夏へ向けて

 第一回、竜騎士選考大会の開催をお祝いして、盛大なうたげが王宮でもよおされた。

 もちろん僕たちも招待されて、美味しい食べ物や飲み物をいただく。そのなかで、人々に囲まれて称賛されるフィレルや王様を遠くから見ながら会話を交わす相手は、あろうことか青の王子ことグレイヴさまだった。


「残念ながら、今回の選考大会では新しい竜騎士は誕生しませんでしたね」

「それは仕方のないことだ。陛下の思いつきで、急遽きゅうきょに開催された大会だったからな。だが、今後には期待できる。あと数回も開催すれば、国民だけでなくアームアード王国にも噂は広まり、集まった有望な者たちの中から竜騎士が生まれるだろう」

「そうですね! 僕たちも応援していますので、頑張ってくださいね! それでは、この辺で……」

「待て!」


 無難に会話を終わらせて、何事もなく立ち去ろうとした僕の肩を、がっしりと掴んで離さないグレイヴさま。

 嫌な予感しかしません……

 僕は、ぎこちない動きでグレイヴさまに振り返る。すると、笑顔のない王子さまが僕をしっかりと見据えていた。


「な、なんでしょう?」

「なんでしょう、ではないだろう? 貴様もわかっているはずだ。今後、また王都で選考大会を開くのであれば、大きな問題を解決しておかなければいけない」

「大きな問題? 僕はわからないなあ?」

「嘘をつけ。貴様が嘘をつくときは、だいたい目が泳ぐ」

「くっ。妻たちでもないのに、なんで知っているんですかっ」


 ミストラルたちに指摘されるなら別に良いんだけど、グレイヴさまから指摘されると、なんかくやしいよね?

 そんな僕の心情なんて知らないとばかりに、グレイヴさまは言う。


「竜峰からヨルテニトス王国までは、相当な距離がある。もちろん、飛竜であれば往来くらいはできるだろうが、それ以外の部分に多くの問題があるだろう? そもそも、大会に参加してくれる竜族を、どうやって竜峰から集めるのか。飛竜や地竜の移動に際しての、竜族に提供する食料確保や街道沿いの人族側の治安問題。そうした部分の問題を解決しなければ、安定して開催することはできん」

「そ、そうですね」


 実は、僕も気付いていました。

 一見すると、人族と竜族にとって明るい未来が待っているように思えるけど。本当は、そこに至るまでには様々な難関を克服しなければいけない。

 なかでも、グレイヴさまが言ったように、竜峰に住む竜族たちをどうやってヨルテニトス王国に集めるのかが問題だ。

 今回は、ユフィーリアとニーナの「竜族召喚」で喚び寄せた。だけど、いつまでも二人が召喚するわけにはいかない。だって、僕たちには寿命がないからね。

 第二回、第三回と近い大会の開催になら手を貸すことはできる。でも、それが十年続き、数十年続いたとしたら。全然歳を取らない二人や僕たちを見て、人々はどう思うだろう? それに、いつまでもユフィーリアとニーナに頼りきりの選考大会だと、本当の意味での「人と竜の新しいきずなの竜騎士団」とは言えない。それって「僕たちにおんぶにだっこの竜騎士団」だよね?


 グレイヴさまは、僕たちの寿命については知らない。だけど、いつまでもユフィーリアとニーナに頼ってはいけないと、今の時点でちゃんと気付いているんだね。


「最初の数回は、双子王女の力を借りなければ開催さえできないだろう。だが、将来的には我が国の努力とアームアード王国の協力だけで開催できるようにならなければいけない。だが、残念ながら俺には良い案が思い浮かばない。そこで、お前に相談したいのだ」


