嵐の瞳

 結界を少し広めに張り巡らせる。範囲を広げればそれだけ消費する竜気の量は増えるけど、傍にはフィレル王子とフィオリーナが居る。力の出し惜しみでこの二人をおびえさせるわけにはいかない。


 十分に動けるくらいに広げた竜術と霊樹の結界には、お付きの三人が放つ竜術が絶えず降り注ぐ。

 結界に触れた無数の青白い玉が、轟音を響かせて爆散する。

 結界が受けた衝撃が地面に伝わり、足もとが揺れた。


 三人は高速で移動しながら竜術を放っているのか、あらゆる方角から多様な竜術が飛んでくる。

 見たことのある矢の形をした術から、鳥や飛竜の姿に似せた竜術まで。


 竜術は、使う者によって多様な姿を見せ、術が及ぼす影響は無限の可能性があると云う。術者の発想力が、術の効果にそのまま影響を及ぼす。


 よく観察してみれば、矢や槍といった武器の形をした竜術と、玉や霧といった特定の形をなさないもの、そして動物に似せた術と、大きく三つに分けられる。

 これは、お付きの三人の、それぞれの特性かな。


 全力で結界を維持しているせいか、冷静に分析する余裕がある。

 これが竜族の攻撃なら、呆気あっけなく破られるんだけど。


 竜人族とはいえ、竜族と比べれば能力差は天と地ほどもあるのか。


 自分が張り巡らせ結界の強度に自信があり、冷静な僕。同じように、僕と竜人族の術の威力の見極めができているフィオリーナには余裕がある。だけど、雨あられと竜術が降り注ぎ、爆音や地響きが続く状況に、フィレル王子は腰を抜かしてしまっていた。


「大丈夫ですよ」

「エ、エルネア……君はすごいですね」


 顔を引きつらせて、僕を見るフィレル王子。


 おお、君付けで呼ばれました。こんな状況でも、フィレル王子は変わろうとしているんだね。それなら、僕も変わらなきゃ!


 と決意した直後。


 一点突破。


 お付きの紅一点。女性の竜人族が結界を突き破り、背後から突撃していた。

 完全な死角。僕は結界が破られたことで、不意をつかれたことを知る。

 今現在も、三種類の竜術が絶えず飛来してきている。


 だけど、これは罠だ!


 三種類の竜術は三人それぞれが放っているという先入観があった。そしてまさか、接近攻撃を仕掛けられるとは思いもしなかった。


 背後から、高速で迫る女性!


 だけど。


 こんなもの、魔獣たちの複雑な連携や不意打ち、だまし討ちに比べたら、どうということはない。


 冷静に振り返りつつ、霊樹を使って女性に目眩めくらましをかける。


 女性は、僕たちの位置を一瞬で見失う。そして、困惑の表情を浮かべながら、僕のすぐ近くを高速で通り過ぎた。


 そして。


 突入した場所の反対側で、結界の内壁に勢いよく激突し、そのまま昏倒してしまった。


 ええっと、結界は一方通行じゃないんですよ?

 外からの攻撃や侵入を防いでいるということは、内側からも同様に外へ向けての力は塞がれているんですよ?

 そして貴女は、戦闘部族の一員じゃなかったんですか。

 みっともない倒れ方をした女性を見て、フィオリーナは愉快そうに喉を鳴らす。

 フィレル王子も、状況を忘れて苦笑いしていた。


 昏倒した女性は取り敢えずそのままにして。


 僕もきちんと、力を見せないといけない。


 意識を試合に戻す。


 残りの男性二人は、接近してくる気配がない。竜力に自信があるのか、遠隔から絶えず竜術を放ち続ける。


 単純に、二対一。僕の膨れ上がった竜気にもさほど驚かなかったところを見ると、数で押せば、いずれ僕の竜力が尽きると考えているのかもしれない。もしくは、れた僕が動くのを待っているのか。


