竜の盟主
『貴様は、
「えっ!?」
フィレル王子は、質問の
『貴様がなぜにここを訪れたのか。我は事前にミストラルから報を受けておったし、エルネアから今、説明を受けた。だが、貴様はここへ来て、何をした』
「なにを、と言われましても……」
フィレル王子は僕と一緒に、ユグラ様を探す競争をしていた。そしてユグラ様を見つけて、僕に叫んで知らせた。そこに、何かしらの落ち度があったのか、という疑問は、離れていた僕にはわからない。
『貴様は我を含む竜を物か何かのように物色し、目的のものを見つけ出した。そして自慢げにエルネアを呼び寄せた』
ユグラ様は、鋭い視線をフィレル王子に向けたまま、続ける。
『汝はヨルテニトスの子孫で、我の容姿でも知っておったのだろう』
飛竜に聞いたのか、伝承で聞き伝わっていたのかは、僕にはわからない。だけど、容姿を知っていたのは間違いないよね。
『対するエルネアは、我の容姿を知らなかったと見える。だからこそ、説明があったように自分なりに考えて、探していたのだろう』
頷く僕。フィレル王子は、ただ黙ってユグラ様の言葉を受けている。
『そもそも、勝負になっていないだろう。答えを知っている貴様と、試行錯誤しなければならぬエルネアとでは』
確かにユグラ様の言う通りだとは思うけど、勝負を了承して受けたのは僕だし、それなら責任の一端は僕にもありそう。
『汝は、今は黙しておれ』
おや!? もしかして今、思考を読まれた?
ユグラ様は僕に少しだけ視線を向けると、またフィレル王子に戻す。
『そして貴様は、我を見つけて何をした。挨拶もせず、意気揚々とエルネアを呼び寄せた。我に用があるのは、貴様であろう。ならば、我の前に来たのなら、くだらぬ勝負の前に、名乗り挨拶すべきではないか』
「それは……」
言い
ユグラ様の言う通り。あくまでも僕との勝負は二の次。初対面のユグラ様に会ったのなら、まずは挨拶する必要があったね。フィレル王子は、それを
『自分が勝つ、と結果のわかりきった勝負。相手を無遠慮に物色する態度。ついでのような挨拶。貴様は、相手を物か何かとして見ておるのではないか。自分は王子。他の者は格下のその他大勢、と認識しておるのではないか』
「そんなことは、けっして……」
違う、とは言い切れない。
無意識だとしても、たしかにフィレル王子は、相手を下に見る傾向がある。
きっと、生まれ育った環境のせい。生まれもった特別な身分のせい。フィレル王子が一方的に悪いわけじゃない。だけど、たしかにユグラ様が指摘することが、フィレル王子にはこれまでにも見て取れた。
フィレル王子はユグラ様に指摘されて、ようやく自分の思考の
『エルネアは、恩人であろう。貴様がいつどこで我を知ったかはわからぬ。だが、エルネアとその仲間の協力があって、ここに来られたのであろう。それなのに、恩人を呼び捨てか』
「うっ……」
次々と厳しいことを指摘されて、フィレル王子は顔面蒼白。あわあわと唇は揺れるけど、言葉が出てこない様子だ。
『我がヨルテニトスの盟友と知っていて、子孫と名乗れば容易く協力を得られると思ったか』
きっと、そこまで深く考えてはいなかったと思う。
ただ、周りや自分の立場に、無意識に甘えていただけなんじゃないのかな。
数日間とはいえ、飛竜のもとで生活をして、竜族の生態を勉強した。飛竜と語らい、多くのことを学び、今の自分と祖国の在り方に疑問を持ち、変革を望んだ。そのために、動き出した。
だけど、根源となる部分。自分の中身が歪に曲がっていれば、そこから導き出される未来もまた、歪であるかもしれない。
ユグラ様の厳しくも的確な指摘で、フィレル王子はそのことに気づいたのかも。何も言い返せない。言い訳もできないまま、黙ってユグラ様の言葉に耳を傾けている。
『汝の心は腐っておる。無意識であろうとも、他者を見下し、好意を当たり前と思っておる貴様は、くだらぬ人族。協力するに値しない、小さき者だ』
ユグラ様の言葉に、そんな、と言葉を漏らし、膝をつくフィレル王子。
ここまで来て。少なからず努力してきたつもりだったはず。なのにユグラ様に拒絶されたフィレル王子は、両手を地面につけて、がっくりと
「ですが、ユグラ伯。フィレル王子の
僕だって、最初からなんでも出来たわけじゃない。一年と少し前までは、勇者のリステアに
