騙された者たち

 しゃぁぁっ、とシェリアーは牙をき、全身の毛を逆立てて威嚇いかくしていた。

 夜に輝く瞳は鋭く、上位の魔族らしい圧倒的な気配を放つ。


 トリス君は……あらら?

 いつの間にか全身鎧ぜんしんよろいを身に纏い、二刀流をしまって、代わりに弓矢を構えていた。

 やじりが青白く光る、不思議な矢だ。

 しかも、全身鎧だけじゃなくて丸盾を腕に装備していたり、一瞬の早変わりで重装備に!


 アレクスさんとルーヴェントも、油断なく身構えていた。


「はい、みなさん、落ち着いて!」


 そこに割って入ったのは、もちろん僕だ。


「この子は邪竜じゃなくて、黒竜こくりゅうのリリィです。僕のお友達なので、安心してくださいね!」

「えっ!? 邪竜じゃねえの? ってか、この巨大な竜がエルネア君の友達!? すげぇっ!」


 最初に反応したのは、トリス君だった。

 油断なく身構えていた姿勢をくずして、僕とリリィを交互に見比べる。そして、瞳をきらきらと輝かせて僕に飛びついてきた。


「竜王って、そういう意味なんだな! 竜族の王かぁ、凄すぎ! エルネア君は、人族の誇りだねっ」

「いやいや、僕は竜族の王様じゃないからね? 竜王とは竜人族の称号で、僕は竜人族の人たちに認められて竜王っていう称号をもらっただけだよ。国の王様でもないし、権力なんてこれっぽっちも持っていないからね?」


 竜王だけど、竜の王様って意味じゃない。まあ、竜人族や竜族の知識がないような地域の人たちだと、勘違いしちゃうよね。

 僕はトリス君の誤解を解こうとする。だけど、そこへあろう事か、リステアが火に油を注ぎ込んだ。


「いいや、お前がひと声かければ、竜峰中の竜族と竜人族が集まってくると、俺たちは知っているぞ。権力はなくても、絶大な影響力があるだろう?」

「リステア、それは大げさだよ。僕はたしかに竜峰同盟りゅうほうどうめい盟主めいしゅでもあるけど、竜峰のみんなを総動員はさすがにないよ?」

「いや、誰も総動員とか言ってねぇじゃねえかよっ。それに、お前が声をかければ、耳長族だろうと精霊だろうと、そこら中にいる奴らが節操せっそうなく集まってくるんだろ?」


 森に潜んでいたのは、邪竜ではなくて黒竜のリリィでした。

 そうすると、リリィを見知っているリステアやスラットンも、僕と一緒で緊張せずにいられたようだ。

 でも、だからといって、僕を寄ってたかっておとしめなくて良いんだよ?


 せっかく、僕は一般庶民ですよ、と主張しているのに、みんなが否定していく。

 そう、ルイララまでもが。


「スラットン君の言葉を補足するなら、陛下も嬉々ききとして参戦してきそうだよね。宰相さいしょう様なんて、公務を投げ出してでも首を突っ込んでくると思うよ?」

「あのう、みなさん……。僕って何者なのさ?」


 ほら、さっきまで殺気立っていたシェリアーが、僕を見てどん引きしていますよ。

 アレクスさんは苦笑し、ルーヴェントは僕をまるで化け物かのような目で見ています。

 ただし、トリス君だけは興奮気味に鼻息を荒くしていた。


「魔王と相打ちになった巫女王みこおう様や、魔将軍を倒したっていう聖女せいじょ様だけが凄いかと思ってたけど、いるところにはいるもんだな! エルネア君、俺と是非ぜひとも友達になってくれよ!」

「は、はい。喜んで」


 若干じゃっかん、僕もトリス君の興奮に引き気味だけど。

 というか、巫女王様が魔王と? それに、聖女様か……

 一瞬、アーダさんの姿が頭をぎった。


 トリス君は、僕に色々と聞きたそうな顔をしている。僕だって、トリス君には聞きたいことが山のようにある。

 だけど、今は目の前の問題に目を向けましょう。


「それで、リリィ。僕の呼びかけに応えないで、こんな場所で何をしていたの?」


 トリス君は邪竜と言っていたけど、どうやら間違いだったらしい。

 竜族に詳しくない人から見れば、巨大で真っ黒な翼竜よくりゅうはとても恐ろしく、邪竜と勘違いしてもおかしくはないよね。

 でも、なんで他の竜族ではなく「邪竜」と断定していたんだろう? という疑問も置いておいて。


 それにしても、本物の邪竜じゃなくて本当に良かったね。

 これがもしも邪竜だったら、僕たちは大変な事態に陥っていたかもしれない。


 僕の質問に、リリィは瞳をくりくりと愛らしく輝かせながら、陽気に答えた。


「はいはーい。リリィは魔王様のお遣いで来ましたよー。猫公爵に離宮を改修させるように言われてましたー。抵抗するなら、拉致らちしてこいと言われてますよー。抵抗しなくても、拉致するように言われてますけどー」

「ら、拉致!?」

「んにゃっ」


 リリィの口調は愛らしいけど、内容は恐ろしいです。トリス君とシェリアーが驚いたようにリリィを見上げた。


 ところで、猫公爵って誰だろう?

