待ち受ける試練

「ふああぁぁ。つーかーれーたー」


 ふかふかの芝生しばふの上に、僕はぐてーんと寝そべる。

 僕と同じように、ユフィーリアとニーナも芝生の上に転がった。


「こら、エルネア。それとユフィとニーナ。竜神様やミシェイラ様がいらっしゃる前で、そんなだらしのない姿を見せないの」

「はいっ!」

「ミストは厳しいわ」

「ミストは容赦ないわ」


 ふっふっふっ。僕たちがだらけたのは冗談だよ?

 だって、禁領のお屋敷に帰ってきて、瑞々みずみずしい緑の芝生を見たら、無性にいつもの自分を出さなきゃって思ったんだ!

 だけど、ちゃんと今の状況は理解しているからね?


 竜神様に乗せてもらい、僕たちは竜峰の東の麓を離れた。

 きっと、あの場に留まり続けていたら、大変なことになっていただろうからね。


 僕たちは、全ての者たちの前で、とうとう「竜神りゅうじん御遣みつかい」だと宣言した。

 僕たちが竜神の御遣いだということは、竜人族や竜族の一部の者たちの間では知れ渡っていたけど、実は多くの者たちがまだ知らなかったんだよね。

 だって、竜族に僕たちが辿り着いた極みが際限なく広まっちゃうと、これまで以上に好奇心を持たれたり、余計な嫉妬や妬みの原因になるからね。それに、人族や他の種族には伝える機会がほとんどなかったし、そもそも竜神の御遣いがどういう存在なのかが、竜族と竜人族以外には理解できなかっただろうしね。

 そういうわけで、僕たちはみんなに伝える機会を逃していたわけだけど。

 結果から言うと、最高の証明になったんだと思う。


 竜人族や竜族だけでなく、他の種族も巻き込んで、竜神様へ捧げる祝詞と奉納の神楽を広めた僕たち。

 そして、全ての者たちの想いをひとつにして神竜様に降臨してもらい、力を合わせて金剛の霧雨を討伐した。

 僕たちの導きと宣言に、きっとかんの良い者たちは気づいたはずだ。

 僕たちが「人族の枠」から外れた存在になってしまったことを。


 ずっと考えてきたこと。

 寿命が無くなった僕たちは、いつまで友人や仲間たちと楽しく時間を過ごすことができるのか。

 歳を取らない僕たち家族。歳を重ね、老衰ろうすいしていく者たち。

 きっと、今は良くても、これから先の未来で、僕たちのことを妬み、嫉妬する者たちは必ず現れる。

 そういう問題を払拭ふっしょくするためにも、いずれは僕たちと他の者たちとの違いを示すべきだった。


 だから、僕は今回の騒動で宣言したんだ。

 圧倒的な存在を誇る竜の森の守護竜スレイグスタ老でさえも起こせない神秘の奇跡を全ての者たちに見せて、人族の枠を越えた存在になったということを。


 何者も成し得ないほどの奇跡を起こし、人族を超越したのだから、寿命もなくなった。これから僕たちが歳を取らない姿を見ても、誰もが納得してくれるはずだ。


 でもね?

 あの場で理解できなかった者や、理解できても歓喜のあまり陽気になりすぎて、僕たちにいつものようにみんなが押し寄せてきたら……

 せっかく、威厳よく宣言して金剛の霧雨を討伐したのに、僕たちの存在が軽くなっちゃう。

 人族の枠を越えた者として、僕たちはあの場に神秘の余韻よいんを残さなきゃいけなかったんだ。


 それをんでくれたのが、スレイグスタ老だね。

 僕たちに頭を下げてくれて、うやまってくれた。

 竜族たちも、それにならってくれた。

 だから、他の種族のみんなも理解してくれて、人族の枠を越えた存在という神秘さを残したまま、僕たちはあの場を去ることがてきたんだよね。


 そして


 そして!


 竜神様の手の上に乗せてもらい、天空へと上がった僕たち。

 でも、ずっと手の上というのも居心地が悪いだろうから、という竜神様の配慮で、背中に乗せてもらったら!


