竜の唄 前編

 僕たちは誰ともなくおだがいの手を取り合い、輪を作る。

 誰かの個人技量だけで解決できるような、安易な問題ではない。だから、家族の力を合わせて向かい合わなきゃいけないということを、全員が理解していた。

 僕は、右手をミストラル。左手をアレスさんと握り合う。すると、繋いだ手からみんなの温もりが伝わってきて、それが身体の内側を駆け巡っていった。

 僕だけじゃない。みんな、手を取り合ったお互いの手から温もりを感じたのか、少し驚いたような表情を見せる。

 そして、全身を駆け巡ったのは、なにも温もりだけじゃなかった。


 僕の右手から伝わった竜気がミストラルの竜気と融和する流れが、最初のきっかけとなった。

 次に、僕とミストラルの融和した竜気が、ルイセイネへと伝わる。

 ミストラルの竜宝玉と親和性のあるルイセイネの法力が加わり、それが隣りのマドリーヌ様へと受け継がれていく。


 綺麗に混じり合った竜気と法力がマドリーヌ様の全身を巡る。その内、法力はマドリーヌ様によって増幅されて、次のユフィーリアへと移る。すると、今度はユフィーリアによって竜気に新たな力が加えられ、それを隣りのニーナが正しい流れへと導く。


 今度は、ライラの番だ。有りっ丈の竜気が一気に加わると、これまで親和良く混じり合っていた竜気と法力が少し乱れた。

 だけど、乱れた力を、隣りのセフィーナさんが綺麗に整え直す。循環する法力に竜気を上手く馴染ませるだけでなく、次へと繋がる橋渡しをする。

 セフィーナさんから流れた力は、ユンユンへと。今度はユンユンが精霊力を注ぎ込む。

 法力、竜気、精霊力。別物であるはずの力は、しかしセフィーナさんの補助によって綺麗に馴染むことができた。


 三つの力が複雑に、だけど綺麗に混じり合い、ユンユンからリンリンへ、そしてプリシアちゃんに引き継がれる。

 プリシアちゃんは力を受け取ると、思うがままに手を加えて、アレスさんへと送る。

 最後に、みんなの力を受け取ったアレスさんが、霊樹の力でひとつの「想いの力」へとつむぐ。

 そして、紡がれた「想いの力」は僕へと戻り、そうしてまた、取り合った手と手を通してみんなへと流れていく。


 手を取り合い、輪になったことで、僕たちはお互いの力の流れを強く感じ取れるようになっていた。

 きっと、これは僕たち家族だからこその奇跡なんだろうね。


 家族を思いやる心。気遣う気持ち。支え合う精神。そして、愛し合う想い。慈しみの温もりがあるからこそ、全員の力が綺麗に融和し、全身を駆け巡る流れを読み取れているんだ。


「さあ、やろう。まずは、アミラさんの力の奔流ほんりゅうを辿るよ!」


 アミラさんの力を封印しなきゃいけない。

 そうしなきゃ、世界はこのまま崩壊していき、僕たちにも未来は訪れない。

 だけど、封印しようにも、何をどう封印すれば良いのかさえ手掛かりがないのが現状だ。

 空を変質させて地の底と繋げ、崩壊した大地を荒れ狂う大気に雨のように落としながら、世界を壊す闘神の力。それを、どうやって封印するのか。

 未だに、僕にも糸口が見出みいだせていない。


 それでも、やるしかない。

 世界の崩壊を防ぎ、アミラさんを救うためには!


 だから、先ずはアミラさんの「森羅万象を司る声」をもっと深く知らなきゃいけない。その手始めが、力の流れを掴み、奔流を辿ることなんだ。


 どんな力にだって、流れは必ずあるはずだ。

 竜術であれば、身体に宿る竜気を全身に巡らせながら、想い描いた術へと錬成していく。それを手の先なんかに現象化させて、標的に向かって放つ。放たれた竜術は術者の意図を汲んで進み、効果を発動させる。

 同じように、アミラさんの声にだって何かしらの流れはあるはずだんだ。

 その「力」が、どのように世界へ流れ出て、どんな影響を及ぼしているのか。僕たちは全員で意識を研ぎ澄まし、力の奔流を探る。


 だけど、そう思うようにはいかない。

 なにせ、アミラさんの「森羅万象を司る声」は世界に満ちていて、そこに流れが有るのかさえ読み取れない。

 加えて、巨人の魔王の呪いにも気を向けておかなきゃいけない。

 アミラさんの力に対抗するために起死回生に放った極大の呪いが、世界を覆い尽くそうと容赦なく猛威を振るう。

 僕たちはアミラさんの「森羅万象を司る力」と巨人の魔王の呪いの狭間はざまで、糸口を探す。


 蒼白い雷光が、崩壊する世界の空を切り裂こうと奔った。

 侵食する呪いを弾こうと、大気が荒れ狂う。そして、巨大な竜巻を幾つも生み出し、禍々しい雷雲といかづちを払おうとする。

 拮抗きっこうする二つの巨大な力。その戦端から、アミラさんの力を辿ろうと試みる。だけど、桁違いの力のぶつかり合いに翻弄ほんろうされるばかりで、思うように流れを読み取ることができない。


