勇者様ご一家の晴れ舞台

 どこまでも続くような透き通る青空。雲ひとつない、一年で一番の晴天の日。

 暑くもなく、寒くもなく、太陽は慈悲深い輝きで地上を包み込む。

 最高の、夏のひと幕。


 がらん、がらん、と副都アンビスの大鐘楼だいしょうろうが鳴る。

 かりん、かりん、と副都中の分社ぶんしゃが鈴を響かせる。

 らあん、らあん、と王宮や公共の施設が鐘をたたく。

 副都アンビスに、福音ふくいんが響き渡った。


 鳥たちが羽ばたき、動物たちが騒ぐ。

 人々が祝福の歓声をあげるなか、副都の大神殿で盛大な儀式が執り行われようとしていた。


 大神殿前の大広場は、赤や黄色や青や白といった花びらで埋め尽くされている。

 きらびやかな衣装を身に纏った人々が大広場を囲み、儀式の主役たちをいまかいまかと待ちわびる。

 神殿を囲むようにして集まった国中の人々の華やかな声を受けながら、聖剣と同じ赤と黒を基調きちょうとした馬車から、ひとりの男性と四人の女性が降りてきた。


 大神殿にたどり着くまでに、ぐるりと副都の大通りを凱旋がいせんしてきた馬車に乗っていた者たち。それこそが、本日の主役。

 アームアード王国の象徴、勇者リステアとお嫁さんたちだ。


 広場の入り口で待っていた上級巫女様に手を引かれ、最初に馬車から降りたのはセリースちゃん。次にキーリとイネア、続いてネイミーが順番で花びらの広場に足をつけた。

 四人は真っ白な衣装を着込み、無垢むくの美しさを振りまく。

 王族のセリースちゃんと一般人のネイミーは同じ衣装。巫女職のキーリとイネアは聖職者の神聖な衣装という違いはあったけど、身分も役職も関係なく統一された装飾になっている。

 美しい花嫁たちの姿に、観衆から感嘆かんたんのため息が漏れた。


 そして、無垢衣装の花嫁四人に手を取られて最後に馬車を降りたのは、炎のような美しい赤色の衣装を着たリステアだ。

 広場の王侯貴族や貴賓きひん、広場に入れなかった国民たちから、これまで以上の歓声が沸き起こる。

 黄色い悲鳴と祝福の野太い声が混じり合い、あたかも聖職者の祝詞のりとのように響き渡った。


 広場に降り立った勇者と花嫁たちは、錫杖しゃくじょうを手にした上級巫女様に先導されてゆっくりと進む。

 真ん中がリステア。左手側にセリースちゃんとネイミー。右手側にキーリとイネア。

 横一列に並んで、全員が手を繋ぎ、大神殿へと進む。


 この演出は、リステアが強く望んだものだ。

 リステアの正妻は、身分などもあって、どうしてもセリースちゃんになってしまう。

 だけど、リステアたちにとって身分は関係ない。お姫様だろうと巫女様だろうと、一般人だろうと、全員が等しい立場でみんなが仲良しなのだと、リステアは表現したかったみたい。


