手紙

 秋

 竜峰から流れてくる薄い雲に乗って、一羽の大鷲おおわしがアームアード王国の王都に飛来した。

 大鷲はゆっくりと王都の上空を一周ほど旋回すると、目的のものを見つけたのか、王城近くの大きな邸宅へと向かって降りていく。

 翼を大きく羽ばたかせ、邸宅の二階の窓先に爪を立てて着地した大鷲は、透明度の高い硝子がらすまった窓をこつこつとくちばしで叩く。

 すると、屋内にいた金髪の青年が大鷲に気付き、窓辺へとやってきた。


「やあ、モモちゃん。お久しぶり」


 そして金髪の青年が窓を開けると、大鷲は躊躇ためらわずに部屋へと入ってきた。


「勇者リステア、お久しぶり」


 相変わらず、魔術で創った生物を通すと流暢りゅうちょうに喋ることができるんだな、と内心で苦笑しながら、大鷲に人の言葉で話しかけられたリステアは珍しい客人を快く迎え入れる。


「エルネアはまだこっちには帰ってきていないぞ?」

「うん。知ってる。エルネアから手紙を預かってきたから」

「ああ、そういうことか」


 竜神の御遣いだと高々に宣言し、金剛の霧雨を討伐したエルネアは、竜峰の麓に降臨した竜神と共にこの地を去っていった。

 彼らが飛び去った後。

 功績と逸話は吟遊詩人が語り、人々が噂して、アームアード王国全土だけでなく、ヨルテニトス王国や竜峰の奥地にまで瞬く間に深く浸透していった。


 最早もはや、伝説の人となったエルネアとその家族。

 だが、リステアは確信していた。彼らは伝説の人物となったが、これからも変わることなく接してくれるはずだ。今は姿を見せないが、いつかは必ず人々の前に戻ってきてくれる。

 だから、東の魔術師が魔術で創り出した大鷲から手紙を受け取ったリステアは、エルネアからの便たよりに嬉しくて笑ってしまう。

 そして開封しようとして、手を止めた。


「俺だけで読むと、セリースたちに怒られるな。モモちゃん、少し待っていてくれ」


 大鷲にそう告げると、リステアは妻たちや相棒を呼ぶために、一度部屋から出ていった。






『前略、親愛なるリステア。……ねえねえ、前略って、何を省略しているんだろうね?

ミストラルたちに聞いたら、笑われて「手紙を出すのなら、リステアに聞きなさい」って言われたんだよ?』


 そう始まる手紙の書き出しに、リステアの部屋に集まった全員が笑う。


「あいつは、やっぱりお馬鹿だな。前略っつったら、前を略しているってことだろうがよ」

「で、スラットン。その前っていうのはなんだと思う?」

「知るかっ!」


 スラットンの馬鹿な発言に全員で肩を落としながら、手紙の続きに目を通す者たち。


『金剛の霧雨を討伐した夏から、秋に変わっちゃったね。僕たちが暮らしている場所では、もう寒くなり始めているよ!

ずっと連絡できずにいて、ごめんね。

そっちの様子はどうかな?

大変な問題とか起きていない?

まあ、勇者のリステアがいるんだから、問題が起きても大丈夫だろうけどね!』


 文面から伝わるエルネアらしい雰囲気ふんいきに、全身が笑みを絶やさない。


「流石の俺でも、伝説級の魔物の討伐はできないけどなぁ。俺から言わせれば、エルネアたちの方に問題が起きていないか心配だよ」

「ふふふ。そうですね。お姉様方がいらっしゃる時点で、問題のない日なんてなさそうですから」


 最近の問題といえば、王女セフィーナの婚姻と隣国の巫女頭みこがしらマドリーヌの婚姻問題だが、当事者の二人と夫となるエルネア自身が姿を見せないので、国と神殿の上層部は頭を抱えている。

 それでも、彼らが起こす騒動に比べれば穏やかな部類のものだ、と誰もが気楽に受け流していると伝えるべきか、リステアたちは談笑を交える。


『あのね。僕たちはもう少しそっちには帰れそうにもないんだよ。べ、別に問題なんて起こしていないからね?

でも、あまりに早くそっちに顔を出しちゃうと、それはそれで騒動になるだろうからって家族のみんなと話し合ったんだ。

だから、もうしばらくはリステアたちの顔が見られないよ。

ごめんね!』


 お前らは、こっちにいても飛び回っていて俺たちに顔を見せねえだろうがよ。と言うスラットンの突っ込みに、ネイミーが笑う。


「だよねっ。勇者一行のぼくたちよりも、うんと冒険しているもんねっ!」

「ルイセイネなんて、流れ星様になりましたから」

うらやましいなー」


 キーリとイネアが少しだけ寂しそうに眉尻を落とす。


「向こうでも、暫くは民衆の前に姿を出さない方が良いという考えなんだな。さすが、あいつを支える家族だな」


 絶対にエルネアの考えじゃないはずだ。しっかり者のミストラルや思慮深いルイセイネの助言で、こちらでエルネアたちの伝説が浸透していき、民衆が彼らの立場を受け入れる時間を見計らっているんだろうな、と頷く全員。


『そうそう。聞いたよ!

