ウォレンという男

 僕たちの心を打ち砕こうと、容赦なく手を下すウォレン。

 満身創痍の僕。手も足も出ずに、僕に肩を貸すことしかできないセフィーナさんとマドリーヌ様。


 だけど、僕たちは心を折ることなんてない!

 それは、ウォレンが創り出した空間の外で僕たちの帰還を待つ家族のみんなだって一緒だ!

 だから、どんな時にだってウォレンの思惑に反するように、笑ってやるんだ!


 そう。不敵に。


「無駄だよ。貴方がどれほどに手出ししようとも、僕たちの心は折れたりなんかしない!」


 それにね。と、不適な笑みを浮かべたまま、僕は上空を見上げた。

 ウォレンの創り出す空間は時間の概念がねじれているのか、いつまでも雲は流れないし、太陽の位置は変わらない。

 でも、完全に時間が止まっているわけじゃないんだ。それを証明するように、これまで変化のなかった上空に異変が生まれる。


「ウォレン、時間切れだよ!!」


 僕の叫びと同時に、空が引き裂かれた。

 そして、マドリーヌ様が動く。

 自身の胸もとをまさぐると、とっておきの奥の手を取り出した。


「アシェル様、愛娘まなむすめのニーミアちゃんはこちらでございますよー!!」

「にゃーん」

「ええいっ、私の可愛い娘をむさ苦しい空間に閉じ込めたのは、何処のどいつだい!!」


 そう!

 実は、この空間に囚われ続けていたのは、僕たち三人だけではなかった!


 禁領のお屋敷に戻ってきた僕たちの、いつもの日常。

 僕はぐてんとだらしなく芝生に寝そべり、ニーミアは小さな姿で誰かの頭の上を占領して、のんびりと寛ぐ。だけど、今回はいきなりウォレンの創り出した空間に囚われたせいで、ニーミアは逃げられずに巻き込まれてしまった。

 そして、怖がりのニーミアが逃げた先は、ウォレンの集中砲火を浴びる僕でも、激しく動きながらもウォレンに太刀打ちできなかったセフィーナさんでもなく、法術を中心に援護してくれていたマドリーヌ様のお胸様の中だった!


「食べられない魂がひとーつ」


 ウォレンの空間さえ切り裂いて、千手の蜘蛛テルルちゃんが虚無の空間から瞳を光らせる。と同時に、虚無の空間を渡って、アシェルさんが怒り心頭で降下してきた!


「私は夢見の巫女様の守護竜。あんたはあのお方と同じ存在だろうけど、私の可愛い娘を巻き込むようなら容赦はしないよ!!」


 アシェルさんは咆哮をあげると、灰の竜術を容赦なく放つ。


「ちっ!」


 予想外の展開に、ウォレンが舌打ちする。そして、灰の咆哮から逃れるように、空間を操って灰の爆心地から距離を取った。

 アシェルさんは、灰の息吹の範囲外に逃げたウォレンを殺気の瞳で睨みながら、僕の側に激しい勢いで着地する。


「んにゃん。怖かったにゃん」


 マドリーヌ様の手の中で、ふるふると震えるニーミア。


「おお、ニーミアよ。巻き込んでしまってごめんよ。でも、ウォレンをどうにかしないと、戦闘は続きそうだなぁ」


 と、アシェルさんを見上げる僕。

 アシェルさんはウォレンを睨んだまま「仕方ないね」と喉を鳴らす。

 それで、僕はセフィーナさんとマドリーヌ様を抱き寄せると、最後の力を振り絞って空間跳躍を発動させた。

 アシェルさんの背中の上に向かって。


 僕とセフィーナさん。それと、マドリーヌ様とその手に抱かれたニーミアは、アシェルさんの背中の上にかくまわれる。

 アシェルさんはウォレンを睨んだまま、翼を羽ばたかせた。


 こちらを睨み返すウォレン。

 だけど、動く気配はない。

 流石のウォレンでも、愛娘が巻き込まれて本気状態のアシェルさんと、空間を切り裂いて無数の手を下ろし始めたテルルちゃんを相手にはできないのかな?


 飛翔するアシェルさん。その背中の上から、地上に残されたウォレンの動向を慎重に見定める僕たち。

 このまま、虚無の空間を渡って外に出られれば……


 だけど、僕たちがテルルちゃんの切り裂いた空から外に抜け出すことはなかった。


 ふと、ウォレンの気配が揺れる。

 直後。


「あっ」


 一瞬で、景色が変化した。


 ウォレンとの激しい戦いで半壊していたはずのお屋敷。なのに、一瞬で元の壊れていないお屋敷に戻る。

 それだけではない。

 太陽の位置が一瞬で西に傾き、空が茜色あかねいろに変化した。

 そして、ゆっくりと流れ始めた雲の景色に、僕たちはほっと胸を撫で下ろす。


 ようやく、ウォレンが僕たちを解放してくれた。


 アシェルさんの背中の上で、気を抜きそうになる僕たち。

 でも、まだ終わってはいない!

