竜の唄 後編

 例えるなら、深い湖の底で高い圧力に全てを圧迫される中、それでも確かに水の流れを感じ取った時のような感覚。

 崩壊する世界の中で、森羅万象しんらばんしょうを支配したアミラさんの声の流れを、僕たちは確かに掴んだ。


「ですが、これからどうすれば……?」


 ルイセイネが困惑していた。

 でも、それは仕方がない。だって、僕たちはアミラさんの声の流れをようやく掴んだだけだからね。世界を救い、アミラさんを救うためには、これから先こそが重要なはずなんだけど、肝心かんじんの手立てを僕たちはまだ見出みいだせていない。


 どうすれば、アミラさんを救えるのか。それだけは、明確に分かっている。

 アミラさんの声を、今度こそ本当に封印してしまえばいい。

 神族として、術の発現に必要な声を奪うということは、存在の否定に繋がりかねない。それでも、アミラさんを死なせてしまうよりかは良いはずだ。


 アレクスさんの苦悩。アルフさんの愛情。村の人たちの思いやり。そして何より、アミラさん自身の辛抱。これまで、どれだけ大変な思いをしながら暮らしてきたんだろう。本当は喋ることができるのに、必死に声を出さないように自重してきたアミラさんの人生。それを知っていて、見守ることしかできなかった周りの人たちの苦しみ。

 その全てを解決するためには、やはりアミラさんの声を封印してしまうしかない。


 だけど、僕たちの中で封印術式に長けた者は誰もいない。

 アミラさんの声の流れこそ掴んだけれど、そこからどうすれば封印へと繋がるのかを、僕自身も知らなかった。


「それは違うだろう。其方は見誤っている。」

「……アレスさん?」


 手を取り合い、力と想いを円環えんかんの流れに乗せたことによって、思考までみんなに流れて伝わっていた。だから、僕が不安を浮かべると、みんなが表情を曇らせる。

 だけど、僕の左隣に立つアレスさんが真っ直ぐにこちらを見て、首を横に振った。


「其方は、何者だ? 其方はこれまで、何を学び、何を得てきた? いついかなる時でも、其方は『エルネアらしさ』を失ってはいけない。わらわや他の者たちは、其方がいつでも『らしさ』を示してきたからこそ、信頼して共に歩んできたのだ」

「僕らしさ……」


 いつでも、みんなが側に居てくれた。

 辛い修行の時も、厳しい戦いの時も、楽しい日常でも、みんなは僕と一緒に道を進んでくれた。

 それは、いつでも僕が「僕らしい」行いをしてきたからだと、アレスさんはく。

 では、僕らしさとはなんだろう?


 スレイグスタ老と出逢い、修行を積み重ね、みんなと結ばれた。他にも、いろんな地域でいろんな者たちと縁を結び、多くの困難を乗り越えてきた。

 僕はその時、どんな「自分らしさ」を示していただろう?


 アレスさんの言葉を受けて、想いを巡らせる僕。

 だけど、僕とは違って、何故なぜかみんなが笑う。


「えええっ、なんでさ!?」


 困惑する僕。

 僕の「自分らしさ」って、そんなに笑えることなのかな!?


「だって、ねえ?」


 右隣りで微笑むミストラル。

 いったい何をそんなに悩んでいるのかしら、と言わんばかりの表情だ。

 みんなも、なぜ僕が気付けていないんだと、崩壊する世界の中で笑っていた。


「ぐぬぬ。僕らしさ……」


 僕は、何をしてきただろう?

 僕は、何を得てきただろう?


 余計に悩んでしまう。

 すると、みんなが口を揃えて言った。悩むなんて僕らしくない、と。


「悩まないことが、僕らしさ……? ああ、そうか!」


 ようやく気付くことができた。

 僕が何者なのか。何を学び、何を得てきたのか。そんなのは、悩むまでもない簡単な問いだったね!


