逃げも隠れも致しません!

「やってくれたな、竜神の御遣いどもよ」


 そう声がして、わたくしたちが振り返った直後。

 一瞬前まで側に感じていたエルネア君の気配と姿が消失しました。同時に、セフィーナさんとマドリーヌ様も忽然こつぜんと消えてしまいました。

 そして、家族の気配の喪失と同時に、知らない気配が三人と一頭分。振り返った先に、彼らは佇んでいました。


「知らない顔ね? お客様、という雰囲気ではなさそうだけれど?」


 とミストラルさんが言うように、私たちの視線の先に立つ方たちは、最初から剣呑けんのんな気配を纏っています。


 ひとりは、赤髪の女性。小柄ですが、服のそでから見える腕や足付きは引き締まっていて、俊敏そうな身体つきをしています。ですが手にする武器は、自身の身長ほどもありそうな、肉厚の大剣です。

 見た目から受ける印象と所持する武器との差で、頭が混乱しそうになります。

 それでも、私の瞳は彼女が何者であるのか、しっかりと捉えています。


「竜気が大剣の先にまでみなぎっています。あの赤髪の女性は、竜人族だと思います」

「ええ、そうね。ルイセイネの言う通りかしら。赤髪の女性が竜人族。そして、茶髪の男性と金髪の男性が人族。それと、白銀の毛並みをした大狼は、魔獣ね」


 わたくしの言葉に頷いてくれたミストラルさんが、その他の来訪者を補足してくれました。


「随分と異色な来訪者だわ」

「随分と変わった組み合わせだわ」


 ユフィーリアさんとニーナさんの言葉に、茶髪の男性が苦笑します。


「いや、聞きおよんでいるお前さんたちの方が、十分に変わった家族だと思うけどな?」


 茶髪の男性は、リステア君にも匹敵しそうな優男です。身長も高いですし、体格もしっかりしています。そして、愛用の武器は中剣でしょうか? ですが、腰には二本の幅広な刃の短剣を帯び、背中には長剣を背負っています。

 あの全ての武器を使いこなすのでしょうか?


『竜神様の御遣い、エルネア・イースとその家族。ゆえあって、我らは貴女たちと相対させてもらう』


 喉を鳴らしてそう言葉にしたのは、白銀色の毛並みをした、大きな魔獣の狼です。

 竜の森でよく遊んでくださるエルネア君とプリシアちゃんの大親友の大狼魔獣よりも倍くらい巨大で、もはや「狼」というしゅくくるのは難しいのでは、と思えるほどです。

 ですが、届く声音は言葉とは裏腹に、優しい気配がしますね。


「言わずとも、わかっているだろう? 俺たちが現れた意味と、エルネアを含む三人がこの場から姿を消した理由は」


 そう最後に言葉を発したのは、偉丈夫いじょうぶの金髪の男性です。

 赤髪の女性が持つ物と同じくらいの大剣を片手で握っていますが、その体格から、大剣が片手剣に見えてしまいますね。

 腕も脚も太く、胸板も恐ろしく分厚いです。金髪を短く刈り上げた姿は、エルネア君的に言うとまさに「おとこ」ですね。

 はい、全く好みではありません!


 三人と一頭がそれぞれに言葉を口にしたところで、ミストラルさんが言葉を返します。


「つまり、貴女たちはナザリア様のような方々と同じ『四護星しごせい』と呼ばれる存在ね? エルネアから話に聞いていたウォレンという男の」


 そういうことだ、と頷く金髪の男性。


「お前たちは、やりすぎたんだよ。ウォレン様が介入しなければならないほどにな」


 何をやり過ぎたのか。

 エルネア君とセフィーナさんとマドリーヌ様の三人が、わたくしたちたちの側から消えたことからも、想像がつきます。

 ですが、ここはえて首を傾げましょう。

 ミストラルさん、ユフィーリアさん、ニーナさん、ライラさん、それとわたくしは、全員揃って首を傾げました。


「はわわっ。言いがかりですわ。わたくしたちは、やり過ぎていませんわ。全てエルネア様の陰謀通りですわ!」

「ライラさん、その言い方だとエルネア君が悪者になってしまいますよ?」

「でも、間違いないわ。エルネア君はこの機会を利用して、色々と画策していたわ」

「でも、間違いないわ。エルネア君はこの機会を利用して、セフィーナとマドリーヌを導く算段をしていたわ」

「そうね。あの二人を迎えるために、エルネアは手段を選ばなかった。それがライラの言う陰謀というのなら、間違いではないかしら?」


 と、緊張感もなく笑い合うみなさん。もちろん、わたくしも笑います。

 だって、全てエルネア君の計画通り、予想通りなのですから。


「陰謀をくわだてたエルネア君には、あとで全員でお仕置きですね? ですが、貴方がたのおっしゃるような『やり過ぎ』という部分には、やはり身に覚えはございません。だって、そうでしょう? わたくしたちは確かに竜神様やミシェイラちゃんたちに導かれて、見守られています。ですが、何をしてはいけない、何をすべきだ、と縛られた覚えはありませんから」


 ですので、こちらの意図で少しだけ竜神様のお力を利用するなんてこともありますよね!


