、さらに奥にあるという湖だったか。北の地に近く、人族もあまり住んでいない地域の極田舎だ。

 過去に何度か、俺様もリステアたちと冒険で北部山岳地帯に入ったことがある。だが、ホレイスタ湖のある辺りまでは行ったことがなかった。


「実は、ホレイスタ湖に蛇女が住み着いてしまって……」


 ナザリーは蛇女と言っていたが、話を聞くと、どうも魔獣の一種らしい。

 上半身は青白い女の身体。腰から下が蛇で、水を操る凶暴な悪魔だ。

 蛇女はホレイスタ湖を縄張りとしながらも、ときには陸地に上がって暴れるという。

 ナザリーの村は、ホレイスタ湖の漁で細々と営んでいた。だが蛇女が現れて以降、漁ができなくなってしまった。そこで村の男たちは、蛇女討伐に立ち上がったのだという。

 しかし、結果は無残なものだった。

 三隻の船に乗り込み、腕に覚えのある十人の男で挑んだものの、彼らは帰ってこなかった。


「冒険者組合には依頼を出していないのかよ?」

「はい。村長に指示された者が、近くの組合がある村に依頼を出しに行きました。そして、何組かの冒険者が討伐に来てくれたのですが……」


 ナザリーの言葉の先は、聞かなくてもわかる。

 田舎になんざ、そうそう腕利きの冒険者はいない。恐らく、討伐依頼を受けたはいいものの、未熟な冒険者が返り討ちにでもあったのだろう。


「このままでは漁も出来ず、暴れまわる蛇女によって村は潰されてしまいます」

「そんで、あんたはもっと大きな村の兵舎か冒険者組合にでも依頼を出しに行く途中だったのか?」

「はい。村に来てくれた冒険者が言っていました。あの蛇女を討伐できるような者は、アームアード王国の勇者様かヨルテニトス王国の竜騎士様くらいだと」


 おいおい。勇者か竜騎士が出張るような魔物だと?

 随分と盛られたものだ。

 言っちゃあ悪いが、勇者や竜騎士を指名する討伐依頼は、余程の大物か国を揺るがすような事件性が絡むものになる。

 普通は、山奥の田舎に出没した魔獣程度でそんな依頼は冒険者組合も受け付けないぜ?

 村を荒らす魔獣相手とはいえ、良くて二流冒険者の偵察任務か、一流冒険者への討伐依頼だろう。

 まあ、田舎の奴らだ。そういった基準なども知らないのかもしれない。


「まあ、出会ったのが俺で良かったな」


 いちいち、俺様が勇者の相棒だとは名乗らない。名前だけを言い、ナザリーの依頼を受けることにした。

 一応、勇者の相棒だからな。困った奴らの依頼を無下むげにはできない。


「おい、ドゥラネル。そういうわけだ。ちょいと寄り道するぜ」

『おい、こら。今晩の飯はどうする気だ?』

「俺とお前の実力を、その蛇女に見せつけてやろうじゃないか」

『鹿の足跡から逸れているぞ。もしも飯を用意できなかったら、貴様を食ってやろう』


 ドゥラネルも、どうやらやる気らしい。

 喉を鳴らし、獰猛な瞳を光らせていた。


 残念ながら、俺様はエルネアのように竜族の言葉は理解できない。しかし、冬からこれまで、こいつとふたり旅をしてきたんだ。こいつが考えていることくらいはなんとなくわかるぜ。


 ドゥラネルは、普段はヨルテニトス王国の山岳地帯で生活している。ただし、俺の呼び出しに応じて現れる。それがもともと俺とドゥラネルが交わした契約だった。

 しかし、魔族の騒動のときにエルネアにさとされ、未熟さを痛感した。

 それで、契約し直した。

 お互いに理解し合えるように努力する。そのために、ドゥラネルの首元に刺さっていた契約の短剣を抜き、ふたりで一緒に旅をしてきたんだ。まあ、短剣を抜いたのはエルネアだが……

