ルイララの危機

 にぎやかであり、おだやかな日々は、僕の家では長く続かない。

 すぐに、騒動が飛び込んでくるからね!


 竜騎士選考大会も無事に終わり、ひと息ついた僕たちは、王宮の一室で情報を整理する。

 ルイセイネの瞳の問題は、なんとか無事に乗り越えられそう。本格的な修行に入って魔眼を完全に制御できるようになるのはまだまだ先だろうけど、封印帯を貰ったことでとりあえずは暴走を抑えられるようになったし、失明の危険もなくなったからね。

 そうなると、本格的に女神様の試練へ挑むことができるようになる。


 だけど、ヨルテニトス王国では、これといって目ぼしい情報は得られなかった。

 古い御伽噺おとぎばなしや伝承を探ってみたけど、さすがに僕たちと同じような御遣みつかいの話はなかった。せいぜいあったのは、不老不死を求めて冒険に出た物語や、仙人のお話くらい。

 とはいえ、結果的に不老不死を実際に手に入れた者の物語なんてなかったし、仙族せんぞく逸話いつわも僕たちが求める話とは違っていた。


 そんなわけで、ヨルテニトス王国では目ぼしい情報を手に入れられなかった僕たちは、次にアームアード王国を目指した。

 まあ、双子の国とわれているくらいだから、手に入る情報も似通ったものばかりなんだろうけどさ。

 それでも、行ってみなきゃわからない。

 それに、たまには実家に帰って両親や遊びに来ている竜族たちの様子を見なきゃいけないからね。


 ということで、いつものようにレヴァリアに乗せてもらってアームアード王国に到着した僕たちを、新たな事件が待ち構えていた。






「エルネア君、大変なんだ」

「ウォル、こんにちは? こっちの平地にいるだなんて、珍しいですね?」


 なぜか、僕の実家にいた竜人族のウォル。

 僕と同じ八大竜王の継承者であり、普段は竜人族と魔族との仲を取り持つ役割を担っている。なので、竜峰の西側で活動することが多く、東側の、しかも平地で見かけるなんて珍しい。

 だけど、ウォルは余暇よかを過ごすために僕の実家を訪れていたわけではなかった。


「僕がこっちに来たのは、エルネア君に知らせたいことがあったからだよ。だから、急いで来たんだ。良かった、すぐにエルネア君と会えて」

「そういえば、ウォルはウェンダーさんとジュエルさんの竜峰越えの案内をしていたんですよね? とすると、急用とは二人絡みの?」


 妖魔の王討伐戦には、多くの種族が手を貸してくれた。

 ウォルももちろん戦ってくれたし、神族のウェンダーさんや天族のジュエルさんも協力してくれた。

 そして、西を目指すというウェンダーさんとジュエルさんが無事に竜峰を越えられるように、ウォルが案内役になっていたんだっけ?

 でも、待てよ?

 案内役は、もうひとり居たはずだ。

 実はまだまだ現役の元祖八大竜王であり、長らく行方不明だったラーザ様だ。


 ラーザ様はオルタから逃れるために、魔族の国を密かに抜けて神族の国にまで達していた。

 だから竜人族の人たちがどれだけ竜峰を探し回っても見つけられなかったんだね、という話は置いておいて。

 オルタの手が届かないところまで逃げ延びたラーザ様だけど、色々とあって疲弊ひへいし、竜峰へ戻るだけの気力も体力も残っていなかったという。

 だけど、そこで出逢ったミラ・ジュエルという天族と互いに支え合うことで、ようやく竜峰へ戻ってくることができた。

 そのお礼か、ジュエルさんとの別れを惜しんでか、ラーザ様もウォルさんと一緒に竜峰越えを手伝っていたはずだ。


 四人で竜峰越えに挑んでいたようだけど、ウォルさんの様子からして、なにやら大変なことが起きたみたい。

 いったい、何が起きたのか。

 身構えて聞く僕たちに向かって、だけどウォルは予想外の言葉を発した。


「ルイララ殿が……。危篤きとく状態なんだ」

「えっ!?」


 言葉の意味がすぐには理解できずに、聞き返してしまう僕。


 ルイララが何?

 危篤?

 どういうこと?


「僕とラーザ様は、無事にウェンダーさんとジュエルさんを魔族の国まで案内できたんだ」

「早かったですね? もっと時間が掛かるものだと思っていました」

「そこは、ほら。僕たちだって竜王だし、向こうは元武神と元神将だからね。竜人族が聞いたら目を丸くして驚くくらいの速さで越えられたよ」


 その話はまた今度に。と区切って、ウォルは続ける。


「竜峰を越えて魔族の国に入ったのは良いけど、神族と天族を魔族の国に無責任に放り出すわけにはいかないからね。それで、交流のあるルイララ殿の領地を通ることにしたんだ。それで、領主の館まで二人を案内したんだけど……」


 表情を曇らせるウォル。


「ルイララ殿は、命に関わる傷を負われていて、危篤状態だったんだ」

「そ、そんな……!」


 絶句する僕たち。


 ルイララの話は、以前に魔王から聞いていた。

 僕たちが無事に妖魔の王を討伐し終えた後。ルイララはシャルロットと共に、邪族じゃぞくの王と戦っていたらしい。だけど、そこで負傷したんだよね。

 シャルロットとルイララでさえも足止めするのが精一杯だったという邪族の王。結果としては、剣聖ファルナ様やミシェイラちゃんたちの応援が間に合って、討伐できたらしい。

 でも、魔王は言っていたよね?