 本当に、ウォレンは僕たちのことを諦めたのか。

 それを確認するために、空へ舞い上がったアシェルさんの背中の上から、地上の様子を改めて見下ろす。


 そして、笑ってしまう。


「いやいや、なんでこんな状況になっているのかな!?」


 もちろん最初に視界に入ったのは、小山のような巨体のスレイグスタ老。

 その足もとには、全身鼻水まみれ、というか鼻水の泉に浮かぶ赤髪の女性!

 何があったのかな!?


「なあに、竜姫にぼこぼこにされたのを、じいさんが慈悲で癒してやっただけだよ」

「ああぁぁ……」


 そうですか。ウォレンの空間の外でも家族のみんなは戦っていて、あの赤髪の女性はミストラルに負けたわけですね!


 次に目に入ったのは紅蓮色に鱗を輝かせるレヴァリア。その凶暴な爪にはひとりの優男さんが捕まっていて、恐ろしい牙の間には僕の身長の倍はありそうな偉丈夫が挟まっていた。

 二人とも怪我はしているようだけど意識はしっかりとしているね。でも、レヴァリアに完全に捕まっているせいか、抵抗の様子は全くない。

 抵抗しようとしたら、レヴァリアは容赦なく優男さんを握り潰すだろうし、偉丈夫さんは咬み千切られるからね!


 赤髪の女性と優男さんと偉丈夫さんが何者なのか。

 なんとなく想像がつく。

 きっと、ウォレンの「四護星」なんだろうね。

 でも、その四護星の三人は、僕の身内にぼろ負けしてしまったみたいだ。


「申し訳ないです……」


 と、偉丈夫さんがレヴァリアの牙に挟まった状態で、謝罪をする。その謝罪を向けられたウォレンは、竜神様とミシェイラちゃんが寛ぐ傍に姿を現していた。


「もう、それくらいで良いでしょう?」


 そう竜神様が口にすると、


「これがエルネアたちなの。そろそろ認めるの」


 と、ミシェイラちゃんが続く。

 同格の二人に言葉を向けられたウォレンは、静かに周囲の様子を見渡す。


 ウォレンが厳しい人だということは、とっくの昔に承知している。

 かつて自ら選んだバルトノワールに対しても、どこまでも厳しかった。

 バルトノワールと共に不老となり、いつまでも共に生きたいと願った仲間や伴侶はんりょの女性は、結局最後まで望みを叶えられずに、最後はってしまった。

 それをなげき、禁術へと手を染めていくバルトノワールの道を正すこともなく、ウォレンは終わりの時まで突き放した。


 ウォレンは、資質のある者を選ぶ。だけど、そこに容赦や手加減はほどこさない。

 そんな男が、僕のくわだての全貌ぜんぼうを見抜けずに遅れを取った。

 それは結果的に、竜神様がセフィーナさんとマドリーヌ様も含めて「イース家」である、つまり「竜神様の御遣い」ということを認めることになってしまった。


 果たしてウォレンは、その事実を受け入れるのか。


 ゆっくりと周囲の様子を確認するウォレン。

 僕の家族に敗北した四護星に視線を向ける。

 彼はもしかすると、役目を果たせなかった四護星の存在を切り捨てるかもしれない。

 四護星の者も、それは承知しているんだと思う。

 ウォレンが諦めてくれるのかと固唾かたずんで見守る僕たちとはまた違った気配で、四護星もウォレンの反応を伺う。


 いったい、ウォレンはどんな決断を下すのか。


 ……いや。

 ここまで来たら、もうウォレンに成り行きの主導権なんて渡す必要はないんだよね!


「ウォレン!」


 セフィーナさんとマドリーヌ様に支えられながら、僕は叫ぶ。


「僕たちは、貴方の思惑の中で生きているわけじゃないんだ! 僕たちは僕たちの意志でこれからも進み続ける! だから、貴方がどれだけ介入してこようとも、僕たちは屈さない! そして、セフィーナさんとマドリーヌ様も含めた『イース家』こそが、竜神様の御遣いだ!!」


 ウォレンに認められる必要なんてないんだ!

 僕たちは、ミシェイラちゃんや夢見の巫女様や剣聖様が認めてくれた、竜神様の子であり、眷属である、御遣いなのだから!


 まあ、竜神様を少しだけ騙した罪悪感はあるけどね?

 でも、竜神様を利用してでも女神様の試練を乗り越えて、セフィーナさんとマドリーヌ様を家族に迎えると心に決めた時から、迷いはない!


 そして、僕が身内と思う者の中には、竜の森の守護竜スレイグスタ老や、竜峰の竜の王レヴァリア、それに禁領の守護者のテルルちゃんや、古の都の守護竜のアシェルさんやニーミア、それに禁領のお屋敷に集った他の面々も含まれる。

 その家族全員を相手にしなきやいけなかった四護星は可哀想だよね?

 だから、それを見捨てるなんてことをしたら、ウォレンは厳しい者ではなくて、仕えてくれる者を簡単に切り捨てる薄情者だ!


