芋娘と芋王

 二日かけて飛竜の狩場と竜峰を何度か往復すると、ようやく水竜たちは全員がもとの住処すみかへと戻ることができた。

 僕たちだけでなく、飛竜や翼竜たちが頑張ってくれたおかげだね。


『ただいまぁっ』

「あっ、こらっ! 空から飛び込んで竜廟りゅうびょうに水の被害を与えたら、おじいちゃんに怒られるよ!」

『ううっ』


 最後に、ミストラルの村の泉に住む水竜を送り届けたら、まだ着水していないのに飛び込もうとする悪戯いたずらがいました。

 水飛沫みずしぶきで、竜廟や長屋に被害を与えるわけにはいかないからね。ここは水竜に自粛してもらいましょう。


 ニーミアはゆっくりと降下すると、最後の水竜を水面に放す。


『ありがとう。楽しかったの』


 きゅんきゅんと可愛く鼻を擦り付けてくる水竜。


『お礼に、背中に乗る? 乗っちゃう?』

「ううーん、楽しそうではあるんだけど……」

「んんっと、乗ったら駄目なの?」

「疲れたにゃん」


 プリシアちゃんとニーミアは遊ぶ気満々なんだけどね。

 でも振り返ると、水竜の帰りを待ちわびていた旅人たちが、すでに列を成し始めていた。


「帰り着いて早々に申し訳ないけど、あの人たちもずっと待ってくれていたからね」

『仕方ないなぁ。お仕事しましょ』

「お願いします」


 水竜は、大宴会に参加できたことと空の旅を満喫できたことで、とても機嫌が良いみたいだね。可愛らしい泣き声をあげて、旅人を呼び込む。

 僕たちは水竜の側を離れて、旅人たちに場所を譲った。


「あのね、プリシアは遊びたいの」

「そうだね。頑張ってもらったから、あとは楽しまないとね」


 プリシアちゃんはニーミアに乗っていただけだという突っ込みは禁止です。だって、それを言うなら僕も乗っていただけだしね。

 この二日間で僕がしたことといえば、一緒に行動していた飛竜たちに指示を出したり、休憩のときにねぎらったくらいだよ。


「お芋掘りに行くにゃん」

「いこういこう」

「金色のお芋が食べたいの」

「黄金のお芋は、もっと寒くなってからだと思うよ。今だと、どんなお芋が掘れるんだろうね?」


 村の広場に移動して、ちょっとしたおやつをつまみながら今後の予定を相談する。

 プリシアちゃんとアレスちゃんは、お芋が食べたいと言いながらお饅頭まんじゅうを頬張っています。


 明日になれば、各地に水竜を送り届けたミストラルたちも村に戻ってきて、みんなが合流する手はずになっている。ということは、あまり遠出はできません。

 近場でお芋が手に入る場所はどこだろう、と思案していると、コーアさんが声をかけてきた。


「仕事を終えたと思ったら、もう出かける相談かな?」

「はい。ミストラルたちと合流する前に、食材の補充を兼ねて」

「今年はまた寒くなるだろうね。そうなると、食糧を備蓄していないと苦労する」


 コーアさんは、遠くに見える雲より高い峰を見つめながら言う。

 どうやら、高山の雪の降りかたが去年のような感じらしい。


 竜峰に住む者にとって、冬の天候は死活問題に発展する。準備がおろそかなまま厳しい冬を迎えると、場合によっては村ごと食糧難に陥り、最悪の場合は何人もの死者を出してしまうんだ。

 竜峰の北部に住む竜人族の人たちは、もう冬支度に入っているかもしれないね。


「ごめんなさい。僕たちの結婚の儀式にいっぱい食糧なんかを放出してもらっちゃって」

「いや、なに。ミストラルは儂らの村の大切な娘だ。晴れの門出かどでに大盤振る舞いすることは、儂らにとっても嬉しいことなのだよ。なあに、これからしっかりと準備をすれば、問題ない」


