日常へ

 最後の最後で、極悪魔族にいつものように弄ばれた僕たち。

 それでも、次の動きに備えて休みに入る。

 とはいっても禁領のお屋敷に直帰ちょっきすることはなく、先ずは竜の森へ行ってスレイグスタ老へ報告です。

 もちろん、霊樹の精霊王さまに顔見せもしなきゃね。じゃないと、王都が森に沈んじゃう。


 そして、結局は霊樹の精霊王さまと森の精霊さんたちに捕まって二日ほどせわしなく過ごし、その後にようやくスレイグスタ老へ自分の口から報告をしたわけだけれど。


「……と、大変だったんですよ、おじいちゃん!」

「ほうほう。汝らはまた、随分と心躍る旅をしてきたのであるな」


 スレイグスタ老は、事前にミストラルや他のみんなから話を聞いていたはずだ。それでも、僕の話を楽しそうに聞いてくれた。


「それでなんですけど。おじいちゃんは、大禁術が何かって知っているんですか?」


 ミストラルたちに身体を拭いてもらっているからか、スレイグスタ老は気持ち良さそうに鼻を鳴らしている。そうしながら、僕の質問について考えるように瞳を閉じた。

 だけど、静かに首を横へ振る。


「我の生まれる前の話であるな。ふうむ。残念ながら、老いぼれや魔女から、そのような話は聞いたことがない。恐らくは、口にすることさえ忌避きひされるたぐいの話題であるのだろう」

「やっぱり、絶対に触れてはいけないほどの代物なんですね」

「あれらが口にすることさえ躊躇い、魔族の支配者や魔女が出張るような案件である。我らとて、本来であれば存在を知ることさえ許されぬのであろうな」

「はっ。それを、僕はおじいちゃんに話しちゃった!?」

「かかかっ。その程度、老いぼれどもも計算ずくであろうよ。気にするでない」


 そうだよね。僕が真っ先に相談する相手といえば、スレイグスタ老です。その予測は、魔王たちなら考えているはずだよね。


「それで、汝らは今後をどのように考えておるのだ?」


 プリシアちゃんとアレスちゃんが、スレイグスタ老の背中で遊んでいる。きゃっきゃと楽しそうだね。スレイグスタ老も、幼女たちには寛容だ。

 だけど、弟子である僕やお世話の役目を担うミストラル、それに僕の妻たちには厳しさを示す。

 スレイグスタ老が「どう考えている」と聞く趣旨しゅしは、つまり僕たちが預けている武具をどうするのか、と問いているんだ。


「それなんですが……」


 神族と戦い、大禁術を完全に消し去るためには、力が必要なんだと思う。


 神族の国の旅は、いつものように波瀾万丈はらんばんじょうなものだった。

 悪巧みを考える帝尊府ていそんふのマグルドと、踊らされた領主のギルディア。

 アルフさんは瀕死ひんしの負傷を負うし、アミラさんは暴走しちゃうし。終いには、暴走したアミラさんを殺さなきゃいけないと、アレクスさんや村の人たちが武器を手に取った。

 それでもなんとかアミラさんやアルフさんを救い、艶武神えんぶしんテユや配下のグエンを追い払うことができた。


 あとは楽しい旅になると思ったら、またまた帝尊府の人たちの悪巧みに巻き込まれて、最後には大禁術の復活によって天族の楽園が消失してしまっているという事態を知ってしまう。


 この初夏の旅を、僕は運が良かった方だと考えても良いのかな?

 それとも、力を求めないという選択肢を選んだ正しい結果だと思えば良いのかな?


 もしも、僕たちが未だに武器を帯びていたら。

 間違いなく、力で問題を解決しようとしていたはずだよね。

 アルフさんを斬ったマグルドや武器を構えた者たちに向かって、剣を振るっていたはずだ。

 暴走してしまったアミラさんに対しても、武器の力に頼ろうとしたかもしれない。


 僕たちはあの時、武器を携帯していなかったからこそ、違う道、違う解決方法を必死に模索して、結果として大切な人たちを護ることができたんだと思う。

 きっと、武器を手に取っていたら、誰かが犠牲になっていたんじゃないかな?

