全てはシャルロットの掌の上

「エルネア君、無事だったのね!?」

「アリスさん、どうしてこんなところに!?」


 お互い同時に言葉を発して、一拍置く。

 そして、僕の方から続きを口にした。


「僕は無事でしたよ。回廊の先の、ほら、あの横巻き金髪の魔族に助けてもらったので」

「魔族……」


 お互いに武器を振り合ったことで、アリスさんの身体も回廊の角から出てしまっている。それで、アリスさんは曲がり角の先に見えるアレスちゃんとシャルロットを視界に入れた。


「そう、あの魔族が君を助けてくれたのね? ということは、私もあの魔族には敵対の意志を示す必要はないのね?」

「はい、アリスさん。あの魔族には誰も敵いませんよ」


 竜神様の御遣いの君でも? と問われて、素直に頷く。

 だって、現状でさえ魔力と魂を封印した状態だからね。

 金色の君に刃向かったら、竜峰一帯が消滅しちゃいます!


「ふふふ、エルネア君のご家族だけは見逃して差し上げますよ?」

「いやいやいや、絶対に暴れないでね?」


 アリスさんも初見でシャルロットの計り知れない実力を読み取ったのか、僕に従って刃を収める。

 というか、両刃薙刀の刃は、白剣が受けていたんだけどね。


「それで、君が無事ということは。あの巫女は……?」


 アリスさんは、自分の娘の名前を口にはしなかった。

 まだ僕に露見していないと思っているのかもしれないね。


「ミシェルさんですよね? はい、彼女も無事です。ただ、そっちの魔族の悪戯いたずらに巻き込まれちゃっていて」


 さて、どう説明しましょうか。と内心で困惑する僕。

 アリスさんは、娘のミシェルさんがシャルロットの悪巧みによって宝珠宮のどこかに捕らわれていると知ったら、納めた刃をまた持ち上げるかもしれない。

 アリスさんはそれくらい武人然とした女性なんだよね。


「ふふふ、無事は保証いたしますよ。この宝珠宮で無闇な殺生は御法度ですので」

「初耳なんだけど?」


 いやまあ、確認さえしていなかったら、知らないのは仕方がないとしてもですね?

 宝珠宮で殺生が御法度だなんて重要事項は、事前に聞いておきたかったよね?

 というか、それを知らずに、もしも白剣を向けた相手がアリスさんじゃなくて宝珠宮の関係者や魔物だったらどうするのさ?


「ふふふ、エルネア君ですので大丈夫かと?」

「意味がわかりませんっ」


 どこまでも僕を弄んで楽しそうなシャルロットに、ため息が出ちゃう。

 アリスさんは、僕とシャルロットのやりとりを見て、ミシェルさんたちも本当に無事なのだろうと思ってくれたらしい。

 こちらが困るような突っ込みを入れることもなく、現状を納得してくれた。


「それで僕はミシェルさんたちを救出しようと、この宝珠宮を探索していたんですけど。アリスさんはどうして?」


 普通に考えると、アリスさんも巻き込まれてシャルロットに連れてこられたと思えるんだけど。

 でも、アリスさんは宝珠宮を自由に動いていたよね?

 霊樹の枝と言祝ぎの祝詞がないと部屋の扉さえ開かない、この宝珠宮の中で。

 僕の疑問に、アリスさんは「そうか。エルネア君はあの後のことを知らないのだな」と、僕とミシェルさんがシャルロットによって北の海へと引き摺り込まれた後のことを話してくれた。


「君たちが金色に輝く海に呑まれた後は、それまでにも増して激しい情勢になった」

「ふふふ、エルネア君以外に加減をする必要はございませんからね?」


 僕とミシェルさんを保護したシャルロットは、本腰を入れて北の海の上空で暴れる者たちを制圧しにかかったようだ。


「飛竜も天馬も飛ぶ力を奪われ、全ての者たちが金色の鞭に捕らわれた。私も最初はなんとか凌ぎ切っていたのだが、不意にある意思が頭に流れてきてな」

「はい。随分と抵抗されていまして、北の海の支配者が本格的に介入しそうでしたので、私が思念をお伝えいたしました。大人しく捕縛されれば、全員の命だけはお見逃ししますと」