 シャルロットもルイララも負傷したけど、重傷ではないって。

 だから、僕たちはお見舞いに行くことは予定していたけど、自分たちの急用を優先していたんだ。


 でも、ウォルから知らされた話は、僕たちが聞いていた話とは大きく違っていた。


 ルイララは、命に関わるほどの深傷ふかでを負っていたらしい。それで領地に戻って療養していたみたいだけど、いよいよもって危ない状況になってしまった。

 いま考えてみれば、魔王の話は変だった気がする。

 妖魔の王討伐戦では奮戦し、邪族の王の足止めにも加わったルイララを、負傷しただけで領地に帰すかな?

 たしかに領地での休暇は嬉しい報酬かもしれないけど、支配者の立場からすれば、自分の支配力を誇示するために、功労者は身近に置いておきたいはずだ。それなのに、療養を名目に領地へ戻ることを許しただなんて、魔王らしくない?

 まあ、巨人の魔王は本当は優しいから、それくらいは気を利かせてくれるかもしれないけど。でも、ウォルの話を聞いた今は、違和感しか覚えない。

 やっぱり、ルイララは重体だったんだ。だから、領地に戻された。

 最期になるかもしれないから……


「ルイララ、ごめんね。僕たちがもっと気を回していたら……」


 ウォルの知らせを聞いた僕たちは、家族全員で急ぎルイララの領地へ向かった。

 領地の人たちを驚かさないように、少し離れた場所に着地し、全力で道を駆ける。


 春の長閑のどかな田舎の風景も、農作業を終えて木陰で寛ぐ領民の姿も、僕たちの目には映らない。

 ひたすらに走って、ルイララの館を目指す。

 すると、すぐに領主の館が見えた。


 田舎の風景に似合う、大きいけど贅沢ではないお屋敷。

 僕たちは急いで玄関まで走ってくると、門扉もんぴを叩く。


「突然、こんにちは。ルイララのお見舞いに来ました!」


 どんどんどんっ、と叩いて暫し待つ。すると、屋敷の奥から人が来る気配が伝わってきた。


「どちら様でございましょう?」


 そして、ゆっくりと玄関が開かれて、奥から顔を覗かせるおじいさん。

 ルイララの家礼かれいのお爺さんだ。


「こんにちは。ご無沙汰ぶさたしています。ルイララのお見舞いに来たんですが……?」


 僕のことを覚えているかな? と思ったけど、お爺ちゃんが僕を見てすぐに表情をほころばせたので、ほっと胸を撫で下ろす。


「おやまあ。今日は美しい女性の方々を大勢お連れで」

「んんっと、プリシアもいるよ?」

「まあまあ、こんなに可愛らしいお子様まで」


 プリシアちゃんも、ルイララとは面識があるからね。

 ルイララが危篤だというのなら、お見舞いに連れてこなきゃいけないと思ったんだ。だから、竜の森の耳長族の村まで行って、プリシアちゃんを回収してきました。

 プリシアちゃんにも事情を話しているせいか、不安そうにお屋敷の中を覗き込んでいる。


「それで、ルイララの様子は?」


 床にせっているのだろうか。それとも、最後はやっぱり大好きな剣を眺めながらきたいと、趣味で集めた剣に囲まれているのだろうか。

 不安そうな僕たちに「お見舞いに来ていただきましてありがとうございます」と笑顔を見せたお爺ちゃん。

 無理に笑顔をつくろっているのかな?

 大切なご主人様が今にも亡くなろうとしている間際に、来訪者へ対して気丈きじょうに笑顔を見せるだなんて、できた家礼さんだ。


 僕たちは、お爺ちゃんの案内でお屋敷に入らせてもらう。そして、奥へと続く廊下を進む。

 階段を上がらなかったということは、ルイララは自室にはいないのかな?

 お爺ちゃんは老人らしいゆっくりとした足取りで、お屋敷の裏手へ続く廊下を進んだ。


 どうやら、ルイララは裏庭に居るようだ。

 そこで、小春日和こはるびよりの暖かい太陽の日差しを受け、最期を想っているのかもしれない……


 今更だけど、ルイララがいなくなるのは寂しい気がするよ。

 いつもは、油断を見せるとすぐに斬りかかってくる面倒な魔族だ、と辟易へきえきすることが多いけど。でも、そうした一触即発の緊張感をもう味わえなくなるのだと思った瞬間、少しだけ背中が寂しくなった。

 僕は、嫌だ嫌だとい言いながら、実はルイララにちょっかいを出されるのが好きだったみたいだ。

 魔族の友人。種族の壁を超えた、大切な仲間。


 お見舞いが遅くなって、ごめんね……


 お屋敷の廊下を進み、裏庭に出る扉の前まで来た。

 お爺さんは玄関を開けた時のように、ゆっくりとした動作で扉を開ける。

 すると、扉が開いていくのに比例して、なにやら喧騒けんそうが聞こえてきた。


「なにかな? 剣戟けんげきの音?」


 激しく打ち合うような、金属音。

 時折り、たくましい男性の声が漏れ聞こえてくる。

 でも、ルイララの声ではないね?

