三角関係は危険です

「くんくん、こっちにゃん」

「違うよ、プリシアはあっちだと思うよ」

「こっちこっち」


 ニーミアとプリシアちゃんとアレスちゃんが別々の方角を示す。

 僕たちはどうしよう、と顔を見合わせた。


 結婚の儀をどうするかという話と同時進行で、僕たちは引き出物の素材集めに来ていた。

 危険地帯、竜の墓所へと。


 色々と検討を重ねた結果、やっぱり僕といえば竜だよね、という話になったんだよね。

 僕は霊樹とも深い関係を持っているわけだけど、霊樹に関わるものを引き出物に利用するのは駄目だ、とスレイグスタ老に前もって釘を刺された。それで、次の案、というかよく考えたら一般的に世間へと広まっている認識として、竜関係になった。


 竜の森の守護竜であるスレイグスタ老に師事し、竜峰同盟の盟主である僕。竜王という称号を得て、竜人族や竜族と親交を持っている。

 女性陣の身分や立場などもあるけど、ここは僕のことを引き立てようという結論になった。

 それで、僕を象徴する竜に関わる品物ってなんだろう、とみんなでいろんな意見を出し合ったんだ。


 竜のお肉?

 引き出物というよりも、披露宴などで出すと素敵かもしれない。

 人族ではまるで歯が立たない竜族。そのお肉はとても貴重で、王侯貴族でもほとんど食べられないような幻の食材なんだよね。

 ごくまれに、弱った竜を狩ったり、子竜を仕留めた冒険者によって、市場にもたらされる。もしくは、年に数度だけ王都へと下りて来る竜人族の隊商が、目玉商品として持って来るくらい。

 その貴重な竜のお肉を披露宴で振る舞ったら、招待した人たちは絶対に喜ぶと思うんだ。


 だけど、僕がお肉の提案をすることはなかった。

 僕だけじゃなく、他のみんなもそういった提案を出す素振りさえ見せなかったんだ。


 なぜなら。


 僕とミストラルとルイセイネ、それとプリシアちゃんは過去に、アシェルさんが仕留めた飛竜のお肉をお腹いっぱい食べたことがある。

 僕が初めて竜峰に入ったときのことだね。アシェルさんの背中に乗って空を飛び、竜峰に現れた腐龍を退治しに行った、帰りのお土産だ。

 でも、そのときはまだ竜族の知り合いなんてスレイグスタ老とニーミアとアシェルさんだけで、基本的に普通の竜は恐ろしい存在と認識していた。

 意思疎通どころか、竜族は人を相手にしていないと思い込んでいた。ましてや、お友達になれるなんて思いもしなかったし。


 だけど、今は違う。

 竜族とは冗談を言い合ったりじゃれ合う関係になっている。お互いに困っているときは協力しあったり、いっぱい遊んだり。

 人と竜という、種族も姿も違う僕たちだけど、そんな壁はないに等しいくらいの関係を築いている。

 その竜族のお肉を食べる、なんて今更できないよね。


 考えただけでも、ぞっとしちゃう。

 僕たちにとって、竜のお肉を食べるということは、人のお肉を食べることと同じくらいの禁忌きんきになってしまっていた。


 というわけで、お肉の案は提案するまでもなく却下。

 では、どうしよう。と悩んでいると、スレイグスタ老が助言をくれた。


「竜族の牙や鱗を利用してはどうであろう?」

「ええっ。でも、剥ぎ取るのはちょっと……。かわいそうだし」

「くくく。たしかに生きている者からであれば躊躇ためらいがあるかもしれぬ。だが、死んだ者からならば問題はあるまい」


 でも、それって……

 竜のお肉と一緒で、なんだか気が引けちゃうよ。

 僕と同じ感情を抱いたのか、みんなも少し困った表情になった。


「ミストラルも汝も、忘れておるのではないか。汝らはすでに、竜の亡骸を利用しているではないか」

「もしかして、竜宝玉のことですか?」

「うむ。なにも、死骸を利用することは悪いことではない。人族の呪術師も、祖先の骨などを利用したりするであろう。死んでは自然にかえるだけである。ならば、その遺骸いがいを有効利用することは、生きる者にとって有用であろう。忘れてはならぬことは、死者をうやまうということだ」

