霊樹の果実は別腹でした

 魔獣たちは美味しそうに霊樹の果実を食べた。種まで残さず、がりこりと食べちゃった。

 時間があれば、このままみんなで修行兼鬼ごっこに突入したいところだったけど。日暮れまでもう間もなくで、猶予ゆうよがない。

 僕たちは魔獣たちにお別れの挨拶を済ませると、また竜の森を彷徨さまよう。


 そういえば、アシェルさんから受けた試練の際に、双子王女様は古木に導かれたと言っていたっけ。

 動物とは違って、植物の意思とはどんな感じなんだろう? 霊樹の意思は感じたけど、あれは特別だと思うんだよね。


 気になったら、さっそく試す。

 歩きながら、周囲の自然に意識を向けてみた。


 竜の森は原生林に近い生態だけど、古木のように何百年とかけて育った生命力の強い樹木は少ない。だから上手くはいかないかも。


 注意深く周囲を観察して、森の意思を汲み取ろうと精神を研ぎ澄ませる。すると、さわさわと秋の風に揺れる木々の枝葉の流れに、微かな導きを感じたような気がした。


 木々の導きらしきものに従い、歩みを進める。傍のアレスちゃんたちも、僕が右に左に歩く様子を興味深そうに観察しながらついて来た。

 すると程なくして、古木の森へと戻った気配を感じた。そしてそのまま更に足を進めると、前方に感じ慣れた大きな気配を見つけた。


 フィオリーナとリームが翼を広げて、我先にと飛んでいく。もうこの距離なら、迷うことはないだろうね。

 僕はアレスちゃんと手を繋ぎ、レヴァリアのもとへと到着した。


 レヴァリアは少し開けた場所に着地をしていて、一緒に連れてきてしまったプリシアちゃんの相手をしていた。

 プリシアちゃんはレヴァリアに対して、今日の試練の出来事を身振り手振りで一生懸命にお話ししている。


「迎えにきたよ」


 手を振って登場したら、レヴァリアに睨まれた。

 なんで睨むのさ。君をいじめたのは僕じゃないよ。


「んんっと、おかえりっ」

「おわっと」


 プリシアちゃんの「おかえりっ」もどうかと思うけど……

 空間跳躍で飛んできたプリシアちゃんを受け止めながら、苦笑をする。


「レヴァリア、気をつけてね。竜の森を傷つけると、僕やミストラルでさえもきっと、おじいちゃんは許さないと思うから」

『ふふん。貴様に心配される覚えはない』

「そう言われると思ったよ」


 レヴァリアの言葉に、みんなで顔を合わせて笑いあう。


「えづけえづけ」

「こらっ、アレスちゃん。口に出しちゃ駄目」


 レヴァリアの前で霊樹の果実を三つ取り出したアレスちゃんに突っ込む。

 レヴァリアは僕を白い目で見ていたけど、やっぱりこれも僕のせいじゃないよ!


 レヴァリアは、保護者らしくフィオリーナとリームに一個ずつ分け与えようとしたけど、二体は魔獣と一緒に食べたばかり。それを聞いたレヴァリアは、ぺろりと霊樹の果実を平らげてしまった。


「さあ、みんなが待っているから帰ろうよ」

『仕方ない、今回は貴様の顔を立てて戻ってやる』

「みんな反省していたから、許してあげてね」


 ふふんっ、と鼻を鳴らすレヴァリア。だけど、霊樹の果実作戦が功を奏したのか、不満を口にすることなく、僕たちを背中に乗せて飛び立つ。

 周囲の木々をなぎ倒さないように、一度大きく跳躍して、竜の森の上に出た後に翼を羽ばたかせたレヴァリア。


 おおお!

 こういう飛翔の仕方もできるんだね。


 僕たちを乗せて、レヴァリアは苔の広場を目指して飛ぶ。

 苔の広場から散々飛び回って竜の森の結界を抜け出そうとしたはずなのに、全然離れていなかった。

 レヴァリアが飛翔したすぐ先には苔の広場が広がっていて、みんなが僕たちを見上げて待ってくれていた。


「ただいま」

「ふむ、少し時間がかかったな」


 苔の広場に戻った僕たちは、スレイグスタ老に魔獣たちのことを報告する。

 スレイグスタ老は僕の報告に満足そうに頷いただけで、霊樹の果実を振る舞ったことへのお叱りはなかった。


「さあ、夕食の準備もできたし、日が暮れる前にご飯にしましょうか」


 一年前にも見たことのあるような風景。苔の広場に敷物を広げて、そこにいろんな料理が並べられていた。

 だけど一年前とは違うこと。それは大所帯になったこと!


