星の輝き

 やはり、姿を現したね!

 と、声の発せられた方向へ振り返った僕の周囲が、一瞬で変化していた。

 周りに寄り添っていたはずの妻たち。その全員が姿を消す。それだけではない。出迎えてくれたナザリアさん一家や、禁領のお屋敷まで一緒に来たはずのミシェイラちゃんや竜神様の姿さえもが、一瞬で消えた。


 でも、禁領の風景だけは変わらない。

 二つの湖を囲むようにして延々と続くお屋敷。緑豊かな芝生と、夏の青空を映すみ切ったみずうみ。そして、遠く東に見える竜峰と、西に見える霊山。

 景色だけは、いつも通り。


 なのに、つい一瞬前まで側にいた人たちの姿が、忽然こつぜんと消えとしまっていた。

 探っても、気配さえ感じない。


「ふうん? これが、エルネア君が前に閉じ込められたというウォレンの創り出した空間なのかしら?」

「むきぃっ、巫女頭に対して、なんて不敬ふけいなのですか!」


 ただし、僕ひとりになったわけではない。

 妻たちの姿や気配は一瞬で消えたけど、セフィーナさんとマドリーヌ様だけは、僕の側に残っていた。


 つまり、そういう事なんだと思う。


 僕たちが隔離された理由。

 ウォレンが姿を現した意味。

 言われなくても、気づいている。


 だけど、それを自分から口にするのは悪党のすることだよね!

 ということで、僕は黙ってウォレンを見つめ返す。

 すると、鋭い視線を僕たち三人に向けるウォレンの方が、口を開いた。


「エルネア・イース。お前は、余計な事をしたという自覚はあるのか?」

「余計なこと? さあ? 思い当たるふしはないよ?」


 僕は、わざとらしく首を傾げる。その仕草がウォレンのしゃくに触ったのか、いらついたような気配を容赦なく僕たちへぶつけてきた。

 でも、僕は平気な素振そぶりで受け流す。

 だって、ウォレンが言うような「余計な事」なんて、本当に身に覚えがないからね!


 セフィーナさんとマドリーヌ様だって、ウォレンの言葉を気にした様子もなく、僕の側で揺るぎのない意志を見せて立っていた。


 だけど、それもウォレンの気にさわったらしい。


「思い当たる節がない? では、言ってやろう」


 僕たちを睨みながら、それでもウォレンは僕たちと言葉を交わそうとする。

 きっと彼は、僕たちと言葉を通して、こちらの明確な意志確認をしなきゃいけないんだと思う。

 そうしないと、ウォレンの立場が成り立たないんだ。

 だから、僕たちは余計な軽口を挟まずに、ウォレンの言葉を受け止めた。


「お前は、先に言った。竜神の御遣いたるイース家の名の下に、竜神よ降臨せよ。と」


 文言もんごんは違うけど、まさにその通り。

 僕たちは「イース家」として全員で意志を合わせて、竜神様の御遣いとして竜神様を竜峰の東の麓に降臨させた。


「お前は、それが意味することを知っていて、意志を乗せた言葉として口にしたのか?」


 ウォレンに鋭く睨み続けられている僕。

 こちらから視線を外すことなんて許されない。それくらいの強制力が籠った瞳で見据みすえられた僕は、ウォレンの問いにも逆らえない。

 答えなければいけない。

 嘘偽りなく。


 だから、僕は言う。


「そうだよ。僕は知った上で、理解した上で宣告したんだ。セフィーナさんとマドリーヌ様を含めて『イース家』の総意として、竜神様に願いたてまつったんだ!」

「貴様っ!!」


 僕の言葉に、ウォレンは怒気を通り越して殺気をまとう。

 殺気の波動がウォレンの叫びに乗って、津波のように僕たちを襲う。それだけで、意識が吹き飛びそうになってしまう。

 それでも、僕はウォレンから視線を外すことなく、視線をぶつける。


「エルネア・イース。お前は、夢見の巫女にうたそうだな? 金剛の霧雨を討伐するために、全ての者たちの祈りを捧げることで竜神を降臨させてほしいと」

「そうだよ。僕たちはミシェイラちゃんや剣聖様にも認められて寿命という問題を克服したけど、立場的には『竜神様の御遣い』だからね。それに、竜にゆかりのある者たちの祈りは、竜神様へ捧げるべきだと思ったから。その辺は、貴方も事前に聞いていたんじゃないのかな?」


 夢見の巫女様や、ミシェイラちゃん。それに竜神様や剣聖様。そして、ウォレン。

 スレイグスタ老や巨人の魔王でさえも別格視する彼らのような存在は、この世界に何人いるんだろうね?

