剣の意味

 意図して僕たちに迷惑をかけたわけではなく、本気を出す相手を単純に間違えただけ、と無罪を主張する傀儡の王。

 だから、絶交は無し?

 うーん、保留です!


「それじゃあ、僕たちを案内してほしいよね? カディスがエリンちゃんに追いついたり、あの大樹が燃えてしまうと終わりんだよね?」


 僕の提案に、だけど傀儡の王の声を伝えるヨグアデス人形が困ったように首を傾げた。


「それは困ります。だって、舞台の俳優の審査は公平でなくてはならないでしょう?」

「いやいや、今はそんなことを言っている場合じゃないよね!?」


 国の存亡がかかった、切羽詰せっぱつまった状況なんだよね?

 それなら、僕たちに協力してほしい。

 そうしないと、カディスは本気で大樹を燃やし尽くしてしまうかもしれない。そしてそうなった時に困るのは、国民なんだ。

 大樹を燃やすと、国が滅ぶ。


 大樹と国の運命に、どういう関連があるんだろうね?

 魔王城を呑み込むような超巨大な大樹だけでなく、この国の自然全てが深緑の魔王の影響下にあることは知っている。

 巨人の魔王は、正体が雲を突き破るほど巨体だから、そう呼ばれている。妖精魔王は、妖精のような存在定義の特殊体質だから。そして深緑の魔王は、国のすべての自然を支配する恐るべき魔法を使うから。

 つまり、大樹を燃やし排除するということは、深緑の魔王の影響を排除するということを意味しているんだと思う。

 でも、それで国が滅ぶ。


 古き王が倒されて、新しい支配者が君臨すれば、確かに旧時代の終焉しゅうえんは訪れる。それが「国が滅ぶ」ということを意味するのなら、間違いではない。

 ただし、同時に「新たな国がおこる」のだから、単純な栄枯盛衰えいこせいすいという話で済みそうなんだけど?


 でも、傀儡の王は「国が滅ぶ」ということを憂慮ゆうりょしている様子だった。

 それなのに、僕たちに協力しないどころか、邪魔をしてくるだなんてね?

 いったい、傀儡の王は何を考えているんだろう?

 振り回されっぱなしで、傀儡の王の真意が見えてこないよ?


 ライラやメジーナさんも、困った様子で傀儡の王に「協力してください」と声を掛ける。

 だけど、ヨグアデス人形は首を縦に振ってくれない。


「エリンちゃん、この国が滅んでも良いの?」

「エルネア様、逆にお伺いいたします。この国が滅んだとして、私が困るようなことはありますでしょうか?」

「な、ないのかな……?」


 傀儡の王がこの国の南端に領地を保有しているのは、魔族の真の支配者に下賜かしされたから。

 下賜された領地がたまたま深緑の魔王が支配する国に属していたから、深緑の魔王の配下になっただけ。

 そう考えると、傀儡の王がこの国の存亡や魔王に固執こしつする意味はないのかもしれない。

 でもそうすると、何でこんなに僕たちを巻き込んで騒ぎ立てているんだろうね?


 カディスに喧嘩を売られたから?

 そうかもしれない。


 意外とこの国が気に入っている?

 そんな気配は感じない。


 では、深緑の魔王に個人的な想いがある?

 どうなんだろうね?

 だって、過去には大規模な騒乱にまで発展するほどの主従関係だったんだよ?


 僕の思考を読んだのか、ふふふ、とヨグアデス人形が愉快そうに微笑んだ。


「私は人形劇を楽しんでいるだけでございますよ?」

「ううん、それは嘘だね!」


 僕は断言する。


「だって、人形劇をしたいだけなら、こんなに手の込んだ舞台は用意しないはずだと思うんだ」

「手が込んでいるとは?」

「エリンちゃんの迷惑事にばかり目が向きそうになるけどさ。でも、この件にはエリンちゃんの『人形劇で遊びたい』という想いだけでなく、巨人の魔王やシャルロットの思惑も乗っているんだよね?」

「ふふ。ふふふ」

「そう考えるとさ。やっぱり、この騒動の裏には何かが隠されているはずなんだ!」


 だけど、その答えが未だにわからない!

 いったい、何が隠されているんだろう?