「くうぅっ、なんと無差別な力だ!」

「ちょっと! 精霊の世界まで侵食しているわよっ!」


 ユンユンとリンリンが空を見上げて叫ぶ。

 二人に釣られて、僕たちも空を見上げた。そして、あっ、と声を漏らす家族のみんな。


 僕たちは、家族で輪を作ったことによって、全身を駆け巡るみんなの力を感じ取れるようになった、だけど、感じ取れるようになった力は、なにも内面的な流れだけではなかった。


「精霊力がないのに、見えますわっ」

「これが、精霊の世界なの!?」


 不思議なことが起きていた。

 共鳴し合う僕たちは、お互いの内面的な力だけでなく、固有の能力までもを共有し合い始めていた。

 本来であれば、精霊との強い繋がりがない者には見えないはずの世界を、全員が視ていた。


 世界を鮮やかに染める多様な色と共に精霊が飛び回る、もうひとつの重なり合った世界。その精霊たちの世界を初めて視認したみんなが、感嘆かんたん吐息といきを漏らす。

 だけど僕たちには、摩訶不思議まかふしぎな景色を堪能たんのうしているような悠長ゆうちょうな時間はない。


 精霊の世界も、崩壊が進んでいた。

 アミラさんの絶叫が、精霊の世界を満たす色彩を強制的に変色させていく。

 空は紫色に。大気は赤く、大地は黒く。


「違う! あれは、黒く塗りつぶされているんじゃなくて、色を奪われて暗黒になっているんだ!」


 よく見れば、大地だけではなかった。大気も空も、いろんな場所で精霊の世界の色が奪われていき、何色でもない暗黒が広がり始めていた。

 精霊たちは、崩壊した色のない世界に怯えて逃げ惑う。


「ユンユン、リンリン。それと、プリシアちゃん。精霊のみんなを誘導して!」

「わかったよ!」


 逃げ遅れて、色のない世界に呑み込まれてしまえば、精霊たちも無事ではすまない。

 アミラさんの力の奔流を辿ることも大切だけど、犠牲者を出さないことも大切だ。

 プリシアちゃんが、精霊たちに呼びかける。


「あのね。みんなこっちにおいで。みんなで協力し合うんだよ?」

『助けてっ』

『協力するわ』

『でも、思うように進めない!?』


 こちらへ集まろうとする精霊たち。だけど、アミラさんの声が精霊の世界にも影響を強く及ぼしているせいで、ニーミアが飛べなくなっているのと同じように、精霊たちも上手く進めない。