 そして、その夢見の巫女様やウォレンは、僕たちのまだ知らない遥かな高みで繋がっている。だから、僕が夢見の巫女様の夢の中で竜神様にお願いをしたことも、きっとウェレンには伝わっているはずだと思っていた。


 でも、ウォレンはそれでも出し抜かれた。

 僕たちに。

 みんなの祈りを捧げ、竜神様を降臨させるために、連名で「力ある言葉」を口にした僕。

 それに応えて、竜神様は降臨してくれた。

 だけど、実はそこで、僕たちと竜神様側には齟齬そごが生まれていた。

 僕は確かに、金剛の霧雨を討伐するために竜神様の力を借りるべく、降臨を事前にお願いしていた。

 でも、夢見の巫女様に伝えていなかったことがある。

 それは、祈りを捧げる者がセフィーナさんとマドリーヌ様を含めた「イース家」なのだということだ!


 竜神様は竜峰の東の麓に、僕の事前の要請と祈りと奉納を受けて、降臨してくださった。でも、まさかそこで、僕がセフィーナさんとマドリーヌ様を含めて「竜神様の御遣いたるイース家」と宣告するとは思ってもみなかったはずだ。


 それが、意味すること。


「お前は、俺たちをたばかったんだな!」


 そう。

 セフィーナさんとマドリーヌ様を含めて「竜神様の御遣いたるイース家」と宣言し、竜神様は降臨した。

 それは即ち、セフィーナさんとマドリーヌ様も僕たち「イース家」の一員であり「竜神様の御遣い」だと、竜神様が認めた証拠になる!


「お前は、事前に夢見の巫女を通して竜神の降臨を確約させていた。そこに、自分たちのたばかりを混ぜた!」


 ウォレンの言葉に、僕は平然と「そうですよ」と答える。

 そして、不敵に笑みを浮かべてみせた。


「わかっていないですね、ウォレン。貴方たちは確かに超越者だ。でも、創造の女神アレスティーナ様ではなないんですよ?」

「なに?」


 眉間に深くしわを刻み、僕を睨むウォレン。

 僕は殺気の籠ったウォレンの視線を受け流しながら、続ける。


「貴方が言ったので、僕も言わせてもらいます。貴方は前に言った。セフィーナさんとマドリーヌ様を僕たちのような不老の存在には容易くはしないと。貴方の言葉に、僕たちは頷かざるを得なかった。だって、先達者であるバルトノワールが、まさにそういう運命を辿らされていたから」


 だから、必死に考えたんだ。

 どうすれば、セフィーナさんとマドリーヌ様を僕たちと同じ寿命を克服した者として迎えられるのかと。

 マドリーヌ様は、それこそが婚姻の前の女神様の試練だと言っていた。


 そして、僕は知っていた。

 習っていた。

 どんなに無理難題だとしても、必ず越えるべき壁なのだとしたら、どんな手段を使ってでも克服すべきなのだと。


 だから、はかったんだ。

 超越者に対して!


「女神様に対してであれば、もっと正当な手段と方法を考えたかもしれない。でも、貴方たちは超越者ではあるけど、僕たちが信奉するアレスティーナ様ではない! 更に言わせてもらうなら。たしかに僕たちは竜神様たちに見守られている。でも、赤子のようにいつでも腕に抱かれたまま安穏あんのんとしているばかりではないんだ! 僕たちだって、全力で生きている。それなら、利用できるものは利用して、目的を達する事もあるんだ!!」


 それに、と僕は不敵な笑みを浮かべたまま、ウォレンに言う。


「貴方も僕たちのことを見ているのなら、知っているはずだよ。僕たちは、いつも師匠や魔王たちにもてあそばれているんだ。でもね、ただ好き勝手にいじられて、毎回困っているわけじゃないよ? 僕たちだって、そこから色々と学んできているんだ。そのもっともたるものが、今回のような搦手からめてだよ!」


 スレイグスタ老には、いつも悪戯いたずらを受ける。

 巨人の魔王やシャルロットにはいつも弄ばれているし、油断をしているとクシャリラにも好きなように利用されてしまう。

 だけど、その全てが、実は僕たちへの試練なのだと思っている。


 この世界には、僕たちなんて歯牙にも掛けないような存在が、いくらでもいるんだ。そういう存在と出会でくわした時。格上の相手だからと、全てを諦める?

 ううん、違う!