 コーアさんは温厚な笑顔で、プリシアちゃんとアレスちゃんの頭を撫でる。幼女は気持ちよさそうに身を任せながら、もぐもぐとお饅頭を食べていた。


「あんまり食べると、夕ご飯が食べられなくなるからね?」

「太るにゃん」

「あああっ、太ったらルイセイネの厳しい生活改善が待っているよっ」


 ルイセイネは巫女様だから、食生活や健康管理には厳しいんだよね。お酒を飲みながらおつまみを食べるユフィーリアとニーナは、油断すると二の腕がぷるぷるとしだす。そうすると、ルイセイネの管理下に置かれて厳しい生活になっちゃうんだ。


「大丈夫だわ。栄養は胸にいくわ」

「大丈夫だわ。蓄えは胸にいくわ」


 なんて双子王女様は言い訳をするけど、ミストラルとルイセイネにそんな言い訳は通用しません。

 朝食前に走らされたり、腹筋背筋をさせられたり。ルイセイネの管理になると、本当に厳しいんだからね。


「ははは、ご飯よりもお菓子の方が美味しいからね。でも、お肉も好きじゃないかな?」

「大好きだよ!」

「すきすき」

「美味しいにゃん」

「では、あんまりお菓子を食べ過ぎていると、お肉が食べられなくなってしまうからね」


 右手に持ったお饅頭と、左手に想像したお肉の塊を交互に見つめるプリシアちゃん。悩んだ挙句、プリシアちゃんは余ったお饅頭をアレスちゃんに渡した。


「ほかんほかん」

「えええっ。残すんじゃなくて、保管しておくのか!?」


 お饅頭の残りを受け取ったアレスちゃんは、謎の空間に収納してしまった。おかげで、準備されたお饅頭はすっからかんです。

 きっと、村の人や旅人にも振舞われるはずだったお饅頭が……

 幼女の強欲っぷりに、村のおばちゃんたちが笑っていた。

 戦士たちは修練のあとの甘味かんみがなくなり、絶望の表情を浮かべる。


「これは、お返しにお芋を採ってくるしかないね」


 僕たちだけじゃなく、ミストラルの村の分まで掘ってこよう。お芋は保存がきくからね。有れば有っただけ、喜ばれる。

 まあ、僕のように在庫処分で芋まみれになる場合もあるんだけど。


「芋かね。それなら、この時季ならではのものがあるよ」

「どんなお芋でしょう?」


 僕はこれまで、プリシアちゃんたちといろんなお芋を掘り当ててきた。それこそ、普通のお芋から黄金のお芋まで。

 もう、芋王いもおうと名乗っても良いくらいにね。

 だけど、コーアさんはまだ僕たちの知らないお芋の存在を教えてくれた。


竜芋りゅういもという珍しい芋がある。特に地竜だろうか。竜族が好んで食べる芋がこの時季に頃合いを迎えるんだよ。甘く、栄養があるんだ。花林糖かりんとうにしたり、揚げ物にしたり。汁粉しるこに入れても美味しいねえ」


 どうやら、食事系のお芋ではなく、おやつ系の甘いやつみたい。


 プリシアちゃん、話を聞くだけでよだれを垂らしてはいけません!

