秘密の月園

「この僕たちを飲み込んだ化け物の正体ってなに?」

「ふふふ、秘密でございます。それに化け物などではございませんよ?」

「むむむ? それじゃあ、シャルロットがここにいる理由は?」

「ふふふふ、それも秘密でございます。宝珠宮ほうじゅぐうを攻略しましたら、ご褒美に教えて差し上げますよ?」

「いいえ、シャルロットの悪企みに乗る報酬は、僕のわがままをひとつ聞くってことで手を打つよ?」


 シャルロットが何を画策してこの場にいて、僕を巻き込んで何をしようとしているのか。それは気になるけど、仕方なく巻き込まれた僕にはちゃんとした報酬がほしいよね。

 僕の思考を読んだシャルロットが、糸目を細めて微笑ほほえんだ。


「結構でございますよ。エルネア君がこちらの期待にうご活躍をなされましたら、ひとつだけお願いを聞くことにいたしましょう」

「よし、約束だからね」


 ミシェルさんたちが捕らわれているのなら、救出に動くことはやぶさかではない。

 そこに加えて報酬が出るのなら、やる気も俄然がぜんと沸いてくるよね!


「ところで、今あのお城のことを宝珠宮って言った?」

「ふふふ、気のせいでございますよ」

「なんでそこではぐらかすのさ!?」


 既にこちらを弄んで楽しみ始めているシャルロットに苦笑しながらも、僕は動き出す。

 まさに内蔵的な質感の足もとを興味深くぺたぺたと触っていたアレスちゃんを抱きかかえた僕は、隆起した内臓空間の先に見える宝珠宮へと向かって移動する。

 もちろん、悠長に徒歩で向かうわけにはいかないから、空間跳躍で。


 何度か空間跳躍するだけで、美しい外観の宝珠宮が間近に迫る。

 超巨大な深海の化け物とはいえ、竜峰の山二つを飲み込むほど出鱈目でたらめだった金剛こんごう霧雨きりさめほどではない。

 その化け物のお腹の中は、せいぜい冥獄めいごくの門の中心部に広がっていた大空間くらい。

 とはいっても、それが生物のお腹の中と考えると、やっぱり規格外過ぎて呆れちゃうんだけどね。

 それはともかくとして。


 化け物のお腹の中にそびえ建つ宝珠宮には、しっかりと城壁や城門まであった。

 ぴたりと閉じられた城門を前に、僕は頭上に視線を向ける。


「空間跳躍なら、ひと飛びだね」


 でも、飛んだ先に何が待ち構えているのかわからない。だから、慎重に周囲の様子を読み取る。


「怪しい者が潜んでいる気配はないね。……というかこの生物って!」


 化け物ではない、と言い切ったシャルロットの言葉を、今更に思い知った。

 僕たちを飲み込んだ、深海の超巨大生物。

 周囲全てを覆う生物の気配は濃厚で、意識しなくても僕たちがそのお腹の中にいることが確認できる。

 そこで更に気配を探って、気づいた。


「生物の中に竜脈が流れている!?」


 思わぬ事実を読み取り、僕は驚く。

 なるほど。アレスちゃんが興味深く足もとの内蔵っぽい床を触っていたはずだ。


「何で生物のお腹の中に竜脈が流れているのかな? 実は計り知れない者の体内はやっぱり特別で、竜脈の流れそのものを取り込んでいるとか? おじいちゃんのお腹の中でも、竜脈は流れていたりして?」

「ためすためす?」

「いやいや、おじいちゃんに食べられたくないからね?」


 どうなんだろう? とシャルロットを見てみる。

 というか、連続で空間跳躍を繰り出した僕に当たり前についてきているシャルロットも、やはり計り知れない存在だよね。


「ふふふ、捕らわれた方々を救い出して宝珠宮の秘密を解き明かすことができれば、解決でございますよ」

「それって、僕を巻き込んだから計画した悪巧みなの? それとも僕が来る前からシャルロットが画策していて、僕をついでに巻き込んだの?」


 普通に考えれば、シャルロットが救出したミシェルさんたちが宝珠宮に捕らわれいるのなら、全てを画策したのはシャルロットだと思うんだけど。

 それじゃあ、シャルロットは何の目的で僕をここに呼び込んで、何を成そうとしているんだろうね?