 リステアの演出に涙したのは、ネイミーだった。

 彼女だけが普通の身分の女の子。

 元気一杯で、勇者様ご一行の盛り上げ隊員のぼくだけど、内心では他のお嫁さんたちと自分の違いに違和感を持っていた。

 もちろん、ネイミーの心配はリステアやセリースちゃんも知っていて、これはネイミーのための演出でもあるんだ。


 すでに涙目になり始めているネイミーの手をセリースちゃんがしっかりと握って、花道を進む。


 リステアの腰には、聖剣はなかった。

 神聖な儀式だから佩刀はいとうはしていないけど、聖剣の有無がリステアの価値を決めるものではないということくらい、この国の全員が知っている。

 絶えず国と国民のことを想い、利益を求めず私欲を持たず、命を賭して活躍してきた。

 そして、建国以来最悪となる魔族軍の襲来では率先して戦い、英雄と称えられるほどの活躍を見せた。

 権力の象徴が国王様だというのなら、人々の心の象徴こそが勇者だ。

 歴代でもまれに見る活躍を見せたリステアは、若干十六歳にして歴史に名を残す勇者になっていた。

 酒場ではリステアの英雄譚えいゆうたんが話され、宮廷吟遊詩人たちがうたい続けている。


 その勇者と四人のお嫁さんたちを祝福する鐘の音や歓声に包まれて歩く彼らは、まさに全国民に愛される者たちだった。


 リステアたちが進んだ後を追い、広場に集った僕たちもいよいよ動き出す。

 最初に本日の主役たちの家族が行き、聖職者が後を追う。その後ろに、僕たちのような関係者や貴賓の人たちが続く。

 リステアの功績をたたえるように、参列者のなかには獣人族や竜人族、そして約一名の魔族も含まれていた。

 リステアたちの晴れ姿をひと目見ようと全国各地から集まった大群衆を残し、結婚の儀に招待された者たちは大神殿へと足を踏み入れた。


 美しいれ幕やおごそかに装飾された神殿内で、僕たちは指定された場所に移動する。

 リステアたちは先に祭壇さいだんへと到着していて、僕たちを迎え入れるような形になった。


 これもリステアたちの演出だった。

 今日の結婚の儀は、リステアたちのための儀式であることに変わりはない。

 だけど、リステアはあくまでもアームアード王国の勇者で在ろうとした。人々のための勇者であるという自覚を失わなかった。

 だから、自分たちの儀式であっても、家族や仲間や友人、知人や関係者に出席してもらうのではなくて、みんなのおかげで自分たちはこうして今日を迎えられた、みんなが来てくれたのではなく、来てもらったんだという心を持って迎えたい、という意味がある。


 全員が指定された場所に着くと、いよいよ彼らのための儀式が始まった。

 アームアード王国の神殿宗教の代表者、巫女頭みこがしらのヤシュラ様が祭壇に立つ。

 巫女様たちが大錫杖を鳴らし、鈴を響かせながら祝詞を奏上する。

 僕たちも覚えたての祝詞を全員で唱え、女神様を称え、リステアたちを祝福する。

 長い奏上が終わると、ヤシュラ様が大錫杖を鳴らして空気を清め、誓いの言葉をリステアに促す。

 リステアが愛を誓い、お嫁さんたちも愛を誓い、全員で絆を約束する。

 そして、リステアとお嫁さんたちが愛のあかしを交換しあった。


 この日のために、お互いのことを想って準備してきた贈り物だ。


 リステアは、お嫁さんたちにお揃いの指輪を送った。セリースちゃんは手織りの剣帯けんたい。ネイミーは手作りの腕輪。キーリとイネアは、共同で作った守護具しゅごぐの首飾りを。


 腕輪と守護具には、リステアを護るという想いが込められている。セリースちゃんの剣帯も、彼女らしいね。

 セリースちゃんは王族なので、宝石なら望めば簡単に手に入る。でも、それじゃあ愛の証になんてならない。長い時間をかけて、想いを込めて手編みした剣帯は、努力なく手に入る宝石なんかよりも遥かに価値のあるものだ。


 リステアが送った指輪にめ込まれている宝石は、これまでの冒険で手に入れた貴重な鉱石が使われている。

 リステアの場合、必ずお嫁さんたちと一緒に勇者様ご一行として活動するからね。冒険者のスタイラー一家のように、自分だけ冒険に出て集めてくるということができない。

 それでも、これまで数多くの冒険をしてきたリステアが、少しずつ集めた貴重な宝石だ。

 価格のつけられない価値がそこにはあった。


 愛の誓いや贈り物を見届ける役目は、キーリとイネアの大親友であるルイセイネが務めた。

 彼女の本来の役職は戦巫女いくさみこ

 こうした催事さいじには表立って出ない立場なので、今日まで一生懸命、祝福の祝詞を覚えたり作法を勉強してきたんだよね。

 リステアたちの幸せに満ちた姿はとても素敵だけど、僕の瞳は頑張っているルイセイネをちゃんと捉えていた。


 そして、厳かに、それでいて華やいだ雰囲気もあるリステアたちの結婚の儀を見守りながら、僕も贈り物をみんなに渡さなきゃね、と密かに決心していた。






 スラットンとクリーシオの結婚の儀は丸一日を使った大変なものだったけど、リステアたちは半日で終わった。

 ううん、ちょっと違うか。

 今もまだ、ある意味では儀式の途中だ。


 副都の大神殿で執り行われた神聖な儀式の後は、王宮に移っての披露宴になった。

 ここからは、国が仕切る儀式だね。

 建国王から引き継がれてきた聖剣の継承者。そして、王家からお姫様も嫁いでいる。国の威信をかけた盛大な披露宴では、大神殿に入りきれなかった貴族や有力氏族、豪商や豪族、ヨルテニトス王国からの賓客も交えた、これまでにない規模のものになった。