 最近では、昔のようにいがみ合うことはなくなった。


 俺様の後ろを歩くドゥラネルを恐る恐る見上げるナザリー。

 ドゥラネルは子竜らしいが、それでも人族を圧倒する存在感と巨躯きょくをしている。


「安心しろ。こいつは人族なんかよりも遥かに利口だ。蛇女のように暴れたりはしないぜ」

『勝手なことを言っているな。人族ごとき、我の機嫌次第だとれ。それよりも飯だ。もう三日ほど肉を口にしていないぞ? その女を今晩の飯にしてやろうか?』

「喉鳴りは機嫌のいい証拠だ。良かったな。機嫌が悪いと、俺でも手がつけられないんだが。どうも今回は機嫌が良いらしい」

『お前は本当に馬鹿な男だな。呆れて最近では怒る気も失せた。それと、忠告しておくぞ。大河を越えた辺りから、何者かに追跡されている。気づいているのか?』


 ぐるぐると喉を鳴らしながら、俺様とナザリーを見下ろすドゥラネル。


「ほ、本当に大丈夫ですか? 無知な私には、今にも襲ってきそうな気迫を感じてしまいます」

「はっはっはっ、心配ない。竜族の気配はこんなもんだ」


 ナザリーを安心させるように、俺様はドゥラネルの顔を撫でた。


『ああ、我も竜王の仲間であったなら……。女の依頼を安請け合いし、背後の気配にも気づいていない愚か者め。貴様なんて蛇女に巻かれて死んでしまえっ』


 ドゥラネルは気持ち良さそうに瞳を閉じて、俺に撫でられていた。

 可愛い奴め。

 親密になってくると、使役していた時のような主従関係が馬鹿のように感じる。

 共に戦う相棒だ。命を脅しに使う主従関係で巧みな連携など取れるはずもない。

 こうして親交を深め、理解し合うためのふたり旅は、俺様とドゥラネルにとって重要なものになっていた。


「それじゃあ、あんたの村に案内してもらおうか」


 ナザリーを促し、歩き出す。

 村は獣道を進んだ先にあるらしい。

 林道さえも通じていない村だと?

 あまりの田舎っぷりに、俺様も驚いたぜ。






 ホレイスタ湖は、緑の深い山々に囲まれた小さな盆地にあった。少し緑がかった水は透明度が高く、水面下で泳ぐ魚が見下ろせる。

 そしてナザリーの村は、美しい湖に面した小さな漁村だった。古ぼけた民家が湖面の側の平地に密集して建っている。家の数からして、村民は五十人も居ないだろう。

 俺が到着した時。

 活気のない村には年寄りや子供ばかりだった。


「大人が少ないな」

「はい。男衆は先の討伐で……。今は動ける者が山に入って山菜を採り、なんとか食いつないでいるのです」


 王都の南部に広がる竜の森と、こうした山間部の深い山を比べてはいけない。

 集落付近だろうと、森や山には危険が多く存在している。

 熊や狼程度でも十分に脅威となるし、魔物が出れば女子供では太刀打ちできないだろう。そう考えると、山に入って山菜取り程度でもナザリーたちにとっては命がけだ。


「ようし、俺がひと肌脱いでやろうじゃねえか!」


 地竜を引き連れた俺様の登場に、生気のなかった村人が喜んでいた。その喜びを、今度は救われた歓喜に変えてやろうじゃないか。


「ドゥラネル、行くぞ!」

『ちっ。馬鹿者の御守りは疲れる。だがまあ、久々に暴れるとしよう』


 俺様は勇ましく牙を剥くドゥラネルに騎乗し、ホレイスタ湖の湖面へと向かう。


「おうおう! 気持ち悪い蛇女とやら。蒲焼かばやきにしてやるから出てきやがれっ!」


 俺が叫び、ドゥラネルは挑発するように太い尻尾で湖面を激しく叩く。

 すると、深い湖の奥からゆらゆらと揺れる影が浮かび上がってきた。

 透明な分、結構な距離から認識できた。


 一旦湖面から離れ、蛇女を待ち受ける。


 最初は小さなあわが浮き。次第に水飛沫みずしぶきを激しくさせながら。

 蛇女たちはわらわらと、その気持ち悪い姿を現した。


「おいおい、数が多いだろう!」


 聞いてないぞっ。

 蛇女が五十体近くいやがるなんて!


 村人は俺様とドゥラネルを置き去りにし、悲鳴をあげて我先にと逃げていった。ナザリーも逃げやがった。

 ちくしょうめっ。正しく情報を伝えやがれっ!