「僕は、八大竜王エルネア・イース。古代種の竜族に師事し、竜剣舞と竜術を会得した者だ!」


 答えがわかれば、あとは簡単なことだ。


「みんな、僕に協力してね?」


 と聞くと、いつも協力しているじゃない、とみんなにまた笑われる。その笑顔が、僕を後押ししてくれた。

 僕は大きく息を吸い込むと、意識を膨らませて叫ぶ。有りっ丈の想いを込めて。


『アミラさん、絶対に救ってみせるから!』


 僕の声は、強い想いを乗せて世界に溶け込んでいく。

 そして、暴風が吹き荒れ、雷鳴が鳴り止まない世界の中で、確かにアミラさんへと届いた。


『……そんなの、無理だよ。お兄ちゃんの傷が治らないの。お兄ちゃんがいない世界だなんて、嫌だ!』


 一見、理性のある返事に聞こえるけど。

 でも、違う。

 アミラさんは、解放してしまった自分自身の「森羅万象を司る声」に呑まれてしまい、理性を崩壊させてしまっている。その証拠に、瀕死のアルフさんを抱きしめて絶叫するばかりで、ルイセイネやマドリーヌ様の巫女の癒しを受けさせようとはしない。それどころか、世界を壊そうと力を解き放ち続けている。


『それでも、僕たちはアミラさんを助けるよ。ついでに、世界もね?』


 アミラさんを救うことに比べれば、世界を元通りにするなんて「ついで」でしかないよね。


『お兄ちゃんは、ずっと私の側にいてくれたの。喋れない私の代わりに怒ってくれたの。泣いてくれたの。それなのに……それなのに!』


 アルフさんは、いつだってアミラさんの傍で世話を焼いていたね。

 アミラさんが果敢に戦いへ挑むときは、傍で共に戦っていた。アミラさんが苦しんでいる時は、アミラさんの代わりに周りへ気配りしてくれていた。

 誰よりもアミラさんを見守り、理解していたのは、アルフさんなんだと思う。


『許せない。なんでお兄ちゃんが傷つくの!? なんでお兄ちゃんだけが死ななきゃいけないの!? お兄ちゃんは悪くないの! 悪いのは私なのに!』

『違うよ。誰も悪くなんてない。アミラさんは間違っていない!』

『ちがうちがうちがう! 私のせい。私がいなければ、お兄ちゃんはもっと自由だったの。傷つかなかったの!』

『それこそ、違うよ。アルフさんはアミラさんのせいで傷ついたんじゃないよ』

『嘘だっ!』


 アミラさんが叫ぶ。


『私さえいなきゃ、お兄ちゃんはこんなことにはならなかった!』


 アミラさんの紫色に光る瞳からは、血の涙が流れていた。

 絶望のあまり全てを否定して、魂の悲鳴をこぼし続けるアミラさん。


『いつか、恩返しがしたかった。いつも気を遣ってくれる村のみんなに、お礼がしたかった。困った時は優しく手を差し伸べてくれるアレクスお兄様の手助けができればと思った。どんな時でも味方でいてくれたアルフお兄ちゃんには、幸せになってほしかった。それなのに……それなのにっ!!』


 家族や村の人たちの愛情を誰よりも理解していたのは、アミラさん自身だ。

 普通でない自分に、当たり前の日常を送らせてあげようとする人々の気持ちを、アミラさんはちゃんと受け取っていた。

 なのに、その幸せは謀略をくわだてた男と横暴な貴族によって、無惨にも破壊されてしまった。

 だから、アミラさんは叫ぶんだね。

 アルフさんを失いそうな今、全てに絶望して、世界の崩壊を願っている。


 アミラさんが絶叫するたびに、世界は壊れていく。

 不気味に変色した空はひび割れ、大気は激しく乱れ、大地は消し飛ぶ。

 自分のせいで誰かが傷つき、不幸になるくらいなら、そんな世界なんて無くなってしまえ。とても矛盾した壊滅的な願い。だけど、森羅万象を司る声に呑まれてしまったアミラさんには、もうそれが正しい思考なのか間違った願いなのかさえ判別するだけの意識がない。