 話の流れからすると、猫公爵が伝説の大工さん?

 それと、公爵ってことは、始祖族しそぞくなんだよね?

 公爵であれば、凄腕の職人さんたちがつどう大工集団の頭目とうもくなのも頷ける。だけど「猫」公爵ってことは、シェリアーのような猫の姿をした魔族ってことだよね?

 猫に率いられた伝説の大工集団さんかぁ。会うのがとても楽しみです!

 その辺も詳しく聞きたいけど、やっぱり話を進めるのが先だ。僕は疑問を口にする。


「でもさ、そうすると時間の誤差が変じゃない? リリィは僕たちよりも先に、こっちに来ていたんだよね? それなのに、まだここに居るなんて?」

「魔王様からの伝心術でんしんじゅつで、エルネア君たちが追いかけてくると知らされたので、待ってましたよー」

「ははは。つまり、リリィのお役目を僕が上書きすることになるから、待機命令が下ったんだね?」

「そういうことですねー」


 魔王はたしか、改修の使者を先んじて送ったと言っていた。その使者こそが、リリィだったわけだ。

 だけど、リリィが飛び立ったあとに訪問した僕たちが離宮を壊しちゃったので、改修から再築になっちゃったわけだ。

 どうやら魔王は、伝心術でリリィに離宮の状況を伝えて、僕が追いつくのを待つように指示したんだね。


「さて、ルイララ。それに、ニーミア。弁明べんめいを聞きましょうか」

「はははっ、エルネア君はなにを言っているのかな?」

「濡れ衣にゃん?」

「嘘をついたら、ご飯抜きですからね。先ずは、ルイララ。君は最初から知っていたはずだよね? リリィがこっちに来ていることを。それと、ニーミア。ここへ来る途中の反応からして、ニーミアはリリィの気配をずっと前から察知していたね?」


 変だと思ったんだよね。

 ルイララの忠告通りに、わざわざ人目がつかない夜を選んで飛んだというのに、人の気配がしない森に入ってから低空飛行だなんて。

 あれは、夜目の効く僕なんかがリリィを見つけないようにするための、偽装ぎそうだったんだ。

 だけど、古代種の竜族であり、僕たちなんかよりも優れた感覚をもつニーミアは、あっさりとリリィの存在を察知した。それなのに、ニーミアはルイララの思惑に乗って僕をだましたんだね?


「ごめんなさいにゃん」

「うん、ニーミアは頑張ってくれているから、許してあげるよ」

「ははは、ごめんなさいにゃん?」

「ルイララ、可愛く言っても駄目だからねっ」

「謝っているのに、エルネア君はひどいなぁ」

「ひどくありません!」






 結局、伝説の大工さんへの使者は、リリィから僕が役目を引き継ぐ形で受け持つことになった。

 それで、僕たちはトリス君の案内で伝説の大工さん、もとい猫公爵のもとへ行くことになったんだけど。


「トリス。もしや、そこの神族と天族も屋敷へ連れて来る気ではないだろうな?」

「えっ、駄目だめなんっすか!?」

「当たり前だっ」


 なにやら、トリス君とシェリアーが、アレクスさんとルーヴェントの処遇しょぐう喧嘩けんかを始めちゃった。


「貴様もいい加減、奴らの危険さを知っているだろう?」

「でも、エルネア君の知り合いですし?」

「そこの人族のことは知らん。だが、神族と天族をまねくなんぞ、私が許さんからな? いいな、絶対に屋敷へは連れて来るなよ?」

「ええー……」


 トリス君とシェリアーを見ていると、やはり人族のトリス君の方が下に扱われているようだ。

 だけど、トリス君も結構シェリアーには遠慮なく喋っている。シェリアーの方も、格下のトリス君に口ごたえされたりしても、侮辱ぶじょくされたと激怒などはしない。

 なんだか、僕と魔王の関係に似ているね?


