星の示す道

 終わった。……のかな?


 金剛の霧雨を無事に討伐することができて、ウォレンに僕たち「イース家」を認めさせることもできた。

 竜神様とミシェイラちゃんは、ウォレンと僕たちとの対立に介入こそしなかったけど、最初からこちらの味方のように見守ってくれていた。


 ということは?


「んんっとね、プリシアはお祭りに行きたいんだよ?」


 お屋敷の広大な中庭に着地をしたアシェルさんのもとへ、巨大な大狼魔獣に乗ったプリシアちゃんたちがやってきた。

 それで、僕は首を傾げて聞き返す。


「お祭り?」

「グググッ。人族……ノ、都……オ祭……リ」

「ああ、なるほどね!」


 モモちゃんの言葉で、理解しました。


 竜峰の東の麓では、金剛の霧雨を討伐したお祝いに、盛大な祝勝会が開かれているんだろうね。

 きっと今頃は、飲めや歌えの大祭おおまつりになっているに違いない。

 プリシアちゃんやモモちゃんは、スレイグスタ老とアシェルさんと一緒に遅れて禁領に戻ってきた。ということは、向こうでお祭り騒ぎをしている人たちを見たわけだ。そして、陽気なプリシアちゃんはお祭りに行きたくなったわけだね。


 でも、ごめんね。

 今回ばかりは、僕たちは参加できないんだよ。


 なぜか。

 それは、僕たちが竜神様の御遣いだから。


 だってさ。

 竜神様の御遣いだと高々に名乗りをあげて金剛の霧雨を討伐し、格好良く竜神様の手に乗って、みんなに見送られて飛び立ったんだよ?

 それで一日やそこらで「ただいま!」って帰ってきたら、格好悪いじゃないか!!


 と僕が力説しても、プリシアちゃんには理解されませんでした!

 ぷうっ、と頬を膨らませて抗議の意思を示すプリシアちゃんと、それを真似するモモちゃん。


「ふふふ。エルネア、ちゃんとプリシアを納得させるのよ? でも、今回は貴方の意見に賛成ね」


 すると、不満いっぱいのプリシアちゃんを巨大な大狼魔獣の背中から抱き寄せたミストラルが、同位の意見を口にしてくれる。


「せっかく竜神様の御遣いとして神秘的な現象を見せたのだもの。戻ろうと思えばいつでも戻れるけれど、いっときの間は向こうとの接触を控えた方がいいかもしれないわね」


 うん。そうだよね。

 僕たちが見せた最高の神秘と奇跡は、僕たちが姿を見せないことによって、より一層に深みを増すんだと思う。

 そうして、竜峰とその周辺に、僕たちが「竜神様の御遣い」という人の枠を越えた存在として認知されていけばいいな。


「でも、そうすると私とマドリーヌ様の婚姻の儀はもうしばらく後になるのかしら?」

「むきぃっ、せっかく女神様の試練を克服したのにっ」

「セフィーナ、貴女は結婚するまで王族としての義務があるから、帰るといいわ」

「マドリーヌ、貴女は結婚するまで巫女頭としての聖務があるから、帰るといいわ」

「お姉様方!?」

「むきぃぃっ、ユフィ、ニーナ!」


 アシェルさんの背中の上から僕を下ろしてくれたセフィーナさんとマドリーヌ様に、早速ユフィーリアとニーナが絡む。それを見て、みんなが笑う。


「まあまあ、落ち着いてください。今回はわたくしも、エルネア君やミストさんの意見に同意です。このまま少しだけ関係者の方々から姿をくらませておく方がいいと思います。ですので、セフィーナさんとマドリーヌ様も、今はお勤めよりも未来のために時間を使いましょう」

「はわわっ。ですが、ルイセイネ様。早めに帰らないと、セフィーナ様とマドリーヌ様の婚姻の儀の準備が大変なことになりますわ」


 ライラの指摘で、みんなが目を見開く。


「そうだね! アームアード王国の王女様と、ヨルテニトス王国の巫女頭様の婚姻だもんね! 向こうはこれから、慌ただしくなるんだろうなぁ……」

「エルネア君が、遠い目をしているわ!」

「エルネア君が、現実逃避しているわ!」

「だって、絶対に大変な騒ぎになる予感しかないんだもん!」


 地上に降りた僕は、みんなが持ち寄ってくれたスレイグスタ老謹製の塗り薬で傷を癒してもらう。

 スレイグスタ老の鼻水の泉?

 それを受けないようにアシェルさんは離れた位置に着地したわけだし、僕たちも不用意に近づいたりはしませんよ?


「ふうむ。面白みがない」


 スレイグスタ老はそう言いながらも、いつも通り賑やかしい僕たちを優しく見守ってくれていた。


「向こうに戻ったら、いよいよ婚姻の儀かぁ」


 僕は二度目だけど、セフィーナさんとマドリーヌ様はもちろん初めてなんだから、盛大な儀式にしなきゃね!

