話し合いましょう

「おじいちゃん、アシェルさん、レヴァリア、こんにちは」

「うむ、よくきた」

「……アシェルさん。なんでそんなに嫌そうな顔をするんですか?」

「私はおすは嫌いだよ」

「そうでしたね!」


 みんなで苔の広場に遊びに来たら、いつもの面子めんつが寛いでいました。

 スレイグスタ老は相変わらず、広場の中心に黒い小山となって寝そべっている。

 アシェルさんは僕に愛想のない返事をすると、先端が桃色の美しい体毛に顔を埋めて寝入ってしまった。


 というか、アシェルさんがなんで苔の広場にいるのかな?

 愛娘まなむすめに僕の実家の警備をお願いされたはずなのに、僕たちが戻って来る前から苔の広場に入り浸っていた。


「ふふん。あそこは霊樹の精霊に守護されていた。私が出張る必要なんてないのさ」

「いやいや、それを知っていたなら、最初からみんなにそう伝えれば良いのに」


 僕の突っ込みにも顔を上げることなく、アシェルさんはふて寝中。

 なんでも、いにしえみやこから連れてきたお客さんに振り回されているらしい。連日、あっちへ連れて行ったり、こっちへ連れて行ったりと酷使されて、疲弊しきっているんだって。

 アシェルさんを振り回すような人たちって、いったい何者なんだろうね。アシェルさんをあごで使える人が古の都にいることに驚きです。でも、そうか。アシェルさんは古の都を護る守護闘竜なんだもんね。そう考えると、上司にこき使われているとも言えるのか。

 ちなみに、僕たちは誰ひとりとしてそのお客さんには会っていなかった。


「……レヴァリアも元気がないね?」

『誰のせいだと思っている?』

「ええっ。誰かな!?」


 本当に心当たりがなかったので首を傾げたら、ものすごい視線で睨まれました。


『貴様がリリィと知り合ったせいで、我はあれの修行に付き合わされているのだ!』

「それはそれは……。頑張ってね」


 リリィは、竜の森の将来の守護者として、たまに苔の広場を訪れて、スレイグスタ老の修行を受けているらしい。そして、レヴァリアはそれに付き合わされているんだね。

 でも、それって僕のせい?

 睨まれるのは、ちょっと理不尽な気がします。


「ところで、リームとフィオは?」


 ちびっ子の竜が居ないので、一緒にやって来たプリシアちゃんが残念がっていた。


『あれらは狩りに出ている』

「見守らなくても大丈夫なの?」

『未熟な貴様と一緒にするな。あれらは子供とはいえ、立派な竜だ。北の狩り場程度ならなにも問題はない』

「リリィと其方が散々飛び回っておったからな。なんじらの身内に手を出そうという愚かな竜族は、竜峰にはおるまいよ」


 飛び回らせていたのはおじいちゃんの修行のせいだと思うんだけど。なにはともあれ、安全が確保されているなら問題ないのかな。


「さあ、エルネア。はやく会議を始めるわよ」

「はぁい」


 魔族の国から帰って来てからは、僕たちは毎日のように苔の広場に通っている。

 これはもう、日課だからね。

 ミストラルもお役目があるし。

 だけど、今日はいつもとは違った意味あいでここへと来ていた。


「新たな修行か?」

「ううん、違うんです。家族会議をするんです」


 さて、なぜ苔の広場に来てまで家族会議をするのか。そもそも、なぜ今頃なのか。それは、複雑な事情が編みあった結果だった。


 まず、なぜ今更なのか。

 それは、ようやくみんなが揃ったから。

 えっ、最初からみんな揃っていたじゃないかって?

 もちろん、みんなで生活をしているので、いつでもどこでもみんなと一緒なんだけど。

 なぜか、ミストラルたちは日替わりで部屋にこもって、なにかをしているんだよね。だから、活動するときは大体の場合で女性陣の誰かが欠けた状態なんだ。

 家族の間に秘密はなし、なんて言いながら僕だけに内緒だなんて悲しいんだけど。

 でも、その秘密の活動も昨日でようやく終わったみたい。それでようやく、今日から本当に全員が揃って活動できるわけです。


 次に、会議を開く場所の選定について。

 実家や適当な場所じゃ、これからの議題は話し合えない。

 なぜなら、本日の家族会議は、秋の吉日きちじつに決まった僕たちの結婚の儀についての話し合いなのだから!

