果たし合いは突然に

 各自のやりたい事、やらなきゃいけない事を優先した結果、僕たちは休日を別々に過ごすことになった。

 まあ、いつものことだよね。


「……で、セフィーナさん。なぜ、セフィーナさんは僕について来ているのかな?」

「あら、気のせいよ? 偶然ぐうぜん、偶然」

「いやいや、竜の森の奥で待ち伏せしていたよね!?」


 みんな別行動。ということで、姉妹であるユフィーリアとニーナと、それとセフィーナさんも、苔の広場で別れた。

 そして、セフィーナさんは完成間近の王城に戻って公務にいそしむ、という話だったはずだ。だけど、セフィーナさんは先に出発する振りをして竜の森の奥に潜み、これまた苔の広場でみんなと別れた僕を待ち構えていた。


「もしも僕がセフィーナさんの近くを通らなかったら、ずっと待ちぼうけだったね?」

「ふふふ、その辺は大丈夫よ。エルネア君の行動は把握済みだし、離れていても気配を読んで移動するから」

「ほら、本音を漏らした! やっぱり待ち伏せしていたんだよね!?」


 僕の誘導会話に引っ掛かったセフィーナさんが、格好良く笑う。

 罪悪感とか、後ろめたさのない、素直な笑いだ。


「やれやれだね。みんながセフィーナさんの抜け駆けを知ったら、怒られちゃうからね?」


 全員別々に行動する、と決まったからには、抜け駆けは基本的に禁止なんだよね。だから、ライラも大人しく従っているし、僕もひとりで苔の広場を出たわけだしさ。


 ちなみに、ルイセイネとライラとマドリーヌ様はニーミアに乗って東へ飛び立ち、ユンユンとリンリンはプリシアちゃんを耳長族の村へ届けた後に、竜王の森へと帰る。

 ミストラルはスレイグスタ老のお世話が終わり次第、今日は竜峰の実家へ転移してもらうらしい。

 そして、セフィーナさんの二人の姉であるユフィーリアとニーナは、セフィーナさんから遅れて苔の広場を出て行った。二人は公務がないから、きっと王都でのんびり過ごすんじゃないかな?


 そんなわけで、僕も実家に寄ってひと息つこうかと思ったんだけど。待ち伏せしていたセフィーナさんに捕まって、こうして一緒に王都へ戻ってきたわけです。


「それで、セフィーナさん。これからどうするの?」

「そこは当初の予定通りよ。エルネア君を実家へ送り届けたら王城へ戻って、溜まっている公務を終わらせてくるわ」

「つまり、道中が一緒なだけなんだね?」

「そういうことね」


 これはけっして抜け駆けではなく、あくまでも進む方角が一緒になっただけです。という言い訳で、セフィーナさんは押し通すらしい。

 僕も、このままセフィーナさんが大人しく予定通りに動いてくれるなら、問題ありませんね。

 ということで、二人並んで王都を歩く。


 昼過ぎということもあって、王都は賑わっていた。

 主要な道の脇には真新しい建物がずらりと並び、並木や花壇や公園は綺麗に整備されている。

 人々は屋台から立ち込める美味しそうな匂いに釣られて集まり、顔見知りを見つけては足を停めて話し込んだり、肩を組み合って近くのお店へ入っていく。もしかすると、このまま宴会になって、夜まで賑やかに過ごすのかもね。