 どうやら、僕たちの騒動はまだまだ終わりが見えないらしい。

 でも、逆に言えば、地元に戻らない間はゆっくり過ごせるってことかな?


「だけど、その前にもうひとつだけ、終わっていないことがあるね」


 僕は、傷が癒えた身体を確認しながらみんなにお礼を言うと、改めてウォレンに視線を向ける。

 ウォレンは、もうこちらに手を出す気は全く無いのか、竜神様とミシェイラちゃんの輪に加わって、お茶を飲みながら様子を見ていた。


「ウォレン。貴方の用事は、もうひとつだけあるよね?」


 ウォレンは、僕たちの覚悟を確かめるために、厳しく問い詰めてきた。

 では、僕たちが認められた今、彼の役目は終わったのかな?

 ううん、違う。

 役目とかそういうものではなくて。彼はもうひとつ、この地に来たのならやるべきことが残っている。

 だから僕は、強制的にウォレンへもうひとつの用事を押し付けた。

 ウォレンもすぐに僕の意図を読み取ったのか、手にした器のお茶を一気に飲み干すと、立ち上がる。


「エルネア・イース。バルトノワールの墓に案内しろ」


 そう。

 ウォレンがかつて、導いた男。

 バルトノワールが眠るお墓が、禁領にはあるんだ。


 僕たちとバルトノワールは、望まない出会いをしてしまった。

 そして対立し、バルトノワールは倒れた。

 だけど、僕は先達者として、バルトノワールの死を無駄にはできないと思ったんだ。だから、彼の亡骸なきがらを禁領まで運んでもらって、お墓を作った。


「こっちだよ。みんな、ちょっと行ってくるね」


 家族のみんなと一緒にお墓参りに行っても良いんだけど。今回は、ウォレンと二人きりで行こう。

 みんなも、もうウォレンが僕に変なことはしないと思ってくれているのか、笑顔で見送ってくれた。






 バルトノワールのお墓は、禁領のお屋敷の近くの、小さな森の中にある。

 僕はウォレンをともなって、小鳥のさえずりが耳に心地の良い森の小道を進む。


「道が……あるんだな」

「当たり前だよ。定期的に僕たちはお墓参りに来ているからね」


 森の奥へと続く小道は、しっかりと踏み固められた、人の利用する道だ。

 バルトノワールを埋葬して、それでおしまい、なんて薄情な感情を持つ人は、僕の家族にはいない。

 僕が用事で行けないような時は、妻の誰かが行ってくれる。時にはプリシアちゃんや竜王の森の人たちが代わりになることもある。

 誰も、バルトノワールという人物とその結末を忘れてなんかはいない。

 だから、小道ができるほどに僕たちはこの小さな森へと足を向け続けていた。


 そして、今。

 僕は、バルトノワールの人生に多大な影響をおよぼしたウォレンを、お墓へと案内している。

 バルトノワールは四護星も連れずに、僕の案内で森の小道を進みながら、夏の夕暮れに染まった景色をまぶしそうに見渡していた。


「エルネア」

「はい?」


 背後からウォレンに声をかけられて、僕は歩きながら振り返る。


「お前はどう思っている。俺があいつしか選ばずに、道をたがわせてしまったことを」


 まさかウォレン自身からバルトノワールの人生について問われるとは思わなかった僕は、驚いて一瞬だけ足を止めてしまう。

 でも、すぐに歩みを再開させた。

 そうしながら、僕なりの考えを口にしてみる。


「んー、そうだなぁ。バルトノワールがどういう経緯で貴方に選ばれたのかは知らないけれど」


 と今は亡きバルトノワールの送った人生を想像しながら、周りで共に生きた者たちのことを想ってみる。

 そして、僕たちとの違いを口にした。


「亡くなった人たちのことをとやかく言う立場ではないと思うんだけど、それでも言えることがあるのだとしたら……。きっと、バルトノワールと周りの者たちは、目指すべき道を誤ったんじゃないかな」


 森の奥へと途切れることなく続く、一本の小道。

 でも、人生においては進める道が無限に枝分かれをしていて、場合によっては落とし穴があったり壁があったりと、まともには進めない道も沢山ある。そして、その中には、決して踏み入っては行けないような、間違った道も存在している。

 バルトノワールと共に不老を目指した者たちは、その踏み入っては行けない道を選んでしまったんだと思う。


「バルトノワールから、少しだけ聞いたんだよね。彼と伴侶の女性や仲間たちは、最後まで不老の道を探し続けたんだと。でも、それこそが間違いだったんじゃないのかな? バルトノワールや僕たちは、寿命を超越した存在を目指して人生を歩んできたんじゃない。これまでに歩んだ結果として、進んだ道の先に竜神様たちとの邂逅かいこうがあったり、貴方との出逢いは存在していたんだと思うな」


 だから、不老を目指す人生の道、という選択がそもそもの間違いだったんだ。


「彼らは、最終目標が『不老』だった。でも人生って、生きていれば何時いつまでも続くんだから、不老の存在になる、という途中の過程を究極の目標にしてしまったら、後の人生が成り立たなくなってしまうと思うんだよね」