 それに、と漆黒の片手棍を手にしながら、ミストラルさんが続きます。


「エルネアに失礼な言葉をぶつけた男なんて、わたしたちは知らないし、その関係者の貴方たちの勝手な言い分なんて、聞く耳を持つ必要もないわよね?」


 そうです!

 エルネア君に余計なことを吹き込んで悩ませたウォレンという男に好感情を持つ「イース」の身内はいません。そして、ウォレンの四護星だという彼らに対しても、わたくしたちは好印象なんて持っていませんからね?


 こちらの意志をはっきりと受け取って、三人と一頭は対峙するように気配をより一層鋭くします。


「そうか。お前たちの言い分はわかった。だが、俺たちはウォレン様の四護星。であれば、ウォレン様の指示に従い、お前たちと相対させてもらう」


 そう言って、三人と一頭は臨戦体制に入ります。

 ですが、いきなり攻撃を仕掛けてくるような無粋な真似はせずに、律儀にも名乗りをあげてくださいました。


「私は、リシャラ。看破された通り、竜人族の戦士よ。でも、竜峰出身じゃないわよ? 四護星『たい』をつかさどるわ」


 と名乗ったのは、赤髪の女性。

 次に、茶髪の優男さんが名乗ります。


「四護星『じゅつ』を司るアースガルだ。意見の相違で相対することになったのは残念だ」


 具体的に、四護星とはどういう存在なのでしょうね?

 それに、それぞれが司るものとは何を意味するのでしょう?

 そういうわたくしの疑問を他所よそに、次は金髪の偉丈夫が名乗ります。


「俺はガレッド。四護星『おさ』だ。ウォレン様の名代みょうだいとして、貴様らの過ちを正させてもわう」

『我はサーリナ。四護星『しん』を司る者です。」


 そして最後に、白銀色の毛並みをした巨大な大狼の魔獣が名乗りました。


 相手が名乗ってくださったのなら、こちらも名乗るのが礼儀ですよね。


「竜姫ミストラル」

「双子の姉、ユフィーリアよ」

「双子の妹、ニーナよ」

「はわわっ。ラ、ライラですわ」

「竜峰の流れ星、ルイセイネです」


 わたくしが最後に名乗った直後。

 ミストラルさんが真っ先に動きました!

 漆黒の片手棍を振るい、竜人族のリシャラ様へと一瞬で間合いを詰めます。そして、恐ろしい威力でリシャラ様をはる彼方かなたに吹き飛ばしました!

 これには、吹き飛ばされたリシャラ様だけでなく、残ったお三方も驚愕に目を見開きます。


「竜姫として、他の竜人族の女戦士には負けられないわ。リシャラは任せてちょうだい」


 ミストラルさんはそう言い残すと、吹き飛ばしたリシャラ様を追って飛翔していきました。


「やれやれ。仕方がない。では、俺たちは……」


 と、優男のアースガル様と偉丈夫のガレッド様がわたくしに視線を向けます。ですので、わたくしは柔らかく微笑み返しました。


「あらあらまあまあ。人族であられるお二方が、巫女のわたくしに手を挙げるのでしょうか?」

「……だよなぁ?」

「四護星とはいえ、そこは尊重してやろう」


 よかったです。

 これで容赦なく襲われていたら、困ってしまっていました。

 アースガル様とガレッド様は、代わりにと視線を巡らせます。

 ですが、時既に遅しですね。


「あの、気の弱そうなライラとかいう女はどこへ行った!?」


 はい。ミストラルさんがリシャラ様へと全員の意識を向けさせた瞬間に、ライラさんは気配を消して逃亡しましたよ?

