魔族も神族も悪い人です

 魔族の支配者が行方不明という非常事態に、いかにも不満そうな巨人の魔王。

 一方のシャルロットは、魔王から報告を受けて、とても楽しそうに微笑んでいた。

 魔王とシャルロットの真逆の反応に、僕たちは困り顔で視線を配り合わせる。


 魔王と側近で全く違う反応になるなんて、不思議だね?


「ええっと。それで、支配者が行方不明になった原因とかって、なんでしょう? はっ! もしかして、何処どこかで魔女さんとやり合っているとか!?」


 それなら、早く両者を仲直りさせて、今回も共闘で大禁術に対処してもらわなきゃいけないね!

 と僕が言うと、シャルロットが「そうなると良いですねぇ」と、いかにも他人事風に笑う。

 魔王にも、そう単純であれば苦労はしない、とため息を吐かれた。


「むむむ。支配者が行方不明って話には真逆の反応だったのに、僕の話は二人とも聞き流しちゃうんですね? ってことは、もしかして行方不明の原因を知っている?」


 行方不明になっているとはいえ、支配者の動きを把握しているからこそ、魔王は不満を現した。逆に、シャルロットは面白いと笑ったんじゃないかな?

 僕の推測は正しかったようで、魔王が少しだけ補足を入れてくれる。


まれに彼の方々は、誰にも何も伝えずに行方をくらませることがある。その時、同時に魔女の所在も不明になっていたとしたら、まず間違いなく面倒事が起きているはずだ」

「それって、僕の推測が当たっているってことでは?」

「愚か者め。世の中は、其方が思っているほど単純ではない。特に、あの者たちは数千年来の関係があるのだからな」

「な、なるほど……」


 僕たちの想像もつかないような事が、魔女さんや魔族の支配者の間で起きているのかもしれないね。

 そして、魔王やシャルロットは、その深い関係を知っているんだ。

 だけど、僕たちに詳しくは話してくれない。つまり、おいそれと気楽に話しても良いような中身ではなく、とても物騒な内容なんだと思います。


「そ、それで……。魔族の支配者が行方不明という状況で、今後はどう動くのかな?」


 もしも、今回の大禁術がシャルロットの話してくれた歴史のような最悪の事態だったなら、僕たちだけでは手に負えない。きっと、魔女さんだけでも、魔族の支配者だけでも対処しきれないんじゃないかな?

 それなのに、支配者どころか、下手をすると魔女さんにまで連絡が取れない状態だったとしたら……


 このままでは、神族の思うつぼどころか、世界の危機になることは間違いない。


 ごくり、と固唾を飲んで魔王の反応を待つ僕たち。

 すると、魔王はもう一度大きなため息を吐き、肩を落としながら今後の方針を口にした。


「ともかく。其方らは屋敷にでも戻って、長旅の疲れを癒しておけ」

「えっ? 神族の動きと大禁術に対応しなくても良いんですか!?」


 今すぐ神族の帝国に攻め入って、大禁術を阻止する。なんて急な展開にならないことくらいはわかっているけどね。でも、神族の動きに対応できるように、色々と準備をしておかなきゃいけないと思うんだよね?

 なのに、休んでいる暇なんてあるのかな?


