宝珠宮

「それじゃあ、玄関の方に戻ろうか」


 振り出しに戻る感じはするけど、仕方がないよね。

 だって、宝珠宮には窓がなくて、城内に入れる場所は限られているんだ。

 そして、竜厩舎まで進む途中で、勝手口などのような外部に面した扉も見当たらなかった。


「それに、宝珠宮に住む者がいたら、玄関から入ってこないような不審者を歓迎してくれるとは思えないし?」


 空間跳躍で城門を飛び越えている時点で、僕たちは不法侵入者なんだろうけど。それでも、最低限の節操は持ちたい。

 ミシェルさんたちを救うためならな、宝珠宮の壁を壊してでも侵入するぞ、とは身構えられないよね。


「正しい判断でございますね」

「シャルロットがそう言うのなら、正解なんだろうね」


 シャルロットは、僕を見守る立場を貫くようです。

 アレスちゃんも、アリスさんの問題には無干渉を貫くようだし、今回の僕の同行者は、見守っていても手出しをしない人ばかりだね?

 協力者がほしいな、と少しだけ寂しい気持ちを浮かべてしまう。それと同時に、いつも僕の傍に寄り添ってくれて、どんな時も味方でいてくれる家族の有り難みを思い知らされた。


「はやく帰ってみんなの顔が見たいな。というか、急がなきゃ僕が約束の場所に遅れちゃう!」


 禁領のお屋敷を出る際に、僕は五日後に風の谷の前に集合しようと、家族のみんなや流れ星さまたちや耳長族の人たちと約束をした。

 だというのに、主催者の僕が遅刻しちゃったら、面目丸潰れですよ!?


「ふふふ。無事に帰ることができると良いでございますね?」

「そんな不吉なことは言わないでっ」


 シャルロットが言うと洒落しゃれにならないような気がするから駄目だよね。

 僕は、何がなんでも約束の日までにこの問題を全部片づけて、みんなと合流するんだ!

 少し急ぎ足で、宝珠宮の玄関前まで戻った僕。

 だけど、そこで問題に直面してしまった。


「玄関の扉が開かない!?」


 そうなのです!

 城内に入ろうと、玄関に手を掛けた僕。

 でも、門扉は固く閉ざされていて、押しても引いても微動だにしなかった。


「むむむ。やはり宝珠宮には住んでいる者がいて、僕たちを拒絶しているのかな?」


 居住している者から見れば、僕たちは間違いなく侵入者だからね。

 曲者くせものを排除する守護者や罠が見当たらない宝珠宮が取れる唯一の防衛手段は、入り口である門扉を固く閉ざすことだ。

 壁や扉を破壊して城内に侵入はしない、と決めた僕の前に、閉ざされた玄関の扉が難題として立ち塞がる。


「困ったね? 他の出入り口を探す? それとも、宝珠宮に住む者を見つけ出して、事情を説明して中に入れてもらう?」


 でも、宝珠宮に住む者が城内に籠っていたとしたら、結局は事情を説明することもできずに、物事は進展しない。

 それでは、やはり別の入り口を探してみようか、と考えを巡らせている時だった。

 くいくいっと、僕の服を引っ張るアレスちゃん。


「どうしたの?」

「かしてかして」

「何を貸すのかな?」


 抱っこされていたアレスちゃんが、僕の腕から離れる。そして、僕の懐の奥を示した。


「もしかして、霊樹の枝が借りたいの?」


 僕は、霊樹ちゃんから貰った大切な枝を、無くさないように千手せんじゅ蜘蛛くもひもを結んで首から下げて懐にしまっている。

 アレスちゃんは、どうやらその霊樹の枝が借りたいみたいだね。

 そして、僕もそこで理解する。


「そうか! この生物の体内にも竜脈が流れているんだよね。それに……?」


 触れた玄関の扉は、真珠質の硬い手触りをしていた。それでも滑らかで、乳白色の色合いが美しい。

 だけど、強く意識して宝珠宮の扉や壁に触れてみると、それは真珠質というよりも……!