 なな、なんと、ミシェイラちゃんがいました!


 ただし、ミシェイラちゃんを守護する立場の四護星しごせいのみんなはいなかった。

 まあ、禁領のお屋敷に戻ってきたら、ナザリアさん一家は僕たちの帰りをそこで待っていたんだけどね!


 というわけで、竜峰の麓に集った者たち全てに竜神の御遣いだと宣言して「人族の枠」を越えた存在となったことを明示し、故意的に神秘さを残して去った僕たちは、禁領のお屋敷に帰ってきたのです!


「つまり、ミシェイラちゃんはずっと僕たちの様子を見ていたんだね? 竜神様の背中の上から?」

「ふふふ。さすがは竜神の御遣いなの。最高に素敵だったの」


 だらしのない僕の姿に、無邪気に笑ってくれるミシェイラちゃん。

 その傍には、人の姿に変化した竜神様の姿もある。


 本来の姿は、天空を覆い尽くすほど巨大な竜神様だけど、こうして人の姿にもなれるんだよね。

 耳の上から生えたいびつに曲がった角と、地面に紫色の長い髪の小川を作る神秘さが、竜神様の竜の姿と人の姿に共通する部分だね。


 ちなみに。禁領のお屋敷には、僕たち家族とミシェイラちゃんと四護星の四人、それと竜神様しかいない。

 こちらに住んでいる耳長族のみんなや竜王の森の耳長族や精霊たちも、金剛の霧雨の討伐に協力してくれるために、あっちに出払っているからね。


 ということで、本来だとお客様になるはずのナザリアさん一家が、ミシェイラちゃんたちのお世話をするために、お茶やお茶請おちゃうけを芝生の中庭に準備してくれていた。

 では、僕たちはというと。お屋敷に戻ってきて、ちょっとだけ気晴らしをしたことで落ち着いたので、改めて竜神様へと向き直った。


「竜神様、改めて今回の件では本当にありがとうございました!」


 全員で、礼儀正しくお礼を述べる。

 すると、竜神様は柔らかく微笑んでくれて、僕たちを労ってくれた。


「金剛の霧雨の討伐は、伝説に残るほどの偉業です。皆さんの活躍の一助を担えて、私も嬉しいですよ」


 ふふふ、笑顔を見せてくれる竜神様は、まさに竜族の母、という母愛に包まれていた。

 僕たも、ほっこりと心が温かくなる。


「よく考えたの。わたしも褒めてあげるの」

「ミシェイラちゃん、ありがとうございます」

「夢見の巫女から言伝ことづてを聞いた時に、すごいと感心したの。エルネアたちは、やっぱりわたしたちが見込んだだけのことはあるの」

「そう言ってもらえると、嬉しいです!」


 そう。実は、竜神様への祈りや奉納の神楽舞の他にも、僕は準備をしていたのです!


 僕が金剛の霧雨の討伐に一度失敗した後。衰弱で昏睡している間に、夢見の巫女様の夢の中にいざなわれた。

 その時に、夢見の巫女様を通して、竜神様にお願いをしていたんだよね!


 竜神様の御遣いとして、竜神様に最高の祈りと奉納の神楽舞を捧げます。だから、どうか僕たちの危機にお力添えをお願いします。と。


 ミシェイラちゃんや竜神様は、超越者として世界を俯瞰ふかんしている。

 時には僕たちのような者を導き、世界に関わったりもする。

 だけど、過干渉はしない。

 戦争や厄災にミシェイラちゃんたちが出張って救済する、なんてことは殆どないんだよね。その代わりに、世界と関わる僕たちのような存在が選ばれるわけだから。


 だけど、と僕は剣聖様のことで思ったんだ。

 全ての人が知っている。

 世界の各地。遥か過去から現在に至るまでに、剣聖様の伝説は数多く残されている。


 では、世界を俯瞰し、過干渉はしないはずの超越者のひとりたる剣聖様の伝説が、なぜこんなにも残っているんだろう?

 それで、気づいたんだ。


 過干渉はしない。

 だけど、無干渉ではないんだよね!


