一歩前へ

 魔獣たちと追ったり追われたりしているうちに、なんとなくだけど、連携とは何か、不意打ちにはどう対処すればいいのかが、少しずつわかってきたような気がする。


 連携とは、仲間と協力して技と技を繋げあい、攻撃力を格段に上げたり隙をなくしたりして、相手の反撃を潰す。そして、多方面からの攻撃によって相手の注意を散漫させて、隙を作らせるためのもの。もしくは、相手の桁違いの攻撃力を協力して防ぎ、反撃の糸口を掴むためのもの。

 息を合わせ、仲間の動きを正確に読まないと、綺麗な連携は決まらない。


 魔獣の連携は巧みだけど、種族の違いか、いつも微かなほころびがある。僕はその綻びを見つけ出して魔獣の連携を崩し、反撃する。


 僕が優勢になると、魔獣は一旦遁甲して、姿と気配をくらませる。次に現れる時には、必ず不意を突いてくる。


 不意を突かれた時の、僕の悪い癖。それは必要以上に驚いてしまい、動きが大雑把になってしまうこと。竜峰を旅した初期のように、完全に自分を見失うようなことはなくなった。だけど今でも、一瞬頭が真っ白になって、何をすべきか考えられなくなる時がある。


 取り敢えず、空間跳躍で大きく回避、という思考回路は完全に魔獣に読まれていて、次の一手を待ち構えられている状況が多い。


 じゃあ、どうすれば良いのか。


 不慮の出来事、不意打ちに対処するためには、色んな場面や状況をたくさん経験すること。それが僕にできる対処方法。

 情けないかもしれないけど、今の僕にはこの方法が一番良い。失敗から多くのことを学ぶ。今までだって、そうやって色んなことを身につけてきたんだ。


 だから、無様でも良いし、子鹿を捕まえられなくても良いと思った。不意打ちをこれほど巧みに、何度でもやってくる相手にはそうそう巡り会えない。巡り会えても、真剣勝負を必要とする相手だった場合は、対応できなければそこで死んでしまう。


 その点、魔獣たちの不意打ちと連携は、今の僕にはありがたかった。


 回避に失敗しても、叩かれたりつつかれたりして痛いだけで済む。魔獣はけっして、僕に酷い怪我を負わせないように、手加減してくれる。


 不意打ちの回避の仕方を考え、試す。魔獣に読まれていれば、それは駄目な回避の仕方。逆に反撃に転じれるような動きができれば、成功。でも繰り返せば魔獣はすぐに対処してくるから、新たな回避方法を模索しなきゃいけない。

 多くの回避方法を見つけ出し、繰り返し練習して、体に覚えこませていく。そして次の段階へ。


 今までは、不意打ちが来る、と最初から警戒して身構えていた。でも本当の不意打ちというのは、油断している時にこそ来るんだよね。

 だから、あえて警戒を解いて、普段の状態に身も心も持っていく。まさに、咄嗟とっさの対応が必要な状況にして、より実践に近い緊急性に持っていく。


 魔獣たちも僕の目的と意図に気づいてくれているのか、更に高度な不意打ちと連携を繰り出してくる。

 僕は何度も何度も魔獣に叩きのめされて、無様に地面に転がった。だけど、めるわけにはいかないんだ。こうしてたくさん失敗を重ね、そこから解決方法をひとつひとつ模索していかないと、僕は成長できない。


 ミストラルと昨夜、約束したからね。みんなを守れる男になって!


 どうにかして不意打ちを回避する。続きの連携を崩し、反撃の糸口を探る。そして子鹿を追いかける。

 必死に頑張っていると、気づけば夕方近くにまでなっていた。


 不意打ちの対処方法や、連携された時の崩し方にし重点を置いてはいたけど、子鹿を追うことに手抜きは入れてなかった。


 だって、子鹿を捕まえないと、帰れないし。

 ミストラルと一緒に寝れないし!