「アレスちゃん。それじゃあ、二人で協力して扉を開けてみようか」

「うんうん」


 僕は、懐から霊樹の枝を取り出す。

 アレスちゃんは精霊らしく空中に浮いた状態で、霊樹の枝を僕と一緒に握った。


かしこかしこみ申し上げます。どうか、僕たちを宝珠宮の中へ案内してください」


 ルイセイネやマドリーヌのような、言祝ことほぎの言葉を僕は知らない。

 それでも、見様見真似、というかなるべく丁寧で厳かな言葉を選び、祝詞を奏上する。

 そして、アレスちゃんと一緒に、霊樹の枝をそっと玄関の扉に触れさせた。


 ふわり、と周囲を満たす竜脈が流れを変えた。

 外から内側へ。深海の巨大生物のお腹の中から宝珠宮の場内へ向かって、竜脈が流れ出す。

 同時に、竜脈が流れ込んだ宝珠宮が淡い七色に輝き始めた。


「これって、やっぱり……」


 頭を僅かに過っていた予測が、次第に確信へと変わっていく。

 だけど、まだ確証はない。

 きっと、宝珠宮の最深部に辿り着けたら、そこに答えはあるはずだ。

 そう思いながら竜気の流れと淡い七色に変色していく宝珠宮の様子を見守っていると、かたり、と軽い音が玄関の扉から鳴った。


「開いたのかな?」


 と、今度は霊樹の枝ではなくて手を差し伸べてみる僕。すると、これまで微動だにしなかった玄関の扉が、なんの抵抗もなく内側へと開いた。


「アレスちゃん、やったね! これで僕たちも宝珠宮へ入れるよ」

「はいろうはいろう」


 まさか、霊樹の枝が玄関を開くかぎになるだなんてね?

 きっと、この特殊な生物のお腹の中の環境と特別な宝珠宮が深く関わる要素が原因なんだろうね。


 僕とアレスちゃんの背後で、シャルロットが微笑む。


「エルネア君のことですので、場合によっては宝珠宮を破壊して他の方々を救うような手段をお選びになるのかと危惧きぐしておりました」

「それは嘘でしょ? 僕がそんな暴力に訴えないと最初から確信していたから、今回の悪巧みを計画したんじゃないの?」

「ふふふ、どうでございましょう?」


 僕の行動指針は単純明快だと思う。

 家族のためなら、何も躊躇わない。だけど、それ以外だと僕だって意外と常識を持ち合わせているんだよ?