 世界が悲鳴をあげている時に、導く者がいない地域では、世界の秩序とことわりを守護するために、超越者が出てくる場合もあるんだ。

 その時の活躍や美しい剣舞の姿が後世に語り継がれてきたから、剣聖様の伝説が数多く存在しているんだよね。


 では、今回の件はどうだっただろう?


 金剛の霧雨は、伝説の魔物だ。

 放っておけば、人族の国であるアームアード王国の王都は呑まれ、多くの者たちが路頭に迷う。それだけでなく、竜の森さえも飲み込まれて、霊樹や守護竜のスレイグスタ老を失う大損失の危機だった。


 でも、ミシェイラちゃんたちの音沙汰はなかった。


 超越者に見捨てられた?

 大きな被害が出るとはいっても、ひとつ地域の問題でしかなくて、世界全体から見れば影響は小さい?

 魔族と神族の大規模な戦争にも介入しないくらいなんだから、人族の王都がひとつ潰れたとしても、歴史の一部だとして流される?


 ううん、違うんだ!


 ミシェイラちゃんや竜神様、それに夢見の巫女様や剣聖様は、僕たちを信頼して見守ってくれてくれていたんだよね!

 夢見の巫女様の夢の中で、気づけた。


 僕たは、放置なんてされていない。

 頼るな、と突き放されているわけじゃない。

 導いた者として、僕たちのことを信じて温かく見守ってくれているんだよね!


 そう気づいた時。

 僕はあることをひらめいたんだ!


 信じられ、見守られているのなら。

 きっと、僕たちの願いや想いは伝わるはずだ。

 でも、金剛の霧雨という前代未聞の脅威に、竜神の御遣いである僕たちだけが頑張っても、祈りや願いは足りないし、きっと届かない。

 だって、竜峰とその麓に暮らし、切実に困っていたのは、その地域の全ての者たちだからね。

 だから、僕たちの努力だけでは、きっと竜神様たちは聞き届けてくれない。

 安寧あんねいを願う者全てが祈り、願い、望まなければ、所詮しょせんはその程度の問題だとして、世界をつむぐ歴史のひとつとして俯瞰されてしまう。


 それでは、駄目なんだ!

 僕たちだけでなく、全員の問題。

 ならば、全員で一致団結をしなきゃいけない。

 そのためには、想いをひとつに纏め上げて、奇跡を呼び込まなきゃいけない。


 そして、考えついた答え。

 それが、竜峰に所縁ゆかりのある者たち全員で祈りを捧げる祝詞と、竜神様に降臨してもらうための、奉納の神楽舞だった。


 竜神様たちは、竜峰一帯のことは僕たちに任せてくれているんだと思う。だから、普段は余計な手出しや過干渉になるような過保護なことはしない。

 それを、僕たちは勝手に「頼られては困る」と思われているんだと勘違いをしていただけなんだよね。

 でも、違うんだ。本当は信頼されているし、ちゃんと見守ってもらえている。


 だから、僕たちの導きにより全ての者たちがこころをひとつにして、祈り、願い、希望したことは、竜神様に聞き届けられた。

 これは過干渉ではなく、信じる者たちに心から要請されたから、力を貸してくれたんだ。


 全部、僕たちが必死に考えて、準備を施し、導いた。

 ミシェイラちゃんや竜神様は、そんな僕たちを心から称賛してくれていた。

 どうやら、僕たちはミシェイラちゃんたちの期待に応えられたようだね。


 竜峰の危機を解決できた。

 スレイグスタ老も無事だし、ミシェイラちゃんたちにも僕たちの行いに満足してくれている。


 僕たちは、ミシェイラちゃんと竜神様の優しい笑顔を見られて、気分が晴れやかになっていく。

 やっぱり、突き放されていると思い込んでいるよりも、信じられて見守られていたんだと実感できる方が、心から幸せを感じるよね。


 では、僕たちにそう勘違いさせた張本人は……


「やってくれたな、竜神の御遣いどもよ」


 と言って、呼ばれてもいないのに禁領のお屋敷に姿を現したのは、かつてバルトノワールを導いた超越者、ウォレンだった。

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