 とはいえ、魔族のシェリアーが駄目だときつく言えば、人族のトリス君は逆らえない。

 トリス君が納得したと思ったのか、シェリアーは四本足でくるりときびすを返す。

 すると、シェリアーの眼前に真っ黒な球体が出現した。


「アステルに報告してくる。まったく、奴め。邪竜が襲来したと私にまで嘘を言いよって……」


 どうやら、リリィのことを邪竜だと伝えたのは、アステルという者らしい。

 そして、アステルの口車に乗らされて、トリス君とシェリアーは夜の森に入ったのかな?

 僕が魔王やルイララに翻弄ほんろうされるように、トリス君たちを翻弄する者も存在するようです。


 でも、アステルという者はどうやって、リリィの存在に気づいたのかな?

 とても強そうなシェリアーさえも騙されていたようだし。

 なんだか、ここに来て疑問が山積みになっちゃっている。

 ひとつひとつ、疑問を晴らしていきたいな。だけど、僕たちにそんな暇はあるのだろうか。


 と、疑問やこの先のことを考えながら、シェリアーの動きを見ていると。

 シェリアーは、出現した真っ黒な球体へ飛び込んで、姿を消した。

 シェリアーを飲み込んだ真っ黒な球体は、そのまま空間に消える。


「空間転移かな?」

「流石はエルネア君だ。ひと目であの魔法を見破るなんて」

「あっ、もしかして。さっき、僕たちの側に気配もなくいきなり現れたのって、あの空間転移を利用したのかな?」

「すげぇ。なんであっさり見破れるんだ」


 まあ、僕の周りにも空間転移が使える者が複数いるからね。それに、僕自身も空間跳躍が使えるし。


「そんじゃあ、シェリアー様がアステル様を捕まえているうちに、屋敷へ戻ろうか」

「でも、アレクスさんとルーヴェントは……?」


 どうしたものか、とアレクスさんとルーヴェントが困ったようにこちらを見ていた。

 トリス君は、そんな二人に気安く手招きをする。


「ああ、気にしない、気にしない。お二人も、ついて来て良いっすよ」

「えっ? 本当に良いの?」

「エルネア君の知り合いなら、大丈夫!」


 いったい、その信頼感はどこからくるのかな。トリス君と僕って、さっきが初対面なんですが?


 だけど、当の本人はすでに僕に対して絶対の信頼を寄せているのか、こっちだよ、とアレクスさんとルーヴェントを含めた全員を気安く案内しようとする。

 僕はそんなトリス君を慌てて止めて、最後にもう一度だけ、リリィに聞いてみた。


「ねえ、リリィ。僕の声に応えてくれなかったのはなんで?」


 凄く、気になっていた。

 リリィとは仲良くしていたはずなのに、ここ最近は反応さえしてくれないだなんて。

 最初は、もしかしてスレイグスタ老の試練を受けている最中なのかな、と思ったんだけど。

 でも、リリィはこうしてのんびりと過ごしている。もちろん、魔王のお遣いを頼まれたりはしているみたいだけど、反応さえできないほど忙しかったわけじゃないよね?


「リリィとエルネア君は大親友ですよー。ですけど、魔王様に言われましたー。エルネア君には不自由さを覚えさせるってー」

「なるほど。魔王は前々から考えていたんだね」


 だから、僕が都合よくリリィに助けを求めても、反応しないように言われていたわけだ。


「それと、忙しかったのは事実ですよー。魔王様もスレイグスタ様も、竜使いが荒いですよねー」

「リリィも大変だったんだね」

「なので、ここで少し休憩してますー。エルネア君、あとはお願いしますねー」

「はい、任されました」


 人の言葉を話す巨竜を初めて見たのかな?

 僕とリリィが言葉を交わしている間中、トリス君は瞳を輝かせながらこちらを見つめていた。

 うむむ、これでニーミアの巨大化を見たりしたら、大興奮間違いなしだね。


「にゃあ」


 こちらはニーミアの可愛らしい鳴き声。

 ニーミアは少し眠いのか、僕の頭の上でうとうとし始めていた。


「それじゃあ、トリス君。案内をお願いします」

「偉大な竜王と勇者様、それに魔族と神族と天族の組み合わせか。俺、もしかしてすげぇ人たちを案内しようとしてる?」

「おい、こらっ。この俺を忘れてるんじゃねえぞっ」

「ふふんっ、人族風情が、この儂を数勘定に入れんとは!」

「ああ、勇者のおともきつねもいたっけ」

「お供じゃねぇっ!」

「狐ごときと一緒にするなっ!」


 トリス君の、スラットンとオズに対する反応に、僕たちは笑ってしまった。

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