 そう考えると、より強い力を求め続ける道を軌道修正し、武器を手放したことに対して、正解だったと頷ける。


 だけど、どうだろう。

 今後、神族と戦う状況になったとき。

 大禁術の発動が目前に迫った時。

 解決手段として武器を持っているか持っていないかで、結果が大きく変わってしまうのではないか。

 力を持っているから解決できること。

 力を手放したからこそ導き出される解決方法。

 どちらの選択肢を選ぶことが大切なんだろう?


 スレイグスタ老のお世話をしていたみんなも、何が正しい答えなのかと考えるように手を止めて、自然と僕の周りへ集まってきた。


「アミラの時は、相手が戦うべき敵ではなかったから武器は必要なかったわね」

「帝尊府に追われている時も、相手を翻弄ほんろうするだけの実力を持っていたから、僕は逃げ切れたんだよね」


 けれど、とミストラルは無意識に腰に帯びた漆黒の片手棍へ手を伸ばす。


「相手が、もしも格上の敵だったらどうなっていたかしら?」

「武器を持っていなくて、そのせいで大勢の犠牲者が出てしまうという状況になった時に、僕たちは後悔しないかな?」


 力を求めない道、という選択肢は間違っていないと思う。

 だけど、その制約に縛られるあまりに、大切なものをてのひらの上からこぼしてしまえば、本末転倒だ。


 むむむ、と考え込んでしまう。

 未来のことなんて、正確に予測はできないよね。しかも、予測を外した時に取り返しがつかないなんてことも考え始めたら、切りが無くなっちゃう。

 それでも、着実に前へ進まなきゃいけなくて、場面場面で決断が必要なら……


 スレイグスタ老は、僕たちが何かを成そうとするたびに、武器が必要かを聞く。

 それは、武器を手に取るか、違う道を模索してみるか、という課題を通して、決断する大切さや自分たちの在り方を僕たちに考えさせているんだと思う。


 では、僕たちはスレイグスタ老の問いに、どう答えるべきなのか。


「武器は、いずれ絶対に必要になるよね」


 間違いなく、力が必要になる。

 時には、言葉や想いよりも戦うことでしか解決できない問題はあるんだ。

 大禁術だって、帝を説得できれば一番良いんだけど、そもそも他者の説得に耳を傾けるような者が、禁忌に容易く触れたりなんかはしない。

 帝は帝なりの正義や信念があって、結果として大禁術に手を出したんじゃないかな?

 だとしたら、やはり僕たちの価値観や世界のことわりをどれだけいたとしても、応じないはずだよね。

 そういう時は、残念ながら戦うことでお互いの正義を主張するしかない。


「でも……」


 と、未来にばかり、他者の思惑ばかりに気を取られすぎて、今の自分たちから意識が遠ざかっちゃいけないよね。


 未来の出来事は未来になってみないとわからない。

 他者のことは、どんなに考えても見当違いをしてしまっているなんて、よくあることだ。

 そういった不確定な部分に、今の僕たちが振り回されても良いのかな?

 いや、良くないよね!


 僕たちは、僕たちだ。

 確かな信念を持って、自分たちの道を進んできた。

 だから、これからも自分たちの道を信じて進み続ける。


「おじいちゃん、答えが見つかったよ」

「ほほう。では、申してみよ」


 スレイグスタ老は巨大な顔を僕の眼前に下ろし、黄金色の瞳で静かに見つめてくる。

 僕もスレイグスタ老をじっと見上げて、みんなにも伝わるように決意を示した。


「やっぱり、今はまだ武器はいりません。今後、きっと武器が必要になる時が来るでしょうけど。でも、だからといって今すぐに武器を返してもらう必要はないと思っています」


 そうだよね。

 未来に必要なものを今から準備しておくことと、将来に必要になるから持っておく、とは似ているようで違うんだ。


「神族の国の旅は、武器を持っていなかったからこそ、色々と考えさせられたり、苦労しました。だけど、それが僕たちにとって大きな成長のかてになったと思っています。だから、これからも本当に武器が必要になるまで武器には頼らずに、色々な方法を模索していこうと思います!」


 武器を手に取ってしまえば、条件反射的に武器を使ってしまうかもしれない。でも、それじゃあ今までの経験や苦労が水の泡だよね。

 だから、大禁術に立ち向かうまでは、今まで通りの方針で、力を求めない解決方法を色々と考えるべきなんじゃないかな?