 もちろん、不老になれたら、その後の事を改めて考え直す。という選択は間違っていない。

 でも、それではウォレンや他の超越者は絶対に認めない。

 だって、彼らの選定基準は、あくまでも「世界にとって有益な何かを成した者。もしくは可能性のある者」なのだから。


「バルトノワールたちは、不老を究極の目標にえた時点で間違ってしまった。本当は、まだ誰も成し得ていないような成果や可能性を目指して、自分たちだけの未来への道を模索して、必死に進むべきだったんじゃないのかな?」


 何を成せばウォレンに認められて不老になれるのか。ではなく。何かを成した先に不老という選択肢が示される。

 ウォレンは、厳しい人だ。だからきっと、バルトノワールたちが間違った道を選んだ時も、静観したんだと思う。そして結果として、彼らは間違った道の先で何も得られなかった。


「では、お前たちはどうなのだ?」


 僕の話を否定も肯定もすることなく、ウォレンは続きをうながす。


「僕たちも、確かに最初は道を踏み外しそうになったかな? でも、貴方の忠告を受けるまでもなく、自分たちが進むべき道は見えていたから」


 セフィーナさんとマドリーヌ様をどうにかして不老の存在に昇格させて、いずれは結婚したいと願った。

 どうすれば二人は不老になるだろう、と日々頭を悩ませてきた。

 でも、最初からわかっていた。

 確かにセフィーナさんとマドリーヌ様を僕たちの家族に迎えたいという願望はあったけど、けっして「不老」という人生において途中でしかない結果を目標には据えなかった。

 そして、最初にきっぱりと二人に告げていた。

 もしも不老になれない場合は、イース家の者として家族に迎えることはできないと。

 セフィーナさんとマドリーヌ様も、そこは納得していた。


「けっして、不老が僕たちの人生の終着点ではない。いつものように日々を騒がしく過ごした先に、不老として認められる日が来ることを願っていても、そのために人生を費やそうとはしなかった。不老を結果とするのではなくて、不老は過程でしかないとわかっていたから」


 だから僕たちは、寿命を超越するための方法を模索しながらも、日々の生活を崩すことはなかった。


 そして、世界と関わり続けた。


「僕たちとバルトノワールたちの違いは、そこなんだと思うな。彼らは不老を終着点にしてしまい、結果として世界に関わることを忘れてしまった。だから、貴方たちには選ばれなかった。まあ、僕たちは最終的には竜神様や貴方をだまして、二人を不老にしちゃたけどね!」


 と笑って僕の考えをまとめると、背後を歩くウォレンが微かに笑った。


「さあ、着いたよ」


 ウォレンとの問答もんどうは終わり。

 小さな森の中を貫く、一本の細い小道。その先には、木漏れ日が綺麗な空き地に、小さな石碑が建っている。

 墓標に名前は彫られていない。

 この墓石の下にバルトノワールは眠っているけど、ここは彼だけのお墓だとは思っていない。

 ここには、彼と共に人生を駆け抜けた最愛の人や仲間たちも一緒に眠っていると、僕たちは思っている。

 だから、誰かひとりの名前を彫るようなことはしなかったんだ。


 ウォレンは、無名の墓石を静かに見つめると、持参してきたお酒のつぼを開封する。


「バルトノワール。お前たちが好きだった、あの地の酒だ」


 そして、お酒を墓石にかけていく。


 とくとくとく、と壺の口から零れ落ちる金色の液体が墓石を濡らし、綺麗に刈られた下草を伝って地面に浸透していく。


 なにか特別な変化が世界に起きるわけではない。

 茜色の空は次第に夜闇の色を増し始め、夜に鳴く虫たちが涼やかに歌う。

 なんの変哲もない風が、森の奥を通り過ぎた。


「もうひと壺飲むか? いや、これはお前の後輩たちと飲むとしよう。お前とは、酒を酌み交わすような仲ではなかったからな」


 ウォレンはそう言うと、残った未開封の壺をそのまま手にして、墓石から背を向ける。

 きっと、ウォレンとバルトノワールは、最初から最後までこういう関係だったんだろうね。

 ウォレンの背中には、哀愁あいしゅう憐憫れんびんもない。


 お墓に参り、自分が導いた者の結末をその目で見届けた。

 ウォレンがそこに何を思ったのかはわからないけど、でも少なくとも、彼はバルトノワールのことをこれから先も忘れないだろうね。

 バルトノワールがかつて愛したお酒の銘柄を、今でも忘れていなかったように。


「さあ、用事は済んだ。帰るぞ」


 ウォレンは来た道を戻る。

 僕はバルトノワールたちのお墓に手を合わせて、ルイセイネに教えてもらった冥福の祈りを捧げると、本格的に暗くなり始めた森の小道を辿って、ウォレンを追う。


「ねえ、そのお酒をお屋敷に持って帰っちゃったら、ユフィとニーナの餌食えじきになるよ?」


 僕の言葉に、森が笑うように枝葉を揺らした。

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