 だって、偶発的ぐうはつてきに僕たちと北の海で会わなければ、シャルロットはひとりで何かをしていたんだよね?


 それとも、僕たちの動きを知って、急遽きゅうきょで悪巧みを考えた?

 そんな思考も少しだけ過ったけど、普段から僕たちの行動を把握している巨人の魔王やシャルロットであっても、今回はこちらの動きに対する反応が早すぎると思うんだよね。


 むうむうと考えてみるけど、答えは出てこない。

 シャルロットも、その辺の僕の思考には答えるつもりはないのか、笑顔のまま傍らに寄り添うだけだった。


「仕方ない。ここで立ち止まっていても話は進まないし、行くしかないね」

「いこういこう」


 僕はアレスちゃんを抱いて、空間跳躍を発動させる。そして、一瞬で城門の上に移動した。


「怪しい気配はなし。罠とかがあったりするのかな?」


 どれほど探っても、僕たちを飲み込んだ巨大生物の気配に全てが満たされていて、他の気配を読み取ることができない。

 もちろん、宝珠宮の何処どこかに捕らわれているはずのミシェルさんたちの気配もね。


「飛竜たちの気配さえ読めないってことは、こちらの感覚を狂わせる何かがほどこされているんだろうね」


 だとしたら、油断なんてしていたら足もとをすくわれる可能性がある。

 シャルロットがにこにこ顔で同行しているからと甘く見ていたら、もしかするとミシェルさんたちの救出に失敗してしまうかもしれないね。

 気合を入れ直して、不測に事態に備えておこう。


 城壁から見下ろした宝珠宮の前庭は、周囲の城壁や城門と同じような、乳白色の真珠のような質感に見えた。

 まるで、超巨大な真珠のを彫って築かれたお城の彫刻物みたいだね。


「そう考えると、宝珠宮の建物がこの空間の中でも際立って異質だよね?」


 なぜ、巨大生物のお腹の中に、こんなに美しいお城が建っているんだろうね?


 どれだけ慎重に探っても、何者かが潜んでいるような気配や罠のような違和感は見受けられない。

 安全を確認すると空間跳躍を発動させて、城壁とお城の玄関前に広がる前庭に降り立った。

 するとやはり、乳白色の床は硬質で、真珠のようななめらかさが靴の裏から伝わってくる。


「床が滑らかすぎて、すべりそうだね?」


 真珠質の床にも、視線の先に見えるお城の玄関や城内全てにも、汚れや傷は見当たらない。

 遠目から見た宝珠宮は目を疑うほど美しい外観をしていたけど、いざ城壁内に足を踏み入れてみると、全てが真珠のような物質でできている風景に囲まれて、神秘さに満たされる。


「それでは、エルネア君。まずは何方どちらへ向かわれるのでしょうか?」


 シャルロットに問われて、僕は改めて周囲を見渡す。

 足を向ける先には、お城の美しい玄関が門扉もんぴを閉ざして待ち構えている。

 それ以外だと、前庭には水のない噴水や彫刻品が在るばかりで、特に目標とすべき違和感や何かの気配はなかった。


「うーん、そうだねえ」


 無難に選ぶなら、お城の中に入れる玄関を目指すべきなんだろうけど。


「やっぱり、重傷を負っているはずの飛竜が気になるよね?」


 と、わざとらしくシャルロットを見たら、素敵な笑顔を返されました!