 深緑の魔王の安否。

 大樹と国の運命を紐付ける秘密。

 そして、傀儡の王が口にした「国の旗に描かれている物の意味」とは。


「ふふふふふ。それでは、特別に少しだけ手掛かりを提示いたしましょう。絶交は嫌でございますから」

「嫌なら、全部教えてほしいな!」

「そうしますと、私が面白くありません」

「私利私欲の方が僕たちとの約束よりも大切なのかい!?」


 僕の突っ込みに、愉快そうに笑う傀儡の王。

 老貌ろうぼうのヨグアデス人形から少女の笑い声が零れると、すごく不気味に見えるね!

 ライラとメジーナさんも少し不気味に感じたのか、僕の背後に隠れるように移動していた。

 ヨグアデス人形は、そんな僕たちの動きを見ながら、手にした片手剣を持ち上げる。


「ふふふ。『剣』が何を象徴しているのか、ご理解いただけたのではないでしょうか?」


 くるり、と身軽に剣を振るうヨグアデス人形。


 傀儡の王は、誰かを模して人形を造るときは、偽物だと見分けられないほど完璧に模倣もほうする。姿も、技も、術も。

 そう考えると……?


「深緑の魔王は、剣術が得意だった?」

「ふふ。ふふふふふ。かつての大戦乱のおり。当時はまだ魔将軍だったあの方の神族千人斬りは大変に有名でございました。燃え上がる大地。そこにうずたかく積まれた神兵神将のむくろいただきに立つあの方の姿は、南方では有名でございましたよ?」

「そ、そんなに……!?」


 嘗ての大戦乱とは、シャルロットが大魔元帥だいまげんすいとして指揮を執った、魔族と神族の大戦争のことだね。

 深緑の魔王は、その当時は魔将軍として大戦乱に関わっていたようだ。


「もしかして、その当時の暴れっぷりを評価されて魔王になった?」

「正解でございます」


 満足そうに頷くヨグアデス人形。

 なるほど、と僕たちも頷いてしまう。


 大戦乱で大きな功績を上げたヨグアデスが出世して、魔王位に就いた。

 納得できるお話だね。

 でも、そこで疑問が湧く。


「魔族と神族の大戦乱は、もちろん南の方で繰り広げられたんだよね? なのに、拝領した国は魔族の支配地域の北西? ……いや、たまたま魔王が空白の地域に拝領されただけなのかな?」


 その辺の魔族の事情は、僕にもわからない。

 でも、なぜか気になった。

 いつものかんてやつだ。

 そして、どうやら今回も、僕の勘は正しかったらしい。

 ふふふ、と満足そうに微笑むヨグアデス人形。


「エルネア様。ここはどういう土地でしょうか? 深緑の魔王は何故なぜ、この国を拝領したのでございましょう? 深炎しんえんの魔法の使い手であり剣豪けんごうだったあの方が、どうして自然を支配する魔法で国を支配したのでございましょうね?」

「えっ!?」


 いま、なんて言ったのかな?

 深炎の魔法の使い手?

 どういうこと……?


 僕がヨグアデス人形に問い詰めようとしたときだった!


『ええい、貴様の叫びはうるさい!!』


 上空から、レヴァリアが強襲してきた!

 そして、問答無用でヨグアデス人形を上から押し潰し、地上に荒々しく着地する。


「レヴァリア様!」


 慌てて駆け寄るライラ。

 レヴァリアは恐ろしい喉鳴りを響かせながら、押し潰したヨグアデス人形を見ることもなく僕を睨む。


『何をなまけている。さっさと面倒な用事を済ませて、帰るぞ。なんなら、我がこの国の全てを滅ぼして、貴様がわずらわせている面倒ごと消し去ってやる』

「いやいやいや、それは駄目だからね! 魔族の国で大暴れをしたら、今度から遊びに来られないよ? そうしたら、きっとリームやフィオリーナが悲しむからね!」


 それ以上に、もう少しでもっと多くの情報を引き出せそうだったヨグアデス人形が潰れてしまったことに、僕は悲しんでいます!