 実家などでは、誰かに聞かれたりちょっかいを出されたりする可能性があるからね。


 リステアの結婚の儀は、彼ららしい配慮の行き届いた素晴らしいものだった。

 僕たちもあんな風に心に残る儀式にしたいね、と意見が一致したんだ。でも、前もって話が漏れちゃうと楽しみが半減しちゃうからね。だからこうして、余計な耳のない場所で会議をすることにしたんだ。


「ほうほう。面白そうな試みであるな」

「はい。おじいちゃんも招待するので、そのときは出て来てくださいね」

「ふむ、短時間であれば良かろう」

「ありがとうございます」

「エルネア、おきな。自分たちだけがわかるような会話をしないで」

「ご、ごめんなさい」


 ミストラルにため息を吐かれて、僕は肩をすくめた。そして、みんなが待つ輪に参加する。


「それじゃあ、どういった式にするかの骨格から話し合いましょうか」

「派手な宴会がいいわ」

「煌びやかな祭典がいいわ」

「ヨルテニトス王国の国王様に喜んでもらいたいですわ」

「できれば粛々しゅくしゅくと、厳かな雰囲気で……」

「あまり騒がしいのはちょっとね。質素な方が好みなのだけれど」


 おお、なんということでしょう。

 派手派手で煌びやかでありつつ、粛々と厳かに。だけど質素で、ヨルテニトス王国の王様に喜んでもらえる儀式。

 それってなに?


 どうやら、まずは基本方針からまとめないといけないみたいだね。

 僕たちは、ああだこうだと意見を出し合いながら妥協点を探り合う。

 スレイグスタ老は家族会議に余計なちょっかいを出すつもりはないのか、優しく見守ってくれていた。


「んんっとね。これはアレスちゃんとお揃いなの」

「おそろいおそろい」

「にゃんも欲しいにゃん」


 一方、真剣な家族会議には興味を示さない幼女組は、構ってくれそうな竜に問答無用で押しかけていた。

 プリシアちゃんは恐れることなく、アシェルさんの顔の毛をぐいぐいと引っ張る。

 アシェルさんは、毛を引っ張られて仕方なく目を開けて、小さな暴れん坊を見下ろす。


「なんだい? それは御守りかい?」

「そうだよ。お兄ちゃんにもらったの。あっ。ひもはね、大おばあちゃんがくれたんだよ」


 プリシアちゃんは自慢げに首飾りを見せていた。

 首飾りの宝玉は、美しい緑色をしていた。

 それは、アレスちゃんによって十全に力を取り戻した、迷いの森の宝玉だった。

 けっして、守護具ではありません。どちらかというと、呪いの道具です。

 だけど、耳長族のプリシアちゃんと宝玉の相性が良いのか、使役する光の精霊さんの影響なのか。プリシアちゃんが持っていると、迷いの術はほぼ抑えられていた。


 宝玉に合わせた組紐くみひもは、耳長族の大長老のユーリィおばあちゃん製。

 宝玉のことを話した時に、それなら精霊力の宿った組紐を、という話になったんだけど。僕が千手の蜘蛛の糸を渡そうとしたら、おばあちゃんはすでに精霊力の宿った千手の蜘蛛の糸を所有していた。それで、僕の糸と交換してもらったんだ。

