ヨグアデス人形

 十体以上の、深緑の魔王ヨグアデスの人形。

 悪趣味だよね!

 しかも、その全てがご丁寧ていねいにも魔剣を手にしている。

 そして、魔力の宿った瞳を光らせながら、僕たちやカディスに容赦なく襲いかかってきた!


「はわわっ」


 ライラが慌てる。

 一瞬でライラとの間合いを詰めたヨグアデス人形が魔剣を振るう。両手棍で応戦するライラ。

 だけど、瞬く間にライラの方が防戦一方となり、追い詰められる!


 そんな、馬鹿な!?


 驚愕きょうがくする僕。


 だって、有り得ないもん!

 ここは戦場だ。だからライラは最初から竜気で身体能力を上げていて、万全の体勢だったはずだ。

 しかも、普段から僕たちと一緒に鍛錬を積み重ねているので、生半可な技量でライラが遅れをとるようなことなんてない。

 それが、交戦直後から一方的に防御に追いやられた!?


「ライラ様、後方に跳躍を!」

「は、はいですわっ」


 襲い掛かってきたヨグアデス人形から間合いを取るように、ライラが後方へ大きく跳躍する。

 追いすがろうと、人形も迫る。そこへ、横合いから高速で飛来する月光矢げっこうや

 人形は足を止めて、不意を突いてきた月光矢を魔剣で薙ぎ払う。


「あら、これで倒せていたら良かったのですが」


 とこぼしたメジーナさんは、既にヨグアデス人形の懐に飛び込んでいた。


 速い!


 法術と薙刀術。どちらも超一流と思える速さで繰り出すメジーナさん。

 だけど、それを上回ったのがヨグアデスの人形だった。

 メジーナさんが繰り出した薙刀を軽くあしらい、反撃とばかりに魔剣を振るう。すると瞬く間に、メジーナさんも防戦一方に追いやられてしまう!


「はわあっ!」


 両手棍に渾身こんしんの竜気をみなぎらせて、一度間合いを取ったライラが再び肉薄する。そして、全力で両手棍を振り下ろした!

 ずうんっ、と重たい音が響き、衝撃波が周囲に吹き荒れる。


「な、なんて頑丈がんじょうな!?」

「はわわわわっ」


 だけど、結果はかんばしくなかった。

 頭上から振り下ろされた、ライラの渾身の一撃。それを、ヨグアデスの人形は片腕、片手剣のみで易々やすやすと受け止めてしまう。

 それだけではない。

 大技の後の僅かな隙を突いて、人形は反撃の剣を振るう。

 慌てて後退するライラ。代わりに、メジーナさんが薙刀で牽制を入れる。

 それをも容易く弾き、ヨグアデスの人形はライラとメジーナさんを相手に一方的な攻めを見せた。


 な、なんて強さだろうね!

 魔法なんて使わずに、剣の技量だけでライラとメジーナさんを圧倒するヨグアデス人形の実力に、僕は愕然がくぜんとしてしまう。


 エリンちゃん、なんて置き土産をしていったんですか!!


 僕たちに迷惑をかけたら絶交だという約束を忘れているのかな!?

 いや、一応は忘れていないんだろうね……


 現に、十体以上も出現したヨグアデス人形は、ライラとメジーナさんへ攻勢を掛ける一体以外は、全てカディスに向かって攻撃を仕掛けていた。

 僕だけは、ヨグアデス人形に襲われていない。だから、こうして冷静に戦況を確認できていたんだ。

 とはいえ、このままライラとメジーナさんの苦戦を見過ごすわけにはいかない!


 神楽の白剣を抜くと、僕はライラたちの援護に向かう。

 空間跳躍で、ヨグアデス人形の背後に一瞬で回り込んだ。

 白剣を一閃させる!


 だけど、ここでも人形の反応は驚異的だった。

 メジーナさんの法術を弾き、ライラの両手棍術を軽く受け流して、僕の不意打ちに反応する。

 人形は振り向きざまに僕の白剣を魔剣で受けると、流れる動きで反撃を繰り出す。

 僕も応戦する!


 片手竜剣舞を舞う僕。

 途切れのない剣戟と体術で、ヨグアデス人形を翻弄ほんろうする!

 ……ううん、翻弄しようとした。

 だけど、上手くいかなかった。


 なぜなら。

 僕の竜剣舞。

 ライラの両手棍術。

 メジーナさんの法術と薙刀術。

 その全てを完璧に、ヨグアデス人形は捌き切ってみせた!