 目を逸らすことなく、グレイヴさまは言ってくれた。僕を頼ってくれた。それが嬉しくて、つい笑みを浮かべてしまう。


「ありがとうございます。光栄です」


 出会いこそ最悪だったけど、今のグレイヴさまは僕を信頼してくれている。そして難しい相談を、言葉をにごすことなく素直に相談してくれた。それが嬉しい。

 だから、僕も協力をしまない。


「ええっと。なにも、人族だけで開催しなくても良いのでは?」

「と、言うと?」

「だって、竜峰には竜人族も住んでいますよ? それに、今回の大会を見ていて、感じたんです。多種族混成の竜騎士団が近い将来に誕生するだろうなって」


 竜騎士選考大会には、近年交流が深まり始めた巨人族や耳長族の人たちも気軽に参加していたよね。だとすれば、今後はそうした人たちから竜騎士が誕生してもおかしくはない。

 さらに、選考大会の噂が各地に広まれば、竜人族の人たちの耳にも届くはずだ。そうしたら、人族に負けてなるものか、といさましい竜人族の戦士が竜騎士団に加わってくれるかもしれない。

 そう考えた時に、思う。なにも、人族だけにこだわらずに騎士団を編成すれば良いし、多くの種族の協力を得て大会を開催すれば良いってね。


「グレイヴさまは、最初からアームアード王国の協力は必須だと考えていましたよね?」

「飛竜狩りの時代もそうだったが、双子であるの国の助力なしでは無理だと思っている」

「なら、もっと広く考えましょうよ? 飛竜は竜峰にんでいて、そこには竜人族が暮らしています。それなら、竜人族の力も借りましょう。竜人族を通して、竜族たちに伝えてもらうんです。次の大会はいつで、場所はどこだと。竜人族の人たちも竜族との友好な関係を模索もさくしていますから、きっと協力してくれますよ。そして、大会を安定して開催できるようになれば、竜族自身が動くようになると思いますよ?」


 他にも、耳長族の協力を得られれば、精霊を使った伝達ができるようになるかもしれない。巨人族にも協力を仰ぐべきだ。竜族のように大きな体を持つ巨人族であれば、食べ応えのある食べ物の準備や移動中のお世話もできると思う。

 そうして、種族を越えた多くの者たちが協力しあって竜騎士選考大会を開き、竜騎士を生み出す。それこそがヨルテニトス王国の明るい未来を支える大黒柱になるはずだ。


 僕の考えを聞いて、うんうんと頷くグレイヴさま。


「お前らしい、固定観念に囚われない良い考えだ。さっそく陛下や家臣たちに相談してみよう。だが、今後もしばらくはお前たちの力を借りることになる。頼むぞ?」

「それは、ユフィとニーナに直接言った方が良いのでは?」


 にやり、と笑みを浮かべて僕が言うと、グレイヴさまはこれまで真摯しんしに向けていた視線をふいっとらした。


「そ、そうだな……」

「あれれ? 恥ずかしいんですか?」

「そんなわけあるかっ」


 と言うグレイヴさまの顔が赤い。

 グレイヴさまは、ずっとユフィーリアとニーナに恋をしていたからね。そこを僕に突かれて、恥ずかしいに違いない。

 とまあ、意地悪はここまでにしておいて。

 今回の選考大会の立役者でもあるフィレルと寄り添うアーニャさんに視線を向けながら、僕はさっき聞いた噂を口にした。


「そういえば、フィレルさまの婚姻が延びたと聞きました」

「俺は気にするなと言ったのだがな」


 これは、意地悪でも嫌味でもないよ。

 ただ、確認しておきたかっただけだ。


 フィレルは、結婚間近だと言われていた。お相手は、同じ飛竜騎士団に所属するアーニャさん。だけど、ここにきて急に婚姻の時期が遅れるという話になったという。

 あれだけ仲睦なかむつまじいのだから、喧嘩したとかそういう無粋ぶすいな理由ではないのはわかる。

 では、何が原因なんだろう? と思っちゃうよね。

 でも、祝い事が延期になった本人たちに確認するのは失礼になっちゃうし。ということで、おそらく原因の張本人であるグレイヴさまに聞いてみた。

 すると、グレイヴさまはこれまた困った表情で、丸坊主の頭をく。


「兄の俺より先に結婚はできん、とあいつが言い出してな。それで、あいつの婚姻の話が延びてしまったんだ」

「出来た弟君ですね?」

「まったくな。お前と違って、気が利くやつだよ」

「僕も気が効く方ですよ?」

「どこがだっ!?」

「だって、僕がユフィとニーナを奪ったからこそ、グレイヴさまはもっと素敵な女性に気を向けることができたんですから?」


 グレイヴさまがどんなに双子王女様に恋焦がれていても、絶対に結ばれていなかったと思うよ?