 竜脈から力を汲み取り、竜力の補充に当てているけど、たしかに消費の方が激しくて、このままではいずれ僕の力は尽きるだろうね。

 だけど、その状況に手をこまねいているわけにもいかない。


 どうにかして打開しなければ。


 ザンとの手合わせで、自分の弱点は前から分かっていた。

 ルイセイネの言葉で、何かを掴んだ気がした。

 そして魔獣と送る日々で、試行錯誤し続けてきた。


 でも、あともう少し。何かが足りない気がしていた。


 どうすれば遠隔から攻撃してくる相手に反撃できるのか。竜剣舞の際にあふく竜脈の力を、どう有効活用すればいいのか。


 ずっと悩み続けてきた。


 でも今日。僕は残りの欠片を見つけたかもしれない。


 フィオリーナの、空へと広がっていく竜気の波。竜人族の放つ、有形無形の竜術。


 今なら、僕は次の段階へと進める気がする。


 結界は完全に竜術を防いでいる。中なら安心だと判断した僕は、フィレル王子とフィオリーナに少しだけ離れてもらうようにお願いをした。


 フィレル王子は、いぶかしがりつつ。

 フィオリーナは、興味津々の瞳で僕を見つつ。


 ふたりが十分に離れたのを確認すると、僕は舞い始めた。


 今回は、霊樹の木刀の一刀竜剣舞。


 お付きの残り二人と接近戦をするわけじゃない。ただ、竜剣舞によって湧き溢れ出る竜脈の力を使いたいんだ。


 ゆっくりと、丁寧に舞う。

 剣先、足のつま先まで集中する。

 体をひねり、霊樹の木刀を流れる動きで振るう。回転の勢いを利用し、足を高く蹴り上げる。

 身体裁き、視線の動き、足運び。丁寧に、型になぞらえて舞う。


 フィレル王子もフィオリーナも、僕の竜剣舞を見るのは初めて。

 ふたりは結界の外の喧騒を忘れ、僕の竜剣舞に魅入る。


 そして、舞うごとに地表からは竜脈の力が溢れ出し、僕の周りを乱舞し始めたのを感じ取る。


 僕は乱舞する竜脈を体外で錬成し、竜気となす。そして、霊樹の木刀を振る動作、蹴りや身体の回転の勢いに乗せて、竜気を周りに振り撒く。


 竜気は竜脈に乗り、結界の外へと広がっていく。


 確信はあった。


 結界は全てのものを阻んでいるように見えるけど、結界程度では竜脈の流れはき止められない。

 だから、竜気を竜脈へと戻せば、結界外にも広がると。


 これは、遁甲とんこうする魔獣が僕の結界内に容易く侵入することで、前から気づいていた。


 結界の外に出た竜気は、フィオリーナがやっていたように、無限に広がっていく。


 僕はそれと同時に、深く意識を集中させる。


 フィオリーナは竜気に乗せて、意思を飛ばすという。僕には、そんな芸当はできないけど。代わりに、広がっていく竜気を利用して、広範囲の気配、世界を感じ取っていく。


 瞑想しているときには感じ取れる世界の息吹いぶきも、激しい動作をしている最中にはなかなか感じ取れない。

 きっと今でも、実戦中だと無理かもしれない。

 だから、今のように戦いの最中でもゆっくりと集中できる余裕があるのは、僕には都合が良かった。


 竜剣舞を舞いながら、意識を深く落としていく。

 そうすれば、僕は結界の外に無限に広がる世界を感じることができた。


 すぐ側で、お付きの残り二人が飛ばす竜術の余波を防ぎながら佇む、カルネラ様とユグラ様の気配を感じる。

 フィオリーナを抜きにしてじっくりと気配を探れば、確かにユグラ様からも桁違いの力を感じる。

 よくもまあ、これ程の気配を見逃して、僕はフィオリーナを見つけ出したものだ。


 そして、ユグラ様のすぐ横に立つカルネラ様の気配も、尋常じゃない。

 竜王のなかに女性はいないらしいけど、この方からは竜王並みの竜力を感じ取れる。さすがは、竜人族一の戦闘部族である一族をまとめ上げる、部族長なのかな。


 広がっていく竜気と共に意識を広げていくと、巣の翼竜たちの気配を感じた。

 竜族らしい、桁違いの存在感。じっと佇み、自分たちの巣で繰り広げられる迷惑極まりないであろう試合を、静かに見守ってくれている。

 飛竜のような気性の荒い種族だったら、怒り狂っているに違いない。

 その点、ここの翼竜は温厚なのか、多少の迷惑に今の所は目をつぶってくれているようだね。


 僕の竜気は、窪地の翼竜の巣を越えて、さらに広がっていく。


 ああ、暴君は僕の企みに気付いたのかな。さざ波のように広がっていく竜気の気配を敏感に感じ取り、上空へと退避していった。


 竜気の波は険しく高い谷を飛び越し、竜人族の村を範囲に飲み込む。更に、高い山脈に囲まれた深い森全体へと僕の竜気は範囲を広げていった。


 崖を駆け上がる山羊やぎの気配を捉え、空を飛び回る鳥たちの存在を明確に捕まえる。


 深く瞑想しているときのように、僕は自然の雄大さ、動物たちの営みを感じ取ることに成功していた。


 ああ、竜人族の村に、感じ慣れた気配が幾つか在る。

 ミストラルたちだね。

 彼女たちは竜人族の輪のなかに入っているみたい。僕たちのような揉め事はなかったんだね。良かった。


 気のせいかな。ミストラルとルイセイネ、それにニーミアは、僕の広がっていく意識に気づいたような反応が、少しだけあった。


 何はともあれ、彼女たちが平穏で良かった。


 よし。僕も意識を広げてばかりではいけない。

 今なら、竜気の波に乗ってどこまででも広がっていけるんじゃないかと思える意識を、今度は自分の方へと呼び戻す。


 僕の相手は、翼竜の巣で相対する二人の竜人族だ。


 僕の広かった意識は、もちろん二人を捉えていた。

 高速で翼竜たちの間を疾駆しっくし、絶えず竜術を放ち続けている。

 彼らからも、並ならぬ気配を感じる。


 接近してこない二人。僕から動かなければ、彼らは絶対に接近戦をしようとはしないだろうね。

 では、どうするか。ここからが本当の、僕の発想力の見せどころ!