「そ、そんなっ!?」


 こんなことってあるのかな!?

 本物の深緑の魔王ではない。

 傀儡の王が自らの魔力で、即興そっきょうで造り出した人形。

 その人形一体に、僕たちの技量が通用しないだなんて!


 剣術が得意で、誰よりも剣と剣術を愛しているルイララ。

 彼と幾度となく手合わせをしてきた僕だからわかる。

 この人形は、剣術だけならルイララをも上回る!


 ヨグアデス人形は、正確無比な反応で全ての攻撃を受け流す。

 人形とはいえ魔族らしく、生半可な攻撃はそもそも通用しない。

 そして、僕たち三人の動きを的確に読み取り、痛い反撃を繰り出してくる。

 僅かでも隙を見せれば、次の瞬間にはそこを突かれる。連携にほころびがあれば、たった数撃でこちらの態勢を崩す。

 人形の思わぬ技量に、僕たちは三人掛かりでさえ防戦に追い込まれてしまう。


 活路かつろ見出みいだせない僕たち。

 このままでは、傀儡の王を追うどころではなくなってしまう!

 でも、一体でこれだけの技量を持っているのなら、他全ての人形を相手にしているカディスは僕たち以上に追い込まれているはずだ。

 そう思って視線を巡らせた僕の瞳に、恐ろしい光景が飛び込んできた。


「人形如きが、俺の行く手を阻めるとでも?」


 炎を纏ったカディスが、魔力を漲らせる。

 そして、灼熱色に燃えたぎる魔剣を一閃させた。

 豪炎が魔都を呑み込む。

 空まで焼き尽くすような炎の柱が何本も立ち昇り、触れるもの全てを燃やす。

 カディスに肉薄していた人形の数体が、一瞬で炭となって砕け散った。

 距離を取っていた人形も次々と燃え上がり、倒れていく。

 それでも迫った数体の人形に、カディスは容赦なく魔剣を振るう。だけど、僕たちのように人形が手にする魔剣に向かってではなく、虚空こくうに向かって。

 人形の頭上の空間を薙ぎ払うかのように、カディスの魔剣が炎を纏って振られた。その瞬間、人形が崩折くずおれる。


 そうか!


 傀儡の王が造り出した人形は、魔法の糸で操られている。

 だから、その糸を切断すれば、人形は本当の意味で「人形」になって動かなくなるんだ!


 意識を研ぎ澄ませれば、確かに全ての人形に魔法の糸が繋がっていた。

 そして、カディスの炎は傀儡の王の魔法の糸を燃やし切り、人形を無力化する。

 十体以上もいたはずのヨグアデス人形は、あっという間に半数以上が倒された。

 更に、残りの人形もカディスの炎の前に燃え崩れていく。


 これが、カディスの炎の魔法。

 自然を支配し操る深緑の魔王に対抗するために錬磨され、傀儡の王の人形を魔法の糸ごと焼き払う、恐るべき豪炎。

 僕たちとは違い、苦戦することなくヨグアデス人形十体以上をあっという間に殲滅させたカディスは、こちらをちらりと見た。


「貴様らは、人形遊びを続けていればいい。俺は奴を追わせてもらう。先ほどの愚言ぐげん、許すことはできん。それに、この国に傀儡公爵は不要だ」


 そう言うと、カディスは自らを炎に溶かす。

 全身が炎となったカディスは、大気が炎の熱を伝える速さで去る。

 一瞬にして魔王城の方角へと飛んでいく炎の塊。

 途中を邪魔する大樹の根や枝が、炎の塊の熱に当てられて燃え上がる。


 瞬間移動とまでは言えないけど、それでも空間跳躍の何倍もの速さで去っていったカディスに、僕は息を呑む。

 やはり、カディスは油断ならない相手だ。魔王位を狙うだけの実力を持っている。

 彼が正式に魔王位に就けば、この国の魔族だけでなく、周辺諸国の魔王や魔族たちも納得するかもしれない。


 だけど。

 傀儡の王は、そんなカディスを深緑の魔王と比較して、完全に見下していた。

 僕から見ても強者だと思える大魔族カディスを、なんで傀儡の王は認めなかったんだろう?