「捕らわれのミシェルさんたちも気になるけど、シャルロットの様子だと今のところは命の危機というわけではなさそうだし。そうすると、確実に危ない飛竜の方を僕は優先させたいな?」


 そして、大きな身体の飛竜たちがお城の中に捕らわれているとは思えない。


「ということで、お城の周りを探索して竜厩舎りゅうきゅうしゃみたいな場所がないか探してみよう!」

「みようみよう」


 アレスちゃんも反対する気はないみたいで、それじゃああっちから探そう、と小さくて可愛い手で目的地を指差した。

 僕はアレスちゃんの提案に従って、お城の正面から右回りに歩き出す。

 正面玄関を過ぎ去り、真珠質なお城の壁を左に見ながら、お城と城門の間のお庭を歩いていく。


 宝珠宮として城壁に囲まれた区域は、全てが真珠のような乳白色の物質で構成されているみたいだね。

 お城の外壁も屋根も、床も調度品も何もかもが、真珠の彫刻のようだ。

 でも、そこで違和感を覚える。


「装飾も緻密ですごく綺麗で美しいんだけど……。さっきから、窓がないよね?」

「ないない」


 そうなんだよね。僕たちは左手にお城の外壁を見ながら移動を始めたんだけど、どこまで歩いても窓が見当たらない。

 もしかして、一階部分には窓のない建築様式なのかな? と思って頭上を見上げてみたけど、四階建てほどのお城の壁面には、綺麗な装飾や彫刻はあっても、窓が一切存在しなかった。


 この辺に、宝珠宮の秘密が隠されているのかな?

 そう思いながら、慎重に周囲の気配を探ってお城のかどを曲がった時だった。


「あっ!」


 続く城壁の先に、僕は目的の場所を見つけた。

 ヨルテニトス王国で見たような、実用性重視の厩舎きゅうしゃではなく。これまた絢爛豪華けんらんごうかな、まさにお城の別邸といったおもむきで、それは建っていた。


 真珠を彫り込んだような建物の外観には、相変わらず窓は見当たらない。そして、巨大な生物が出入りできるように三階部分まで吹き抜けにされた建物の入り口には、門や壁もなかった。

 お城の別邸のようでありながら、まるで最初から竜族や体の大きな生物を休ませるために造られたかのような建物は、この上なく美しい宝珠宮に相応しい「竜厩舎」だった。

 そして、その竜厩舎の奥には、さっきまで僕たちを追いかけ回していた飛竜が三体捕らわれていた。


 二体の飛竜は身体を丸めて、大人しく翼を畳んでいる。

 一体だけが、無惨な姿で横たわっていた。

 茶色のうろこに覆われた全身には力が入っていなくて、翼や足や尻尾が有り得ない方向に曲がっている。

 あの茶色の飛竜が、シャルロットに襲われた個体だね。


 僕は、竜厩舎に捕らわれている飛竜たちを刺激しないように、空間跳躍は使わずに歩いて近づいた。

 すると、身体を丸めていた二体の飛竜がすぐに反応する。ぐるる、と喉を低く鳴らして、鋭い眼光をこちらへ向けてきた。


「みなさん、無事ですか? いや、一体は無事じゃないでしょうけど……」


 シャルロットに襲われて命があるのなら、それは「無事である」と僕なら確信を持って頷ける。

 だけど、飛竜たちはどうなんだろうね?

 そう思いながら声を掛けたら、赤い飛竜から嫌味が飛んできた。


『我らを捕縛した魔族と共に汝が現れるとは、なんとも忌々いまいましい。そういう意味では、我らの心は無事ではあるまいよ?』


 隣の緑色の飛竜が続ける。


『竜神様の御遣いたる其方からこのような仕打ちを受けるとは。我らはもう竜神様に顔向けできぬということか』


 どうやら、僕のことを「竜神の御遣い」と正しく認識しているみたいだね?

 そう名乗っていないはずなのに、竜の墓所に籠っていた飛竜が僕のことを知っているなんて、不思議だね?

 噂で僕のことを聞いていた?

 それとも、もっと違う要因で知られているのかな?

 それはともかくとして。

 赤い飛竜の嫌味は、僕が「竜神さまの御遣い」という立場でありながら、竜族側に寄り添わずに魔族のシャルロットと現れたことへの不満なんだ。

 だけど、それは大間違いですよ、飛竜のお爺ちゃん!


