素直過ぎても問題です

 まんまと罠に掛かった僕たち。

 でも、良いよね。遅かれ早かれルイララのお見舞いには行く予定だったしさ。

 それになにより、ルイララの元気な様子が見られて僕たちは嬉しい。


 ひと汗かいたのか、おじいさんに手ぬぐいを貰って汗を拭うルイララとウェンダーさん。ジュエルさんは、おばあさんを手伝ってみんなの飲み物を持ってきてくれた。

 どうやら、ウェンダーさんとジュエルさんは無事に滞在できているらしいね。

 ルイララの配慮で通行証も発行してもらえるみたいだし、これからの旅も安全そうだ。


 ルイララは、僕たちがお見舞いに来たことが嬉しいのか、上機嫌だ。

 飲み物をぐいっと飲むと、軽い足取りで僕に近づいてきた。


「さあ、エルネア君。再会の挨拶代わりに剣を交えようか。……って、あれれ? エルネア君、いつもの武器はどうしたんだい?」


 そして、僕の寂しくなった腰周りを見て首を傾げる。


「ふっふっふっ。残念だったね、ルイララ。僕は初心に戻るために、ちょっと武器を手放しているんだよ。だから、君の相手はできません!」


 勝ち誇るように胸を張る僕に、だけどルイララは笑顔を崩さずに言う。


「でも、あの方々から頂いた例の剣は持っているんだよね? そうだ。なんなら、僕が所有している武器から好きな物を選んでさ」

「いやいやいや。ルイララの集めている武器って、魔剣ばっかりだよね!? 呪われちゃうじゃないか!」

「大丈夫さ。巫女も二人いることだし、呪われてもはらってもらえるよ。僕としては、呪われたエルネア君と手合わせしてみたいな?」

「絶対に、呪われたくありませんっ」


 しまった!

 剣術馬鹿には、手持ちがないという理由は通用しませんでした!

 逃げ回る僕を、なぜか鞘から剣を抜いて追いかけるルイララ。


「心配して損したわね」


 ミストラルがため息を吐く。


「んんっと、鬼ごっこ?」


 プリシアちゃんは、ようやく勉強の日々から解放されて、瞳を輝かせながら僕たちを見つめていた。


「くっ。ウェンダーさん、この魔族のお相手はお願いします!」


 僕はウェンダーさんの大きな背中の後ろに逃げ込む。すると、ウェンダーさんは困ったように頭を掻いた。


「やれやれ。血の気の多い御仁だ。ルイララ殿の噂は祖国でも聞いていたが、それ以上に剣と剣術を愛していらっしゃる。くいう私やジュエルも、ここに滞在して以降、何度となく手合わせさせられていて、まいっているところだよ」