 傀儡の王が深緑の魔王に忠誠を尽くしていて、だから反逆者のカディスを快く思っていない。なんてことはない。

 だって、深緑の魔王に忠誠を誓っているのなら、そもそも過去に揉めて争ったりしていないよね?

 それとも、過去の騒乱の後に和解でもしたのかな?


「はわっ。はわわっ」

「ライラさん、代わります!」


 おおっと!

 余計な思考に意識を向けている場合ではなかった。

 僕たちは今も、残された最後の一体のヨグアデス人形と相対しているんだったね!


 体勢を崩したライラの代わりに、メジーナさんが法術を放ちながら間合いを詰める。

 人形が一瞬だけ動きを止める。だけど、陶器が割れる乾いた音の後には、これまで通りの素早い反応を示して、メジーナさんの斬撃を受け止める。

 やはり、接近戦だと僕たちは厳しい。


 でも、僕はカディスの戦いを観察して気づいたんだ。

 戦い方はある!


「はあっ!」


 メジーナさんを補佐するように、空間跳躍でヨグアデス人形の懐に飛び込む。

 そして、白剣を横に薙ぐ!


 狙いは、人形の胴体でも首でも手にした魔剣でもなく、何もないはずの頭上。

 だけど、人形の頭上には魔法の糸がある!


 スレイグスタ老の牙から削られ、竜人族の刀匠が丹念に磨き上げて、巨人の魔王とみんなの想いが宿った二つの宝玉が埋め込まれた、神楽の白剣。

 カディスの魔剣に斬れて、白剣に斬れないものなんてない!


 僕の必殺の一撃が、ヨグアデス人形の頭上に伸びた極細の魔法の糸を両断した。


「やりましたわっ」


 切断された魔法の糸の気配を感知したライラが、歓声を上げる。

 メジーナさんも、繰り出された魔剣を薙刀で受け止めた状態で、勝利を確信していた。


 がくん、とまさに人形のような動きで、手脚や頭が脱力したように垂れ下がるヨグアデス人形。

 動きが止まった。


 ふう、と息を吐く僕。


 人形は崩折れることはなかったけど、今や完全に動きを止めて、立ったまま沈黙していた。


 と、思った瞬間だった!


「メジーナさん!」


 僕は咄嗟に手を伸ばし、メジーナさんの巫女装束を掴む。そして、空間跳躍を発動させた。

 うっ、と息を呑むメジーナさん。

 初めての空間跳躍を体験し、目眩めまいと吐き気をもよおして、手を口に充てる。

 だけど、それだけで済んで良かった……


「う、動いていますわ!?」


 驚きの声を上げるライラ。


 そう。


 操り糸を切られ、完全に動きを止めたはずのヨグアデスの人形が、なぜか魔剣を振るったんだ!

 僕が咄嗟にメジーナさんを連れて空間跳躍していなかったら、彼女の腕は今頃は斬られて飛んでいたかもしれない。


「そ、そんな馬鹿な!?」


 今日、何度目になるのかわからない驚愕の声を上げる僕。

 ライラやメジーナさんは、目の前の光景が信じられないと瞳を大きく開いて、息を呑む。


 脱力していたはずの腕が上がり。肩が持ち上がり。頭部が胴体の上にしっかりと安定する。

 そして、魔力の籠った瞳で、ヨグアデス人形は僕たちを見据えた。


「ふふ。ふふふふふ」


 ヨグアデス人形の口から、傀儡の王の笑い声が零れた。


「ふふふ。ふふふ。いかがでございましょうか? 楽しい人形劇でございましょう?」


 にたり、とカディスを老いさせたような顔が笑みを浮かべる。


「ま、まさか……!」


 どれだけ意識を研ぎ澄ませても、僕が両断した魔法の糸以外の何かがヨグアデス人形に着いている気配はない。


 ということは……!!


「もしかして、人形は魔法の糸なんて無くても操れる!?」


 僕の声に「御明答」と楽しそうな声がヨグアデス人形の口から発せられた。


「私の人形は、全て自立型でございますよ? 考えてもみてくださいませ。私が造った人形は、朱山宮しゅざんぐうだけでも百体は在るのでございますよ。それを全て糸で操って方々かたがたにお仕えするなんて無理でございましょう?」

「そ、それじゃあ?」


 なぜ、カディスが魔法の糸を斬ったら他の人形は動かなくなったの?

 それだけじゃない。竜王の都でも、傀儡の王が造ったジャンガリオ爺さんたちの偽人形は、魔法の糸を切られたら活動を停止したよね?