「んにゃん。さっきエルネアお兄ちゃんの雄叫おたけびが空まで届いたにゃん。どうしたにゃん?」

「ぎゃーっ。地上は熱い! ニーミアちゃん、こいつらなんて見捨てて、早く空に戻るぞっ」


 すると、今度はニーミアが降りてきた。

 おまけで、背中の上のアステルも。

 やれやれ、と困り果てる僕たち。

 でも、丁度良いのかもしれない。


「レヴァリア、ニーミア。それとアステル」

「おまけみたいに言うな、くそ竜王!」


 アステルの罵詈雑言を軽く受け流して、僕はレヴァリアとニーミアに協力を要請する。


「大変なんだ! カディスと傀儡の王を追わないと、この国が滅んじゃうんだって!」

『知らん。言っただろう。なんなら我が滅ぼしてくれると』

「駄目、絶対! レヴァリア、お願いだよ? 僕たちに協力してほしいな?」

「レヴァリア様、お願いしますわっ」


 ライラが、レヴァリアの脚にきつく抱きついて懇願こんがんする。

 すると、レヴァリアは露骨に舌打ちしながらも、悪態をくのを止めてくれた。


 うーん。ちょっとだけ嫉妬しっとしちゃう。

 ライラがレヴァリアに向ける愛情と、レヴァリアがライラに見せる特別な感情の両方に!


「嫉妬竜王にゃん?」

「ふっ。ニーミアよ、良いではないか。だって、僕はライラもレヴァリアも心から愛しているんだからね? うわっ!」


 レヴァリアが容赦なく恐ろしい牙を僕に向けたので、慌てて逃げる。

 やれやれ。レヴアリアの照れ隠しは大袈裟おおげさで困りますね?

 ライラも顔を赤て、レヴァリアの足の陰に隠れてしまった。

 僕は、ずかしがるライラとレヴァリアを見て微笑みながら、改めてお願いをした。


「ニーミア、レヴァリア、お願いだよ。この国を、というか巻き込まれた者たちを救うために、僕に協力してほしい!」

「いつも協力しているにゃん?」

『最初から手助けしているだろうがっ』

「ありがとうね!」


 これまでだって、レヴァリアとニーミアは上空で頑張ってくれていた。

 だから、僕たちには大樹の根や枝が襲ってこなかったんだよね。

 僕は感謝しつつ、次の段階へ進むべく方針を示す。


「レヴァリアは、僕と一緒にカディスを追って魔王城へ!」

『ちっ』

「はわわっ。わたくしも同行したいですわ?」


 レヴァリアの足の陰から、ライラが慌てて駆け寄ってきて、今度は僕に強く抱きつく。

 僕はそんなライラの頭を撫でて、別のお願いをした。


「ライラとメジーナさんは、ニーミアと一緒に大神殿へ戻ってほしいんだ」

「にゃん?」

「ここまで来て、後戻りでございますか?」


 ニーミアとメジーナさんが不思議そうに首を傾げる。

 だから、僕は言った。


「国旗に描かれた、剣と月と大樹。剣は、深緑の魔王を象徴していた。そう考えると……月って、神殿宗教を表しているんじゃないかな?」


 あっ、とメジーナさんが驚く。


「ライラたちは一度大神殿に戻って、確認してきてほしいんだ。きっとそこに、傀儡の王が言った『月が何を表しているか』という答えの意味があると思うんだよね!」


 傀儡の王が残した謎。

 その謎を解き明かせば、この国の存亡にまつわる事情や、傀儡の王や巨人の魔王が隠す思惑が見えてくるかもしれない。

 僕のお願いに、ライラとメジーナさんとニーミアが強く頷く。そして、素早くニーミアの背中の上に移動する二人。


「エルネア様、お任せくださいですわ」

「神殿宗教が関わるのであれば、私も行かなくてはいけませんね!」

「朗報を待っていてほしいにゃーん」

「わたしを巻き込むなーっ!」


 アステルの叫びが、一瞬で遠のく。

 飛翔したニーミアは、あっという間に大神殿の方へと飛んでいった。


「さあ、僕たも!」


 カディスを追って、魔王城へ行こう!

 そう言おうとしたけど。

 レヴァリアが、恐ろしい喉鳴りで瞳に殺気をはらませた。


「レヴァリア!?」


 ぐるる、と凶暴な牙を剥き出しにし、喉の奥に紅蓮の炎をたぎらせるレヴァリア。

 そして、炎と殺気の籠った瞳を僕に向け。


 次いで、足もとに移した。


 ごとり、とレヴァリアに荒く踏み潰された地面の瓦礫がれきが動く。

 何事か、と緊張気味に見守る僕の視線の先に、それは現れた。


「ふふふ。ふふふふふ。困った竜様でございます。危うく踏み潰されるところでございました」


 砕かれた瓦礫と、レヴァリアの巨大な足を退けて、ヨグアデスの人形が姿を現した。

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