 更に、ユフィーリアさんとニーナさんも手を取り合って、お得意の竜術を発動させます。


「ユフィと」

「ニーナの」

「「竜足逃避りゅうそくとうひ!」」


 と、声を揃えて術を発動した直後。

 ユフィーリアさんとニーナさんは、俊足しゅんそくな竜族もかくやという速さで、逃げ去っていきました。


「なっ!?」


 お三方は、目が点です。

 ふふふ。超越者の側近であるらしい四護星と呼ばれる方々であっても、予想外のことには驚くのですね。

 禁領のお屋敷の中庭に唯一取り残されたわたくしが笑っていると、気を取り直したお三方に敵意の視線を向けられました。

 ですので、わたくしもそろそろ動きます。


「困りました。人族のお二方は、巫女の前で宣言したことをお破りになられるのですか?」


 さっき、わたくしの前で「巫女は襲わない」と誓ったお二方は、露骨に舌打ちをします。

 そして、姿も気配も消し去ったライラさんと、手を繋いで敵前逃亡したユフィーリアさんとニーナさんを追って、目にも止まらぬ速さで去っていきました。


 ぐるる、と残ったサーリナ様が喉を低く鳴らして、姿勢を落とします。


『聞きしに勝る、奔放さだね?』

「ふふふ。それはおめの言葉として頂きますね?」


 お前たちをらしめる、と現れたウォレンの四護星の方々。

 ですが、なにも馬鹿正直に、わたくしたちがそれに付き合う必要などはないのです。

 であれば、日々の生活でつちかった鬼ごっこと隠れん坊の技術を、存分に発揮するだけですよね。

 ミストラルさん以外は。


 禁領の遠くから、激しい打撃音や爆発音と共に、嵐のような衝撃波が何重にもなって届いてきます。


「ミストさんは、きっと大丈夫ですね。……ライラさんも、上手くお隠れになっているようです。ユフィさんとニーナさんに追いつくことはできるでしょうが、その後の方が怖いですね?」


 なにせユフィーリアさんとニーナさんは、周りに気を使わなくても良くなってしまうと、無差別になりますから!


『では、貴方はどうなのかしらね?』


 すると、残されたわたくしを睨みながら、サーリナ様が脅してきました。

 サーリナ様は魔獣ですので、人族の持つ神殿宗教への信仰心はありませんし、なによりも人を襲うということに躊躇ためらいはございません。

 サーリナ様は、容赦はしないと殺気を膨らませていきます。

 ですので、わたくしは代わりに微笑み返しました。


「サーリナ様だけになったこの状況でしたら、きっと大丈夫だと思いますよ?」


 わたくしの不遜な返答に、不愉快そうに眉間のしわを深くするサーリナ様。


『貴女には、我を迎え撃つ手段があると? それとも、法術を駆使すれば、我から逃げられると思っているのかしら?』


 見下されては困る、とサーリナ様は大きく鋭い牙を剥き出しにして、威嚇の咆哮を放ちます。

 ですが、わたくしには全てが無意味なのです。


「わたくしの瞳は、元は竜眼です。ウォレンの傍でエルネア君やイース家の行いを見てきたサーリナ様たちであれば、ご存知でしょう?」


 ですが、どうでしょう?

 わたくしの瞳は、妖魔の王を討伐した後から覚醒して、変質し始めています。

 その、今のわたくしの魔眼の威力を、ウォレンやサーリナ様たちは把握しているのでしょうか?


『その魔眼で、我の牙と爪から逃れられるとでも? 舐められたものね!!』


 サーリナ様は低い体勢から一瞬で跳躍すると、わたくしへ襲いかかってきました!

 わたくしの腕ほどもありそうな太い爪を、容赦なく振り下ろします!


『っ!?』


 ですが、サーリナ様の鋭い爪も恐ろしい牙も、わたくしの身体どころか巫女装束さえも傷つけることはありませんでした。

 でも、わたくしは指先さえ動かしていません。


 はい。魔獣であるサーリナ様が本気になって襲ってきたら、生身のわたくしなんて手も足も出ませんからね?


 それでも、わたくしは無事です。

 では何故なぜ、わたくしはサーリナ様の攻撃を受けなかったのか。


 見上げた頭上。目と鼻の先で、サーリナ様の爪が止まっていました。


「綺麗な爪ですね? 日頃から丁寧なお手入れをしている爪です。ニーミアちゃんやアシェル様の爪も綺麗ですが、サーリナ様の爪も美しいと思います」


 と、わたくしが目と鼻の先で止まっているサーリナ様の爪をでようとしたら、すっと退かれてしまいました。代わりに、恐ろしい牙を剥き出しにしたサーリナ様のお顔が眼前に迫ります!