「ふふふふ。だまし、騙されが魔族でございますよ? 馬鹿正直にこちらの手の内をさらすはずはありませんでしょう?」

「ということは、カディスは騙されているんだね……」


 人形を操っている魔法の糸を切れば、無力化できる。そう思い込んでいる相手に、今のように自立で人形が不意打ちをしてきたら。

 考えただけで、背筋が冷たくなる。


「足留めを狙っただけですので、あちらには適当な人形を差し向けました。ふふふ。カディスは今頃、他愛たわいもないと油断していることでしょうね?」

「そうして、本当の本気の時に、相手を出し抜いて勝利するわけだね?」

「騙されている方が悪いでしょう?」


 カディスは、思い込まされている。

 いや、カディスだけでなく、おそらくは傀儡の王の魔法をよく知る者ほど、騙されているに違いない。

 傀儡の王は、わざと魔法の糸を僅かに感知させるような振る舞いをして、相手を罠に掛ける。そうして、本命の時に全ての思い込みを裏切って、相手を翻弄ほんろうするんだ。

 まさに魔族の中の魔族らしい、恐ろしい戦い方だね!


「ところで、エルネア様」


 ふふふ、と笑みを浮かべながら、ヨグアデス人形は僕たちを見つめる。

 どうやら、会話を交わしている間は襲ってこないようだ。

 でも、また戦いになったら……。


 魔法の糸を斬っても、意味がないことを知った。だとすると、再戦しても接近戦だとこちらが押されてしまう。

 それなら、今度は竜術主体で戦うべきかな?

 少し周囲まで壊しちゃうけど、本気を出せば……!


「エルネア様?」

「むむむ!」


 何度か傀儡の王の声で呼び掛けられて、僕はヨグアデス人形に意識を戻す。

 僕がようやく耳を傾けたと理解したヨグアデス人形は、にたりと残忍な笑みで恐ろしいことを口にした。


「言い忘れていたのですが。カディスに向けた人形は、適当に造ったものでございます。ですが、この一体だけは私の魔力の半分を注ぎ込んだのでございますよ? いかがでございましょう? さすがのエルネア様でも苦戦されていますね?」

「んなっ!!?」


 なんだってーっ!


 僕は顔を引きらせた。

 だって、有り得ないよね!


 カディス側に適当な人形を差し向けて、僕たちの方には傀儡の王の魔力の半分を宿した特製の人形だって!?


 そりゃあ、苦戦しますよ!


 だって、始祖族の計り知れない魔力の半分ですよ!

 周囲に被害を及ぼさないように、なんて手加減をしていて倒せる相手じゃありません!

 それこそ、魔都ごと破壊する覚悟で僕たちも本気にならなきゃ、絶対に勝てない。


「いやいやいや、なんで僕たちに全力なのさ! 言ったよね? 僕たちに迷惑をかけたら、絶交だって!」


 もう、絶交です!

 遊んであげません!

 プリシアちゃんにも会わせないし、金輪際口も聞いてあげないんだからね!


 そう断言する僕。

 だけど、ヨグアデス人形はそれでも余裕の笑みを浮かべた。

 そして、反省した様子もなく言葉をつむぐ。


「エルネア様は、勘違いをなさっておいでです。私はエルネア様たちに迷惑をかけたわけではございません。ただ、この場でカディスと別れていただくために仕組んだのでございます」

「それって、どういうこと?」

「カディスよりも先に、早くこちらへお越しくださいませね? カディスがここへ辿り着き、魔王城の大樹を燃やし尽くした時。それは、この国の滅亡を意味しますので」

「な、ななな、なんですと!?」


 魔王城を呑み込むようにしてそびえ生える、超巨大な大樹。それが燃え尽きると、国が滅ぶ?

 なんでさ!?

 僕の疑問に、だけど傀儡の王は答えない。


 此の期の及んで、何か色々とこの国の事情を知っている傀儡の王が教えてくれないだなんて、なぜだろう?

 そして、僕は疑問とは別に、ある重要なことに気づいた。


「それなら、カディス側に本気の人形をぶつけて、僕たちに有利な状況を作ってほしかったよね!」

「ふふ。ふふふふ。おやまあ? それは気づきませんでした?」

「うそだーっ!」


 僕の叫びは、燃え上がる魔都の空に響き渡った。

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