 僕の考えに、素晴らしいお考えです、とマドリーヌ様が喜んでくれた。

 マドリーヌ様は聖職者の、しかも巫女頭みこがしらという立場なので、やっぱり暴力よりも融和ゆうわなんかを大切に思うんだろうね。


「わたしも、エルネアの意見に賛成よ。大禁術という大問題に巻き込まれそうな状況だけれど。でも、だからといって、その騒動に振り回されてイース家の方針を乱す必要はないわ」

「ミストさんの言う通りですね。わたくしたちの大切な基盤は、エルネア君を中心としたイース家の方針です。ですから、その方針を周りに影響されて変更する必要はないと思います」

「今の方針を大切にして生きなきゃ、未来はないわ」

「今の考えを尊重して生きなきゃ、将来はないわ」

「はわわっ。武器だけが力ではないですわ。ですから、武器に頼らない今の方針は大切ですわ」

「そうね。私たちは、武器無しでも普段の生活は送れるのだもの。だったら、その時、が来るまで普段の生活を大切にすべきよね」


 みんなが笑顔になっていた。


 今回の決断は、今後の大切な方針になる。

 僕たちは、これからも色々な問題に巻き込まれたり、関わることになるんだよね?

 でも、そんな不確定な未来のために「武器を常に携帯しておく」なんて方針は取らない。

 普段の生活に必要がない「力」は、日常から切り離しておく。

 だけど、もしも必要になった時には、スレイグスタ老に状況を説明して、返してもらう。

 ただし「必要と思ったら返してもらう」という安易な考えを常識にしてはいけない。あくまでも最終手段であり、その前にみんなで協力しあって、違う解決方法を見つける努力をしなきゃね。


「我が武具を預かる、ということに意味があるとみたが、間違いはないか?」

「はい。おじいちゃんが預かってくれているからこそ、僕たちは安易に武器を手放したり取り戻したりできなくなるんですから」


 スレイグスタ老は、いつだって厳しさを示す。

 だから、僕たちが間違った考えや安直あんちょくな考えに囚われていたら、きちんとしかってくれるはずだよね。


「くくくっ。よかろう。今後も我が汝らの大切なものを預かり、汝らの行く末を守護するとしよう」

「ありがとうございます!」


 みんなでお礼を言う。そしてもう一度、これからどうするのかを話し合う。


「そうね。わたしは母さんにおきなのお世話をお願いしっぱなしだから、休みの間はしっかりとお勤めを果たそうと思うわ」


 ミストラルの日常といえば、忙しい時もお休みの時も、スレイグスタ老のお世話を担うことだからね。

 お休みだから特別になまける、なんてことはない。さすがはミストラルです。


「それでは、わたくしはイシス様のもとを訪問させていただいて、瞳を休ませようと思います」

「アミラさんの時に、酷使しちゃったからね。今は大丈夫?」

「エルネア君、ご心配をしてくださり、ありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ。前のような痛みはありませんから」


 ルイセイネは今でもよく封印帯ふういんたいで瞳を覆い、魔眼が暴走しないように意識している。とはいえ、封印帯で視界を無くしたまま生活を送るのは容易じゃない。だから、イシス様のもとで修行をするみたいだね。