だけど、スレイグスタ老に会い、ミストラルと出逢い、多くの人や竜や自然の恩恵を受けて、成長できたんだ。
僕だって、最初は身も心も軟弱だった。
……今でもまだ、軟弱かもしれない。
だけど、スレイグスタ老はそんな僕にも多くのことを教えてれた。
そして、変わってこれた。
だから、フィレル王子も変われると思う。
だけどそのためには、僕にスレイグスタ老が居てくれたように、フィレル王子にも導き手が必要だと思う。
そう、ユグラ様に伝えたかった。語りたかった。
だけど、僕は必要なかったみたい。
両手を地面につけて、意気消沈していると思っていたフィレル王子。
だけど彼は、ぐっと握り拳を作ると、しっかりとした眼差しでユグラ様を見上げた。
そして自分の言葉で、語りだした。
「伯の仰る通りです。言い訳はしません。ですが、だからこそ、僕には伯の知識と力が必要なんです。僕を含め、家族の考えは間違えています。飛竜狩りなんて、間違えてます。だから、変えていきたいんです。そのためには、健全だった時代。少なくとも飛竜狩りなんて行われていなかった三百年前のヨルテニトス王国を知っている伯の協力が必要なんです。どうか僕に、知恵を与えてください。変えていきたいんです。間違った僕も。間違えた国の在り方も!」
フィレル王子はその後、僕たちに語ったように、自分の夢や希望をユグラ様に熱く語った。
ユグラ様やカルネラ様。そして僕やお付きの人は黙ってフィレル王子の言葉に耳を傾けた。
熱弁するフィレル王子に、嘘偽りはない。間違った思想や考え方が混じっていたとしても、それでもそれは、今現在のフィレル王子の全てなんだ。
「どうか。どうか僕に、お力添えをお願いします!」
フィレル王子は額を地面に擦り付けて、ユグラ様に懇願する。
ユグラ様は鋭い気配はそのままで、すうっと瞳を閉じる。そして、
『汝は、スレイグスタ様に多くのことを学んだのだな』
「はい。本当にたくさんの、掛け替えのないものを学ばせてもらいました」
『ではそこに、甘さはあったか』
甘さ、とは。つまりスレイグスタ老が僕を甘やかして指導してきたか、ということかな。
「いいえ。厳しかったです。悪いところは容赦なく怒られてきました。ですが、同じくらい褒められたりもしました」
褒められることと、甘やかすことは違うよね。スレイグスタ老は、飴と鞭をきちんと使い分けてくれていたと思う。
でもこれが、フィレル王子と何の関係があるのかな。
スレイグスタ老が人族を導いているなら自分も、という考えではないと思うんだけど。
『スレイグスタ様は偉大なお方ではあるが、だからといって我が追従する必要はない』
あ、やっぱり。また心を読まれた。
ユグラ様は古代種の竜ではないけど、どうも心を読む術が使えるみたいだね。
僕の思考はさて置き。ユグラ様はさらに僕へと質問を投げかける。
『フィレルは、汝にとって何者であるか。友人か、それとも仕えるべき者か』
言われてみて、考える。
はて、フィレル王子は僕にとって、どういった立場なんだろう。
ヨルテニトス王国の王子。
だけど僕はアームアード王国の国民だから、仕える相手とは違う。
友人。
はたしてそうだろうか。と考えてみて思う。
双子王女様が連れてきたから。語る夢に共感できたから、協力してきた。
でもそれって、友達だから、ではないよね。
親しく話すこともあるし、食事や寝床を一緒にしたこともある。でも、友達だからじゃない。側に居たから。一緒に行動したから、親しくしただけにも思える。
「正直に言いますと。友達でも、仕えるべきお方でもないです」
僕の言葉に、フィレル王子は一瞬、顔を暗くする。
『ならば、汝はなんでもない相手に親身になって協力したのか』
「なんでもない相手、とは違います。王子の目指すものに共感をしたから、協力をしたんです」
今まさに語ったフィレル王子の夢は、叶えば素晴らしいことだと思う。だから、微力ながら協力したんだ。
ユグラ様は僕の言葉と思考に、しばし視線をこちらに向ける。
『だがそれは、優しさではないな。甘さだ』
そして今度は、僕が指摘を受けた。
『汝の行いは、優しさではなく、甘さだ。フィレルをただ、甘やかしているだけだ』
僕がフィレル王子を甘やかしている?