 それなら、僕が答えを示そう。

 アミラさんの代わりに、僕たちが想いを汲み取ろう。


『アミラさんは、今の世界が嫌なんだね。なら、思うがままに叫んじゃえ!』

「エ、エルネア!?」


 僕の突飛とっぴな発現に、ミストラルが驚いて目を見開く。それに、僕は笑顔で返す。


「ううん、良いんだ。アミラさんが絶望を抱くなら、好きなだけ世界を壊せば良いよ。だって、それこそがアミラさんがずっと心の奥底に抑え続けていた、暗い本当の感情だと思うから」

「どういうこと?」


 みんなが首を傾げるので、僕は補足する。


「アミラさんは、アルフさんが傷ついたことによって自制心を失って、結果として自分の声に呑まれて暴走してしまっているよね。でも、だからこそ、制御できなくなった本心が漏れ出してしまっているんじゃないかな? 人は、望まないことなんて口にはしないよ? 心が暴走しているときに、考えが及ばないことを願ったりはしないよ? だから、いまアミラさんが叫んでいることは、アミラさんが心の奥底に抑え込んでいた感情なんだと思う」


 アルフさんが大切だという言葉に、嘘はない。アレクスさんをしたい、村の人たちに感謝する心も本当だ。だけど、自分の声を呪い、世界に絶望していた心も本物なんだと思う。

 だから、暴走した今、アミラさんは世界を壊そうとしているんだ。


「それじゃあ、余計に挑発しては駄目じゃないかしら?」

「ううん、それも違うよ。アミラさんは、好きなだけ叫んで良いんだ。絶望するのなら、それを全部吐き出してしまえば良いと思う。だって、これまでずっと我慢してきたんだよ? なら、鬱憤うっぷんを吐き出すことは許されると思うんだ」

「その結果、たとえ世界が崩壊することになっても、かしら?」


 怪訝けげんそうに眉をしかめるミストラルに、僕はにこりと笑う。


「そうだよ。これまで溜め込んできた鬱憤を、この際だからアミラさんには全部吐き出してもらおう。でもね、ミストラル。僕はエルネア・イースだよ?」


 僕が自分の名前を名乗ったことで、これまで怪訝そうにしていたミストラルの眉間からしわがとれた。


「……そうね。貴方はエルネア・イースだったわね」


 見ると、いつの間にかみんなにも笑顔が浮かんでいた。


「つまり、アミラさんの鬱憤を吐き出させるだけ吐き出させたうえで、エルネア君は救ってみせるというわけですね?」

「もちろん、みんなの協力が必要だけどね!」


 僕らしさとは、つまりそういうことだ。

 何があっても、救うと決めた者は絶対に救ってみせる。その決意を前にすれば、世界の崩壊なんて取るに足らない問題だよ!


『アミラさん!』


 アミラさんに負けじと、僕も絶叫する。


『嫌な時は嫌だと叫んじゃえ! 嫌いなものは嫌いと拒絶して良いんだ!』


 僕に言われるまでもなく、理性を失ったアミラさんは絶叫し続けた。


『いやだいやだいやだ! お兄ちゃん! こんな世界なんて!』


 森羅万象を司る破壊の声は、絶望に染まっていた。

 そして、全てを破壊し尽くす声は、巨人の魔王の呪いさえ崩壊させ始めた。

 無数の竜巻が、雷雲を千切って霧散させていく。雷轟らいごうを呑み込み、世界を破壊し尽くす電撃へと変貌させていく。


「エルネア君、呪いが!」

「ルイセイネ、良いんだ。もう巨人の魔王の呪いの手助けは必要ないよ」


 そもそも、無限に放たれるアミラさんの森羅万象の声とは違い、巨人の魔王の呪いは有限なんだ。宝玉に込められていた呪いを全て吐き出してしまったら、もう追加はない。

 だけど、既に十分だった。巨人の魔王の呪いのおかげで、僕たちは起死回生の時間を作れた。だから、これから先は、僕たち自身の力で森羅万象の声と向き合おう。


「さあ、みんな。アミラさんの声を封印するよ!」


 最初は、どうやって封印すれば良いのかと困り果てていた。でも、アレスさんの言葉を受けて、僕は理解した。

 僕らしく。それなら、手段は思いつく!