「敬意を払って有効に利用するのなら、死者への冒涜ぼうとくにはならないってことですね」


 スレイグスタ老は頷いた。


「勘違いをしないことだね。其方らは竜の肉を食べたくない、と思っていても、竜族は当たり前のように人を襲う。其方と面識があろうが仲が良かろうが、空腹になれば人は餌でしかないんだよ」

「僕たちが食べないからといって、竜族にもそれを強要しちゃ駄目ってことですよね。それは理解しています」

「違う、其方らがそこまで竜族に気を使う必要はない、と言っているのさ」

「なるほど……」


 アシェルさんの指摘に、ううむと頷く。

 竜族は、僕の身内や知り合いは絶対に襲わないだろうね。だけど、それ以外は違う。

 現に、飛竜の狩り場へと勇ましく向かった者や無謀にも竜峰へと足を踏み入れた冒険者が竜族の被害に遭う、という話は今でもあるんだよね。

 竜族はあくまでも弱肉強食の自然界に生きている。だから、僕との関係があるからといって、人を襲わなくなるという不自然なことはしないんだ。

 僕たちは、厳しい自然の摂理を理解しておかなきゃいけない。


 それでもやっぱり、竜のお肉は受け入れられないかな。でも、骨や鱗を使った引き出物なら貴重な一品になるし、招待した人たちも喜ぶんじゃないのかな、という結論に至った。


 それで、僕たちはこうして竜の墓所へとやって来たわけです。

 探しているのは、竜の亡骸なきがら

 ミストラルの話によれば、竜人族は結婚するときに、竜の遺骸で御守りを作るんだって。

 牙や角、もしくは骨や鱗を削って玉にして、夫婦の証にするんだとか。

 引き出物にするなら夫婦の証ではないけれど、僕たちの気持ちがこもった御守りとして配ろうか、ということに決まった。


 でも、実際に竜の墓所に来てみて、非常に困った事態になった。


 老齢の竜たちに邪魔をされている?

 違います。

 竜の墓所の呪いを解いた僕たちは、竜峰北部へと自由に出入りすることができるようになっていた。

 とはいっても、静かに余生を暮らすおじいちゃんやおばあちゃんの邪魔をしないなら、という条件だけど。

 とにかく、竜の墓所で僕たちを脅かすような竜族はいない。


 では、竜族の死骸が見つからない?

 たしかに、見つからない。

 竜峰の竜たちが命を終わらせる場所なので、探せば亡骸を見つけるのは簡単なはずなんだけどね。


 ……普通なら。


 だけど、僕たちは普通じゃなかった。

 普通でいたかったです……


「んんっとね。光の精霊さんがあっちって言ってるよ?」

「こっちこっち」

「向こうから匂いがするにゃん」


 事態を混沌へと導いた張本人。

 いや、本人は全然悪くないんだけどね。

 悪いのはその首に掛かっている緑色の宝玉です!


 そう。この困った状況を作り出しているのは、プリシアちゃんの首飾りの、迷いの森の宝玉だった。


 竜の墓所に入ってしばらく。

 当初は、竜の亡骸はすぐに見つかるかもね、と気楽に構えていたんだけど。

 和気あいあいと話しながら進んでいると、どうも景色がおかしいことに気づいた。もしや、と思ってプリシアちゃんの首飾りを確認したら、元気一杯に宝玉が輝いていたんです!


