本気の本気

 ロットルさんは、深々と僕に頭を下げて謝辞しゃじを述べる。そして「それでは」と周囲を見渡すと、少しだけ苦笑した。


「さすがに、この場で勝負していただくわけにはいきませんね」


 周囲には野次馬の人たちが集まり、かなりな賑わいになってしまっていた。

 それでなくとも、ここはもともと、一般の人たちが寛ぐための公園だからね。そこで私的な勝負を勝手に始めるわけにはいかない。

 僕もロットルさんの意見に同意を示し、代わりになる場所がないかと、頭の中で地図を浮かべる。

 とはいっても、復興が進む王都の地図なんて、僕の頭には入っていないんだよね。思い起こせる場所はせいぜい、実家の周囲や王城の近く、あとはリステアたちのお屋敷がある辺りくらいだ。


 では、知っている実家の広場を使おうか。

 でも、それだと訪問中の竜族に迷惑がかかっちゃうし、僕の実家ということでロットルさんに地理的な不利が生まれて公平じゃなくなってしまうかもしれない。

 運命を賭けた勝負として相応ふさわしい場所はどこだろう、と考えていると、先にロットルさんが提案を示す。


「近くに学校があります。そこの校庭をお借りするのはどうでしょうか?」

「それは名案ですね」


 学校の校庭は、十五歳の旅立ちを前にした少年少女たちの修練の場という主な役割の他に、市中に出現した魔物などが暴れ回って被害が出ないように、警備兵や冒険者の人たちが誘導して討伐するための場所でもある。

 今の時間だと午後の授業で学生の人たちが校庭を利用しているかもしれないけど、公園で寛ぎたい人たちの迷惑になるよりかは良いはずだよね。

 それに、治安の面から用事のない人は校庭内に入れないので、野次馬の抑制にもなるしね。


 僕が同意を示すと、ロットルさんが案内役として先に歩き出す。

 僕とセフィーナさんは、ロットルさんの後をついていく形で公園を出た。

 ロットルさんはこちらを振り返ることなく、迷いのない足取りで近くの学校へと進む。


「立派な人ですね」


 小声で、隣のセフィーナさんへ感想を漏らす僕。


 ロットルさんは試合を申し込む前から、僕とセフィーナさんの関係に気付いていた。それ以前に、僕の実力だって耳にしていたはずだ。それでも臆することなく正々堂々と試合を申し込み、今もこうして紳士的に振る舞っている。

 僕は、真摯しんしな想いをぶつけてくるロットルさんに、誠意を込めて向き合わなきゃいけないね。そうしないと、失礼になってしまう。


「セリフォード伯爵家は、建国当初から国に貢献してきた由緒正しい歴史のある名家ね。彼も、セリフォード伯爵家の嫡男ちゃくなんとして立派な人物だと聞いているわ」


 王女に婚姻を申し込むに相応しい家柄と人柄というわけだ。

 そして、僕はそういう人たちからユフィーリアやニーナだけでなく、セフィーナさんまで奪おうとしている。

 もちろん、お互いの同意あっての話だし、僕だって他の誰にも負けないくらいセフィーナさんを愛している。だから、ロットルさんに同情したり気を許したりして試合の手を抜くようなことはしない。


 ロットルさんが運命を賭けているように、僕だって運命がかかっているんだ。

 だって、ここで不甲斐ない対応を見せてセフィーナさんが僕に愛想を尽かしてしまい、ロットルさんのもとへと行ってしまったら、本当に嫌だからね。


「僕にとっても、運命を賭けた勝負になりますね。だから、全力でロットルさんと向き合います」


 僕とロットルさんの真剣な想いに、セフィーナさんは「楽しみね」と格好良く笑う。


「ところで、エルネア君。全力でとは言うけれど、どうするの?」


 と、今度はセフィーナさんが小声で質問してきた。僕の腰辺りに視線を落としながら。


 僕の全力とは、霊樹の木刀と白剣を持ち、竜剣舞を舞うこと。それなのに、肝心要かんじんかなめの霊樹の木刀と白剣を、僕は帯びていない。そんな状態で、ではいったい僕は「全力」を出し切ることができるのか、とセフィーナさんは言っているんだね。