 僕たちの輪を循環し続ける、想いと力。それを全て解放していく。

 アミラさんが森羅万象を支配する世界へと、拡散させていく。


「セフィーナさん、アミラさんの力の先端を絶対に離さないでね?」

「任せて。何があっても絶対に離さないわ!」


 巨人の魔王の呪いでさえ跳ね除けたアミラさんの声は、世界を壊し続ける。だけど、セフィーナさんの能力で森羅万象の力に上手く溶け込めているおかげで、解放した僕たちの力は拒絶されることなく世界に広がっていく。


 もう、どこが地面で、どこが空だったかさえもわからない、壊れ行く世界。大地の欠片かけらの雨と共に無限に落下し続けながら、僕たちは力を解き放っていく。

 ニーミアが翼を羽ばたかせると、世界に拡散された力が力強く波打った。僕は波を感じながら、力に方向性を与えていく。


 僕が会得した術は、竜術。そして、竜術とは術者の想いをあらわす術だ。

 それなら、竜剣舞を舞わなくても、流れを作り出すことはできるはずだ!


 拡散された力が、徐々に渦巻き始める。

 だけど、森羅万象の力と親和した僕たちの力は、異物として認識されない。

 崩壊していく世界の中で、僕たちの力は着実に広がり、大きな流れを作り出していく。


『お兄ちゃん、死なないで! 私をひとりにしないで! いやだいやだいやだいやだっ!!』


 絶叫し続けるアミラさん。

 アルフさんを死なせまいと、森羅万象を司る声を発し続ける。だけど、アミラさんの声ではアルフさんを救えない。逆に、兄を失うという絶望にさいなまれた力は暴走の限りを尽くし、世界を壊していく。


『良いよ。いっぱい叫んじゃえ! 今まで我慢し続けてきたんだから、好きなだけ声を出すんだ! だから、後のことは僕たちにお任せだよ?』


 本当は封印なんてされていないのに、アミラさんは声を出すことを我慢し続けてきた。それでも、アルフさんを傷つけられて、耐えきれずに絶叫した。

 アミラさんの声は全てを拒絶し、世界を壊す。

 そんな中で、僕たちのできること。

 それは、悲しみに絶望するアミラさんを否定することじゃなくて、全てを受け入れていやしてあげることなんだと思う。


 僕たちの内側を循環した力は、想いを乗せて世界に広がった。僕はそれに流れを生み出し、次の段階へと引き上げる。


 僕たちは、かつて見た。

 眷属けんぞくたちを、遥か上空から優しく見守る竜神様を。

 実体を持たなくても、存在を示すことのできる竜の王を。


 竜術が、術者の想いを具現化させる術だというのなら。


 世界に拡散し、嵐のように渦巻く僕たちの想いの力が、徐々に具現化し始める。

 天と地を貫き、崩壊しながら落下し続ける全てのものを、遥か頭上から見下ろす存在。アミラさんが世界を壊すというのなら、壊れた世界を全て包み込み、癒そう。

 悲しみしかないというのなら、いつくしみを施そう。


 見上げた頭上に、竜気で形取られた巨大な竜が姿を顕した。霊樹の力を受けて新緑色に染まった全身は、見渡す限りに世界を覆う。

 精霊力をみなぎらせた翼をゆっくりと羽ばたかせる姿は雄大で、まるで竜神様が降臨したかのようだ。

 だけど、遥か上空に顕現した超巨大な竜は、竜神様ではない。僕たちの想いが具現化した存在だ。

 だから、巨大な竜は、本来ではあり得ない力も宿す。


 法力を宿した瞳が、優しく世界を見下ろす。

 すると、崩壊が緩やかに止まり始めた。


「女神様は、生きとし生きるものを生み出したと同時に、この空も海も大地もお創りになられました。ですから、わたくしたちの癒しの法術とは、生物だけでなく世界も癒すことができるのです」

「それに、女神様は子の全てをおゆるしになるでしょう。やんちゃな子供が多少暴れたとしても、それを慈愛じあいによって優しく包み込むのが女神様ですから」


 だから、世界を壊そうとしたアミラさんも、女神様はお赦しになるんだよね。

 ちょっとくらい世界が壊れたって、問題ないよね?