「んにゃん。それじゃあ、ルイセイネお姉ちゃんを送ってから、にゃんも一度帰るにゃん」

「むうむう。ニーミアは帰っちゃうの?」


 イシス様は、ヨルテニトス王国の東部にある竜族の楽園にいる。その森の奥に建立される神殿で、聖職者の人たちの修行を見てくれているんだよね。

 ニーミアは、帰郷するついでにルイセイネを送ってくれるみたいだ。

 だけど、プリシアちゃんは大親友と別れることに不満があるようです。

 頬を思いっきり膨らませて、抗議するプリシアちゃん。そこへ、ユンユンとリンリンが優しく言いほぐす。


「プリシア。其方も一度、村へ帰るのだ。そうして村の者たちに其方の元気な顔を見せておかないと、皆が不安に思うだろう?」

「プリシアは将来、竜の森の耳長族の族長になるんでしょ? なら、村の人たちや森の精霊たちを不安にさせちゃいけないわよ」

「んんっと、でももっと遊びたいよ?」

「そんなままを言っていると、お母様ぼさまに叱られるぞ?」

「そうよ。そうしたら、禁領へも遊びに来られなくなっちゃうわよ?」


 ユンユンとリンリンの優しい説得に、プリシアちゃんは渋々と納得してくれた。

 ちなみに、ユンユンとリンリンは、用事が済めば禁領へ帰って、自分たちの役目へ戻ることになる。

 彼女たちにとって、精霊に尽くすということは何よりも大切なお役目であり、罪滅ぼしだからね。


「それじゃあ、ルイセイネ。ついでにイステリシアの様子を見てきてね?」

「エルネア君、おまかせくださいませ」


 竜族の楽園では、耳長族のイステリシアも修行をしている。きっと、今でも向こうの精霊たちに悪戯をされたりして、大変な目に遭っているんだろうなぁ。


「では、私も大神殿へ戻ることにいたしましょう。ルビアの様子も気になりますし、何より務めを果たさなくてはなりませんから」

「あら、マドリーヌ。だけど……?」


 どうやら、マドリーヌ様もヨルテニトス王国へ戻るみたいだね。

 マドリーヌ様は、いずれは後任に席を譲って、僕たちと完全に合流する。だけど、その前に色々と克服しなきゃいけない問題があった。

 そう。寿命の問題とかね。

 だから、妻たちはマドリーヌ様やセフィーナさんに気を遣って、二人がなるべく僕と一緒にいられるように時間を作ってくれていた。


 だけど、マドリーヌ様はヨルテニトス王国へ戻るという。

 大丈夫なの? と首を傾げるミストラルに、マドリーヌ様は胸を張って言う。


「エルネア君や皆様と過ごす時間も大切です。ですが、私の本懐ほんかいはヨルテニトス王国の人々を導き、安らぎを与えることでございますから。己の役目を無責任に放棄する者に対して、女神様はけっして微笑んではくださりません」


 大神殿の巫女頭として、立派な覚悟だね。

 ただし、自分で言ったあとに「むきーっ。本当は一緒にいたいんですっ!」と感情を露わにするから、全部が台無しです。


「マドリーヌ様が戻られるのなら、私もたまには帰ってみようかしら」

「セフィーナ、貴女も公務が最優先だわ」

「セフィーナ、貴女は王家の仕事が優先だわ」

「あら。帰るのだったら、姉様たちも一緒によ?」

「意味がわからないわ?」

「理解不能だわ?」


 自由奔放で、すぐに行方不明になってしまうというセフィーナさん。だけど、本当は王族のひとりであり、公務もこなさなきゃいけない立場なんだよね。

 僕と結婚するまでは、セフィーナさんだって自分の仕事を優先させなきゃいけない。だけど、そこになぜ、ユフィーリアとニーナが巻き込まれるんだろう?

 二人は僕と結婚したことで、王位継承権を放棄している。そして、結果として公務からも解放されているはずだけど?


「そんなの、簡単な答えじゃない。姉様たちを放置していたら、エルネア君が大変な目に遭うからよ。だから、力尽くでも連れて帰るわ」

「言ってくれるわね」

「いい度胸だわ」


 そして始まる、姉妹喧嘩。

 苔の広場で暴れ始めた三姉妹に、僕たちは「これこそが休日の日常風景だね」と笑い合う。

 スレイグスタ老も、賑やかな三姉妹を静かに見下ろしていた。


「……ネア様。エルネア様」


 すると、こっそり僕の服を引っ張る誰かが。

 振り返ると、ライラが小さな声で僕にささやきかけてきた。


「エルネア様、今のうちですわ。わたくしとお逃げくださいですわ」

「逃げるって?」

「レヴァリア様に乗って、ヨルテニトス王国へ行きましょうですわ」


 ライラの抜け駆けです!

 これもまた、ライラの日常らしい行動だよね。だけど、そう簡単に物事は進みません。


「ライラさん?」

「はわわっ」


 目ざとくルイセイネに見つかって、ライラが慌てて逃げ出す。

 こちらも、日常風景だ。


「やっぱり、こういう毎日が楽しいですよね」


 僕はみんなの様子を見ながら、苔の広場のふかふかな地面に座り、ゆっくりと寛いだ。

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