首を傾げる僕。
『スレイグスタ様は、優しいであろう。汝に多くのことを伝え、導いてきた。だがその時、スレイグスタ様は汝を他人扱いしたか。ただ導くだけで、あとは知らぬ顔であったか』
「……いいえ、違います。スレイグスタ老は、おじいちゃんはとても親身になって、僕に接してくれています。僕はおじいちゃんを、本当の家族、お爺ちゃんと感じています」
『そう。優しさとは、そういうものだ。必要なお膳立てだけ与えて、あとは他人事というものは、相手を甘やかしているだけだ。本当にフィレルのことを思っているのなら。この者の
ユグラ様の言う通りだね。
僕はフィレル王子に期待しつつも、どこか他人事として考えてしまっていた。
飛竜狩りがなくなるといいなぁ。ヨルテニトス王国の王族の関係が改善されるといいなぁと思った。
フィレル王子がそれをきっと打開してくれる。だから、協力しようと思った。
だけどそこに、友情はけっしてなかった。
これだと、フィレル王子がもしも失敗しても、僕は「駄目だったか」としか思わなかっただろうね。
だけど、それは間違いなんだ。
竜峰のこと、竜族のこと。そしてライラのことを思えば、フィレル王子には絶対にやり遂げてもらわなければいけない。
これは他人事じゃないんだ。
そして、他人事じゃない問題を解決しようとしているフィレル王子に、僕はもっと真剣に向き合わなければいけなかった。
『フィレルの心の歪さを指摘するのは、我の役目ではなかった。汝の役目であった。汝が今の想いに至っていれば。フィレルの友人であれば。この者の間違いを正すのは、我ではなかっただろう』
「そうですね。王子と友人であれば、それは僕が負ってよかった役目かもしれません」
『汝の甘やかしが、フィレルの間違いを助長させたのだ』
「はい」
フィレル王子の思考の歪さには、気付いていた。だけど指摘しなかった。相手は王子様と思ったから。友人と思っていなかったから。これは、僕の間違いだったんだね。
『汝も貴様も、間違っていた』
はい。と声を揃える僕とフィレル王子。
『間違えていたと言えば、あれもだな』
ユグラ様は、谷に続く道の手前で未だに佇む暴君を見る。
『ふむ……誰もが間違える、か』
「ですけど、変わることはできると思います。レヴァリアが改心したように」
暴君は良い例だと思う。どんな間違いを犯していた者でも。どんな間違った思考をしていた者でも、きっかけがあれば、きっと変わっていける。
そう、フィレル王子も。
ユグラ様は、暴君から僕に視線を戻し、そしてフィレル王子に移す。
『貴様は変われるか』
「か、変わってみせます!」
視線を交わし合うフィレル王子とユグラ様。
『我は甘くない。厳しいぞ』
「望むところです!」
フィレル王子は、とっくに覚悟ができている。いまさらユグラ様が甘かろうが厳しかろうが、関係はないと思う。
『お爺ちゃん。いっつも飛竜狩りのことを気にしていたじゃない。もう一度、人族を導いてみたら?』
『やれやれ。盟主たるお前が我にそれを言うのか』
『命令しちゃうよ?』
『くくく。末恐ろしい孫だ』
にこにこと笑顔で口を挟んだのは、僕の横でお座りをしていたフィオリーナだった。
盟主?
首を傾げる僕。
『そうだ。フィオリーナこそが、今の我らの
「なな、なんだってー!!」
ユグラ様の説明に、僕は今までのやり取りなんて全て頭から吹っ飛ぶ勢いで驚いた。
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