 みんなも、ことの重大さと魔王の返答の温度差に困惑していた。

 狼狽うろたえる僕たちをみて、シャルロットが楽しそうに笑う。そして、魔王にお酒を渡しながら、もう少し詳しく話してくれた。


「エルネア君たちのお話を聞く限りでは、神族はまだ大禁術を復活させた直後のようでございます」

「だから、今のうちに阻止した方が良いように思うんだけど?」

「はい。普通でしたら、それが最善かと思われます。ですが、もしも本当に『あの』大禁術だったとしましたら、急いでは逆に事を仕損じてしまいます」


 僕たちにも、座ってお茶を飲むように勧めるシャルロット。

 プリシアちゃんは、既に魔王の膝の上でお菓子を食べ始めています。

 仕方ないよね。プリシアちゃんには難しい話だ。もちろん、僕たちにとっても難しい話題なんだけどさ。


 促されるままに、改めて座り直す僕たち。

 僕たちがお茶やお酒を口に含み、少し落ち着いた様子を見計らって、魔王は言う。


「神族共も、自分たちの動きを全て秘密にしておけるとは考えていまい」

「実際に、僕たちによって漏れていますしね?」

「そうだ。ならば、極秘裏に大禁術を復活させたということが知られた場合に備えて、神族共も準備をしているはずであろう?」


 それに、と付け加える魔王。


「大禁術の術者は、まず間違いなくみかどであろうな。何らかの手がかりをもとに、あの忌々いまいましい術を復活させていたとして。その発動権限を神族の帝が他者へ譲るとは思えぬ」

「それって、大禁術は術者の能力に依存するような術じゃなくて、何か発動条件があって、その条件を満たす者が扱えるってことですか!?」


 そもそも、禁術は普通の人には使えない。

 だけど逆に言えば、普通じゃない「力ある者」が禁術の知識を持ってしまえば、再現できるということを意味する。

 だから、魔女さんは禁術が世の中に蔓延はびこらないように目を光らせているし、術者には容赦しないんだよね。

 でも、大禁術は少し違うみたいだね。

 魔王の話から推察すると、術を発動させるための特別な力とは別に、発動させるための手段か何かがあって、それは特定の条件なり権限が必要なのかな?


 魔王もシャルロットも、大禁術に関する詳しい話は口にしない。

 僕たちにさえ気安くは言えないくらいの禁忌きんきってことなんだと思う。

 それでも、少しは事情を知っておかなきゃ話は進まない。それに、情報を魔族へもたらしたのは僕たちなので、魔王も気を遣って、それでも慎重な口調で教えてくれた。


「今、魔族の総力をもって神族の帝国に攻め入り、帝を討つことはできるやもしれん。しかし、もしも大禁術が他の者の手に渡ってしまった場合は、それこそ最悪の事態になりかねん」

「と、言いますと?」

「こちらとしては、術者が帝である、とわかっている状況の方が動き易いということだ。考えてみよ。もしも大禁術が使用されるという状況になってしまった場合。私らはどうすれば良い?」

「もちろん、何が何でも術者を止めます!」


 最悪、術者を殺してしまうことになったとしても、禁術や大禁術が発動してしまうよりかは良いからね。と返答して、あっ、と気付く。


 大禁術は、天族の楽園を跡形もなく消し去るような大規模な術だ。恐らく、術の発動地点にいたら何者であっても生存は絶望的だよね。ということは、術者はどこか違う場所から大禁術を発動できるって事を意味する。

 だとしたら、大禁術の発動を止めるためには、術者が潜む場所を的確に襲撃しなきゃいけない。

 なのに、もしも術者が誰だかわからないと、止めようにも止められない状況になってしまう。


「そうか。術者が誰とわかっていれば、その者だけを狙って妨害工作を仕掛ければ良いよね。だけど、術者がわからないと効果的な妨害工作さえできなくなっちゃうんですね?」


 そして、こちらが後手に回っている間に、相手は準備を終わらせて大禁術を発動させてしまう。

 だから今の時点で、術者はまず間違いなく帝自身だ、という状況が続く方が、いざという時にこちらとしても都合が良い。


「大禁術は完全に消し去る必要がある。だが、こちらの準備が整う前に帝を討とうと安易に動いてしまえば、危機感を覚えた帝が大禁術の所在を不明にしてしまう可能性がある。そうなってしまうと、それこそ最悪の事態に発展しかねないだろう」