 だから色々と必死に頑張っていたんだけど、子鹿は結局いつまで経っても捕まえられない。


 むむむ。僕はもしや、今日は帰れないんじゃないかな。と思い始めた頃。


 てとてとと、子鹿が疲れたように僕のそばに歩み寄ってきた。そして愛らしい顔を僕のお腹に擦り付ける。


「もしかして、お腹が空いたから、今日は終わりってこと?」


 たずねると、子鹿は僕を見上げて、可愛くこくこくと頷いた。

 子供の魔獣とはいえ、人の言葉を理解しているみたい。狒々ひひのように人の言葉を話すことはできないけど、こうやってわかりやすい意思表示をしてくれる。

 魔獣は本当に賢いんだね。


 僕が優しく背中をなでてあげると、子鹿は嬉しそうに瞳を閉じる。ちょっと固めだけど、滑らかな毛並みが撫でていて気持ちが良い。


 子鹿と僕の様子から、本日は終了と察したのか、協力してくれていた魔獣たちが次々に姿を現わす。


 相変わらずの魔獣大集合。


 そして現れた魔獣たちは、僕に向かい揃って頭を突き出す。


「今日一日付き合ったから、頭を撫でて労え、ということかな?」


 僕の言葉に、うんうんと頷く魔獣たち。


「仕方ないなぁ」


 僕は苦笑しつつ、魔獣たちにお礼を言いながら、撫でていく。

 なんだか、少し前に苔の広場で似たような状況を経験したのは気のせいでしょうか。

 それと、大蛇魔獣のぬるりとした鱗の肌触りはまだ耐えられたけど、大蜘蛛魔獣は精神が逝きそうでした!


 魔獣たちが満足するまで撫でていると、完全に夕方になった。


「あ、そろそろ帰らないと。というか、僕は帰れる状況なのかな?」


 子鹿は自力では捕まえられなかったけど、自ら歩み寄ってきて、ある意味捕まえた、と言っても良い状況にはなったんだけど。


 僕が首を傾げると、魔獣たちも同じように首を傾げる。

 いやいや、君たちは僕の真似をして、遊んでいるんでしょう。


 本音としては、帰ってミストラルと一緒に寝たいんだけど、帰っても良いものなのか。と悩んでいると、森の奥からルイセイネが歩いてやってきた。


「エルネア君、こんなところに居たんですね」

「あ、ルイセイネ。こんにちは」

「はい、こんにちは」


 ルイセイネは、集合した魔獣たちに臆することなく、僕のそばに歩いてくる。そうしながら状況を確認し、僕と僕のかたわらにすり寄っている子鹿を見て。


「どうやら、目的は達したのでしょうか」

「ううん、どうなんだろうね?」


 微笑むルイセイネに、僕は現状を伝える。


「それでしたら、一応達成、ということで良いのではないですか。じゃないと帰れませんよ。それとも、ミストさんと一緒に寝ることよりも、魔獣と一緒に過ごす方が良いでしょうか」

「うっ」


 何気に、ルイセイネは恐ろしいことを言いませんでしたか。なんでミストラルと一緒に寝たことを、ルイセイネが知っているんだ!

