試練 そして試練
「凄いです! 美しいです! 神々しいです!」
「メアリ、結界に集中しなさい」
「ごめんなさいです、巫女頭様」
飛翔した鶏竜を見上げて、メアリ様が感動する。そして、マドリーヌ様に怒られた。
僕も、予想以上の
だけど、意識的に強い竜気を流した瞳の負荷は、さらに予想以上だった。
「うっ……」
瞳全体が焼けたように熱く、頭の奥に突き刺さるような鋭い痛みが連続して走る。
あまりの苦痛に、体勢を崩しそうになる僕。
地中の土蛇は、そんな僕の異変を敏感に察知した。
メアリ様たちが篭る結界を地面の下から突き上げて壊そうとしていた土蛇。その攻勢が、急に止む。
そして、ぞわりと僕の足もとに嫌な予感が迫った。
「よし、かかったね!」
だけど、それは当初から僕が狙っていた状況でもあった。
自分自身を餌として、土蛇を釣り上げる。
思惑通りの展開に、激しく痛む瞳を押さえながらも、僕は身構える。
足もと、そのさらに下方の地面の奥に意識を集中させると、土蛇の襲撃に備えた。
何かが、実体化するような気配。次に、大地、というか世界の隙間を
「今だっ!」
脚に竜気を宿して、真上へ大きく跳躍する僕。その僕を狙い、地中から土色の筒状をした魔物、土蛇が勢い良く姿を現す!
地面から伸びた長い筒の先端を真横にぱっくりと開き、僕を丸呑みにしようと迫る土蛇。
歯の無い口の中は、不気味なくらい真っ赤だった。
「僕は、お前が食べられるような安物じゃないよ!」
普段から、レヴァリアやアシェルさんの恐ろしい噛みつきを回避している僕だ。今さら、土蛇になんて
跳躍した僕に後わずかまで迫った土蛇を
一瞬で土蛇から大きく距離をとった僕は、満を持して力を解放せた。
「いけっ、鶏竜!」
僕という標的を見失い、うねうねと長い動体をくねらせて困惑している土蛇を、僕は力強く指差す。
くおんっ、と上空で鶏竜が鳴いた。
上空を旋回していた鶏竜が、大きな翼を優雅に羽ばたかせ、長い尾羽を真っ直ぐに伸ばして急降下する。
上空から強襲してきた鶏竜に気付き、土蛇が慌てて地中へ潜ろうと
でも、もう遅い!
狙い澄まして襲い掛かった鶏竜は、鋭い爪で土蛇を
ずるずるずるっ、と地面から土蛇の長い胴体が引き抜かれる。
「大物だ!」
鶏竜によって地上に
「よし、最後の仕上げだ。新生、鶏竜の術をくらえ!」
痛む瞳に耐えながら、叫ぶ。
土蛇を空へと釣り上げた鶏竜が、僕の叫びに呼応して、神々しく鳴く。
そして、土蛇の長い胴体に尾羽を絡ませる。
ゆらり、と鶏竜の輪郭が揺らぐ。緑色の竜気の霧に変化しながら、鶏竜が土蛇の全身を覆うように絡み付いた。
上空で、身体を激しく蠢かせて抵抗をみせる土蛇。だけど、その土蛇を、鶏竜から変化した緑色の炎が覆い尽くす。
土蛇が、断末魔をあげる。
「くっ……」
激しく、瞳が痛い。
最後まで見届けようと必死に目を凝らすけど、視界が霞む。
もう瞳に竜気を流していないというのに、激痛の
あまりの辛さに、足もとがふらついた。
「んにゃんっ!」
そこへ、ニーミアが注意を促す。
はっと、痛み霞む視線で必死に頭上を見上げる僕。
「あっ、いけない!」
緑色の炎の奥から、何か塊が落ちてきた。
僕は慌てて、空間跳躍を発動させる。そして、落下する塊を空中で受けると、そのまま地面に着地した。
「良かった、息はあるみたいだ」
そう。緑色の炎の奥から抜け落ちてきたのは、土蛇に喰われたはずの男性だった。
僕は、強い想いを鶏竜に乗せていた。
土蛇を倒し、男性を救い出す。
その想いを体現させた新生「鶏竜の術」は、土蛇だけを燃やして、腹の中の男性を救い出したんだ!
土蛇の全身を残らず焼き尽くしたのか、緑色の炎が消える。同時に、鶏竜の術を維持していた竜気も消失してしまう。
後に残ったのは、僕の瞳を焼くような熱と痛みだけだった。
でも、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「マドリーヌ様、男性の手当てを! ……お、お願いしても良いのかな?」
早朝の住宅街を騒がせた魔物は退治した。喰われた男性も、なんとか無事に救出できた。
だけど……
僕が受け止めた男性は、服を全て溶かされて、全裸だった!