「しかも、あくまで帝が術者だろうというのは推測の域を出ないから、そこの確証も手に入れておかなきゃいけないってことですね?」


 そうだ、と頷く魔王。


「でも、本当にそれで良いのかしら?」


 そこへ異議を唱えたのはミストラルだった。


「その大禁術は、もう復活しているのですよね? なら、いつ発動してもおかしくない状況ということなのでは?」


 大禁術が物騒極まりない代物であるなら、なるべく早く潰すほうが良い、というミストラルの意見は正しいね。

 だけど、シャルロットは言う。


「そうですね、皆様の身近な話で例えますと。例の、この地で討たれた黒装束の男性……」

「バルトノワールだね?」

「はい。その方が禁術をお使いになった際も、色々と下準備を施していましたよね?」

「たしか、九魔将の武具を集めたり、自分や他の者の血や命を利用したり?」

「はい。並の禁術でさえ、入念な下準備や大きな代償が必要になるのでございます」


 禁術を生み出し、扱える力があっても尚、術を発動させるためには色々と手順や犠牲を払わなきゃいけない。

 そして、準備をするためには長い時間が必要になる、と話すシャルロット。


「今回は大禁術でございますので、余計に時間と手間がかかるはずでございます」

「そういえば、シャルロットは話してくれたよね」


 かつて、大禁術が生み出された時。最初は、軍隊を消し飛ばし、次に都市を消し去り、終いには山さえ吹き飛ばして、更に湖になるくらい大地をえぐったと。


「つまり、復活したばかりの大禁術はまだそれほど威力がない? もしくは、まだ思うようには扱えない? だとすると、完成形に仕上げるためには、もっと時間が必要ってことかな?」

「はい、正解でございます」


 と言って、僕の空になったうつわにお酒を注ぐシャルロット。


「いやいや、僕はお酒は飲まないからね!?」


 お酒をユフィーリアとニーナに渡して、話を戻す。


「それじゃあ、大禁術が完全復活する前に情報を集めて、確実に術を消し去る手段を探さなきゃいけない? でも、今の段階でもそれなりの威力があるなら、やっぱり早めに手を打っていた方が良いような?」

「それだと、話が初めに戻るであろう」

「そうですね。いま事を急いでしまうと、帝は大禁術の術者を変更してしまう可能性があるんでした。それどころか、帝自身が行方を眩ませてしまうってことも考えられますね」

「もしかすると、既に行方を眩ませているやもしれん」

「はっ、そうか! 僕たちは、帝の動向までは聞いていませんでしたね」


 つまり、今は動こうにも動けない状況ってわけだね。

 だから、慌てて動く前に先ずは休みなさい、ということらしい。


「時期が来れば、其方らにも動いてもらう。だが、これより先は慎重にならねば、今度はこちらの動きを読まれてしまう」

「魔族も間者かんじゃを送っておりますので、そちらからの情報をお待ちくださいませ」


 僕たちは、運良く艶武神テユやその側近たちと面識を持てた。だけど、逆に言えばこちらの顔は向こうに知られてしまったので、僕たちはもう帝国内では動き難い。

 僕たちを休ませてい間に、魔王たちは送り込んだ間者から情報を集めるみたいだね。


「それじゃあ、お言葉に甘えて、少し休ませてもらいますね。でも、何かあったら、すぐに教えてください。僕たちもできる限りの協力は惜しみませんので」

「ふふふ。頼もしいお言葉をいただきましたね。ですが、大禁術が完全復活するまでに、百年程かかるかもしれませんよ?」

「……は?」

「言い忘れておりましたが。前回の大禁術は、最初に力が振るわれてから全盛の力に至るまでに三十年ほど費やしております」

「へ……?」

「神族は、ああいった悪辣あくらつな企みを長期に渡って練ることや隠すことは得意でございますからね。魔女様も、大いに苦労しておりましたね」

「なななっ!?」

「ですので、気長にお待ちくださいませ」

「き、気長すぎじゃない!?」


 と、僕たちがひっくり返る様子を見て、魔王とシャルロットが愉快そうに笑う。


「ふふふ。最後のお話は嘘でございます」

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