「その件はね……」


 セフィーナさんの疑問は、真っ当なものだ。もしかしたら、ロットルさんだって疑問に思っているかもしれない。


 けっして、ロットルさんが相手だから霊樹の木刀も白剣もいらない、なんて考えているわけではない。

 ロットルさんの真っ直ぐな想いを正面から受けると決めた以上、僕は包み隠さず全ての力を出し切って迎え撃つ気でいるんだ。


 では、今の僕の「全力」とはなにか。


 霊樹の木刀と白剣を手放した状態。

 力を追い求めないために武器を手放したわけだけど。こういう場面で武器が必要になる、なんてことは想像していなかったよね。

 とはいえ、今はどうしても戦う手段が必要だ。

 実践であれば、逃げ回ったり罠を仕掛けたりと、相手を翻弄する搦手からめてで乗り切ることもできるけど、いま求められている戦い方は違う。

 ロットルさんの実力と想いを受け止めながら、こちらの実力を示して納得させる必要があるんだ。


 そのための力。僕の全力。それは……


「学校は、こちらになります。私の勝手な申し出になりますので、私が学校側と交渉して参ります。少し、お待ちください」


 敷地の境界を示す、膝上辺りまで重ねられた石垣いしがき。内側には、道を行き交う人々の視線を阻むように等間隔で植木が配置されている。それでも覗き込めば校庭の様子が窺えるし、奥の校舎も見えた。