あ、誰から聞いたかは内緒だよ。でも、みんなの話はきちんと僕たちに届いているから。

それでね、何を聞いたのかと言うとね!

セリースちゃん、クリーシオ。

懐妊かいにん、おめでとうございます!

二人同時だなんて、すごいね!

出産予定は、来年の夏の初め頃なんだよね?

今から楽しみだね!

立派な子どもが誕生するように、僕たちもお祈りするからね。

もちろん、赤ちゃんの顔も見に行くよ。

ああ、そうだ!

ねえねえ、僕に赤ちゃんの名前を決めさせてくれないかな?』


 エルネアからの手紙に思わぬことが書かれてあり、驚くリステアたち。


「あいつ、どこで知ったんだろうな?」

「耳長族のプリシアちゃんかしら? この間、エルネア君の実家へ遊びにいった時にプリシアちゃんと遊んだわ」

「なるほど、セリースがプリシアちゃんに話したことが、向こうに伝わったのか。それと、エルネアたちは姿を見せないが、プリシアちゃんや小竜たちはその縛りはないんだな」

「おい、リステア。止めろ。あのちびっ子どもの話はするなよ……。思い出しちまうじゃねえかっ!」


 そう。あれはエルネアたちが竜峰の西へと竜神と共に飛び去った夏の終わり。

 リステアたちも、負けてはいられない、と修行を兼ねて、改めて竜峰に入った。

 度重なる魔物の襲来と、隙をうかがう魔獣たちの気配。油断すれば竜族と出会でくわしてしまうという危険の中、彼らは竜峰で野営訓練をしていた。

 そこに現れたのが、魔獣や竜族の集団を引き連れて、竜峰の厳しい自然をものともせずに遊ぶ耳長族の幼女プリシアと、獣人族の幼い少女メイだった!


「俺たちって、なんなんだろうな……」


 そうつぶやいたスラットンは、現実をたりにして泣いていた。


「まあ、メイはともかくとして、プリシアちゃんはなぁ。ある意味、エルネアよりも自由なのがあの子だからな。深く考えるのはよそう」


 リステアはそう流すと、話題を戻す。


「それにしても、あいつが俺たちの子どもの名前を決めたいって……?」


 と、部屋で寛ぐ大鷲を見つめる面々。


「桃が好きだから、モモ……」


 東の魔術師に名前を贈ったのは、エルネアだ。


「勇者の子どもだから、ユウコとかー?」

「ぷっ。イネア、それはないのじゃないかしら?」


 あまりにも適当な命名と名前の響きに、キーリ以外の者たちも吹き出してしまう。


「だが、エルネアならそう名前をつけそうなのが怖いな!」

「それじゃあ、私の子どもは勇者の相棒の子どもなのだから、アイコかしら?」

「うっわっ。クリーシオが自分で暴挙に走っているよっ」

「止めろっ! あいつにだけは命名権を渡すなっ!」

「あら、スラットン。でも私はエルネア君が付けてくれた名前なら嬉しく受け入れるわよ?」

「クリーシオ!?」


 最愛の妻の裏切りに、スラットンが悲鳴をあげる。

 そこへ、笑いながらセリースが割り込む。


「そうですね。エルネア君の傍にいる精霊の名前は素敵ですし、意外といい名前を付けてくれるかもしれませんよ? 私も、エルネア君が名付け親なら……」

「セリース!?」


 今度はリステアが悲鳴をあげる。

 男たちの慌てふためく姿を見て、室内にまた笑いが満ちる。


 リステアは、人々から「太陽の勇者」と称えられる。

 逸如何いついかなる時でも、人々を炎の聖剣で熱くてらし導く姿から、そう呼ばれるようになった。

 では、伝説まで上り詰めたエルネアはどうだろう。そう考えた時に、リステアは迷いなく言う。


「俺が太陽なら、あいつは月なんだろうな。どんな暗闇だろうとも、輝く星々と共に優しく全ての者を包み込む存在だ。あいつの優しい輝きに包まれた者は、誰もが幸せに笑い合うことができる」


 家族を見つめた時。街行く人々を見渡した時。そして、竜峰の者たちを感じた時。

 いつでも誰とでも、種族を問わずに笑顔を交わし合える。

 それは、エルネアが太陽の熱ではなく、月の優しさで全ての者を導いたからだ。


「くそう、俺もまだまだだな!」

「リステアがくやしがるんて、珍しいー」

「でも、来年の夏くらいまでは少しだけ大人しくしていてくださいね? セリースとクリーシオの子どもが産まれるまでは」

「ふふふ。その頃にはぼくかキーリかイネアが次に妊娠していたりしてねっ?」

「そうなりますと、リステアの大冒険はいっときお預けですね」

「くっ、それは仕方ないさ」


 イネアの言葉にキーリが反応し、ネイミーが返す。そして、セリースの言葉にリステアは苦笑しながらも、これからの未来へ想いをせる。

 いつか、家族全員で自由気ままに様々な場所を冒険したい。まだ見ぬ風景。知らない食べ物や飲み物。出会ったことのない種族や人々や動物たち。そうした未知を追い続け、幸せに歳を取れればいい。