「僕のことを知っていてくれて、嬉しいです。でも、それじゃあなんで、僕たちに過剰な攻撃をしてきたのかな?」


 余生の邪魔をされたから、という理由だけであんなに執拗しつような攻撃をしてくる悪い飛竜と、僕たちの命を救ってくれたシャルロットを天秤てんびんはかったら、たとえ竜神さまの御遣いじゃなくても、誰でもシャルロット側に立つと思うんです。


 とがめるような僕の気配を正しく理解しているのか、最初の嫌味意外で飛竜たちが文句を口にすることはなかった。

 どうやら、飛竜たちもやり過ぎたと反省していたみたいだね。

 というか、この状況で反省できないほどの悪竜なら、助けることを躊躇ためらってしまうよね。


「積もる話はお互いにあるとは思うけど。まずはそっちの飛竜の手当てをさせてもらおうかな?」


 竜厩舎には、飛竜たちを縛る門も壁もない。それでも飛竜たちが逃げ出さずに大人しくしている理由は、彼らがやはり竜族として優れた叡智えいちを持っているからだ。

 気配を探ればわかる。ここがどういう場所なのか。

 どうやって連れてこられて、何者に捕らわれたのかを理解していれば、抵抗する方がおろかしいということも読める。

 だから、飛竜たちは縛られてもいないのに、竜厩舎で大人しく身体を丸めていた。


 だけど、一体だけは別だ。

 瀕死ひんしの飛竜は、か弱い呼吸でなんとか生き延びている様子だった。

 見るからに重傷の飛竜。

 僕は懐から小壷こつぼを取り出した。


「でも、これだけじゃあ足りないから……」


 老竜らしく、身体は大きい。

 だけど、僕が持っている小壷に入ったスレイグスタ老謹製の秘薬は、少ししかない。どれだけ薄く伸ばして塗っても、全身を負傷している飛竜の身体に満遍まんべんなくは塗れないのは確実だ。

 だから、僕は命に関わる深い傷の部分だけに秘薬を塗っていった。


「今はこれで我慢してね? これから巫女さまたちを救い出して連れてくるから、それまでの辛抱だよ?」


 僕のはげましの言葉に、重傷の飛竜が低く喉を鳴らす。


『我を救うというのか? 其方らに牙を向けたというのに……?』

「そうだよ?」


 なぜ、という飛竜の竜心に、僕は答えた。


「今回は、誰かが一方的に悪い、という状況じゃなかったからね。貴方たちの安息を乱したのは、巫女さまたちだよね。だから、竜族が怒ることを僕は理解しているし、竜峰は竜族の縄張りなんだから、そこに侵入してきた者を全力で排除しようとした貴方たちを責めることはできないと思っているよ」


 僕が竜神さまの御遣いだから、僕に牙を向けるということは竜神さまに噛み付く行為だ、なんて傲慢ごうまんな考えはない。

 竜族たちには竜族たちの考えや誇りや矜持きょうじがあるのだから、それに従って行動したことを攻めたりはしない。

 ただ、まあ。

 ちょっと執拗でやり過ぎちゃったよね?

 他の飛竜たちが退いた時点でお終いにしておけば良かったのでは、と結果論的に言うこともできる。

 そして、そのやり過ぎた部分で、三体の飛竜たちは罰をこうして受けているのだと思う。


 そう話すと、飛竜たちは素直に納得してくれた。

 やはり、竜族たちは知性が高いね。

 時として他者を見下したり弄んだりする強者としての暴虐ぼうぎゃくな振る舞いを見せたりもするけど、悪い部分は素直に反省できる柔軟で冷静な心を持ち合わせている。

 若造の僕の言葉にもこうして耳を傾けて、自分の至らなさを顧みることができるんだね。


「それじゃあ、もう暫くだけここで我慢して待っていてね? 必ず助けに来るから!」


 僕は小壷の秘薬を使い切ると、竜厩舎で大人しく翼を畳んでくれている飛竜たちに別れを告げて、次なる捜索に動き出した。

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