 ま、まさか。

 ミストラルさん。貴女はまた、彼女たちに色々と話してしまったんですね。


 いま気づいた。

 ルイセイネは微笑んでいるようで、怒っています。額に青筋が見えます。


「ええっと、ルイセイネ?」

「はい?」


 微笑みながら、僕を見つめるルイセイネ。ちょっと怖いです。


「か、帰ろうか」


 興味津々に僕とルイセイネのやりとりを見つめる魔獣たちにお別れの挨拶をして、ルイセイネの手を握り、歩き出す。


「迎えに来てくれて、ありがとうね」

「どういたしまして」


 ルイセイネは抵抗することなく、僕と一緒に手を繋いで、森の中を歩く。


「怒ってる?」

「いいえ、なぜですか?」

「な、なんとなく」

「わたくしが怒るようなことを、エルネア君はしたのですか?」

「う、ううん……」


 気のせいでしょうか。ルイセイネの言葉に、なぜか棘を感じます。


「ルイセイネ」

「はい」

「こ、今度また、一緒にお買い物に行こうね」

「ライラさんやミストさんたちと一緒に?」

「ううん、二人だけで!」

「あらあらまあまあ」


 僕の誘いに、ルイセイネの瞳がきらり、と光ったような気がした。


「良いのですか。他の方を置いて二人だけだなんて」

「うん。たまにはね」

「それは、罪滅ぼし?」

「ど、どういう意味かな!?」

「どうもこうも、ミストさんから色々聞きました」


 ぷくっと頬を膨らませるルイセイネ。だけどそこには、怒りも妬みも感じ取れない。ちょっとねているだけのように見えた。


「わたくしたちの居ない間に、ずるいです」

「うっ、ごめんなさい」


 ミストラルはどこまで話したんだろう。も、もしかして、口付けのことまで言ったんだろうか。


「エルネア君。目が泳いでますよ。お二人で寝たということ以外にも、何か隠してますか?」

「か、隠してないよっ、本当だよっ」

「怪しい」


 ルイセイネがじと目で睨んでくる。

 ふむ、どうやら口付けのことまでは言っていないみたい。もしも言ってたら、そこの部分を噛みつかれそうだしね。


「と、とにかく。急いで帰ろうか。早くしないと、日が暮れちゃうから」


 言って僕は、ルイセイネを引っ張るように歩く。ルイセイネも、ぶうぶう言いつつも、僕の手を離さず歩く。


「エルネア君」


 ちょっとした愚痴を聞き流しつつ竜の森を彷徨さまよい続けていると、不意にルイセイネが僕の手を両手で握ってきた。

 今までとは少し雰囲気が違うことに気づき、僕は立ち止まる。そして、ルイセイネに振り返った。


「どうしたの?」


 さっきまでとは違い、少し項垂れたルイセイネは、元気がなさそうに見えた。


「エルネア君、わたくしも大切にしてくださいね?」

「ええっ、もちろんだよ。急にどうしたの!?」


 突然、元気をなくしたルイセイネに驚く僕。


「だって……」


 ルイセイネは強く僕の手を握り締め。


「ミストさんと一緒にいる時のエルネア君は、本当に嬉しそうに、輝いて見えます。ライラさんのことは親身になって考えて相談に乗ってあげていますし、プリシアちゃんやニーミアちゃんは、すごく可愛がられてます」

「う、うん」

「でも、わたくしは置いてけぼりですよ。わたくしは、竜眼があるからという理由だけで、エルネア君のお嫁さんになるんですか?」

「違うよ。何言ってるんだよ!」


 急なことで、正直驚いた。まさか、ルイセイネが僕との関係で思い悩んでいるなんて。


 たしかに、僕は最近、ルイセイネに特別何かをしてあげたような記憶はない。

 ルイセイネの言う通り、ミストラルと再会して浮かれていたし、ライラのことに構いっぱなしになっていた。


 ルイセイネはいつも僕の傍で気を配っていてくれたのに、僕はそれが当たり前だと感じてしまっていたのかも。


「ごめんね」


 僕もルイセイネの手を両手で握る。


「でも、誤解だよ。竜眼がなくても、僕はルイセイネをお嫁さんにしたいと思うよ」

「本当ですか?」

「本当だよ」

「では、証拠を見せてください」

「うっ」


 何か昨夜のミストラルとのやりとりが頭を一瞬よぎる。


「ルイセイネ」

「はい」


 見つめ合う僕とルイセイネ。


 そして、僕は強くルイセイネを抱きしめた。

 本当はもっと大胆なこともしたかったけど、ルイセイネは巫女様だからね。巫女様の貞操は、恐らく王家よりも固いと思う。


「僕は、ルイセイネが好きだよ」

「あらあらまあまあ、はっきりと言われるのは、初めてのような気がします」

「そうだっけ?」

「はい」


 ルイセイネも遠慮がちに僕の背中に腕を回す。そして僕たちは、少しの間抱きしめあい、恥ずかしさで顔を赤くしながら離れた。


「皆さんが待っています。帰りましょうか」

「うん、そうだね」


 手を繋ぎ直し、歩みを再開させる。


 今の抱擁で少しだけ満足してくれたのか、ルイセイネは僕に寄り添いながら歩いてくれて、愚痴も溢さなくなった。

 そして一言。


「さっきので、ミストさんと接吻せっぷんを交わしたのは許してあげますね」

「ぐぎぎぎっ」


 罠だ! 罠でした!!


 ルイセイネが急に落ち込んだように見えたのは、彼女の計算でした!

 不安を煽り、僕から甘い言葉と行動を引き出させるための、ルイセイネの演技でした。


「だ、騙したね」

「何のことでしょうか」


 ふふふ、と惚け笑いを見せるルイセイネ。

 ぐうう、完全に掌で踊らされてました。


 でも、ルイセイネの言葉は彼女の本心だったと思う。だから、もう少し僕も周りへの配慮や気配りには気をつけよう。


 僕とルイセイネは、手を繋いで苔の広場へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る