「復興が進んだね」

「そうね。たまに王都に寄ると、大きく街並みが変わっているからいつも新鮮だわ」

「あれから、もう何年も経つんだよね。早いなぁ」

「エルネア君、爺臭じじくさいことを言わないで」

「あはは、そうだね」


 手頃な屋台でお肉の串焼きを買い、公園の広場に座って二人で食べる。

 よく考えたら、朝ご飯を苔の広場で食べて以降、何も食べていなかったからね。

 二人とも、家へ帰る前に軽い腹ごしらえです。


 まだ初夏ということもあって、陽射しは少し暑いけど、不愉快ではない。

 竜の森の奥から王都まで歩いてきた疲れを、太陽の光をいっぱいに浴びて癒す僕とセフィーナさん。

 公園を行き交う人々や遊び回っている人たちの視線を、ちらほらと感じる時がある。きっと、王女のセフィーナさんが公園でゆっくりと寛いでいるから、珍しいんだろうね。


 僕は今でも、あまり顔は広まっていない。……はずだ。

 ヨルテニトス王国では相変わらず天女の姿絵が広まっているし、アームアード王国でもリステアの方が伝統と格式のある勇者として有名だからね。

 冒険者や貴族の人たちの間では僕の顔も知れ渡っているけど、一般市民が栗色くりいろかみというだけで僕だと断定するのは難しいんじゃないかな。

 それに今は、僕を象徴的する霊樹の木刀と白剣を腰に帯びていないからね。


 逆に、王女としてのセフィーナさんは昔から国民に広く顔を知られている。だけど、王族というだけあって、一般の人は気安く声をかけてはこない。せいぜい、遠目から「王女様だ!」と眺めるくらいだ。

 セフィーナさんも一般の人たちの視線には慣れているのか、気にした様子もなく僕の横で寛いでいた。


 青空を、ゆっくりと真っ白な雲が流れていく。

 このまま、夕方まで何もせずにぼうっと過ごしても良いかな。なんて怠け心が湧き始めた時だった。


「ご休憩のところを、失礼します」


 身なりの良さそうな青年が、僕たちに声を掛けてきた。


「はい、なんでしょう?」


 僕は笑顔で応える。ただし、横でセフィーナさんの表情が締まる気配を敏感に感じていた。

 この青年は、何者なんだろう?


 青年は、僕たちが起き上がるのを紳士的に待って、礼儀正しく名乗りをあげた。


「自分は、ロットル・アル・セリフォードと申します」


 中間名がある。つまり、貴族の青年というわけだ。と、内心でロットルさんの身分を読み取っていると、横からセフィーナさんが堂々と補足してくれた。


「エルネア君。彼はシューラネル大河の側に領地を持つセリフォード伯爵はくしゃく嫡男ちゃくなんよ」

「なるほど」


 お隣りのヨルテニトス王国では、伯爵位はユグラ様だけが名乗れる、名誉ある爵位だ。

 だけど、アームアード王国は少し違う。ヨルテニトス王国ほど貴族社会ではないけど、特権階級の人たちは普通に存在するし、子爵ししゃく位よりも高い身分の伯爵や侯爵こうしゃくといった階級の人たちだっているんだよね。

 ロットルさんは、その伯爵家の長男ということらしい。


 はて。大貴族の跡取りであるロットルさんが、僕に何の用事なんだろうね?

 ああ、違うか。

 貴族ということは、セフィーナさんのお客さんかな?

 そう思って場を譲ろうとする僕に、だけどロットルさんの視線が真っ直ぐに向けられていた。


「ええっと……? あっ、ごめんなさい。僕は、エルネア・イースと申します」


 そうだった。ロットルさんは丁寧に名乗ってくれたのに、僕は名乗り忘れちゃっていたよ。

 慌てて身を正し、失礼のないように挨拶し直す僕。

 ロットルさんは、そんな僕にずっと真摯しんしな眼差しを向け続けていた。


 こちらが名乗った以上、ロットルさんも僕が何者であるかくらいは認識したはずだ。だからの真面目な視線なのかな?