 かつて出逢ったアーダさんから学んだことは、どんな時でも諦めないこと。負けなければ、次は必ず訪れるということだ。

 では、負けない方法とは何なのか。

 その答えこそが、日々の生活に隠されていた。


 どうすれば、スレイグスタ老の悪戯を回避できるのか。巨人の魔王やシャルロットの弄びから抜けだけるのか。クシャリラのような存在の思惑に乗せられないようにするためには、何をすべきなのか。

 そして、その先。逆に、僕たちはそういう存在をどう利用できるのか!


 他者をだましたり、好き勝手に利用したりすることは、普段ならはばかられる。

 でも、いざという時。

 必ず克服しなきゃいけない壁が眼前に立ち塞がった時は、どんな手段を使ってでも乗り越えてみせる!


 それが、今回だった。


 僕たちは、スレイグスタ老に禁術を使わせることなく、何が何でも金剛の霧雨を討伐しなければいけなかった。

 故郷の仲間や親友たちだけでなく、竜の森や竜峰を護らなければならなかった。

 だから、自分たちの手には負えない金剛の霧雨に対し、竜神様の降臨を願った。


 でも、それだけではない!

 僕たちに課せられていた無理難題は、まだ存在していた。

 寿命の問題を、周りの者たちにどうやって知らせるべきか。


 それと、もうひとつ。

 セフィーナさんとマドリーヌ様を、どうすれば僕たちの家族に迎えられるのか!


 その全ての問題を解決するために、僕が選んだ手段こそが、今回の作戦の全貌ぜんぼうだった。


「僕たちは、ただ生きているだけじゃない。必死に考え、努力し、未来への道を歩み続けているんだ! だから、道の先に立ちはだかる障害は、持てるもの全てを使い、知恵を振り絞って排除する! それがたとえ寿命の問題であれ、ウォレンであっても!!」


 言って僕は、返却していなかった神楽の白剣を抜き放つ。

 セフィーナさんは拳を握りしめて低く腰を落とし、マドリーヌ様は大錫杖だいしゃくじょうを両手で握りしめて、祝詞を相乗し始めた。


 こちらの意志は、いま明確に示した。

 僕たちの言葉と意志を受け取ったウォレンは、怒りと殺気を込めた視線を僕たちに向けたまま、冷たく言い放つ。


「そうか。では、お前たちのその意志とたばかりを、俺は打ち砕こう」


 そう、ウォレンが口にした直後。


「っ!!」


 右太腿みぎふとももに激痛が奔る!


 何が!?

 と思う暇もなかった。


 気づくと、ウォレンが僕の背後に立っていた。そして、手にした青い刃の中剣で、僕の太腿を貫いていた!


「このっ!」

「エルネア君!」


 咄嗟とっさにセフィーナさんが拳を振り抜く。だけど、その時にはすでに、ウォレンは僕の背後から元の位置へと戻っていた。

 マドリーヌ様が、祝詞を中断させて僕の太腿を診る。

 中剣に貫かれた傷からは止めどなく血が溢れ出していた。マドリーヌ様はすぐさまスレイグスタ老謹製の秘薬を取り出して、傷口に塗ってくれる。

 それでようやく、僕は息をすることができた。

 突然の激痛と予測不可能だったウォレンの動きに、息をすることも忘れていたみたいだ。


「やってくれたわね!!」


 マドリーヌ様が僕の治療をしてくれている間に、セフィーナさんがウォレンへと間合いを詰める。

 だけど、セフィーナさんはウォレンを捉えることはできなかった。

 セフィーナさんが影も残さず跳躍した直後。


「お前たちは未熟だ」


 と口にしたウォレンは、僕の眼前に立っていた。

 そして、こちらが反応するよりも先に、ウォレンは僕の首を鷲掴わしづかみにすると、容赦なく投げる!

 僕は抵抗する暇もなく投げられて、お屋敷の壁に激しく激突した!


「くっ!!」


 初撃の激痛に、遅れをとってしまっていた。それでも、油断していたわけじゃない。だというのに、こちらが反応するよりも速くウォレンが動く。

 相手の気配や動きに誰よりも敏感に反応できるセフィーナさんでさえ、ウォレンの動きに反応できていなかった。


「それでも!」


 ここで、負けるわけにはいかない!


 僕は神楽の白剣を振り抜き、瓦礫を排除して立ち上がると、改めてウォレンへ対立の意志を示す!