「ジュエルさんまで、既に犠牲になっていた!」


 片翼のジュエルさんも元神将というだけあって、妖魔の王討伐戦では十分に活躍してくれていたよね。どうやら、ルイララはその時から目をつけていたらしい。


「さあ、エルネア君。手合わせをしようか」

「ぜっったいに、嫌ですっ。というか、傷は全快したの?」

「それはもちろんさ。でも、安静にしていた時期もあったからね。それで、体力を戻したい意味でも、僕は動きたいのさ?」

「そういうことなら、プリシアちゃんと鬼ごっこをすると良いよ?」


 ご指名を受けて、すたたたたっ、とプリシアちゃんが走り寄ってきた。


「あのね、プリシアは良い子にお勉強をしたから、遊んでも良いんだよ?」

「い、いやぁ……困ったな」


 さすがのルイララも、無垢むくな幼女の笑顔には敵わなかったようだ。腰を引きながら、後退あとじさっていく。


「プリシアもね、いっぱい動きたいよ? 森ではね、あんまり走っちゃ駄目だったから、不満なの。だから、エルネアお兄ちゃんも鬼ごっこしよう?」

「しまった、今度はこっちに巻き込まれた!」


 なんということでしょう。

 ルイララの魔の手を逃れようとして、僕は更なる悪魔の尻尾を掴んでしまったようです。


「ミストお姉ちゃんも、みんなもね?」


 絶対、みんな遊んでくれるよね? という疑いのない視線を向けられて、全員の顔が引きる。


「エルネア?」

「ミストラル、僕のせいだと言いたいんでね?」


 ミストラルに言ったつもりなのに、なぜか全員が頷く。

 くっ。なんてこった。


「おにごっこおにごっこ」


 そして、プリシアちゃんの最終兵器が顕現してきた。

 ぽこんっ、とアレスちゃんが顕れる。

 霊樹の精霊に誘われるように、プリシアちゃんが使役する土と風と光の精霊さんも顕現してきた。


「んんっと、最初はルイララおじちゃんが鬼ね?」

「お、おじ……おじちゃん!? せめて、お兄さんと言ってもらいたいよね。ようし、お嬢ちゃんを捕まえられたら、お兄さんと呼んでくれるかな?」

「んんっと、捕まらないよ?」


 言って、空間跳躍で逃げるプリシアちゃん。


「はははっ。これはまいったね。どうやら僕も本気を出さなきゃいけないようだ」


 そして、ルイララが最初の鬼になって、賑やかな鬼ごっこ大会が開催されることになった。






「ぜぇ、ぜぇ」

「エルネア君、お待ちなさいっ」

「くっ。次の鬼は、ルイセイネか!」


 逃げようとしたところを、竜眼で先読みされて先手を打たれる。


「エルネア様っ、こちらですわっ」

「ライラ! って、君も鬼だよね!?」


 いつからだろうか、鬼が三人に増えています!

 鬼役のルイセイネとライラに挟まれた僕は、空間跳躍で逃げる。

 だけど、そこへ最後の鬼が迫る!


「エルネア殿、お覚悟!」

「ひえっ」


 空から急降下で迫ったのは、ジュエルさん。

 ラーザ様と編み出した術で失った片翼を補い、空を取り戻したジュエルさんに追われて、僕は逃げ回る。


「なぜ、僕だけが狙われているんだっ!」

「わたくしたちを巻き込んだ恨みです」

「はわわっ。わたくしはエルネア様しか狙いたくないですわっ」

「面白そうなので?」

「ジュエルさん、それってどうなのかな!?」


 ルイセイネとライラの言い分はわかるよ?

 でも、ジュエルさんの動機が意味不明ですっ。


 牧歌的ぼっかてきな田舎の風景には似合わない、壮絶な鬼ごっこは夕方まで続いた。

 そして、僕は何度となくみんなに狙われて、疲労困憊ひろうこんぱいで倒れ込む。

 こんなことなら、ルイララと手合わせしていた方が楽だったかもしれない……


「それもこれも、全てはルイララの罠のせいだ」

「いやいや、エルネア君たちがお見舞いに来てくれなかったからだと思うよ?」


 ルイララも、疲れたよう僕の隣に座り込む。


「それで、僕のお見舞いに来ずに、何をしていたんだい?」

「それがねぇ……」


 周りには、ルイララだけじゃなくてウェンダーさんやジュエルさんがいるので、詳細は話せないよね。なので、女神様の試練の内容は伝えずに、ルイセイネの魔眼の問題に関わり、影竜かげりゅう翻弄ほんろうされたり雲竜うんりゅうと相対していたことを話す。

 ルイララは「また面白そうなことを僕抜きでやったんだね」なんて愚痴りつつも、話を聞いてくれた。


「だから、ちょっとお見舞いが遅れちゃったんだ。ごめんね?」

「いや、良いよ。こうして僕を心配して来てくれたんだしね。やっぱり、僕とエルネア君は親友だよね?」

「親友なら、背中を見せるたびに斬り掛かってこないでっ」


 でもまあ、今の僕は白剣も霊樹の木刀もたずさえていないから、ルイララがいきなり斬り掛かってくる理由はないよね?

 というか、どうなんだろう?

 剣を交えられない僕を、ルイララは本当に親友と思ってくれている?