「なるほど。それでアリスさんは仕方なく捕まったんだね?」


 北の海の先にあるという小島を目指すアリスさんにとっては、追っ手の者たちや飛竜は邪魔な存在でしかない。

 それでも、追っ手のなかには娘のミシェルさんが混じっていたからね。

 武人の如き意志の強さを持ったアリスさんでも、シャルロットの提案には逆らえなかったようだ。


「それで、私も海の底に引き摺り込まれた。不覚にも途中で意識を失ってしまい、気がついた時には不思議な部屋に閉じ込められていた」

「宝珠宮の部屋だね?」

「この建造物が『宝珠宮』と呼ばれるのなら、そうだな」

「でも、アリスさんは今こうして自由に出歩いているけど、どうやって部屋から出たの?」


 僕の疑問に、アリスさんは姿勢を正して周囲の気配を探る仕草を見せる。


「君も竜神様の御遣いであるのなら、この場所の特異性には気づいているだろう?」

「はい。ここは深海の超巨大生物のお腹の中ですけど、竜脈が流れています。それに、宝珠宮の正体は……」

「そうだ。であるのなら、私にも馴染みがある」

「えっ!?」


 アリスさんの言う「馴染み」とは、超巨大生物を知っているという意味を指すのではなくて、竜脈や宝珠宮を構成する乳白色の物質に対してだろうね。


「ふふ、そこで驚くことはないだろう? まあそれはともかくとして。私にとっても馴染みのある気配だ。ならば、どう行動すれば良いのかも君のように解明できる」

「なるほど! それじゃあ、ミシェルさんたちも実は……?」

「あの子らは、まだ未熟だ。私のようには動けない」

「そうなんですね。ということは、やはり救出に向かうしかないですね」


 アリスさんの様子を、こっそりと伺う。

 ミシェルさんたち追っ手が宝珠宮に捕らわれた状況で、それでも命や身の危険の心配はないと知った今。アリスさんはどう判断するんだろうね?

 追っ手の心配がなくなったと、また僕を巻き込んで小島を目指すのかな?

 それとも、娘を助けるために僕たちと一緒に行動してくれる?


 僕の心配を知ってか知らずか、アリスさんは視線を回廊の先や自分の背後に巡らせた。

 そして、微塵の躊躇いもない声で言う。


「私の通ってきた廊下や部屋には、誰も捕らわれていなかった。エルネア君たちも巫女たちを捜索しながらここまで来たということは、お互いの進んできた先には誰もいなかったということだろう。では、別の場所を探そう。良いかな?」

「はい、そうですね!」


 良かった。アリスさんは武人のような心構えの人であっても、無慈悲な感情は持っていなかったね。

 迷うことなく、自分にとって邪魔になる者たちを救おうと選択してくれたアリスさんの決断に、内心で嬉しくなる僕。


「それじゃあ、もっと奥の方を探そう」

「さがそうさがそう」

「ふふふ、頑張ってくださいませ」

「悪巧みの張本人に言われたら脱力しちゃうよっ」


 僕の突っ込みに、糸目を細めて微笑むシャルロット。

 アリスさんは、そんなシャルロットを興味深そうに見た。


「エルネア君。彼女はくだんの北の海の支配者ではないのだろう?」

「そうですね。あの人は巨人の魔王の側近で、魔族の国々の軍勢を纏めて神族と戦った大魔元帥で、かつて魔族の大帝国を滅ぼしかけた金色の君です」

「っ……!」


 僕の説明に、息を呑むアリスさん。

 おおっと、どうやら言い過ぎたみたいです。


「でも、安心してくださいね。僕を弄んでいるうちは大人しいよ。僕は大迷惑だけどねっ」


 あっ、そうだ! と忘れてはいけないことを思い出して、シャルロットに問う。


「ねえねえ、オズを知らない? 行方不明なんだよね?」


 念の為に、オズが敬愛する金色の君様に行方を知らないか聞いてみた。

 すると、シャルロットは微笑みながら懐に手をしれて、二股狐の毛皮を取り出した。


「オズが毛皮になっちゃった!?」

「ふふふふふふふ。エルネア君、誤解ですよ? ほら、ちゃんと生きていますでしょう?」

「いや、尻尾を持って振り回して見せられても、生死は確認できませんよ?」


 とはいえ、毛皮に見えたのは気のせいで、オズらしき金色の二股狐には傷ひとつないことが見てとれた。


「ま、まさかっ。僕たちが用事で北の海を訪れなかったら、オズで釣るつもりだったのかな!?」

「秘密でございます」

「いやいや、絶対に正解だよねっ」


 行方不明だったオズが、こんな形で見つかるだなんてね。

 それと、もうひとつわかったことがある。


 シャルロットがオズを利用して僕たちを誘い込もうとしていたってことは、やっぱり僕やアリスさんの動きを知ってから計画した悪巧みではないってことだ。

 では、シャルロットは密かに何を企んでいたのかな?


 きっと、答えは宝珠宮の深部にある。


 オズは生きていた。

 ただし、シャルロットによって昏睡状態にさせられている。

 オズよ。君は敬愛する金色の君にいつも酷い目に合わされているよね?

