一難去ってまた一難
竜気の扱いに長けていると思った。それはもう、英雄竜であるはずのユグラ様と勘違いしてしまうほどに。
だけど、フィオリーナは子竜ですよ。
周りの成竜よりも、遥かに小さい身体。
これまでに見てきた竜族の
それなのに、本当に小さく可愛らしいフィオリーナが、この黄金の翼竜の頭であり、
信じられません。
まじまじとフィオリーナを見つめる僕。
『そんな熱い眼差し。照れちゃう』
フィオリーナはもじもじと身体をくねらせて、僕に擦り寄る。
『汝は、フィオリーナの並ならぬ竜気を感じ取ったのだろう』
竜脈から吸い上げられた竜気が、大気に無限に広がっていく
『盟主の資格は、体格でも年齢でもない。
「あの、さざ波みたいに広がっていた竜気の波が、盟主になるための能力なんですか」
『そうだ。あれは、フィオリーナの意思そのもの。遠く離れた者に意思を飛ばす能力』
「おじいちゃんが使う伝心術みたいなものですか」
『能力で言えば、それの上。フィオリーナは竜峰に住む竜族全てに、意思を飛ばすことができる』
「うわっ、フィオリーナってすごい能力を持っていたんだね!」
僕がフィオリーナを撫でると、彼女は嬉しそうに眼を閉じる。
『フィオって呼んで。そしてもっと褒めて』
くるくると、嬉しそうに喉を鳴らすフィオリーナ。
『フィオリーナの能力を使い、ミストラルは暴君をここに呼び寄せたのだ』
ああ、そういうことか。
竜峰のどこを飛んでいるかわからない暴君に、ミストラルはどうやって意思疎通をしたのだろうと思っていたんだよね。
なるほど。フィオリーナの能力なら、たしかに伝えられる。
では、なぜミストラルは暴君をここへ呼び寄せたのか。
それはこれからわかるだろうね。
でも、その前に。
話をフィレル王子の方へと、戻さなくちゃいけない。
フィオリーナのことも暴君のことも、フィレル王子の問題が片付いてからでも良いと思う。
『汝は、どう思うのだ。我が協力した程度で、この者は変われるのか。
じっと僕を見るユグラ様。
「正直、わかりません。僕はヨルテニトス王国のことも王族のことも、あまり知りませんから。ですけど、王子にはユグラ伯が必要だとは思います。おじいちゃんが僕を導いてくれたように、今の王子にも導き手は必要だと思います。そして最適な方は、ユグラ伯で間違いはないと思います」
ユグラ様は僕の言葉を聞き、フィレル王子に視線を移す。
『騎竜が欲しいのであれば、我でなくてもよかろう。なんなら、竜を手懐ける指南くらいはしてやるが?』
「いいえ。騎竜が欲しいわけではありません。僕ひとりの知恵と力では変えれない大きな事を成すために、伯の導きが必要なんです」
『貴様は、我から教えを
「今は、伯の仰る通り、間違った考えをしているかもしれません。ですが、機会をください。必ず。必ず僕は、変わってみせます!」
少し臆病で、思い込みの激しいフィレル王子。だけど彼は、本当に根は善い人なんだ。
フィレル王子の、そもそもの原動力になったのは、姉の存在。
そして、いざ行動を開始してみて、姉の問題は家族の問題と知り、国の歪さに気づいた。そして今、自分の間違いにも真摯に向き合おうとしている。
フィレル王子なら、きっとやり遂げられる。
自分を変え、家族を変え、国を正しい方へと導くことができる。僕はそう感じる。
『再度聞く。甘くはないぞ』
「はい」
『容赦はせぬぞ』
「はいっ」
『見込みなし、と少しでも思わせれば、見捨てるぞ』
「はいっ!」
『ふむ……』
思案げに空を見上げるユグラ様。
『孫であり頭であり、盟主であるフィオリーナにも言われたしのぅ』
急におじいちゃん言葉になっていますよ。
『竜峰は任せてね。いってらっしゃい』
フィオリーナは僕に頬ずりしながら、にこやかに前脚を振る。
「伯が動かれるのか」
「人族ごときの為に?」
「そんな馬鹿なっ」
お付きの三人が顔を引きつらせる。
『間違いは誰にでも起きる。だが、反省も出来るし変わることはできる、か』
お付きの三人を高い場所から呆れたように見つめ、暴君を見、僕に視線を移し。最後に、フィレル王子を見下ろした。
『良かろう。一度だけ、貴様に機会を与える。存分に変わってみせよ』
ユグラ様の決断に、ぱあっ、と顔色を明るくするフィレル王子。
「あ、ありがとうございます。期待に応えれるように、全力で頑張ります!!」
フィレル王子の感激ぶりに、ユグラ様は満足したように頷いた。
『暫し、ここを離れる』
「はい。行ってらっしゃいませ」
カルネラ様が
『特別だ。貴様らが我の背中に乗ることを、認めよう』
「ほ、本当ですか!」
喜びのあまり、飛び上がるフィレル王子。
貴様ら、と言うことは、僕も含まれるのかな?
それは光栄なことです!
ユグラ様の協力を取り付け、背中に乗ることも許された僕たちは、お互いに駆け寄って喜び合う。
『わあいっ。わたしもお爺ちゃんの背中に乗れるっ』
僕たちと一緒に飛び跳ねるフィオリーナ。
貴様らって、フィオリーナも含まれるのか!