 僕はプリシアちゃんの涎を拭いてあげながら、自生している場所をコーアさんに聞く。だけど、コーアさんは首を傾げて苦笑いを浮かべた。


「それがね。黄金の芋と同じように、あまり知られていないんだよ。一部の旅人なんかは自生している場所を知っているみたいなんだがねえ」

「それじゃあ、滞在している旅人に聞けばわかるかな?」

「いやいや、もっと良い方法があるよ」

「と、言いますと?」

「ほら、森の先に地竜が住み着いているだろう?」

「ああ、そうですね!」


 地竜が特に好むお芋なんだよね。それなら、地竜に聞くのが一番です。


「話を振っておいて、地竜頼みになるのは申し訳ないね。しかし、君たちなら採ってくることができるだろうと思ってね」

「いえ、僕たちも食べたいですし。頑張って探してきます!」


 早速、僕たちは動き出す。

 まずは村の先にある森を抜けて、地竜の巣へ。足取りも軽く訪問すると、地竜たちは快く迎えてくれた。


『……ほほう、竜芋か。あれは甘くて美味いぞ』

『しかし、ここからだと遠いのだ。だから我らもしばらくは口にしていない』

「それなら、場所を教えてくれたらお礼に持って帰ってくるよ」

『おお、それは有難いな』


 自分たちも食べることができる、と喜ぶ地竜たちは、気前よく自生場所を教えてくれた。

 どうやら、竜峰の南側にいっぱい自生する場所があるらしい。

 ならば、とニーミアに大きくなってもらい、僕たちはすぐさま空へ。と思ったけど、くわとか手袋とか、掘るための準備をしなきゃね。


 まずは準備を、と幼女に伝えると、空間跳躍を駆使して一瞬で僕の側からいなくなっちゃった。そして、瞬く間に道具を揃えたちびっ子たちが戻ってくる。


 食べ物が絡むと、なんて行動力を示すんでしょう。

 ニーミアは大きくなると僕たちを背中に乗せて、いつも以上の速度で飛ぶ。プリシアちゃんとアレスちゃんは鼻歌交じりに空の旅を楽しんだ。


 山を越え、谷を越え、ニーミアは南下する。

 とはいえ、竜神りゅうじんいずみがあるような奥深い秘境までは行かなくていいみたい。

 竜峰では珍しい、緩やかな斜面に四方を囲まれた、緑深い樹海の先に目的地は在った。


 すぐにわかっちゃった。

 だって、空には飛竜たちが集まっているし、地上にも地竜たちがむらがっているんだもん。

 樹海の一部が土剥き出しの荒地になっている。そこに地竜たちが集まり、土のなかに鼻を突っ込んでごそごそと動いていた。


「こんにちは。僕たちもお芋を分けて欲しいんですが?」


 驚かさないように、ニーミアにはゆっくりと近づいてもらう。そして地竜に話しかけると、地竜は視線だけをこちらに向ける。でも鼻先は一生懸命に土を掘り起こしたまま。太い角で豪快に岩を弾き、もごもごと穴を掘る。


『手伝え。そうすれば、分けてやるぞ』

「はい、頑張りますよっ」


 ニーミアから降りると、僕は鍬を持って気合いを入れる。プリシアちゃんとアレスちゃんも手袋をはめて、やる気満々です。


「とりゃあっ!」


 鍬を力いっぱい振り下ろす。

 土を退け、掘り進む!


 地竜たちが鼻を地面の奥に突っ込むくらいだ。きっと深い場所に埋まっているに違いない。

 プリシアちゃんとアレスちゃんも、可愛い手で土を退けて頑張ってくれる。


「にゃーん」


 ニーミアなんて、綺麗な体毛が汚れることを気にすることなく「ここ掘れにゃんにゃん」で土をかき分けています。


 ニーミアの活躍に、周りの地竜たちから歓声があがる。

 僕も負けてはいられません、と竜気を宿してえんやこら。掘って掘って掘りまくりです。


 気づくと、地表が遥か頭上に!


 掘り過ぎたかな、と心配したけど、周りの地竜やニーミアはまだ掘り続けていた。


 いったい、どれくらいの深さに埋まっているんだろう。と思い始めた頃。


『ふうう、やっと出た』


 地竜たちがいち段落の吐息を漏らした。


「ええっと、これが竜芋?」


 お芋を傷つけないように、みんなで掘った大きな穴の先に見えるお芋の周りの土をかき分ける。

 だけど、かき分けてもかき分けても、お芋の全貌が見えてこない。


「もしかして……?」

『竜芋は大きいのだ。知らなかったようだな』


 道理で、みんなで協力して掘っているわけです。

 掘り上げてみると、竜芋はひとつひとつが竜族の倍以上ある、巨大なお芋だった!

 どうやら、名前の由来は「竜の好きなお芋」ではなく「竜のように巨大なお芋」という意味らしいです。

 コーアさん、それを最初に教えておいて欲しかったですよ!


「……ニーミア、がんばってね」

「んにゃんっ!?」


 コーアさんや村の人たちだけでなく、地竜たちにも持って帰るって約束しちゃったからね。


「エルネアお兄ちゃんはひどいにゃん」

「ぼ、僕が悪いんじゃないからね!?」


 お芋を掘り当てて、喜びの小踊りを披露するプリシアちゃんとアレスちゃん。

 僕と地竜たちは愛らしい小踊りに見入っていたけど、ニーミアだけはしょんぼりとしていた。

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