 校庭では、午後の実技教室に参加している生徒たちが一生懸命に武器を振っていた。


 ロットルさんは、実技を指導する教師に声を掛けて交渉すると、こちらに手を振って合図をくれた。

 どうやら、許可が降りたみたいだね。

 僕とセフィーナさんは並んで校庭に入る。


「わあっ。本物の王女様だ!」

「綺麗だわ」


 まず、生徒たちはセフィーナさんに目が行く。

 王族としての気品と格好良い立ち振る舞いで、セフィーナさんは存在感が強いからね。

 そして次に、隣の僕へと注意が向く。


「あれが、エルネア・イース様か」

「大救世主様って、父ちゃんが言っていたぜ」


 ロットルさんは、自分の素性だけでなく僕たちのことも話して許可を得たみたいだね。

 まあ、私的に利用させてもらうんだから、ロットルさんなら紳士的に全てを打ち明けて相手に誠意を見せるよね。となると、これは当然の流れかな。


 ただし、僕の正体を知って向けてくる視線や好奇心の中に、少しだけ違和感が混じっていた。


 誰かが言う。


「でもさ。思っていたよりも幼くないか?」

「可愛い顔立ちじゃない?」


 あっ、と内心で僕は一瞬だけ動揺してしまう。


 僕と妻たちは、不老になった。そのことで加齢も止まり、外見の成長も止まってしまったんだよね。

 精神年齢が大きく成長すると、外見も合わせて変化していくという話は聞いているけど、少なくとも僕は身長も外見も変化していない。

 だから、今の僕の見た目は、加齢が止まった十六歳のままだ。

 その僕を見て「思ったよりも幼い容姿だ」と違和感を持たれるのは正しい。


 だけど、言われた僕には思いがけない衝撃だった。

 そうだよね。みんなは歳を重ねて成長し、いずれ老いていく。だけど、僕たちはずっとこのままの外見で、何十年、何百年と生きていくんだ。


 改めて、思い知らされた。

 力を追い求めない道を模索するのと同じくらい重要な、これからの方針。

 不老である僕たちは、どのように他の人たちと接していくべきなのか。


 僕たちが不老であると知った者の中には嫉妬しっとする者もいるはずだよね。

 もちろん、そういう者たちが現れるだろうということは覚悟して運命を受け入れたわけだけど。

 でも、だからといって不老を見せびらかせたり不要に知られても良い、というわけではない。


「ああ、だから禁領という領地とお屋敷を与えてくれたのか」

「エルネア君?」

「ううん、なんでもないよ。後で話すね」


 独りごちた僕に首を傾げるセフィーナさんへ、笑って応える。

 そして、校庭の中程で待ち構えるロットルさんのもとへ、セフィーナさんを残して歩み寄った。


「エルネア殿、運命を賭けて、全力で勝負願いたい」

「はい。もちろんです!」


 生徒や教師が遠巻きに見守る。公園からついてきた野次馬の人たちも、校庭の外から興味津々に覗き込んでいた。


「全力、ですね。では、少しだけ準備をさせてください」


 僕が腰を示すと、わかりました、とロットルさんは頷いてくれた。

 やっぱり、疑問に思っていたんだよね。僕が霊樹の木刀も白剣も帯びていないことに。

 だけど、今からスレイグスタ老のもとへ剣を取りに戻ることはできない。戻っても、きっとスレイグスタ老は返却してくれないだろうしね。


 では、今の僕はどうやって、ロットルさんに全力を示せば良いのか。


 もうひと振りだけ、僕は剣を持っていた。

 本当は、絶対に使いたくない剣。

 だけど、今の僕の「実力」示すのに相応しい剣でもある。

 だから僕はあえて、この剣を使おう。


「アレスちゃん、お願い」

「おねがいおねがい」


 僕の声を受けて、アレスちゃんが顕現する。それだけで、周りから歓声が上がった。

 だけど、次の瞬間。

 見守っていた人たちの全てが戦慄せんりつする。

 覚悟を決めていたはずのロットルさんでさえ、無意識に後退あとじさった。


 アレスちゃんが取り出した、不気味にねじり曲がった漆黒の長剣。


 魂霊こんれい


 触れる者全ての魂を砕き、消滅させる、最高位の魔剣。


 魂霊の座から放たれる禍々まがまがしい瘴気こそアレスちゃんの力で抑え込んでもらっているけど、それでも場に存在するだけで圧倒的な恐怖を人々に与えてしまう。


「エルネア君、さすがにそれは……!?」


 セフィーナさんでさえも、魂霊の座を取り出した僕に忠告してきた。

 だけど、僕は首を横に振って否定する。


「ううん。これこそが、今の僕の全力だよ。僕と運命を賭けて全力で勝負するっていうことは、つまりこういうことなんだよ」


 アレスちゃんから魂霊の座を受け取った僕は、真っ直ぐにロットルさんへ向き直る。

 そして、言う。


「これは、魔王のさらに上位の存在、魔族の真の支配者より下賜かしされた至高の魔剣です。これを持つ者は、魔王位に就くことが許される程の剣ですので、前に僕が帯びていた二振りの剣とも遜色そんしょくのない物になります。僕は、この剣で勝負をさせていただきますが、よろしいですね?」


 僕の問いに、ロットルさんは全身から冷や汗を吹き出しながら、それでも疑問を口にしてきた。


「た、確かにその魔剣と同じような剣を、かつて王都に現れた魔王が帯びていた姿を、私は見ました……。で、では……。まさか、エルネア殿は……魔、魔王に……?」


 もっともな疑問だね。僕自身が「魔王の魔剣」と言ったようなものだからね。だけど、正確には違うし、僕が言いたいことはその先にある。


「いいえ、僕は絶対に魔王になんてなりません。魔族の支配者にも、その意志をはっきりと伝えていますから、安心してください。ですが……」

「魔族の支配者と呼ばれる存在に自分の意志を伝えられ、尚且なおかつ、認められるお方。それが今のエルネア殿の真の実力であり、その力を示すのが、その魔剣なのですね? 私は、そういうお方と決闘しようとしている……。そして、全力のエルネア殿と相対するのであれば、その魔剣と刃を交えなければいけない……」


 はい、と僕は強く頷く。


「さあ、ロットルさん。お互いの運命を賭けた、真剣勝負です。ただし、事前に確認させていただきます。この魔剣は、本来であれば目にするだけで心の弱い人は絶命しかねない。それを今は彼女の力で押さえてもらっていますが、それでも打ち合えば、それだけで魂を砕かれて命を失うかもしれません。その覚悟はお有りですか?」


 魂霊の座を手にした全力の僕と真剣勝負をするということは、つまりそういうことだ。

 だから、あえて聞いた。

 聞いていなかった、なんて言い訳は、魂が砕けたあとには口にすることさえできないからね。


 僕の問いに、ロットルさんは見るからに動揺して、胸を激しく上下させながら息を乱す。


 思いもしなかったはずだ。

 運命を賭けて、と本人は言ったけど、それが「命を賭けて」と同意義だということを。

 だけど、僕はロットルさんに同情して手加減したり、気を使ったりはしないよ。

 だって、ロットルさんの真摯な想いに真正面から全力で向き合う、と決めたんだからね。


 さあ、どうしますか。と改めて聞く前に、ロットルさんは自ら動いた。

 震える手で、腰の剣に手を伸ばす。


「エルネア殿に、分不相応な申し出をしたのは自分です。であれば、私はエルネア殿の全力を受け止めなければいけない責務があります」


 どこまでも真面目で紳士的なロットルさんは、言って剣をさやから抜き放った。

 ただし、剣先は方向が定まらないほど震えてしまっている。

 それでも、ロットルさんは僕と勝負をする覚悟があるんだね。

 それだけ、セフィーナさんを想っているんだ。


「わかりました」


 僕も、ロットルさんの覚悟を受けて、魂霊の座を鞘から抜き放つ。

 それだけで、抑えきれない瘴気が溢れ出す。


「アレスちゃん」

「おまかせおまかせ」


 アレスちゃんが、僕とロットルさんを内包する結界を張り巡らせた。

 これで、生徒や野次馬の人たちへ瘴気の被害は出ないはずだ。

 それでも、魂霊の座を目にしただけで、少なくない人数が気を失ったりしているけど、仕方がない。後で責任をもって介抱しよう。

 それよりも、僕はロットルさんとの真剣勝負に意識を向ける。


 ロットルさんは及び腰ながら、それでも僕と相対するように武器を構えていた。

 僕も、魂霊の座の剣先をロットルさんに向けて、気を張り詰める。


「エルネア・イース。全力で参る!」


 そして、手加減することなく、僕はロットルさんに斬り掛かった。

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