「はかいのじょうしき」

「アレスちゃん!?」


 冗談を口にするアレスちゃんを捕まえようと、手を伸ばす。

 アレスちゃんは逃げるように、宝珠宮の中へと飛んでいった。


「アレスちゃんが何も警戒していない? ということは、城内は安全なんだね」


 それに、アレスちゃんが安全を確信できる何かが、この宝珠宮にはあるんだろうね。

 そして僕も、それをほぼ確信していた。


「それじゃあ、改めてミシェルさんたちを探そう」

何方どちらに捕らわれているか、心配でございますね?」

「シャルロットがそれを言うと、嫌味にしかきこなえいよ? というか、シャルロットはどうやってこの玄関の扉を開いたのさ?」

「ふふふ、秘密でございます」

「くっ。今回は秘密ばかりだっ」


 種明かしは、宝珠宮を攻略してミシェルさんたちを助けた後ということなんだろうね。


「おやまあ。種明かしをご所望でございますか? でしたら、エルネア君のわがままは其方そちらで叶えてもよろしいですが?」

「いいえ、駄目です! 宝珠宮の秘密は僕が自分で解き明かすから、シャルロットは約束通り僕のお願いを聞いてね?」

「エルネア君がそれでよろしいのでしたら、私は構いませんよ」


 シャルロットと宝珠宮の関係も気になるところではあるんだけど、僕はそれ以上に叶えたいわがままなお願いがあるんだよね。

 だから、宝珠宮の秘密は自分で解き明かそう。


 アレスちゃんに追いついた僕は、手を取って歩き出す。

 玄関の間は、それほど広くはない。

 並ぶ調度品や壁や柱の装飾は外観以上に美しくて、息を呑むばかり。

 僕とアレスちゃんは、シャルロットを伴って玄関の間から伸びる廊下へと進む。


「気配は……相変わらず読めないから、部屋を片っ端から調べていくしかないね」


 気配が読めない。きっとそれも、この宝珠宮と深海の超巨大生物の特殊性が関係しているはずだ。


 僕とアレスちゃんは、近場の部屋から順番に調べていく。

 ただし、どの部屋も玄関の扉と同じように固く閉ざされていて、僕とアレスちゃんが協力して祝詞を奏上し、霊樹の枝を触れさせないと開かなかった。






 玄関先の部屋を全て調べ尽くし。

 二階から三階、四階へと調べる足を伸ばしていき。

 結局、玄関周辺では誰も見つけることはできずに、僕たちは回廊の先に広がる宝珠宮の中心部へと進んで行った。


「どこもかしこも、この上なく綺麗なお城だよね?」

「でも、だれもいないね」

「そうだね。きっと、深海の超巨大生物のお腹の中に入れる者は限られていて、だから住民がいないんじゃないかな?」


 そもそも、北の海はルイララの親が支配していて、何人なんぴとたりとも侵入できない。

 その深海に住む生物のお腹の中に誰かが住んでいるなんて、どう奇天烈きてれつに考えたって思い浮かばないよね。

 ということは、どうやらこの宝珠宮には何者も住んでいないようだ、と思い始める。


 僕とはアレスちゃんは、あるじのいない宝珠宮の捜索を続ける。

 シャルロットは、楽しそうに僕たちの後についてくるばかり。

 何度も言祝ぎの祝詞を口にして、数え切れないほどの部屋を調べていく僕たち。

 途中から、もう自分たちが宝珠宮の何階部分にいて、どの辺りを捜索しているのかわからなくなってきた頃だった。


「アレスちゃん!」


 豪奢な部屋を調べて廊下に戻った僕は、回廊の先から何者かが歩いてくる足音を拾った。

 気配は読めなくても、真珠質の硬い床を踏む足音まではなくならない!


 何者かが、慎重な足取りでこちらへ向かってくる!


 居ないと思っていたはずの、宝珠宮の主か。それとも、守護者か。

 もしくは、敵も味方も関係ないような、魔物なのかな!?


 身構えて、待ち伏せする僕たち。


 かつん、かつんっ。と硬質な足音が徐々に近づいてくる。

 それと、微かに金属音も耳に届き始めた。


 いったい、何者が!?


 そっと白剣を抜き、回廊の曲がり角の先まで近づいた何者かが姿を現す瞬間を待ち構える僕。

 だけど、向こうもこちらの存在に気づいていたようだ!

 回廊の角で、かつん、と足音が止まる。


 そして、暫しの沈黙。


 いったい、あの曲がり角の先には何者が潜んでいるのか。

 これだけ近くになっても、やはり気配を読むことはできない。

 きっと、向こうも同じだ。

 気配が読めないから、お互いに慎重に探り合っている。


 とはいえ、このまま硬直状態を続けるわけにはいかない。

 そして、僕には不意を突ける手段があった。


 竜気を練り込み、標準を定める。

 白剣を構えると、僕は空間跳躍で回廊の曲がり角の先へと飛んだ!


 一瞬で視界が切り替わる。

 曲がり角の先で息を潜めて様子を伺っていた者の背後へと回り込んだ僕は、間髪置かずに白剣を振るう!


「あっ!」

「っ!!」


 長く美しい、輝く金色の髪。見慣れた装束の上から纏った、大仰な鎧。手にした両刃薙刀!


 振り抜いた白剣を、咄嗟とっさに止める。

 だけど、白剣が止まるよりも速く、眼前の人物が動く。

 背後へと不意を突いて空間跳躍したはずの僕に反応して振り返り、両刃薙刀を振るう。

 きぃぃんっ、と甲高い音が響き、止まる前の白剣の刃を両刃薙刀の刃で受け止めた人物。


「アリスさん!?」

「エルネア君!?」


 それは、巫女騎士アリスさんだった!

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