「もちろんさ」

「えっ。なんで僕の思考が読めたの?」

「なんとなく? エルネア君は、心を読まれる前に考えが表情に出るところを直した方が良いと思うよ?」

「みんなからそれを言われるんだけどさ、それって案外と難しいよね?」

「素直なエルネア君には、尚更だね」


 本当にルイララが僕の表情から考えを読み取ったかはわからない。だけど、寝そべった僕の横で寛ぐルイララは、魔族とは思えないほど穏やかな雰囲気だ。

 これって、僕を本当に友人だと思ってくれていて、気を許している証拠だよね?


「まあ、危篤きとくだと言われて心配したのは本当だし、仕方ないから友人ってことにしておくよ?」

「エルネア君は、魔族よりひどいよね?」

「気のせいだよ? 魔王やシャルロットなんかに比べれば、僕なんて可愛いものじゃないか」


 あれこそ、悪魔的というか魔族的というか。相手のことを考えずに弄んで振り回し、酷いことを平気で言ったりやったりする人たちだよね。しかも、それを楽しんでいるんだから、たちが悪い。

 他にも、ルイララが僕たちに対して気安いだけで、他の魔族はやっぱり極悪だよ?


 そんな極悪な種族が支配する国をこれから横断するウェンダーさんとジュエルさんは、大変だろうね。


「そういえばさ。ウェンダーさんとジュエルさんの通行証って、ルイララが発行するの?」


 だとしてら、ルイララの領地だけで通用する証明書になるのかな? と思ったけど、ルイララは思っていた以上に真面目な対応をしていたみたい。


「通行証は、陛下にお願いしているよ。魔王陛下の通行証であれば、この国で二人を阻む者はいないだろうからね」

「そうか。巨人の魔王にお願いしたから、発行までに時間が掛かっているんだね?」

「そうさ。魔王城に知らせを走らせて、通行証を貰って戻ってくるまでに、少し時間がかかるからね。エルネア君たちくらいだよ、飛竜や翼竜に乗って自由気ままにあちこちを移動できるのはさ」

「たしかに、レヴァリアやニーミアには感謝しきっきりだ」


 もしもレヴァリアとニーミアがいなければ、僕たちは身内の問題を解決するだけでも長い期間が掛かっていたかもしれないよね。


「それで、いつ頃に通行証は届くの?」


 事情はわかったとはいえ、ウェンダーさんもジュエルさんも先を急ぎたいだろうからね。いつになるのか具体的な日数がわかれば良いし、なんなら僕たちが取りに行っても良い。そう思ってルイララに質問したら、背後から答えが返ってきた。


「それでしたら、今まさに」

「はっ!?」


 嫌な予感がして、背後を振り返る。

 すると、そこには横巻きの金髪が特徴的な細目の魔族が立っていた!


「シャルロット! い、いつのまに……」

「ふふふ。エルネア君はまだまだですね?」


 いやいや、大魔族の不意の転移を察知できるなんて、元武神のウェンダーさんにだって無理だからね!?

 現に、突然現れたシャルロットに、ウェンダーさんも目を丸くして驚いていた。


「さあ、エルネア君。神族と天族二人分の通行証でございます。受け取ってくださいね」

「はい、ありがとう。……って、なんで僕が受け取らなきゃいけないのかな!?」


 だけど、もう遅かった。

 シャルロットから、素直に通行証を受け取った時点で、僕たちは極悪な魔族の次なる罠に掛かってしまっていた。


「ふふふ。受け取りましたね? では、こちらも対価を頂きませんと」

「えっ!?」


 嫌な予感、というか、完璧な悪寒に後退りしようとした僕の手を、がしりと掴むシャルロット。そして、笑顔で恐ろしいことを口にした。


「エルネア君。通行証の発行と引き換えに、神族の国へおもむいて内情を偵察ていさつしてきてください」

「えっ? 神族の国? ええええぇぇぇっっっ!?」


 なんで対価を僕たちが払うことになっているの!? という疑問よりも、告げられた場所に僕たちは驚愕きょうがくしてしまっていた。

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