言葉に乗せて

「おや、エルネア君がようやく目覚めたようだね」


 僕たちが話し込んでいると、竜峰側から何人か人が降りてきた。そして僕に声をかけてきたのは、その中のひとり、ラーザ様だった。


「ラーザ様、お久しぶりです。ウェンダーさんたちを魔族の国へ送っていただき、ありがとうございました。ルイララの領地で、二人に会えましたよ。きっとこれからの旅も大変でしょうけど、気後れはしていない感じでした」

「ああ、流石は元とはいえ武神。それと常勝の神将だと言うべきだね。二人は無難に竜峰を越えて、魔族の国へ旅立っていったよ。儂は二人を見送った後に、またこうして戻ってきたわけだね」


 そして、戻ってきたら金剛の霧雨という伝説の魔物が出現していた!

 ラーザ様は大らかに笑う。そこには、微塵の不安も心配もないように見えた。きっとそれは、傍に立つ偉丈夫いじょうぶ、竜王イドの存在のおかげなんじゃないかな?

 イドは、ラーザ様を大切に思っているんだよね。だから、ラーザ様にこれ以上の心配をかけないようにと、今回も竜王の中で一番張り切ってくれているみたい。


「おう、エルネア。随分と悠長に寝ていたようだが、身体はにぶっていないか?」

「鈍っていないよ!」


 今にも手合わせをしよう、と意気込むイドから逃げるように、僕はアシェルさんの背後に隠れる。

 くくくっ。アシェルさんはおす嫌いだからね。たとえ竜王最強のイドでも、古代種の竜族であるアシェルさんには近づけまい。


「其方も雄だということを忘れるんじゃないよ」

「えっ!」


 余裕をかましていたら、ばくり、とアシェルさんにまれた。

 もちろん、甘噛みで。

 ただし、甘噛みといっても人族の僕が振り解けるほど優しいものじゃない。僕はアシェルさんに咥えられて、ぽいっと投げ捨てられる。

 イドの前に!


「お前よ。そんなていたらくで、本当に金剛の霧雨が倒せるのかよ?」


 僕の情けない姿を見下ろして、イドはため息を吐く。

 ははは、と笑うしかない僕。


「いやいや、これこそエルネア君らしい姿じゃないか」


 そこへ手を差し伸べてくれたのは、師匠のひとりでもあるジルドさんだった。


「大丈夫かい?」

「はい、ありがとうございます」


 ジルドさんの手を借りて立ち上がった僕は、改めて竜峰側から来た人々を見る。


 ジルドさん。ラーザ様。イド。それと、ザン。

 元をふくめた二人の八大竜王と、竜王中最強のイドと一緒にザンの姿があるのを見て、僕は瞳を輝かせる。


「ザン、もしかして!」

「俺は竜王じゃないぞ」

「残念。ザンもそろそろ竜王になって良いと思うんだけどなぁ」


 僕の意見に同意するように、他の竜王やミストラルが頷く。だけど、ザンは頑なに竜王の称号を辞退した。

 ザンの高い志しで測れば、自分はまだまだ竜王には相応しくない、ということらしい。

 もったいない、と頬を膨らませて不満を表していると、ラーザ様が声をかけてきた。


「ときに、エルネア君。君は金剛の霧雨と対峙した時に、面白いことをしたようだね?」

「はて? 情けない姿なら晒してしまいましたけど、面白いこととは……?」


 本気で思いつかなかったので、首を傾げる僕。


「ははは。では、君には普通のことなのかもしれないね。だが、スレイグスタ様から聞いたのだよ」


 ラーザ様たちは、近くに二人の魔王と側近が居るというのに、平気な様子で僕と話す。

 竜人族たる者、魔族如きには臆さない、ということなのかな?

 そのラーザ様は、僕が寝ている間にスレイグスタ老から聞いたという「面白いこと」を話してくれた。


「君は、言葉に竜気を乗せて放ったそうじゃないか。それはまるで、神族が扱う『神術』のようだったと、スレイグスタ様から聞いたのだがね?」

「ああ、なるほど!」


 合点がてんがいった、と手をぽんと鳴らすと、ミストラルが会話に加わってきた。


「そうだわ。わたしも聞こうと思っていたのよ? 貴方、有翼族の国で始祖族の巨人と戦った時にも使っていたでしょう?」

「さすがはミストラルだね。ちゃんと気付いていたんだ?」

「もちろんよ」


 竜人族の中で、最も竜術に長けているという八大竜王ラーザ様。その人に興味を持ってもらえるなんて、光栄だね。

 しかも、今の話に興味を持ってくれたのは、竜人族の人たちだけではなかった。スレイグスタ老とアシェルさん、それに巨人の魔王たちも僕を見ていた。


「ええっとですね」


 みんなの注目を集めてしまったのなら、仕方がない。僕は、ラーザ様とミストラルに聞かれたことを話す。


「竜術って、想いや想像力を自在に形にして放つ術だって、僕は教わりました」


 人族が本来使用する呪術は、文字通り相手を呪って動きを鈍くしたり、身体や精神に干渉する術だ。魔族の魔法は自然現象を破壊的な威力に昇華し、火の玉や水の塊を飛ばしたり爆発させて大規模な力を発揮させる。そして神術は、言葉に神気を乗せることによって、森羅万象に干渉する。