 さらに副都や王都では、お酒や食べ物が国民たちに大盤振る舞いされているらしい。


伯爵様はくしゃくさま、ご結婚おめでとうございます!」

「エルネア、伯爵とか言うなよ」

「いいじゃない。結婚を前に、リステアは伯爵になったんだよね」

「偉くなったもんだなぁ」

「そう言うスラットンも、男爵になったんだよね。おめでとう」


 千人近い人たちが集まった晩餐会のあとは、賑やかな宴会になった。

 そして、挨拶回りに来たリステアを、談笑していた僕とスラットンが祝福する。


 そう。そうなんです!

 リステアはこれまでの功績を讃えられて、このたび、伯爵様になられました。

 伯爵といえば、伝説の翼竜のユグラ様と同じだね。

 領地はまだ与えられていないけど、立派な貴族様だ。

 ただし、叙勲じょくんと同時に、王都の近郊に立派なお屋敷を建ててもらうらしい。

 まあ、まだそこまで復興が進んでいないらしいけどね。


 ……伯爵邸がこれからだというのに、すでに完成されている僕の実家って、と思っちゃいけません。

 長い旅を終えて帰って来たら、某精霊さんの仕業で敷地の一部や周辺が深い森になっていたり、某宝玉の影響なのか、それが迷いの森になってしまったなんて考えちゃいけません。


「エルネア、お前だって叙勲の話はあったんだろう?」

「うん、断っちゃったけどね。ヨルテニトス王国でも竜騎士の称号を断ったし、こっちだけ受け取るなんてできないよ」

「けっ。竜王様は心意気が違うぜ」


 現竜騎士で男爵様のスラットンが、憎らしそうに僕を見る。

 彼は今でも、いずれは竜王になってやる、と豪語しているので、僕は目の上のたんこぶなのかもね。


「あははっ。エルネア君は魔王の座を断ったくらいだしね」

「うわっ、ルイララ! それをここで言っちゃ駄目だよっ」


 リステアの結婚の儀に参加していた唯一の魔族、ルイララが爆弾発言をしたせいで、周りで僕たちの会話に聞き耳を立てていた人たちが、ぎょっと目を見開いて驚いていた。


「ま、魔王……」

「エルネア、お前はこの間まで何をして来たんだ?」

「あはは……。ちょっと身の安全を確保しに」

「そうそう。昨年攻めて来た魔王が支配していた魔都を、魔王城ごと吹き飛ばして来たよね。そういえば、エルネア君は魔王にこそならなかったけど、死霊都市しりょうとしの支配者であることには変わりないんだよね」

「し、死霊都市だと!?」

「エルネア……?」

「あっ。今度、そこに招待するね。魔族の国の辺境にあるんだけど、あそこならみんなを連れて行けると思うし。領主を代行してくれているメドゥリアさんは良い魔族だよ!」

「いやいや、死霊の都市ってお前……」


 そういえば、もう死霊は住んでいないから、いつまでもあそこを死霊都市とは言えないよね。

 スラットンのどん引きした顔と、リステアの僕を心配する表情で、みんなが死霊都市のことを勘違いしているとようやく気づく。

 慌てて釈明しゃくめいしたけど、なにやら周りが騒がしい。


「というか、なんでルイララがここに招待されているのかな?」

「エルネア君はひどいなぁ。これでも僕は、陛下から特使として派遣された親善大使だよ」

「いやいや、魔族の親善てなにさ」

「これでも一応、僕は人族の国の復興に関わったんだよ?」

「そうだったね」

「エルネア、彼には俺の方から正式に招待状を送ったんだよ」

「リステア、気をつけてね。目をつけられると大変なんだから」

「その言葉をそっくりそのままエルネア君に送りたいよ。エルネア君に協力を求められて魔族を蹂躙じゅうりんした旅は、本当に大変だったんだよ」

「やめてっ。誤解を与えるようなことを言うのはやめてぇっ!」


 賑やかな僕たちの周りで大勢の人たちが震えていたという出来事は、披露宴のあとにミストラルから聞いた話だった。

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