 いったい、裏庭で何が行われているのかな?

 もしかして、領民のみんなが、ルイララを励ますために武闘会を開いているのかも!?

 なんて思いながら、開かれた扉から顔を覗かせて、裏庭を見る僕たち。

 そして、驚いた。


「はあっ!」


 気合と共に、剣を振り下ろすウェンダーさん。


「いやあ、これは困ったね」


 そして、華麗に受け流す……ルイララ!?


「ル、ルイララ、安静にしておかなきゃ駄目だよっ!」


 僕は慌てて、両者の間に割って入る!


「ルイララ、最期は剣を握って死にたいって気持ちもわかるけど、でもやっぱり、安静にして! 無理は駄目なんだよ?」


 ああ、ルイララよ。最期まで剣を振るっていたいだなんて、君は本当に剣術馬鹿だよ。

 もしかして、床に臥せって死ぬよりも、元武神のウェンダーさんに斬られる最期を望んだのかな?

 でも、僕たちはそんなルイララの最期なんて見たくないよ!


 慌てる僕。家族のみんなも、ルイララを心配したように駆け寄ってきた。


 僕が割り込んだことにより、ウェンダーさんは剣を納める。

 そして、ルイララは僕を見て、にっこりと笑みを浮かべた。


「やあ、エルネア君。ようやくお見舞いに来てくれたんだね?」

「もちろんだよ。でも、遅くなってごめんね? 巨人の魔王から、重傷ではないって聞いていたから……」

「重傷じゃないと来てくれないのかな? エルネア君は、ひどいなぁ」

「本当に、こめんよ。ちょっと急用が入ってさ」

「はははっ。妖魔の王を討伐したばかりだというのに、すぐに急用が入るだなんて、エルネア君らしいね」


 ルイララも剣をさやに納めて、乱れた息を整えるように深く息をする。

 どうやら、随分と本気でウェンダーさんと切り結んでいたようだ。


「そ、それで……。ルイララ、容態の方はどうなの? 寝ていなくて大丈夫なの?」


 ぱっと見は元気そうに見えるルイララだけど。本当はどんな状態なのか、僕たちにはわからない。

 なにせ、ルイララの正体は巨大な人魚で、人の姿は仮初めだからね。


 心配する僕たちに向かって、ルイララは笑みを崩さずに言った。


「僕の容態かい? それなら、元気だよ」

「無理はしないで?」

「はははっ。エルネア君、まだ気づかないのかい?」

「へ?」


 にこにこ顔のルイララ。周りを見ると、ウェンダーさんやジュエルさん、それにウォルが苦笑していた。

 ええっと、どういうこと?


 困惑する僕たちを見て、愉快そうにルイララが笑う。


「君たちは、僕の罠に掛かったんだよ」

「わ、罠……?」

「そうさ。一向にお見舞いに来る様子がないエルネア君たちをおびき寄せるために、罠を仕掛けたのさ。竜王のウォル殿を利用してね」

「えっ!?」


 驚いて、ウォルを見返す僕たち。


「すまない、エルネア君。実は、そういうことなんだよ」

「つまり、ルイララは……?」

「陛下に聞いていたのなら、知っているはずだよ? 僕は負傷したけど、元気さ」

「ええええぇぇっ!」


 顔を引きらせて驚く僕たち。

 それを見て、ウォルが申し訳なさそうに教えてくれた。


「ウェンダー殿とジュエル殿をここまで案内したのは本当だよ。でも、滞在を許可する代わりに、エルネア君たちを連れて来いって言われてさ?」

「つまり、僕たちをだますことが交換条件だったわけですね?」

「ごめんね?」


 本当に申し訳なさそうなウォル。

 ウォルは誠実な人なので、僕たちを騙したことに深い罪悪感を感じているようだ。

 でも、逆にいうとウォルがそこまでしなきゃいけない理由があったってことだよね?


 僕の考えを補完するように、こちらも申し訳なさそうな表情のジュエルさんが教えてくれた。


「私やウェンダー様が魔族の国を無事に通過するために、ルイララ殿が手配してくださったのです。なんでも、通行証を発行してくださると」

「そうか。天族と神族が魔族の国を気安く横断なんてできないですもんね? それで、ルイララが手を貸してくれて」

「通行証が発行されるまで、ここに滞在することを許可したのさ。その、代償ってわけだね」


 にやり、と魔族然とした笑みを浮かべたルイララに、僕たちはがっくりと肩を落とした。


「そして、僕たちはまんまと騙されたわけかーっ!」

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