 まあ、やり過ぎて怒られるくらいはあるかもしれないけどさ?

 それなら、女神様が怒る前に僕たちが騒動を終わらせて、アミラさんをかばえば良いんだ!


『大丈夫だよ。いつだって、僕たちはアミラさんの味方だ。だから、もう我慢なんてせずに声を出せば良い。アルフさんだって世界だって、僕たちが救ってみせるからさ!』


 アミラさんを救う方法は、実はとても単純で簡単だったんだ。

 何があってもアミラさんを見て、味方であり続ければ良いだけだった。

 でも、僕たちは周りに惑わされて、手遅れになるまでそんな簡単なことにも気づけなかった。だから、今だけはアミラさんのわがままを許したい。叫びたいのであれば、喉がれるまで叫べば良い。アミラささんの声のせいで世界が壊れるというのなら、僕たちが修復するからさ。


 アミラさんが叫び続ける。

 そのアミラさんの声に合わせるかのように、遥か頭上の巨竜が咆哮を放った。

 だけど、咆哮を耳にした者たちを畏怖いふさせるような恐ろしさはない。むしろ、慈しみを湛えた優しい咆哮だった。

 アミラさんが叫ぶたびに、巨竜も咆哮をあげる。


『アミラ、わたしたちを信じて』

『アミラさん、アルフさんは必ず救ってみせますから!』

『私とニーナに比べれば、こんな騒ぎはたいしたことないわ。だから、好きなだけ暴れると良いわ』

『ユフィお姉様と私に比べれば、こんな問題はたいしたことないわ。だから、好きなだけわがままをすれば良いわ』

『はわわっ。アミラ様、全力でお支えしますので、どうか遠慮なく本心を口に出してくださいませっ』

『あのね、プリシアはまたお姉ちゃんとおままごとがしたいよ?』

『にゃんもいっぱい遊んでほしいにゃんっ』

『後悔をするくらいなら、今に全力を尽くすのだ。でないと、私やリンのように深い罪を負うことになる』

『でも、どんな罪だってきっとつぐなえるわ。だから、何も恐れないでちょうだい』

『女神様は、努力には必ず報いてくださります。アミラさんがこれまで我慢し続けてきたというのなら、これから先にきっと素敵な運命が待っているでしょう』

『なんなら、みんなで探しに行きましょう? どんな運命にだって、私たちが必ず付き添うわ!』


 僕たちの想いは巨竜の咆哮となり、世界に響く。

 アミラさんの絶叫と、巨竜の咆哮が共鳴していた。

 まるで、アミラさんが主旋律しゅせんりつうたい、巨竜が旋律をかなでるように。


『私は……私は……』


 僕たちの想いと巨竜の咆哮に気付いたのか、アミラさんがようやく顔を上げた。

 これまで、膝に抱いたアルフさんから目を離さなかったアミラさんは、紫色に光る瞳を遥か上空へと向ける。そして、崩壊する世界を覆うような巨竜を目にした。


『……きれ……い…………』


 小さく吐息を漏らす、アミラさん。

 一瞬だけ、紫色に輝く瞳の奥に、理性の光が見えたような気がした。


『アミラさん、自分を信じて。世界を信じて。それと、僕たちを信じてね!』


 遥か頭上を優雅に飛行していた巨竜が、その翼をゆっくりと閉じ始めた。

 崩壊した世界を優しく包み込むように。


 巨人の魔王がどこまで計算していたかはわからない。

 だけど、呪いを全て吐き出した宝玉が虹色にじいろに輝きながら落下していく様子を見て、僕は終着点を見出みいだす。


 母が子を愛を込めて抱きしめるように、巨竜は子守唄のような咆哮を放ちながら、ゆっくりと収束していった。


 霊樹の宝玉の内側へと。

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