「いい加減、諦めろ」


 ……どれだけ戦っただろう。


 変わらない風景。

 変わらない空。

 いつまでも動かない、太陽。


 どれだけ長く戦い続けても、終わりは訪れない。

 景色にも。戦いにも。


 僕は、満身創痍で芝生に横たわる。

 神楽の白剣を杖代わりに立ちあがろうとするけど、傷だらけで赤黒く変色した下半身に力が入らない。それでも、僕は気力だけで起き上がる。

 駆け寄るセフィーナさんとマドリーヌ様。

 だけど、手のほどこしようがない。

 もう、スレイグスタ老謹製の秘薬はとうの昔に三人分使い果たしていた。


「エルネア・イース。お前のあやまちを認めろ。そうすれば、終わらせてやる。言っておくが、外に隔離されている者がこちらに手出しをすることはできないぞ。竜神やミシェイラは、この件に関しては手出しはしない」


 離れた先で、無傷で佇むウォレン。


 全く歯が立たない。

 どれだけの竜術を繰り出そうとも、どんな搦手を使おうとも、ウォレンにかすり傷さえ負わせられない僕たち。

 しかも、ウォレンはまだ手加減している。

 満身創痍なのは、僕だけだった。駆け寄って支えてくれるセフィーナさんにもマドリーヌ様にも、全く傷はない。

 ウォレンは僕だけを狙い、僕だけに攻撃する。


 わかっている。

 ウォレンは僕を打ちのめし、心を砕いて、こちらの謀りを潰そうとしているんだ。


 僕を殺そうと思っていたのなら、最初の一撃で太腿を貫かずに、首をねればよかったんだ。僕たちは、今もだけど全くウォレンの動きを読みきれていない。


 原理は、理解している。この、みんなと隔離された世界は、ウォレンが創り上げた空間だ。だから、ウォレンのことわりで満たされている。ウォレンが意識すれば、彼は僕の背後で剣を太腿に突き刺しているし、こちらとの距離だって自在に創り出せる。だから、僕たちの攻撃は届かず、ウォレンの手は必ず僕を傷つける。


 手も足も出ない。その状況で、ウォレンは僕を痛め続ける。

 殺さずに。

 それは、僕の心を砕くためだ。


 この空間は、ウォレンを倒さなければ解除されない。それなのに、僕たちはウォレンの実力の足もとにも及ばない。

 その中で、助かる方法。この空間から抜け出す手段。

 それは、僕が口にすることだ。


 参りました。前言を撤回します。セフィーナさんとマドリーヌ様は「イース家」の者ではありません。と。


「……誰が、そんなことを口にするもんか!!」


 血と泥に汚れた口で、僕は目一杯に叫ぶ。


 ウォレンの思惑になんて、絶対に乗らない!

 セフィーナさんとマドリーヌ様を家族として迎える。そのために打った布石と、成果。それを手放すなんて、するものかっ!


「だが、お前が諦めを口にしない限り、永遠に終わりは訪れない。お前が理解しているように、俺はお前を殺さない。ただひたすらにいたぶり、心が砕けるその時を待つだけだ。もしくは、どうかな? セフィーナとマドリーヌが先に心を折るか?」

「なんて卑怯ひきょうな男!」

「むきぃっ、言語道断な非情さです。許しません!」


 これも、わかっている。

 ウォレンがなぜ、僕だけに狙いを定めているのか。

 それは、僕が心を砕かずとも、目の前でいためられ続ける僕を見たセフィーナさんかマドリーヌ様が、自分の無力さに心を折って、諦めの言葉を口にすることを狙っているからだ!


 でも、セフィーナさんは絶対に心を折らない。

 マドリーヌ様だって、諦めることはない。

 なにせ、二人もイース家の者だからね!


「無駄よ。私は理解しているわ。エルネア君の傍に立つ者であれば、自分から諦めの言葉なんて口にはしない。それがイース家の家訓であり、きずなあかしだから」

「そうです。イース家に名を連ねるのであれば、先ずは家族を信じ抜くこと。それに、これが女神様の試練であるというのなら、必ず克服してみせることこそが、巫女頭としての私です!」


 僕だけじゃない。セフィーナさんとマドリーヌ様も、絶対に心を折ったりはしない。

 僕が信じているように、二人も信じてくれている。

 これこそが、僕たち「イース家」の誇りなんだ!


 そして、この誇りは何も、この空間に閉じ込められている僕たち三人だけのものではない!!


「僕たちは、自分の置かれた立場と状況をよく理解しているよ。でも、どうかな? ウォレン、貴方はどうやら、僕たちをまだ本当にはわかっていないようだね?」


 言って、僕はセフィーナさんとマドリーヌ様の手を借りて、なんとか立ち上がる。

 そして、満身創痍の姿で、それでも不敵に微笑んでみせた。

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