 おばあちゃんは、耳長族に伝わる伝統的な編み方で宝玉に似合う組紐を作ってくれた。

 編み方に意味があったりするんだって。女性陣はそれに興味を示して、今度教えてもらう約束をしていた。


 そんなわけで。同じものではないけれど、プリシアちゃんはアレスちゃんとお揃いの首飾りを手に入れることができた。

 ただし、それに嫉妬したのがニーミアだ。


「にゃんも欲しいにゃん」

「やれやれ、困ったね」


 甘えてくるニーミアに、アシェルさんは困った様子。でも、愛娘に甘えられて嫌がる母親はいないよね。

 ううん、とアシェルさんは考え込んでいた。


「……エルネア。エルネア、聞いているの?」

「うっ、ごめんなさい」


 幼女たちに意識を向けすぎてしまって、ミストラルに怒られちゃった。


出物でものはどうするの?」

「えっ?」


 いつの間に、結婚の儀の基本方針から引き出物に話が移ったのかな。

 とりあえず、なにが良いのか考えてみよう。

 リステアの結婚の儀では、参列者に記念金貨が配られた。造幣ぞうへいしたのは国だけど、絵柄などはリステアたちが考えたんだって。

 表には聖剣とアームアード王国の国旗が彫られ、裏には伯爵となったリステアの家の家紋が彫られていた。

 貰ったときにとても嬉しくて、これはずっと持ち続けられる記念になるね、とみんなで話したんだ。それで、僕たちも記念の引き出物を送ろうという話になったんだ。


「ううーん……」


 考えながら視線を泳がせる。すると、というかまたというか、幼女たちに目が行った。

 プリシアちゃんとアレスちゃんが、アシェルさんの毛を引っ張って遊んでいる。

 ニーミアは自分も欲しいとおねだり中。

 そしてアシェルさんは、困り顔だった。


「ねえねえ。アシェルさんの体毛って綺麗だよね……」


 僕の何気ない呟きを耳にして、ぎろりとアシェルさんが睨む。


 ふと思ったんだけど。

 高位の存在の身体の一部とかって、加工すると、とても上質な物になるんだよね。

 千手の蜘蛛の糸とか、妖魔や魔獣の皮とか。竜族の鱗や骨は、高級で高性能な武具になるし。


「其方、私の毛を狙ってはいないだろうね?」

「どきっ……。でもですね。みんな喜ぶんじゃないかなぁと。だって、ヨルテニトス王国でもアームアード王国でも、アシェルさんは活躍してくれたし。なかには、国の守護竜だ、なんて言う人もいるんですよ!」

「いるんですよ、じゃないっ」

「うわっ」


 アシェルさんは体長の倍以上ある長い尻尾を振って、僕を攻撃してきた。

 僕は慌ててみんなと手を繋ぎ、空間跳躍で逃げる。

 というか、みんなの反応が良すぎます!

 危機管理がしっかりしているね!


 ただし、犠牲者が出た。

 疲れ果てて丸くなっていたレヴァリアがアシェルさんの尻尾の餌食になり、ばこんっ、と飛ばされた。

 ごろごろと古木の森あたりまで転げたレヴァリアは、牙を剥き出しにして怒る。

 牙の隙間から紅蓮の炎がちりちりと漏れている。


『エルネアッ!』

「ええっ、なんで僕に怒っているの!?」


 理不尽です。


「くくく。良いではないか、良いではないか」


 スレイグスタ老は思わぬ漫才に笑っていた。

 今では当たり前のように苔の広場に来るレヴァリアだけど、スレイグスタ老から愉快に笑われちゃったら、それ以上は怒ることはできないよね。

 だって、ここで暴れたらスレイグスタ老が容赦なく怒るからね。そうなると、命の危機に繋がります。

 レヴァリアはぐるぐると不満そうに喉を鳴らしながらも、元いた場所にのしのしと歩いて戻って、また丸くなる。


「しかし、エルネアの考えは悪くないのう。汝らの儀式は、これまでの所業しょぎょうかんがみれば、大規模なものになるであろう。それを其方らだけで準備はできまい。ならば、協力者を仰がねばならぬ」

「そうなんです、おじいちゃん。準備期間はまだあるんですけど、僕たちだけじゃ到底無理なんですよね」


 これは仕方ない、と妥協するしかない。

 本当は自分たちだけで準備ができれば最良なんだけど、どうやっても手に余るということは素人目にでもわかる。

 リステアたちも、神殿や国側に協力してもらったんだからね。

 だから、基本方針やどういった儀式にするかという話が煮詰につまれば、協力してくれる者の選定も考えていたんだよね。


「ふむ、理解しておったか」

「はい。ここへ来たひとつの理由として、おじいちゃんやアシェルさんに協力してもらおうという目論見があって……」

「あって、じゃない!」

「うわっ」


 ぶおん、とまた尻尾が飛んで来た。

 ……レヴァリアは犠牲になったのだ。


「ほら、ニーミアの首飾りを作るお手伝いもしますから。アシェルさん、お・ね・が・い・します」


 ニーミアにならって、甘えてお願いをしてみた。

 そしたら、雄は嫌いだ、とそっぽを向かれてしまった。

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