「それで、ふと思ったんです。竜術が術者の意志に合わせて自在に威力や効果を変化させるのであれば、神術のように言葉に乗せて放つこともできるんじゃないかって。もちろん、神術のように森羅万象に強く影響を与えることはできないでしょうけど、それでも、自己暗示くらいの効果は出ないかなって」


 思いつきの、まだまだ未熟な恥ずかしい術ですよ。と照れながら話したら、ラーザ様が瞳を大きく見開いて驚いた。


「君は……! やれやれ。まさか、人族の方が竜術の真髄しんずいを理解しているとはね。儂も、君を見習わなくてはならない未熟者のようだね」

「えええっ。ラーザ様!?」


 今度は、僕の方が驚いてしまう。まさか、ラーザ様が感心してしまうほどのことをやってしまっていただなんて。


「儂らは、固定観念に囚われ過ぎていたようだね。神術は、神族にしか使えない。だから、他の種族や儂ら竜人族には真似できない。そして、竜術とは強力な竜気で他種族を圧倒する威力の術でしかるべきだと思い込んでしまっていた。だから、他の術の長所を取り入れることなく、より威力を発揮できる形や術式こそが竜術なのだとこだわりすぎてしまい、本質を忘れていたようだ。そう。エルネア君が言ったように、竜術であれば言葉にだって竜気を乗せられる。ザンが拳の一点に全てを乗せるようにね」


 ラーザ様も、ザンの一撃必殺の拳の威力を知っているみたいだね。

 ザンのことを知らない者は、彼が拳に込める竜気を見誤る。

 だって、可視化するほどの銀色の竜気や体内を巡る竜気が感じられなくなるほど、全ての竜気を拳の一点に集中させるんだもんね。しかも、その収束させた竜気さえ閉じ込めて、漏らさず錬成する。たった一撃。そのためだけに。

 だから、対峙する者はザンから覇気が消えたと錯覚し、油断しちゃうんだ。


 ザンが極めた竜気の在り方は、まさにラーザ様が言う「竜術なら派手に高威力を目指すべき」という固定観念の真逆の境地だね。


「俺は、エルネアのように竜脈から自在に力を汲み取ったり、周囲の力を借り受けられるような器用な戦いはできない。であれば、己の竜気だけで最大限の威力を発揮するにはどうすべきか、と考えただけだ」


 とザンは謙遜けんそんして言うけど、ラーザ様が称賛するほど立派な偉業だと思う。

 そして、ザンや僕が示した竜術の在り方は、これまで固定観念に囚われていた竜人族や竜族たちの意識を変え始めていた。

 イドが胸を張って言う。


「見ていろ。次は俺たちが、お前たちを驚かすような竜術を繰り出してみせる」

「それは楽しみだね! きっと、ミリーちゃんも応援しているよ」

「くっ。あいつの名前を出すな」


 意気込んでいたはずのイドが、少し照れくさそうに視線を外す。

 うんうん。今も二人は良い仲なんだね。と僕たちはにやけた。


「よし。竜人族と竜族のみんなも集合してくれているみたいだし、準備は着々と進んでいるみたいだね。あとは……」


 ラーザ様たちには、後で作戦を伝えよう。ここでまたラーザ様たちに説明をして、王都に戻って王様やリステアたちに説明して、さらに耳長族や精霊や獣人族にも、ってなると大変だからね。後の説明は、みんなを集めてからすれば良い。

