仲裁は慎重に

「みんな、アレスちゃんとニーミアの側へ!!」


 もう、こうなってしまえばあとまつりだ。

 僕の勧告かんこくに、リステアとスラットンは慌てたように幼女たちへ駆け寄る。

 オズは突然の騒動に、口いっぱいに頬張ったお菓子をのどに詰まらせて悶絶もんぜつしている。もちろん、オズは最初からニーミアとアレスちゃんの側だ。

 そして、アレスちゃんとニーミアは、周囲の緊張感をよそに美味しそうにお菓子を頬張っています。


 というか、そこの霊樹の精霊さん。

 堂々とお菓子を謎の空間に仕舞わないの!

 プリシアちゃんへのお土産かな?


「ルーヴェント!」


 アレクスさんも、これは流石に不味いと思ったらしい。

 上空に舞い上がり臨戦態勢に入ったルーヴェントを止めようと声を掛ける。

 だけど、完全にやる気になってしまったルーヴェントの暴走は、もう止まらない。


「旦那様、このルーヴェントめが悲願への道を切り拓いて差し上げますぞ!」


 言ってルーヴェントは、ルイララへ狙いを定めると、投げ槍を大きく振りかぶった。


「ルイララも、相手を挑発したり挑発されたりしないの! はい、そこの魔王と宰相も、楽しそうに観戦していないで止めに入って!」

「いやだなぁ、エルネア君。僕は陛下の尖兵せんぺいとして忠実に行動しているだけだよ? それを、あの天族が勝手にいさんでいるだけだと思うんだけど?」

「エルネア君、よろしいのでしょうか。わたくしや陛下が介入するということは、エルネア君の身内以外は死に絶えるということを意味していますが?」

「うわぁぁん、この魔族たちは誰も彼も極悪人だよぉっ!」


 右往左往しているのは、僕くらいだ。

 スラットンとリステアは怯えたように幼女組の結界に逃げ込んでいるし、オズはお菓子で窒息死ちっそくししそうだし。魔王とシャルロットなんて、お茶を飲みながら観戦を決め込んじゃっているよ。

 ルイララも引く気はないようだし、ルーヴェントはそもそも後先を考えずに暴走中。

 アレクスさんだけが唯一、最初の立ち位置のまま困ったように、ルーヴェントとルイララを見比べていた。


「くっ、このままじゃ、被害が拡大していっちゃう」


 せっかく、伝説の大工さんが頑張って建てた絢爛豪華けんらんごうかな離宮なのに。

 そりゃあ、魔王はこのきらびやか過ぎる離宮に不満気味みたいだけどさ。でも、だからといって、こんなに立派な離宮が戦場になって破壊されてもいいだなんて、贅沢すぎますよっ。


「では、どうする? 其方が止めてみせるか?」

「うっ……」


 僕自身が介入して、両者を止める?

 止められる?

 相手は、空を自由に飛び回ることのできる天族のルーヴェントと、あの剣術馬鹿のルイララだ。


 左腰に手を伸ばす。

 だけど、そこに帯びている剣は、白剣じゃない。ヨルテニトス王国でグレイヴ様に貰った、呪力剣だ。

 霊樹の木刀はまだしも、はたしてこの呪力剣で二人を止められるのか。


「さあ、尋常じんじょうに勝負でございます!」


 迷いと躊躇ためらいで動けない僕とは対照的に、暴走の勢いだけでルーヴェントが動く。

 勝手に戦闘開始を宣言すると、槍を次から次へとルイララに投擲とうてきし始めた!