しかし、喜び合う僕たちに水を差したのは、お付きの三人だった。
「み、認められぬ!」
「伯が人族を背中に乗せるなんて、ありえないわっ」
「騙されてはなりません。このような未熟な者たちに、伯がお力添えをすることはないんです!」
三人はカルネラ様の制止を振り切って、僕たちを三方から取り囲む。
むむむ。ここに来て問題発生です。
好戦的に身構えるお付きの三人に対し、僕とフィレル王子は身体を
僕はともかく、フィレル王子は戦闘経験も少なさそう。いざとなれば、僕はフィレル王子を守りながら戦わなければいけなくなる。
フィオリーナは慌てて、僕の背後に回り込む。でも背後にもお付きの竜人族は居て、フィオリーナは僕とフィレル王子の周りを右往左往する。
人族の僕たちはともかく、お世話をしているはずの翼竜の子供を取り囲んで、好戦的な気配を放つなんて!
ちょっと許せない。
この感情は僕だけではなく、カルネラ様も一緒だった。
「あなた達、何をしているのかわかっているのですか!」
カルネラ様はきつく杖を握りしめて、お付きの三人を睨む。
「カルネラ様、我らの
「私どもは、フィオ様には危害を加えるつもりはありません。ただ、この人族の害から伯や翼竜たちを守りたいのです」
「全ての罪は、我らに。ただ、カルネラ様と伯には、これからのことは見て見ぬ振りをしていただければ……」
愚かだ!
いくら人族の僕たちが気に食わないからといっても。ユグラ様のお世話をする気高き一族だからといっても。彼らの言い分は間違えている!
僕たちが言葉を交わし、ユグラ様が下した決断を否定するなんて。それは、ユグラ様自身を否定していることになるんじゃないのかな。それって、世話役であるカルネラ様のお付きとして、間違えているんじゃないのかな。
僕はいつでも動けるように、竜宝玉の力を解放する。
一気に膨れ上がる竜気に、しかしお付きの三人は顔色ひとつ変えない。
『ふむ。汝らは、この少年たちを人族如き、と見下すか。三百年前の部族長のように』
ユグラ様は静かに、言葉を降らせる。
『我がヨルテニトスを選んだ際、当時の部族長も大変に怒り狂ったな。汝らの気持ちはわからぬでもない』
「先先代様ですね」
カルネラ様が頷く。
『汝らの行いは愚行であるが、気持ちは十分に伝わる。しかし、一度交わした約束を竜族の我が破るわけにもいかぬ』
竜族の約束事は、とても大切なものだと、前にスレイグスタ老が言っていたね。
『では、こうしよう。汝らは思うように振る舞え。我が許す』
「えっ!?」
予想外の結論に僕は驚いて、ユグラ様の顔を仰ぎ見る。
『心配するな。我は汝を信用している。汝ならば、この者たちの目を覚まさせることができるだろう。この者たちは今、我が何を言っても、耳を貸さないだろう。ならば、汝が人族としてではなく、竜王としての力を見せてみよ』
竜王は、竜峰に暮らす者たち、竜人族や竜族に一目置かれる称号なんだ。
そして、人族の僕が竜王としての力を彼らに見せることによって、人族でもやれば出来る、ということを見せろ、ということかな。
人族と蔑まされず、対等な人として見てもらうために、僕は力を示さなきゃいけない。
「わかりました。やりましょう」
やるからには、全力をもって応える。僕はすぐさまアレスちゃんを喚び出すと、融合する。
さらに膨れ上がる僕の力に、お付きの三人は緊張で顔を引き締めた。
「大した力だ。竜王なだけはある」
「しかし、私らは竜峰一の戦闘部族」
「人族の竜王になど、遅れは取らぬ!」
言って三人は、散開した。
「僕たちは……」
尻込みしつつも臨戦態勢に入ろうとするフィレル王子を、手で制する。
「そのままでいいですよ。守り切ってみせます。フィオも、側に居て良いからね」
空威張りじゃない。
やれる自信はある。
「すこしだけ」
カルネラ様は僕たちの戦闘が避けられないと、諦めた様子だ。
「良いですか。決して翼竜たちには攻撃しない。傷つけないこと。お互いを殺すことも禁止です。それと」
カルネラ様はお付きの三人を見る。
「全力は構いませんが、全能力、は禁止します。意味はわかりますね?」
全力と全能力とはどう違うんだろう。僕にはわからなかったけど、三人はそれぞれに固く頷いた。
『恨みや小言は、試合後は禁止だ。良いな』
ユグラ様の言葉には、僕たち全員が頷く。
『それでは、存分に力をみせよ』
ユグラ様の言葉が、試合の合図になった。
僕は右腰の霊樹の木刀を抜き放つ。
白剣は……使えない。
これは竜殺しの属性がある。竜人族にも恐ろしい威力を発揮してしまう。だから、試合といえども使うわけにはいかない。
一刀で竜人族の手練れ三人が相手。
そしてお付きの三人は、僕のことをよく知っていた。僕が竜剣舞の使い手なのは、もう有名なことなんだ。
三人は接近することなく、後方に距離を取りながら、竜術を連発してきた。
僕は霊樹の結界と竜術を二重に張り巡らし、防御する。
三人は竜術を放ちながら、こちらの様子を興味津々に伺う翼竜たちの陰へと姿を隠す。
ザンと手合わせをした時と一緒だ。
接近戦が得意な僕に、あえて近づこうとはしない。遠距離から安全に攻撃し続ければ良い、という判断。
さらに今回は、翼竜という障害物がある。翼竜たちの間に隠れ、三人の場所を特定できない僕は、空間跳躍で一気に距離を詰めることができない。
僕には完全に不利な状況。
翼竜の陰を移動しつつ竜術を放ってくる三人に対し、僕はあっという間に防戦一方になった。
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