「我の力を道標みちしるべに」

「こっちの精霊力を辿って!」


 ユンユンとリンリンが精霊力を解き放つ。僕たちの内面を流れていた円環えんかんの力が解き放たれると、輪になった僕たちから枝葉のように精霊力の道が伸びていく。

 精霊たちは示された道を辿って、こちらへ集まろうともがく。

 だけど、ユンユンとリンリンが広げた精霊力の道は、一瞬で消滅してしまった。

 アミラさんの絶叫によって。


『嫌……。嫌よっ! お兄ちゃんを救えないんだったら、こんな世界なんて!』


 迫る呪いの雷撃を、アミラさんは声だけで消し飛ばした。

 直後、森羅万象を司る声が、世界を乱す。

 精霊力によって示された道は一瞬で砕かれ、精霊の世界を崩壊させる無色の暗黒がさらに広がっていく。


「アミラさん、落ち着いてください。アルフさんを貴女が抱いたままでは、それこそ救えるものも救えなくなってしまいます!」

「アミラさん、どうか私たちにアルフさんを託してください!」


 ルイセイネとマドリーヌ様が必死に呼び掛ける。でも、二人の声は理性を失ったアミラさんの心には届かない。


「いかん。このままでは、精霊を救うどころか、こちらまであの娘の力に呑み込まれてしまうぞ!」


 道標をもう一度築こうとユンユンが精霊力をみなぎらせるけど、思うように道が作れない。

 巨人の魔王の呪いとアミラさんの力が拮抗しているとはいえ、余波を受け切るだけで精一杯なのが本来の現状だ。

 ユンユンとリンリンにも余裕はなく、一度砕かれた道標を新たに構築する余力がない。

 円環を流れる精霊力が弱まっていた。


『んんっと。精霊さんたちも協力してね?』


 そこに、プリシアちゃんの声が柔らかく響いた。

 叫んだわけではないのに、なぜか壊れゆく世界にプリシアちゃんの声がふわりと広がる。


『そうだわ』

『助けてもらうばかりじゃないぜ』

『私たちだって!』

『俺たちだって!』


 逃げ惑うばかりだった精霊たちが、プリシアちゃんの声を受けて元気づく。


「そうか。精霊力を声に乗せたんだね?」


 さすがは、固定観念に囚われない柔軟じゅうなんな思考を持つプリシアちゃんだね。

 神族が声に神力を乗せるように。僕が言葉に想いを乗せたように。プリシアちゃんは声に精霊力を込めて、解き放ったんだ。

 そして、精霊たちが声を受けるということは、そのままプリシアちゃんの精霊力を受け取るということも意味していた。

 プリシアちゃんの力を借りて、精霊たちが動き出す。

 自分たちが持つ精霊としての力を発揮させる。そして、属性を問わず手を取り合って、壊れた道標を繋ぎ直す。

 一度は消しとばされた精霊力の道が、精霊たちの力によって復活した。

 精霊たちは、自ら再構築した道を辿り、僕たちの周りへと集まってくる。


『協力すると言ったな』

『有言実行だ!』

『私たちの力を、あなた達に』


 そして、精霊たちが加わった。

 精霊たちは、ニーミアを囲むようにして手を取り合う。まるで、僕たちを真似まねるかのように。

 光や闇、炎や水、他にも様々な力が喧嘩けんかすることなく綺麗に混ざり合いながら、崩壊する世界に抗おうと結界を生み出した。


『我らが、其方らを護ろう』

『だから、世界を救って』

『あの娘を救え!』


 無差別に解き放たれた呪いの雷撃を、精霊たちの結界が弾く。

 精霊の世界の色を強制的に変色させ、崩壊させようとするアミラさんの声に対して、精霊たちは自ら色を発して抵抗する。


 少しだけ、余裕が生まれた。

 精霊たちの加護を受けて、もう少しだけアミラさんへ向ける意識の量が増える。


千載一遇せんざいいちぐうの時ね」


 セフィーナさんが深い瞑想へと入る。


 僕たちの中で、様々な力の流れを誰よりも繊細に感じ取ることができるのが、セフィーナさんだ。

 セフィーナさんが深い瞑想へと入った直後。僕たちは新たな感覚を共有する。


「これが、セフィーナさんが感じる世界の流れなんだね」


 隣あう者たちの鼓動や息遣いといった僅かな動きからさえ、世界に伝わる流れを感じ取れる。

 足もとにはニーミアの力強い竜気の湖が広がっていて、輪になった僕たちの力を優しく湖面に浮かべてくれていた。


「にゃんもお手伝いするにゃんっ!」

「ありがとう、ニーミア」


 大地が崩壊したことによって、地下を流れていたはずの竜脈さえも砕かれてしまっていた。

 本来であれば、僕は足りない力を竜脈から受けていたけど、今はその補給源を絶たれてしまっている。だけど、ニーミアの力を借りることができれば!


 竜脈から力をみ取るように、ニーミアの力を借り受ける。

 一気に、円環を巡る流れが勢いと力強さを増した。

 そして、力の増幅によって、セフィーナさんの能力が広範囲へと広がっていく。


 巨人の魔王の極大の呪いと、アミラさんの森羅万象を司る声が激しくぶつかり合う世界。

 大地は既に見る影もなく、無数に断裂された空や空間には雷撃の雨が降り、竜巻が荒れ狂う。

 崩壊していく世界に、セフィーナさんの繊細な気配が静かに浸透していく。

 水に馴染むように。油に溶け込むように。乱れた空間や激しい激突に反発することなく、どこまでも自然に広がっていく。


 すると、不思議な感覚が伝わってきた。

 不気味にうごめく空が、まるで自分の掌の上にすくった水のように身近に感じ始めた。荒れ狂う嵐の渦や、眩い雷光と共に奔り抜ける雷撃さえ、身体の一部のように思えてくる。


「セフィーナさんは、世界に満ちる全ての気配や流れを自分自身の一部と捉えることで、相手の術さえも詳しく読み取って、自在に操ることができていたんだね」


 言うだけなら簡単だけど、これは驚嘆きょうたんあたいする能力だ。

 相手の力を弾いたり受け流すことなら、僕たちにだってできる。でも、相手の力を正しく読み取るだけでなく、その力を受け入れて尚且なおかつ、自分の力を違和感なく浸透させるだなんて、セフィーナさん以外にはできない特別な技能だね。


 崩壊する世界に、第三の力が浸透していく。

 巨人の魔王の極大の呪いに反発することなく。アミラさんの森羅万象を司る声に溶け込むように。


「ああ、見つけたわ……。なんて激しい、でも、とても悲しい力……」


 深く瞑想するセフィーナさんが、微かに呟く。

 僕たちも、セフィーナさんの意識を追って、浸透していく力へと意識を集中させた。


「見つけた!」


 瘴気しょうきが渦巻く不気味な雲から、雷撃がほとばしった。

 呪いの雷を弾こうと、森羅万象が世界に影響を与える。

 ぶつかり合う、呪いと森羅万象。その戦端に、アミラさんの声のはしを捉えた。

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