 前回と比べると、ライラと双子王女様と竜族が増えている。だけどそれ以上に、精霊の少女が大増殖しています!


 食べ物は足りるのかな? という僕の疑問はすぐに解消された。


「はいみなさん。今日はおうちに帰りましょうね」


 誰の真似なのか。プリシアちゃんが両手を腰に当てて、苔の広場に集う精霊の少女たちに号令を出す。すると、精霊の少女たちは僕やプリシアちゃんに手を振りながら、淡い光の粒になって消えていった。


「うわっ、すごい」


 少しの間、精霊の少女たちが消える間際に残していった淡い残光で苔の広場が色鮮やかな世界へと変わり、僕たちは感嘆の溜息を零す。


「ところで、ルイセイネと双子王女様が手に入れた能力って、結局何なのかな?」


 僕やライラといった、既に竜心を持っていた者も新たに手に入れた能力。結局、明確な説明をアシェルさんからもスレイグスタ老からも受けていない。

 みんなで夕食を囲みながら、僕は疑問を口にしてみた。

 みんなも、能力の根元には疑問を持っていたみたいで、夕食時の話題はそのことになる。


「エルネア様は精霊と意思疎通をしましたし、精霊術ですわ」

「ライラさん、それは違うと思いますよ。わたくしもエルネア君も、精霊力は持っていないでしょう?」

「私なんて、植物と意思疎通をしたわ」

「ライラなんて、小鳥と意思疎通をしたわ」

「みんなはいろんな相手と意思疎通をすることができたけど、共通することって何だろう?」


 むむむ、と首を傾げる僕たち。

 ちなみに、夕食はヨルテニトス王国で貰った食材が中心で、牛や羊や豚のお肉が大量に調理されていた。

 僕たちは、双子王女様とライラが森のなかで集めた山菜と一緒にお肉を堪能たんのうする。

 フィオリーナとリームも、ミストラルとルイセイネが調理をした人の手が入った「料理」を美味しそうに頬張っていた。


 スレイグスタ老とアシェルさんとレヴァリアは、少し離れた場所で懇親こんしんを深めている。見た感じ、レヴァリアが一方的に弄ばれているように見えるけど、また怒って飛び去ったら、今度は知らないからね?

 成竜の方にも料理は運ばれていたけど、小山のような図体のスレイグスタ老やアシェルさんにとっては微々たる量にしかならないだろうね。


 話が逸れちゃった。


 僕たちが会得した能力の正体はなにか。もぐもぐと口を動かしながら、ああでもないこうでもないと意見を出し合う。


「さっき、魔獣たちと会ってきたんだけど、魔獣の意思も読み取れたんだよね」

「わたくしたちもレヴァリア様の意思を読むことができましたし、精霊の少女たちの意思もわかりましたね」

「これはきっと、万物の意思を読み取る能力ですわ」

「それって、生命全て?」

「それって、竜心よりすごい?」


 双子王女様の指摘に、僕たちは顔を引きつらせた。


 竜心は、竜族限定で意思疎通を取れる能力。それに替わって今回会得した能力は、相手を限定しない意思疎通の能力ってこと!?