「ははは、単純な投擲が僕に通用するはずがないじゃないか。それにさ……」


 すらり、と魔剣を抜き放ったルイララは、そのまま豪速で迫る何本もの投げ槍を弾き飛ばす。

 そうしながら、足を踏み出す。

 アレクスさんへと向かって。


「天族ごときを僕が相手にするとでも思ったのかな? 勝手に空を飛んで、好きなように槍を投げていればいいさ。僕はその間に、本命を狙わせてもらうよ」

「なななっ! 卑怯ひきょうでございますぞ、この魔族め!」

「はっはっはっ。それは、魔族への最高のめ言葉だよ」


 ルイララは、降り注ぐ槍になんて興味ないとばかりに、視線さえも動かさない。ルイララの瞳は、常にアレクスさんだけを捉えていた。


「……」


 アレクスさんも、ルイララから向けられる敵意に否応いやおうなく神剣に手を伸ばす。


「こ、このっ!」


 これには、直接的な攻撃の届かない有利な空へ舞い上がったはずのルーヴェントもあせる。

 自分の攻撃は、ルイララの足止めにさえなっていない。それどころか、主人を護るはずが、逆に無防備な状態に追い込んでしまったのだから。


灰燼かいじんと化せ、我が地上よ』


 ルーヴェンドが神言しんごんを口ずさんだ。


「ああああっ!」


 ルイララを中心にして、爆炎ばくえんが上がる。

 衝撃波が離宮の調度品を粉砕し、壁を破壊する。

 ルーヴェントが放った容赦のない神術に、なぜか僕が悲鳴をあげていた。


「あらまあ、困りました。陛下、いかがいたしましょう?」

「くくくっ、エルネアには離宮を破壊する権限を与えたが、他の者に権利をくれてやった覚えはないな?」


 あわわっ、どうしましょう!


 ルーヴェントの神術は、容赦のない破壊力を示した。

 ただし、豪華な椅子に腰掛けて楽しそうに観戦する魔王や、傍で糸目を更に細めて微笑むシャルロットは、もちろん無傷だ。

 リステアとスラットンとオズも、アレスちゃんとニーミアの結界に守られて怪我ひとつない。

 未だに初期位置から動いていないアレクスさんも、当たり前のように無事だった。


「やれやれだね。神術を使って、魔法の真似ごとかい? 天族の神術なんて、歯の生えていない子猫に甘噛あまがみされている程度にしか感じないよ」


 そして、爆煙から何事もなかったかのように姿を現したのは、ルイララだった。

 ルイララが魔剣を一閃させる。それだけで、破壊された部屋に充満していた神術の余波が消し飛ぶ。

 でも、ルイララはそれ以上ルーヴェントに関心を向けない。ルイララの瞳は、今でもアレクスさんだけに向けられていた。


「ええい、こうなれば致し方ございません!」


 ルーヴェントの存在は、ルイララの眼中にさえ入っていない。それで、流石にルーヴェントもこのままではいけないと思ったようだ。

 翼を折ると、急降下でルイララに迫る。


 ああ、このままでは!


 もう、躊躇ためらっている余裕はなかった。


 僕は、霊樹の木刀と呪力剣を抜き放つ。

 更に、竜気を解放すると、二本の剣へ力を送る。


 直後。ぱあんっ、と破裂音が右手で発生した。

 竜気を送った呪力剣が、破裂して粉砕しちゃった!


 ちょっと、ちょっと、グレイヴ様!

 これって不良品じゃない!?