 もちろん、その時に一緒に冒険する家族は、スラットンの一家だ。

 そして、できればエルネアたちとも。


『そうそう、これは本当は再会してから伝えようと思ったんだけどね』


 エルネアらしい文面が並ぶ手紙は続く。


『僕たちは、今住んでいるところで、お宿を開くことになりました!

あのね、ずっと前から考えていたんだよ。

僕たちが住んでいるお屋敷は、とても大きいんだ。そして、ここには世界各地からいろんな者たちが訪ねてくるんだよね。

その時に、世界を巡る者たちが少しでも心安らかに過ごせる場所と時間を提供できないかって、みんなで相談していたんだよね。

そして、とうとう念願のお宿を開く準備が整ったのです!』


 リステアたちは、エルネアの家族が何処どこで生活しているのかを、なんとなくだけ知っている。

 竜峰の西の麓に、広大な土地と屋敷を持つらしい。

 スラットンとドゥラネルが霧の魔物によって拉致らちされた時に、竜峰の西側にあるという彼らの所有する地域の近くまで飛ばされたのだとか。

 残念ながら、その時は千手の蜘蛛に邪魔をされて、足を踏み入れることはできなかったらしいが。

 どうやら、その土地は特別な許可を得た者しか立ち入りを認められていないらしい。だとすると、竜峰をまだ踏破とうはしていない自分たちには、残念ながらその権利は付与されていないだろう。

 そしてエルネアの家族は、その特別な場所で新たな営みを始めたらしい。


「エルネアめ、待っていろよ! 俺様たちもすぐに竜峰を踏破して、お前のお宿で馬鹿騒ぎしてやるからな!」


 高らかに宣言するスラットンを、クリーシオが笑いながらなだめる。そうしながら続く文面を見て、他には何が書かれているのだろう、と心をおどらせる。

 しかし、続く文章に目を通した全員が、笑顔を消して眉間に深くしわを刻み、困惑した。


『それでね。僕たちは早速、この秋から最初のお客様を迎えているんだ。

驚かないでね?

ううん、絶対に驚くと思う!

あのね、僕たちは今、なななんと!

三十名を超える流れ星様と一緒に日々を過ごしています!』


 ……ん?

 …………は!?

 ………………えええっ!!


「待て待て待て! 三十人を超える流れ星様ってなんだ!? 意味がわからないぞ?」


 困惑するリステアたち。


「キーリ。流れ星様って、ルイセイネのような巫女だよな?」

「は、はい。何処どこかの神殿に所属することなく、世界各地をめぐって自身の宿命を探すとうとい巫女ですね……」

「それが、三十人以上!? なんだそれ? イネア、そういうことはあるのか?」

「ううーん、伝記なんかでも、そんな話は見たことも聞いたこともないねー。普通は、ひとりかごく少人数の旅になると思うんだけどなー?」


 三十人以上の巫女ともなれば、それなりの規模の街の大神殿に勤める巫女の数になる。

 その、街の大神殿に匹敵する人数の流れ星の巫女を、いきなりお客様として迎えている!?


「あいつ、やっぱり向こうでも破茶滅茶なことをしているなっ」


 想像の斜め上を行くエルネアたちの生活に困惑し、次に驚き、最後には「またお前は……」というあきれに変わって、全員がため息を吐く。


『あのね。流れ星様たちは訳ありなんだけど。きっと、いつかリステアたちにも話せる時が来ると思うんだ。だから、また早く再会できると良いね!

もちろん、リステアたちが僕たちの住むお屋敷まで遊びに来ても良いんだからね?

首を長ーく伸ばしながら、全員で楽しみに待っているよ!』


 竜神の御遣いとなったエルネアたちのことだ。それこそ何十年と、気長に待つに違いない。

 だが、リステアはここに誓う。

 必ず、自らの足で竜峰を踏破し、近い将来にはエルネアの屋敷を訪れると。


「エルネア、待っていろよ」


 竜峰の西の空を見つめる。

 その遥か先に、大親友とその家族たちが賑やかに暮らす場所があるのだ。


 手紙の最後には、こう記されてあった。


『まだまだいっぱい伝えたいこととかがあるんだけど、手紙だと全部は書けないね。

リステアたちの近況も聞きたいから、返信してね!



それでは。

今はまだみんなに会えないけど、僕たちのことは心配しないでください。

季節がどれだけ移っても変わることなく

竜峰の麓に僕らは住んでます』

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