 ちょっぴり可哀想に思えてきます。


 ミシェルさんだけでなく、オズを救うためにも、早く宝珠宮の秘密を解き明かそう。

 僕はアリスさんを伴って、捜索を再開させた。






 一度、一階まで戻る。そうして、アリスさんとお互いにどこを調べたのか確認をして、次に捜索する場所を決める。


「やっぱり、お城で言うところの謁見えっけんの広間が怪しいのかな?」

「これほど立派で美しい建物だが、生活感は何故かない。そう考えると、そもそも宝珠宮は誰かを住まわせるために建てられたわけではないだろう。それでいて、城の形を取る。ならば、宝珠宮の最重要な何かは、謁見の広間にあると考えるべきだろうな」

「だけど、そこにミシェルさんたちが捕らわれているとは限らないよ?」


 こっそりとシャルロットの表情を伺ってみたけど、何も読み取れなかった。

 やっぱり、シャルロットの方が僕たちなんかよりも何倍も上手うわてだよね。


「それでも、君は宝珠宮の秘密を解き明かさなくてはいけないのだろう? ならば必ず謁見の広間には向かうことになるのだから、其方そちらへ向かいながらあの子たちを探せばいい」


 アリスさんの提案は合理的だ。

 僕も頷くしかない。

 ただし、一部を除いて。


「ねえ、アリスさん」


 と、僕は隣を歩くアリスさんに躊躇いがちに聞いた。


「ミシェルさんは、アリスさんの娘さんなんだよね? そして、アリスさんが殺してほしいと言っていた巫女さまって、アリスさん自身のことなんじゃないの?」


 アリスさんは、自分の口からは絶対にミシェルさんが自分の娘だとは漏らさない。

 だから、僕は単刀直入に質問した。


 足を止めるアリスさん。


「……そうか、ミシェルから聞いたのか」


 はい、と頷く僕。

 アリスさんは僕をじっと見つめた後に、小さく息を吐いた。


「その話は、また後でだな。まずは捕らわれている者たちを救うことが先決だ。それに、急がないと飛竜の命が危ないのだろう?」

「アリスさんは、立派な巫女さまですよ」


 自分の目的よりも、他者の安否を躊躇いなく心配することができるアリスさんは、まごうことなき立派な巫女さまだ。

 だからこそ、僕は絶対に救いたい。

 愛する夫の後を追おうとするアリスさんや、大切な両親を失いたくないと願っているミシェルさんを。

 それと、飛竜もね!


 複雑に入り組んだ回廊とは違い、目的地を謁見の広間と決めて選んだ大廊下は真っ直ぐに宝珠宮の奥へと伸びていた。

 僕たちは、大廊下に隣接する部屋をひとつひとつ確認しながら進んでいく。

 だけど、結局は誰も見つけ出すことができずに、謁見の広間とおぼしき大扉の前まで来てしまう。


「この扉は、少し気合いを入れる必要がありそうだ」


 見上げる高さの大扉を前にして、アリスさんが気を引き締める。

 僕とアレスちゃんは一緒になって、霊樹の枝を構えた。


 これまでの道中。アリスさんは、霊樹の枝について何も触れなかった。

 まるで、僕とアレスちゃんが大切に持つ枝の正体を知っているかのように。

 まあ、霊樹の根もとまで天馬に乗って飛んできたアリスさんだ。霊樹のことは最初から知っていたんだろうね。

 そして、そのアリスさんが馴染みのあるもの、と言った正体は……


 霊樹の枝を構える僕とアレスちゃんの横で、アリスさんが歌うように祝詞を奏上する。

 僕の下手くそな言祝ぎではなくて、正真正銘のおごそかな祝詞だ。


 アリスさんの祝詞に合わせるかのように、宝珠宮内にも流れている竜脈が反応する。

 全ての流れが謁見の広間の大扉へと集中していく。

 僕とアレスちゃんは、アリスさんの祝詞が終わる頃合いを見計らって、霊樹の枝の先を大扉に当てた。


 ふわり、とさざなみのような優しい波長で、大扉に向かって流れていた竜脈が揺れる。

 そして、謁見の広間へと続く大扉が、淡い虹色に染まり出した。

 見惚れるように、変色していく大扉を見つめる僕たち。

 その僕たちの視線の先で、七色に染まった大扉がゆっくりと開き始めた。


「まずは、ここで宝珠宮の秘密を手に入れる」


 と身構えた僕たち。

 だけど、謁見の広間で待ち構えていた運命は、全てを画策したシャルロットらしい難関だった。


「アリス様!」


 と、謁見の広間に捕らわれていた女性たちが叫ぶ。

 ひとりだけが、違う叫びを上げた。


「お母さん!!」


 大きく開いた大扉の先で、こちらを見てミシェルさんが涙を流して喜ぶ。

 だけど、駆け寄ろうとする者たちに対して、アリスさんは容赦なく両刃薙刀を構えた。


「貴女たは帰りなさい。私の覚悟はもう変わらない!」


 そんなっ、と叫ぶ者たち。

 ミシェルさんも大粒の涙を流して、アリスさんに駆け寄ろうとする。

 だけど、薙刀の刃が行く手を阻む。


 巫女として、捕らわれた者たちを救出する意志は揺るがない。

 それと同時に、自分の意志も微動だにはしない。

 揺るぎのない決意を全員に示すアリスさん。


 謁見の間の最奥。

 普通であれば玉座が据えられる場所で静かに佇む『宝珠宮のあるじ』を前に、僕たちに難題が立ちはだかった。

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