『……なぜ、防ごうとも避けようともしないのです』


 わたくしたちの前に立ちはだかったウォレンの四護星。

 確かに、ミストラルさんは竜人族のリシャラ様を相手に、今も戦っています。

 ですが、ライラさんは隙を突いて隠れてしまいましたし、ユフィーリアさんとニーナさんは逃亡しました。

 その中で、わたくしだけは残りました。

 残ったわたくしは、魔獣のサーリナ様と相対することになりましたが、サーリナ様の攻撃の前に、指先さえ動かしませんでした。

 それで、サーリナ様は疑問に思ったのでしょうね。

 ですので、眼前に迫ったサーリナ様の鼻先を臆することなく撫でながら、わたくしは答えます。


「あらあらまあまあ。困りましたね。わたくしを傷つける意思なんて持っていないサーリナ様から、どうして逃げる必要があるのでしょう? 何も防がなくとも、サーリナ様は最初からわたくしを傷つけるおつもりはありませんでしたよね?」


 ふふふ。そうです。最初から見破っていました。


 竜気を視認できる、わたくしの竜眼。

 竜気の流れを読むことによって、竜気を扱う者の動きや感情を読み取ることができる、竜人族や竜族にとって天敵となり得る魔眼。

 ですが、それはもう過去のお話。

 わたくしの瞳は、変質し始めています。

 まだ、方向性が定まって本領を発揮しているわけではありませんが、それでも極みの片鱗は既に宿っています。


「はい。最初から視えていました。他のお三方は確かにこちらへと強い敵意をお向けになっていましたが、サーリナ様だけは終始こちらを気遣うような優しい気配だったことを」

『まさか、相手の気配を見て感情を読んだと?』

「少し違います。まだ、気配は視えませんよ。ですが、竜気以外の呪力や魔力や精霊力、それに獣力といった他の種族の力も視えるのです』


 そうすれば、あとは竜眼の延長ですね。サーリナ様の獣気を視ていたわたくしには、サーリナ様がわたくしを襲わないということは事前に読めていました。


 はたして、竜眼の先にどのような進化が待っているのか。まだまだ未知数の自分の瞳の能力ですが、それでもサーリナ様の動きと感情を視て読むことはできるのです。

 ですので、どんなに威嚇をしても、サーリナ様の優しい心はわたくしをだませませんよ?


 わたくしの言葉に、はぁっ、と露骨にため息を吐くサーリナ様。


『理解したわ。だから貴女は、人族のアースガルとガレッドに『巫女は襲わない』と言質げんちを取らせた。あの二人は、確かにイース家の者へ制裁を加えようとしていたからね。それに、リシャラも……。まあ、あの子だと、竜眼相手には手も足も出なかったでしょう。それに、そちらには竜姫がいますからね』

「そうすると、サーリナ様の相手は必然的にわたくしになります。ですので、その時点でわたくしは安心できるのでした!」


 やれやれ、とわたくしの眼前から顔を遠ざけるサーリナ様。

 ふふふ。不思議なお方ですね?

 ウォレンの四護星であり、わたくしたちを懲らしめるために現れたはずですのに、まったくやる気がありません。

 疑問をそのまま口にすると、サーリナ様は芝生の上に寝そべりながら、優しく答えてくださいました。


『四護星とは、ウォレン様のような方々の守護や日常を支える者のこと。ウォレン様のような方々は、貴女たちのような存在とは別に四護星になれる素質を持つ者を選び出す。だけど、選ばれたからといって、四護星の誰もが選んだお方の思想や行動を全幅で盲信しているわけじゃない』


 ということは、今回の件でサーリナ様は、思うところがあったということですね?

 ですが、命令に背いて、後で怒られたりしないのでしょうか?

 と心配をすると、笑われてしまいました。


『まさに、巫女らしい配慮ね。敵対する者の今後を心配するなんて』

「巫女としては、普通のことですよ?」

『そうかい。なら、心配の必要はないと言っておこう。この程度で気を揉むような狭量きょうりょうな者はいない』

「ふふふ。では、実はエルネア君の今回の悪巧みに関しても……?」

『おおっと、それ以上は口にしないことだね』


 わたくしとサーリナ様がのんびりと言葉を交わしている芝生の中庭では、こちらの事情に手出しはしない、と傍観ぼうかんを決め込んでいる様子の竜神様とミシェイラちゃんに、ナザリア様の一家が甲斐甲斐しくお世話をしています。

 そして、こちらの様子を見ながら、談笑しています。


『それで。貴女は他の家族の心配はしていないのかい? 竜姫はまだしも、他の者は……』

「大丈夫ですよ。そもそも、こちらには最初から戦う理由はないですし」


 それに、とわたくしは「ある力」を視て、上空を見上げます。

 サーリナ様も釣られて、空を見上げました。


「食あたりしそうな魂が四ーつ」


 そこで、空の景色がぱっくりと斬り裂かれました。

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