 だって、二人にはまったくその気がなかったからね。

 しかも、グレイヴ様はこじらせ過ぎて、次期国王だというのに婚期を大幅に逃してしまっていた。そこに終止符を打ったのは僕だ。

 これって、ヨルテニトス王国の将来を救うほどの気の利いた話だよね?


「……まあ、いい。だが、フィレルのためにも、俺も早く結婚をせねばならなくなったのは事実だ」

「お相手が見つかったことですしね?」


 これだって、僕の気が利いたおかげだと思うよ?

 遠い地から、ルビアさんを連れてきたのは僕たちだ。

 そして、グレイヴ様はルビアさんに一目惚れした。


 でも、王子様と巫女様、将来は国王様と巫女頭様の結婚だなんて、ありえるのかな? と疑問に思ったことがある。

 なにせ、聖職者は権力に屈せず、独立した立場を維持する必要があるからね。

 だけど、僕の疑問に対して、前にルイセイネが言っていた。


「エルネア君。それは別に珍しいお話ではないのですよ」

「そうなの?」

「はい。巫女頭になってからの婚姻、という話だと色々と複雑で難しいですが、巫女であれば自由恋愛で誰と結婚しても問題はありません。ですから、今のルビアさんの立場であれば、問題はないのです。それに、将来に夫が国王になるとしても、自分が巫女頭に就くなんて確約は、実は存在しませんからね」

「ルビアさんは、あくまでも資質があって、現巫女頭様が後見人になっているっていうだけで、本当は巫女頭の地位が確約されているわけじゃないんだよね? 強力な対抗馬として、ヴァリティエ家の次期当主のメアリ様だっているわけだしね?」

「そうです。ですから、巫女と王族の婚姻は古今東西において珍しいお話ではないですし、禁止もされていません」

「逆に言うと、ルビアさんが巫女であるうちに結婚しなきゃ、難しくなるってことだね?」

「ふふふ、そういうことになりますね。ですから、グレイヴ殿下には頑張ってもらいませんと」


 特別な人の中には、上級巫女や上級神官に選出された時点で恋愛や婚姻の自由を奪われる場合もあるらしい。だから、ヨルテニトス王国は今、急いで王太子の婚姻の話を進めているのだとか。

 ルビアさんが楽園での修行を終えて上級巫女に昇格し、巫女頭様になってしまったら、時間切れだからね。

 だから、フィレルも自分の婚姻の話を後回しにしてくれたんだね。

 素敵な兄弟愛だ。


「結婚の時には、家族全員どころか、知り合い全てを連れてお祝いに来ますね!」

「あの、山よりも巨大な魔獣だけは喚ぶなよ!?」

「テルルちゃん? 仲間外れは駄目ですよ。あ、魔王も呼ぼう。クシャリラとか、嫌々ながらに来るのかな?」

「や、やめろっ」


 困り顔を通り越して、顔面蒼白になるグレイヴさま。

 さすがに伝説の魔獣とか魔王とかは限度を超えているらしい。

 それじゃあ、魔王じゃなくて宰相くらいまでにしておこうかな?


 そうそう。魔族といえば。

 ルイララは元気になっただろうか。

 早い時期にお見舞いへ行きたかったんだけど、色々と騒動に巻き込まれていたからね。行くのが遅れちゃった。


 グレイヴさまやフィレルたちも国や個人の将来の話で忙しいだろうけど、僕たちも女神様の試練を克服するために奮闘しなきゃいけない。

 もう暫くは、忙しく騒がしい日々が続きそうだね。


 ということで、ごめんね、ルイララ!

 君へのお見舞いは、もう少し後になりそうです!


 なんて思った数日後。

 僕たちは家族全員で、ルイララの領地に降り立っていた。


「……なんでこうなった!」

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