 蛇女どもを虐殺ぎゃくさつしたら、みっちりと説教してやる。

 舌打ちをしながらも、湖面から湧き上がってきた蛇女どもと対峙する。


 青白い上半身は、確かに女の姿をしていた。しかし、一糸纏わぬその姿に欲情なんて覚えねえ。まず色が気持ち悪いし、表情が完全に化け物だ。あごがないのか? と思えるくらいに開いた口の奥には、歯磨きしてねえんじゃないかと思えるほど黄色い牙が生えている。黒い眼球に赤い瞳孔どうこうなんざ、狂気しか感じねえ。

 そして何よりも、下半身がにゅるにゅると動いているさまは、魔獣よりも妖魔に近いんじゃないかと思えるような気持ち悪さだった。


「ドゥラネル、手加減は無用だ!」


 俺様の指示に、ドゥラネルは闇の息吹いぶきを放った。

 しゃあしゃあ、と蛇のような声を発して迫ってきていた蛇女どもが、闇の霧に飲み込まれる。

 光さえも吞み込む漆黒の闇の奥から、今度は耳障みみざわりな女の悲鳴が響いてきた。


「流石は竜族だ。この程度の魔獣なんざ、相手にもならねえな」


 闇の息吹で一方的に蹂躙じゅうりんしていくドゥラネルを褒める。

 俺様も成長したもんだ。

 少し前までの俺様なら、ドゥラネルの能力を自分の実力と勘違いして、こいつの働きを正しく評価できなかっただろう。


『貴様、自分の言葉を忘れるほどの大馬鹿者じゃあるまいな。蒲焼にするのだろう。我の竜術で消滅させていては、蒲焼きどころか骨も残らんぞ』

「はっはっはっ。久々に力を発揮できて楽しいんだな? 遠慮はいらん。薙ぎ払えっ!」

『そうか。忘れているのか……』


 ドゥラネルは咆哮とともに、更に闇の息吹を放ち続けた。

 こいつ、やる気満々じゃねえか。

 ふたり旅を始めてからこれまで、大した魔物には出くわさなかった。鬱憤うっぷんでも溜まっていたんだろう。


「おいおい、俺の獲物も残せよ?」

『……どうせ、我の声なんて理解できていないんだろ。だが一応、忠告しておくぞ。本番はこれからだからな』


 竜族の圧倒的な戦闘力を前に、蛇女どもは湖から陸地に上がる前に消滅していく。だが、数が多い。

 漆黒の闇の霧から逃れた数体の蛇女が、にょろにょろと気持ち悪く這いながら接近してきた。


「おらあっ!」


 俺様の大剣がうなる。

 クリーシオが傍に居ないが、それでも気術で大剣を青く光らせる。斬れ味を増した大剣は、蛇女の上半身を縦に真っ二つに斬り裂いた。

 肌よりも濃い青色の血が噴き出した。


「うえぇっ。本気で気持ち悪りぃ」


 返り血を避けながら、もう一体に向かい大剣を薙ぐ。今度は女の上半身と蛇の下半身を分断した。


 雑魚め。この程度、俺様とドゥラネルの敵じゃねえ。


 だがまあ、魔獣が五十体以上なんざ、正確に情報が伝わっていた場合、普通なら軍が出動する案件だぞ? 俺様に運良く依頼できて良かったな。

 ドゥラネルが息吹で蹂躙し、運良く逃れた者を俺様が仕留める。

 結局、数が多いだけで大したことはないじゃねえか。

 それともあれか?

 俺様たちは、多数の魔獣を相手に一方的な戦いができるほど強くなったっていうのか?

 人外の域に達したリステアと、これなら十分に肩を並べられるってもんだぜ。


「おい、雑魚どもっ。これでお終いか?」


 俺様はドゥラネルの背中へと戻り、辺りを見渡す。しかしそこに、動く影はひとつも残っていなかった。

 それどころか、五十体以上現れたはずの蛇女は、俺様が斬り殺した数体だけを残して消滅していた。


 ドゥラネルの闇の息吹、恐るべしだな。


 周囲を見渡し、勝利の勝ちどきをあげる。

 はっはっはっ!

 俺様の伝説はここから始まるのかもな!


 青白く輝く大剣を頭上に高く掲げ。


 そして、俺様は硬直した。


「ぎえええぇぇぇぇっっっっ!」


 耳が裂けそうなほど甲高い雄叫びをあげ、ホレイスタ湖の底から水飛沫を盛大にあげて姿を現した化け物。

 それは、超巨大な蛇女だった!


「聞いてねえぞぉぉぉっっ!」


 情報は正しく伝えやがれ!

 巨人族も真っ青な巨体。女の姿をした上半身だけで、ドゥラネルの数倍の大きさを誇る蛇女は、怒り狂った表情で遥か頭上から俺様たちを見下ろした。

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