 もうね。ここが竜峰の北部地域かさえもわかりません。

 どれくらいの範囲に迷いの術がかかっているのかは、僕たちにはわからない。

 そこで役に立つのは、ニーミアの鼻と、宝玉の持ち主であり光の精霊さんのご主人様でもあるプリシアちゃん、そして霊樹の精霊であるアレスちゃんなんだけど。

 幼女たちがそれぞれ違う方角を示すものだから、僕たちは誰を信じていいのかわからずに悩んでいるんだ。


「ニーミアはおそらく、竜の死骸の場所を嗅ぎとっていると思うわ」

「そうだね、僕もミストラルの言う通りだと思うよ」

「にゃん」

「ですが、プリシアちゃんの示す方角が正解じゃないでしょうか」

「そうですわ。だって、匂いの方角に進んでも迷ってしまいますもの」

「んんっと、間違えてないよ?」

「私はアレスちゃんを支持するわ。だって、霊樹の精霊だもの」

「私はアレスちゃんを支持するわ。だって、精霊の支配者だもの」

「せいかいせいかい」

「違うにゃん。近くだから迷わないにゃん」

「光の精霊さんに聞けば迷わないよ」

「まよわないまよわない」

「むむむ……」


 さあ、誰を信用するの? と幼女たちの無垢な視線を受けて、僕は困り果てた。


「エルネア。ここは貴方が決断しなさい。わたしたちは貴方の指示に従うわ」

「にゃんを信じるにゃん」

「お兄ちゃん?」

「うらぎる?」


 あああっ!

 誰を選んでも、誰かを悲しませちゃう結末しかないじゃないですかー!


 ううう、と頭を抱えてうずくまる。

 誰か助けて!

 このままじゃあ、僕は幼女を裏切ったという深い罪を背負って生きることになるよっ。


 幼女たちは僕に誰を選ぶの、と詰め寄り、女性陣は早く答えを出して、と迫る。

 ああ、この場から逃げ出すことができたら、どれほど楽になるだろう。これなら、ルイララと魔族の国を旅していたときの方が平和だったんじゃないのかな。


 頭を抱えて悩む僕に、さあさあ、とみんなが迫った。


「……ええい、こうなったら!」


 僕は勢いよく立ち上がると、全員を捕まえた。

 なにをするの? と訝しがる視線に耐え。


「とりゃあっ!」


 思いっきり、空間跳躍を発動させた。


「……エルネア?」


 一気に視界が変化した先で、ミストラルが呆れたようにため息を吐く。


「さあ、今度はどっち?」

「こっちにゃん」

「向こうだよ」

「あっちあっち」

「とりゃあっ!」


 狂ったわけじゃありません。

 ニーミアとプリシアちゃんとアレスちゃんが、また別々の方角を指差したので、僕は二度目の空間跳躍を発動する。


「今度は向こうにゃん」

「あっちって光の精霊さんが言ってるよ」

「こっちこっち」

「どりゃああぁぁぁぁっ!」


 空間跳躍をするたびに、景色が移り変わる。

 そして、幼女たちは別々の方角を示す。

 僕はそのたびに、あらぬ方角へと空間跳躍を発動させる。

 そうして何度も場所を変え、幼女たちに方角を示させた。

 僕の暴挙に、女性陣はやれやれ、と肩をすくめて笑っていた。


 そして数え切れないくらい空間跳躍をして。

 僕たちがたどり着いたのは、枯れた木々と背丈の低い草が疎らに生えるだけの、平坦で広い沼地帯だった。


「向こうにゃん」

「向こうだよ」

「むこうむこう」


 おお、なんということでしょう。

 とうとう、幼女たちの示す方角が一致しました。

 僕は飛び跳ねて喜ぶ。


「とても嬉しそうだし。では、捜索はエルネアに任せようかしら」

「えっ!?」


 なぜでしょう。

 ようやく幼女組の意見が一致したというのに、喜んでいるのは僕だけでした。


「んんっとね。命綱を腰に巻いてね?」

「プリシアちゃん、これは紐じゃないよ。つたって言うんだよ」

「沼に沈んだら、にゃんが引っ張ってあげるにゃん」

「ど、どこからこんな蔦を持ってきたのかな?」

「しずむしずむ」

「……」


 気がきくと言うべきなのか、見捨てられたと言うべきなのか。

 ミストラルとルイセイネが率先して、僕の腰にきつく蔦を縛り付ける。

 ユフィーリアとニーナは、頑張ってね、と笑みを浮かべて手を振っている。

 ライラは心配そうに僕を見ながらも「どこまでもついて行きますわ」とは言ってくれなかった。


 もっと早くに気付くべきでした。


 ここは草木といった障害物がほとんど存在しない、平坦で広い沼地。

 小さな沼や大きな沼が何箇所も点在するような、足場の悪い場所。

 そして、幼女組が示した先には、竜の亡骸なんてどこにもなかった。


 そうか……

 竜の亡骸は、沼の底ってわけですね……


 みんなに笑顔で「いってらっしゃい」と見送られて渋々足を踏み出した場所は、底なし沼だった。

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