 そうそう。王都といえば。


「ねえ、ルイセイネ、マドリーヌ様。王都のあちこちで、巫女様や神官様が民衆に向かって説法をしていたように見えたんだけど、あれは何かな?」


 ここへ来る途中に見た、王都の風景。

 大通りや広場、神殿や街の片隅の至る所で、聖職者の人たちが王都に集った人たちに何かを語りかけていた。

 何か意味があるんだろうけど、僕にはわからないや。

 僕が聞くと、素早くマドリーヌ様が駆け寄ってきた。


「あれは、私の指示です」

「マドリーヌ様の?」

「そうですよ、エルネア君。さあ、讃えてください。賞賛してください」

「いやいや、何をしていたのかを聞かないと、褒められませんからね?」


 この場で最も高位の聖職者だというのに、マドリーヌ様はぐいぐいと僕に遠慮なく迫る。

 僕は衆目を気にしてなんとかマドリーヌ様を押さえながら、説明を聞いた。


「金剛の霧雨という、かつてない脅威が迫っています。そういう時こそ、私たち聖職者が人々の心の支えになるべきなのです。王都に残ってくださった方々。各地から集まってくださった方々。ですが、彼らも不安や心配はあります。そういう人々を前に、聖職者が神殿に籠っていてどうするのですか。こういう時こそ私たち聖職者が積極的に人々の前に立ち、希望を示すのです」

「うわっ。マドリーヌ様が凄く真っ当なことを言っているよ!」

「むきぃっ。私はいつでも真面目なのですっ」

「わわわっ。ごめんなさい、冗談です。ちゃんと知ってますよ」


 まあ、真面目すぎて、僕への迫り方が一直線なんだけどね?

 と、それはともかくとして。


「ありがとうございます、マドリーヌ様。マドリーヌ様や聖職者の皆さんのおかげで、王都の人たちは笑顔でいられるんですね。決戦を前にお祭り騒ぎだったのも、みんなの心から不安や心配がなくなって、未来への希望をしっかりと掴んでいたからなんだと思います」


 それに。


「魔物や妖魔や邪族は、世界の歪みから生まれ、呪いや負の感情をかてにして成長したり仲間を呼び寄せたりするんですよね。だとしたら、負の感情を晴らすことによって、間接的に金剛の霧雨を弱体化させることにも繋がっているんだと思います」

「まあ! エルネア君は、私のことをそのように褒め称えてくださるのですね!」


 歓喜して抱きつこうとしてくるマドリーヌ様を、僕は笑いながら押さえる。

 こういう人が巫女頭みこがしらだと、聖職者や信者の人たちまで賑やかしく笑顔になっちゃうよね。

 ただし、巫女様らしく節操は忘れてはいけません。特に、人前、というか魔王たちの前では!


「くくくっ。面白い。では、エルネアの唇を最初に奪ったものには、私から褒美を出そう」


 ほら、巨人の魔王が悪乗りしてきた!


 魔王の言葉に、妻たちの目の色が変わる。けっして、報酬が目的なわけじゃない。ただ、僕の唇を奪う大義名分が与えられたことで、凄くやる気になっているだけです!


 ひえっ! なんでイドまで舌舐めずりをしているのかな!?


 僕は身の危険を感じて、全力で逃げ出す!


「待ちなさい、エルネア! 騒ぎが大きくなる前に、わたしに委ねれば一件落着なのよ!」

「ミストさん、解決策を言っているように見せかけて、自分だけ美味しい思いをしようとなさっていますよね?」

「あら、気のせいよ、ルイセイネ?」

「エルネア君の唇は、私とニーナのものだわ」

「エルネア君の唇は、ユフィ姉様と私のものだわ」

「姉様たちには奪わせられないわね!」

「はわわ。レヴァリア様、ご協力くださいませ」


 ライラさん!?

 レヴァリアにお願いしちゃったら、さらに大惨事になっちゃいますよ!


「んにゃん。お母さん、手伝ってにゃん?」

「おや。ニーミアもあれの唇が欲しいのかしら?」

「違うにゃん。面白そうなだけにゃん」

『私も参加するよっ』

『リームもぉ』


 ほら、竜族たちまで遊びだと思って参戦してきちゃったじゃないか!


「んんっと。精霊さん。お兄ちゃんを捕まえてね?」


 とプリシアちゃんが懇願すると、光、闇、炎、水、風、地、そして霊樹の精霊王が顕現した。


「へ?」


 なんでプリシアちゃんが、竜の森の全ての精霊王を使役しているのかな!?


「面白い。精霊王の方々が参加なさるのなら、私も加わろう」

「もう。お姉ちゃんが参加するなら、私も加わらないといけないじゃない。全部エルネアのせいだわ」

「ユンユンとリンリンまできたー!」

「グググッ。面白、ソウ。ミカン、行、コウ!」

「モモちゃん、魔術は禁止ーっ!」


 全力で逃げなきゃ、僕は襲われちゃいます!

 スレイグスタ老、助けて!


「ふうむ。賑やかしいことであるな。まさに、汝ららしさを取り戻した、と言うべきであろう」


 スレイグスタ老は、愉快そうに喉を鳴らして笑っていた。

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