 ううん、違うよね。

 ロットルさんは、僕が名乗る前から真っ直ぐに視線を向けてきていた。王女であるセフィーナさんではなく、僕に対して。

 予想通りに、ロットルさんは僕の名乗りを聞くと、確信めいた頷きを返す。


「やはり、大救世主であらせられるエルネア殿でしたか。セフィーナ殿下とご一緒におられる殿方とのがたはエルネア殿であると思い、失礼ながら声をかけさせて頂きました」


 そうか。そういう答えの導き方があったんだね。

 僕の顔がわからなかったとしても、王女様と気安く談笑する栗色の髪の男なら、ほぼ間違いなく「エルネア・イース」だろうからね。

 なるほど、なるほど。と感心していると、ロットルさんは真摯な眼差しを僕に向けたまま、思わぬことを口にしてきた。


「エルネア殿、自分と運命を賭けた勝負をして頂きたい!」

「ええええっ!」


 突然の申し出に、驚きの余り大きく仰反のけぞる僕を、セフィーナさんが苦笑しながら支えてくれる。


「ど、どうして僕と勝負を? しかも、運命を賭けたって!?」


 大貴族の嫡男として相応しい紳士的な受け答えからは想像もつかない突飛とっぴな申し出に、僕は首を傾げる。

 だけど、ロットルさんはどこまでも真面目に、そして真摯に答えてくれた。


「私はセリフォード家の嫡男として、セフィーナ殿下に正式に婚姻こんいんを申し込みたいのです。しかし、先頃の噂によれば、殿下の心は貴殿、エルネア殿に向けられているとのこと」


 セフィーナさんとの関係を正式に発表したことはない。

 もちろん、王様や王妃様や近しい人たちは薄々と気付いているだろうけどね。

 それでも、僕たちの間には色々な問題が山積しているので、まだ大っぴらには発表できないんだよね。

 とはいえ、ここ最近は遠慮なくセフィーナさんとずっと一緒に行動しているわけだし、隠そうとしていない事実は噂としてすぐに広まるものだ。ロットルさんは、その噂を耳にして、僕に声を掛けてきたというわけだね。

 これからセフィーナさんに婚姻を申し込むために。


「私は、弱い殿方にとつぐ気はないわ」


 きっぱりと言い切るセフィーナさん。だけど、それはロットルさんにもわかりきっていることだったらしい。


「セフィーナ殿下と結ばれたいと思う者であれば、誰もが承知しております。ですから、私はこうして、エルネア殿に勝負を申し込ませていただいたのです」


 野次馬が周りに集まり出していた。

 おおやけの場での、果たし合いの申し込み。しかも、王女様との婚姻をかけての僕との勝負。

 がやがやと賑やかになり始めた公園の様子に、僕は内心で「大変なことになっちゃった」と思いつつも、紳士的に挑んできたロットルさんに好印象を持つ。


 セフィーナさんの性格は、アームアード王国の国民なら誰もが知っている。

 王様の若い頃に似て、自由奔放な性格。気付くとお城からいなくなっていて、単独で冒険に出てしまっている。

 どんな問題でも単身で乗り越えるだけの力量を持つからなのか、あまり他人を頼らない。

 だからなのか、異性に対しても求める条件が厳しいんだよね。

 軟弱者は問題外だし、セフィーナさんをうならせるだけの力量が最低条件になる。


 だからなんだろうね。ロットルさんが僕に勝負を挑んできた理由は。

 僕と手合わせを行い、セフィーナさんの目の前で自分の度量と力量を示したい。僕に勝てば、それだけで証明できるわけだしね。

 そして、僕に勝負を挑んで力を示せるだけの技量をロットルさんは持っている。もしくは、少なからず自信がある、というわけだ。


 僕へと真っ直ぐに視線を向けるロットルさんからは、悪意なんて微塵も感じない。

 純粋な心でセフィーナさんとの婚姻を望み、僕と正々堂々の勝負を挑みたいと思っているんだ。


 まさに、運命を賭けて。


 僕に勝てれば、セフィーナさんが望む「強い男」を示せる。負けた場合でも、自分の紳士的な立ち振る舞いなどを通して想いを伝えられる。

 だけど、最終的にはやっぱりセフィーナさんの気持ちが優先されるわけだから、どう転んでも賭けになってしまう。

 それでも、ロットルさんは僅かな希望と期待を胸に、僕へ挑もうとしているわけだ。


「わかりました。僕は、真摯な申し出を無下むげに断るような、無粋な男じゃないですからね。ロットルさんの挑戦に、全力をもって応えさせていただきます!」


 僕の返答に、集まった野次馬の人たちから大きな歓声が上がった。

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