 なんて愚痴ぐちを思考している場合じゃない。

 僕は呪力剣を諦めて、空間跳躍を発動させた。


 霊樹の木刀と魔剣が交差する激烈音が響き渡る。

 僕が左手に握った霊樹の木刀は、ルイララの殺気がこもった剣戟けんげきを、一切の不安もなく正面から受けとめた。

 そして、右手は……


 上空に向かって右手をかざした僕。その先には、何枚もの小結界の障壁が。

 咄嗟とっさに、竜術で局所的多重結界を張ることができた。

 急降下の勢いを乗せて振り下ろされたルーヴェントの槍の一撃は、僕の多重結界を一枚も貫通することなく止まっていた。


「ルイララもルーヴェントも、いい加減にして!」


 もしも、僕が介入しなければ。

 ルイララの策中に嵌ったルーヴェントは、今頃はきっと、斬り伏せられていた。

 ううん、そこまではなかったかもしれない。なにせ、見かねたアレクスさんが反応しようとしていたから。

 僕があと一瞬でも迷っていたら、アレクスさんが介入していたかもね。

 だけど、ルイララがルーヴェントを本気で殺しにかかっていたのは間違いない。


 空に上がったルーヴェントを、どうやって倒すか。

 もちろん、ルイララだって恐ろしい威力の魔法を使うこともできる。だけど、ルイララはルイララだからね。

 余程の場合じゃない限り、彼は魔法を使わない。


 では、いかにして魔剣の届く間合いへ引き込むか。それは、意外と簡単な戦法だった。

 ああして無視を決め込み、本命のアレクスさんだけを狙っていれば、ルーヴェントは勝手に自分の優位性を捨てて割り込んでくる。

 ルイララの悪知恵に、ルーヴェントはまんまと掛かってしまったわけだ。


 だけど、そこで素直に負けを認められないのが、魔族と天族の関係だった。


「くっ、卑怯者でございますね!」


 ルーヴェントはまたもや翼を羽ばたかせると、上空へ舞い戻る。そして、全力で神術を発動させようとした。


「くくくっ。往生際の悪い天族だ。だが、どうする、エルネアよ?」

「ええっと……」


 魔王は、相変わらず寛いだ姿勢で観戦していた。

 とはいえ、このまま魔王の前で、というか魔族の支配する領域で天族のルーヴェントに好き勝手に暴れ回らせておいて良いはずなんてない。


「仕方ない、これだけは使いたくなかったんだけど」


 僕は、きりっと空を睨む。

 そして、覚悟を決めて言葉を発した!


「はい、精霊さんたち、そこの天族を取り押さえてね!」

『待ってました』

『任せておきなさい』

『みんな、あつまれーっ!』

「んななっ!?」


 驚愕きょうがくしたのは、ルーヴェントだった。

 空を飛ぶ自分には、地上の者は手も足も出ない、と思っていたに違いない。

 うん、それは間違いないんだけどね。

 でも、空には空の生き物がいるんです。


 竜峰では、飛竜や翼竜が。

 そして、この土地には、精霊さんたちが。


 僕の掛け声に、離宮の周囲をただよっていた精霊さんたちが集合し始める。

 地上から見ていると、色とりどりに混じり合った摩訶不思議まかふしぎな空が、嵐を真似してうずを巻くようにして。万色の光が回転しながら混じり合い、世界の流れを作り出す。

 渦を巻く世界に乗って、金魚の姿をした精霊さんや、軟体動物のような精霊さん、動物や鳥や花びらといったいろんな姿の精霊さんたちから、光の粒や気配だけの精霊さんたちまでもが、上空をぐるぐると回り出す。


『たしか、こんな技だったよねー?』

「あ、しまった」


 空に掛け声を発した姿勢のまま、僕は苦笑しちゃう。

 これは、いけない状況ですねぇ……


 ははは、と乾いた笑いが喉から漏れた。


 精霊さんたちは、呆然ぼうぜんと見つめる僕の前で、遠慮えんりょなく力を発動させてしまう。


 ごおうっ、と大気音なのか精霊さんたちの歓喜かんきなのかわからない音が耳を支配する。と同時に、天変地異と見まごうばかりの周囲の変化に呆然と飛んでいたルーヴェントへ、嬉々ききとして襲いかかる精霊さんたち。


 ルーヴェントの悲鳴は、耳を支配する世界の音にかき消された。


「ああ、離宮が……」


 そして、僕の悲しい呟きも、誰の耳にも届かない。

 だけど、このあとの惨劇さんげきは誰の目にも明らかだった。


「エルネア君、建設されたばかりの離宮を破壊するなんて、ひどいを通り越して呆れちゃうよね」

「陛下、星の見える屋内というのも、おつでございますね?」

「そうだな。よくもまあ、これだけ派手に壊したものだ。其方は、ここでの自分の影響力を忘れているようだな?」

「はは、ははははは……」


 精霊さんたちは、空を飛ぶルーヴェントを渦巻きながら地上に叩きつけた。でも、周囲から大集合した精霊さんたちの威力が、その程度なわけもなく。

 僕の嵐の竜術を真似した精霊さんたちは、離宮を広範囲にわたって壊しちゃった!

 全壊じゃないだけ、まし?

 いやいや、暴走したルーヴェントよりも破壊しちゃうなんて、やり過ぎですからねっ。


 惨劇に、がっくりと肩を落とす僕。その周りを、精霊さんたちが楽しそうに漂っている。

 はい、そこのアレスちゃんとニーミア。一緒になって小躍こおどりしないの!


 結界に守られていたリステアとスラットンは、目と口を最大限に開けて絶句していた。

 ルーヴェントは、砕け散った床の上で白目を向いています。どうやら、死んではいないみたいだね。

 ルーヴェントの様子に、アレクスさんは困ったように苦笑し、ルイララはお腹を抱えて笑っている。

 魔王とシャルロットも、離宮が壊されたというのに、満足そうに微笑んでいた。

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