 飛来する竜術のなかで、鳥や動物に似せた術を見て、思い知ったことがある。

 僕の扱う攻撃的な術は、竜槍などのように武器の形をとることが多かった。

 竜術を覚えたての頃は、自由な発想で鶏の形に似せてみたりして、ミストラルにも苦笑されていたのに。今では、攻撃的なものは攻撃的な形をしていなければいけない、という凝り固まった考えに縛られていた。


 でも、そうじゃない。違うんだ。

 固定観念なんか吹き飛ばし、もっと自由に発想しなきゃいけない。


 空間跳躍も、耳長族固有の術、という固定観念が薄かったからこそ、僕は竜術で再現できたんだ。


 今また、僕は全ての思い込みを最初から変えなきゃいけない。


 そう。離れた敵をどうすれば倒せるのか。どう攻撃すればいいのか。ここから違うんだ。


 竜気と共に遥か遠くまで広がった意識を、今度は収束していく。


 遠隔攻撃には、遠隔攻撃で。

 そうじゃない。


 遠隔攻撃が得意な相手。遠隔攻撃しか使用しない相手。そんな相手と同じ条件で、僕が戦う必要はない。

 僕は接近戦重視の戦いなんだ。

 ならば、僕が相手に合わせるのではなく、相手が僕に合わせる状況にすれば良い。


 どうやって。


 僕は猩猩しょうじょうを思い出す。


 計り知れない存在の魔獣。

 竜族や竜人族が束になっても敵わない相手。でも、猩猩は縄張りに入って来なければ、襲ってこない。逆に、一歩でも入れば容易く見つかり、容赦なく喰われる。


 竜気に乗せて広げた意識は、言ってみれば、僕の縄張り。意識の広がる範囲を完全に把握し、掌握する。その中で、敵対者は容赦なく襲う。

 だけど、猩猩のように獲物の場所まで出向いて、ではない。離れている獲物には、近づいてもらえば良い。


 上空から見た、猩猩の縄張りを思い出す。

 炎獄のような、紅蓮色にとぐろを巻く炎。

 縄張りに踏み込んだものをけっして逃さない、灼熱のうず


 僕も、縄張りの中の獲物は逃さない。


 広げた意識。竜気を、猩猩の縄張りのように渦巻かせながら、収束していく。そしてその際に、竜気で獲物を絡め取り、僕の下まで引き寄せる。


 相手が離れているなら。近づかないのなら。


 引き寄せてしまえば良いんだ!


 遥か遠くまで広げた縄張りの外から、さらに遠隔攻撃をしてくるような相手はそうそう居ないはず。でも、縄張り内の相手なら、絶対に引き寄せて、接近戦に持ち込んでみせる。


 接近戦になれば、僕は絶対の自信がある。


 翼竜たちの間を縦横無尽に疾駆するお付きの二人。

 かまわない。どんなに高速で動いても、どんなに距離を取ろうとしても。縄張りのなかにいる以上は、絶対に逃さない。捕まえて、近くに引きずり込んでやるんだ。


 水面に出来た渦が船や全てのものを飲み込むように、僕が作り出した竜気の渦は、中心にいる僕へと向かい、任意のものを絡め取る。そして、飲み込もうと引きずり込んでいく。


 お付きの二人の気配に、動揺が広がる。


 僕の術に気づいたのか。身体に絡まった僕の竜気をがして、逃れようともがく。

 だけど、背後から迫った翼竜に吹き飛ばされて、正面に居た別の翼竜との間に押し潰された。


 ごめんなさい。


 障害物を飛び越えて狙った相手だけを引き寄せるなんて器用なことは、今はまだできません!

 ということで、障害物ごと引き寄せてみました!!


「フィオ。翼竜のみんなにごめんなさい、と伝えてくれるかな」

『はぁい。任せてね』


 翼竜は傷つけていませんよ。引き寄せているだけです。という言い訳は、通用するのかな。後で弁明しなきゃね。


 猩猩の縄張りのように。竜気はとぐろを巻き、荒れる。


 僕は目的のものが引き寄せられていく気配を感じながら、竜剣舞を舞い続ける。

 舞に合わせ、溢れ沸く竜脈の力を、出し惜しみなく渦へと投入していく。

 渦はいつしか激しい嵐のように吹きすさび、獲物の全てを渦の中心である僕のもとへと引き寄せた。


 ずうん、と結界に重量物がぶつかる衝撃が伝わる。

 見れば、障害物として一緒に引き寄せた翼竜たちが、結界に折り重なるようにぶつかって止まっていた。


『やり過ぎだ』


 ユグラ様の苦笑が伝わる。


 気配を探ると、お付きの男性二人は、翼竜の間に挟まれて、伸びていた。

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