「ふふふ、そうね。言ってみれば、竜心の上位版といったところかしら」

「「「「「「えええっっ!!」」」」」


 ミストラルの言葉に、僕たちは声を揃えて驚く。


「で、でも……」


 ひとつだけ疑問があった。


「ミストラルは大狼魔獣から僕を救ってくれた時に、竜人族なら魔獣くらいとは意思疎通できるって言ってなかった?」


 今回会得した能力は、アシェルさんが竜心よりも難しいと言っていた。竜心をあまり持っていない竜人族が、上位版のこの能力を持っているとは考えにくい。


「あのときは、ちょっとね……」


 少し困った表情になるミストラル。


 その後の説明を聞くと、あのときの説明は僕が理解できるように、適当な説明だったらしい。

 まだ世界のことわりや竜気などにうとかった僕に、竜心や以心伝心の術を説明しても理解できなかった。だから、軽く流した説明だったらしい。

 僕の顔色を伺いながら、申し訳なさそうにミストラルはお詫びを入れた。


「なぁんだ、そういうことだったんだね」


 ミストラルの言う通り。あのときの僕にいろんな説明を具体的にしても、理解できなかっただろうね。

 ミストラルの判断は正しいと思うよ。


 そして、よくよく思い出してみれば、やはり竜人族は魔獣たちや動植物と意思疎通をしている気配はなかったよね。


「ミストラルの判断は正しいと思うよ。今だからこそ理解できることで、あのときに説明されても意味不明だったと思うしね」


 不安そうに僕を見るミストラルに、笑顔で返す。こんな表情をするミストラルは珍しい。


「私は許さないわ。罰として一時エルネア君と二人になるのは禁止よ」

「私は許さないわ。罰として今夜は私たちがエルネア君と一緒に寝るわ」

「ユフィとニーナはこの話に関係ないよね?」

「どさくさに紛れて、ずるいですわ。エルネア様と今夜一緒に寝るのは、私ですわ」

「ライラさん、何を言っているんですか?」


 女性陣のいつもの調子に、笑いが起きる。


「よし。ミストラルを僕は許します。でも、もう秘密はないよね?」


 ミストラルが竜心を持っていることを、つい最近まで知らなかった。今回の能力と一年前の出来事の真相もいま知ることとなった。

 だけど本来僕たちは、秘密ごとは禁止なんだよね。それはみんなで仲良く暮らしていくための決まりごとなんだ。


 だけど僕の言葉に、一瞬だけミストラルの瞳が泳いだのを、僕だけが気づいた。


 ……あるんだね、別の秘密が。


 そしてそれはきっと、こんな些細な問題ではなくて、とても重要なことなのだと、僕の勘が告げていた。


 ミストラルの秘密。それはとても気になることだけど、今は僕からは詮索をしないことにした。

 聞くのは簡単で、聞けばきっとミストラルは教えてくれる。自分の感情や状況判断は別として、僕に精一杯の誠意で応えようとするはず。それがわかるからこそ、僕からは聞かないことにした。

 ミストラルが口にしないということは、きっと今回の事のように、それなりの理由だったり、僕たちの心や知識の準備が必要なことなんだと思う。

 だから、彼女から口を開くまで待とう。


 僕の心を読んだように、ミストラルは申し訳なさそうに微笑んだ。


「ありがとう」


 ミストラルの唇が微かにそう呟いたのも、僕だけが気づくことができた。


 その後はまた楽しい夕食になり、満腹になったところでお開きになった。女性陣はきゃっきゃといつものようにたわいのない話に花を咲かせ、僕はスレイグスタ老たちに合流して、旅の話をした。

 そして夜は、みんなでアシェルさんのお腹の毛に包まって就寝。

 秋になり、苔の広場といえども夜は冷え込む。アシェルさんのふわふわで長い体毛は暖かくて、僕たちは旅の疲れもあって爆睡した。


 翌朝。


「あらまぁ、もう帰ってきたのね」


 聞き覚えのある女性の声に、目を覚ます。

 重いまぶたこすりながら起き上がると、ミストラルのお母さんのコーネリアさんが、苔の広場に来ていた。


「翁、アシェル様、約束が違いますよ。この子たちを足止めしてくださいとお願いしましたのに」

「ふむ、エルネアたちは優秀すぎたのだ」

「まさか試練を一日で乗り越えるなんて、予想外だったのよ」


 なんの会話をしているんだろう。


 まだぼうっとする頭で、コーネリアさんたちの会話を聞く。


「母さん、おはよう。なにかあったの?」


 前日の後片付けと朝食を準備していたミストラルがやって来た。


「ミストラル。貴女たちはもう少しここに滞在しなさい。なんならもう一度、旅行に行って来なさいな」


 なごやかに言うコーネリアさんとは逆に、ミストラルの表情が険しくなった。


「……とうとう、北の竜人族が動き出したのね」


 ミストラルの言葉に、苔の広場に緊張が広がった。

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