 さあ、ウォレン。

 貴方は素直に僕たちの存在を認める?

 仕えてくれる四護星を切り捨てる薄情者になる?

 僕は空から言葉を降らせる。


 ウォレンは空から叫ぶ僕を、地上から見据えていた。

 そして、ふと視線を逸らした。


「……ふん。いいだろう。今回は俺の根負けだ」


 僕の宣言と指摘に、だけど別にくやしそうでも憎そうでもない言葉を吐くウォレン。

 その姿をみて「ああ、やっぱりね」と、僕は確信を得る。


 ウォレンは、最初からこういう結果になるとわかっていたんだ。

 そもそも、なぜウォレンが介入してきたのか。

 僕たちは「竜神様の御遣い」ではあるけど、ウォレンの関係者ではない。

 ウォレンと竜神様たちが遥かな高みで繋がりのある関係だということはわかっているけど、それでもウォレンが自ら手を出してくるなんて、奇妙だよね?

 だって、竜神様を利用したとして怒る権利があるのは、当事者である竜神様がもっとも相応しいのだから。

 だけど竜神様は、僕の企てに利用されたことを怒っていないし、ミシェイラちゃんも気にしている様子がない。

 なのに、ウォレンが介入してきた。

 それは、彼がそういう役目を負っているからなんだと思う。


「僕に厳しい言葉で忠告してきたくせに、妨害工作は全くしなかったよね。それで、何となく気づいていたんだ。貴方は確かに厳しい人だけど、竜神様たちと一緒で、やっぱり過度な介入はせずに見守る者なんだってね」


 いわば、あめむちみたいなものだ。

 竜神様やミシェイラちゃんは、優しい存在だと思う。

 僕たちが困っていれば、過度な介入はしないけど、きちんと手助けをしてくれる。金剛の霧雨を討伐するために夢の中へ導いてくれたり、竜峰の麓に降臨してくれたり、竜神様の背中の上からしっかりと見守ってくれていたようにね。

 でも、時には厳しさも必要なんだよね。そうしないと、甘えてばかりの僕たちは、いつか道を踏み外して、悲しい結末にたどり着いてしまう。

 だから、ウォレンという厳しい存在がいるのかもしれないね。


 過去には、甘い考えに陥りそうだった僕を正し、今回は本気の覚悟を確かめた。

 ウォレンに心を砕かれていたら、彼は容赦なく断罪していただろうね。

 でも、裁きの手を下すことはあったとしても、その前提である「僕たちの行い」の功罪の判断は最後まで僕たち自身に委ねられていた。


 そして、僕たちが最後まで心を砕かなかったことで、ウォレンは最終判断を下してくれたんだと思う。


 僕たち「イース家」は、竜神様の御遣いとして、不老の存在であるということを。


 そんな役目を負った人だ。

 きっと、世界のどこかで僕たちのような者が選ばれては、厳しく接するんだろうね。

 その結果、嫌われる存在になったとしても。


 そう思うと、ウォレンという存在の意味もちょっぴりだけど認められるような気がする。

 まあ、僕を満身創痍にしてくれたことは許さないけどね!


 ウォレンが完全に気を緩めたことを読むと、アシェルさんはゆっくりと降下し始めた。


「ふふん。こうも全て貴方の思惑通りとはね」


 そして、そう呟いたアシェルさんに、僕は背中の上で苦笑する。


「竜神様を利用してセフィーナさんとマドリーヌ様を家族に迎える作戦を立てた時点で、ウォレンの介入はわかっていましたからね」


 だから、金剛の霧雨討伐作戦の準備段階から、こちらの対応も考えていましたよ!

 ウォレンがミシェイラちゃんと同じ存在であるなら、四護星が必ず現れるはずだ。もちろん、ウォレンを迎え撃つ必要もある。

 なので、スレイグスタ老とアシェルさん、それにテルルちゃんや、巨人の魔王とシャルロットとクシャリラにも、いざという時には協力を頼んでいました!


「でもまさか、竜神様の背中の上に乗せてもらって禁領のお屋敷まで戻ってくるとは思わなかったですけどね?」


 おかげで、スレイグスタ老やアシェルさんの到着は遅れたし、禁領に入れないクシャリラの存在はありません!

 巨人の魔王とシャルロット?

 あの二人は中庭の木陰で、ナザリアさんにお茶を所望しながら呑気に傍観ています!


「それと……」


 僕は、最後まで視線を向けようとしてこなかった現実に、ようやく向き合う。


「んんっと、ぴょーんってお屋根を飛び越えられる?」

『任せなさい。落ちないように捕まっているのですよ?』

「グググッ。楽……シイ」

「ちょっと、待ちなさいよっ。きゃあっ」

「やれやれ、にぎややかしい」


 なんか、見慣れない超巨大な大狼魔獣の背中に乗せてもらったプリシアちゃんとモモちゃんの喜ぶ姿と、その二人が振り落とされないように一緒に騎乗するユンユンとリンリンが視界の中で暴れています!

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