しかも、ぬめぬめとした液体が、付着していた。
「ええっと、し、仕方ないよね?」
男性の全裸なんて
土蛇に喰われた男性は、息はあるけど意識を失っていた。全身の服が溶かされただけじゃなくて、ぬめぬめとした体液が付着した部分の皮膚のが、火傷をしたように赤く
早く、巫女様の治療が必要だ。
男性を抱えて、マドリーヌ様たちの方へ駆け寄る僕。
丁度そこへ、遅れて駆けつけた巫女様たちが到着した。
「ふっふっふーっ」
鼻息も荒く、メアリ様が勝ち誇ったように僕へ笑いかける。
僕たちは、魔物騒動のあった
だけど、戻ってからも僕の瞳は未だに熱を持ち、たまに鋭い痛みが走っていた。なので、庭木の木陰で安静にしていたんだけど。そこへ、メアリ様がやってきたわけだ。
「エルネア様、私との試練を覚えていますでしょうか?」
「はい、覚えていますよ」
メアリ様の優越感に満ちた姿に、僕は苦笑してしまう。
メアリ様に付き添って来たマドリーヌ様も、困り顔だ。
そんな僕とマドリーヌ様の表情なんてお構いなく、メアリ様は言う。
「エルネア様は、鶏竜の術を消してしまわれましたです。ですが、私はほら!」
自分の頭上を指差すメアリ様。そこには、二本の小さな月光矢が浮かんでいた。
そして僕の周りには、メアリ様が指摘した通りに、鶏竜の形をした竜気の塊はない。
土蛇を倒すために、僕は
メアリ様も結界を張るために月光矢の一本を消したけど、もう一本は最後まで残していた。
つまり、僕は試練を乗り越えられなかったというわけだ。
厳密なことを言わせてもらえば、メアリ様も月光矢を一時的に一本消失させたのだから、試練は不成立なんじゃないかと思うんだけど。でも、今こうして僕は鶏竜の術を完全に消してしまい、メアリ様の頭上に二本の月光矢が浮いている事実だけを比較するのなら……
「エルネア様の、負けでございます!」
むふふっ、と鼻を鳴らせて勝ち誇るメアリ様。
そして、追打ちをかけるように、僕に言う。
「試練に負けたエルネア様に、お姉様はお渡しできませんです!」
びしっ、と僕を指差すメアリ様は、まさにマドリーヌ様を護る守護騎士然としていた。
僕とメアリ様の試練勝負。僕が負けた場合は、マドリーヌ様に相応しくない相手だとして、
そして、僕は試練に失敗してしまった。
だから、メアリ様が勝ち誇り、僕に宣告するのは正しい。
だけど、そこへ異議を申し立てる者が現れた。
マドリーヌ様だ。
「メアリ」
「はい、お姉様」
自分が護り通した大好きなお姉様から声を掛けられて、
「試練のことは昨夜のうちに聞いていましたから、知っています。口出ししなかったのですから、エルネア君とメアリの勝負に私が今さらとやかく言う権利はないでしょう」
ですが、と、優しいお姉様ではなく、一国の代表を預かる巫女頭の視線でメアリ様を見つめるマドリーヌ様。
「メアリ。今朝の貴女の行いは、巫女として失格です」
「えっ?」
思わぬ厳しい言葉に、瞳を大きく見開き、震えるメアリ様。
マドリーヌ様は、そんなメアリ様を、巫女頭として容赦なく
「貴女は、人命救助の際に
「そ、それは……」
「言い訳は許しません。巫女であるならば、己の事情よりも他者への
小さな女の子にとって、マドリーヌ様の言葉はとても厳しい内容だった。
だけど、メアリ様は幼いながらも既に洗礼を受けた、正式な巫女だ。だから、マドリーヌ様は巫女頭として、たとえ可愛い身内であっても、容赦なく怒る。
そしてメアリ様も、自分の行いに間違いがあったのだと素直に認めて、顔を伏せた。
「良いですか、メアリ。私たちが日々を通して厳しい修行や毎日の習慣を欠かさないのは、いざというときに人々を救うためなのです。普段から一生懸命に暮らしていない者に、女神様がご慈悲をお与えになると思いますか?」
「いいえ、思いません」
「でしょう? であれば、貴女も目的と
はい、と素直に肯くメアリ様。その瞳からは、大粒の涙が
マドリーヌ様は、膝を突いてメアリ様と視線を合わせる。そして、涙を拭ってあげる。
「メアリ、貴女は試練に勝ったかもしれません。ですが、巫女として間違えていました。それに、エルネア君は、やはり私のお相手として
メアリ様の頭を優しく撫でるマドリーヌ様。そこにはもう、巫女頭としての厳しさはなく、ただただ可愛い妹と僕のことを想う
メアリ様も、マドリーヌ様に
「はい。お姉様の仰る通りです」
ふう、良かった。
どうやら、メアリ様は今回の試練を無効にしてくれたらしい。
とはいえ、僕に落ち度があったことも確かだよね。
だって、マドリーヌ様を迎えるための試練であれば、何がなんでも達成すべきだったんだから。それを、魔物を討伐するためとはいえ、鶏竜の術を変化させてしまったり、瞳の熱と痛みを言い訳に術の維持を止めてしまったのは、僕の弱さだ。
マドリーヌ様の仲裁がなければ、僕はメアリ様に認めてもらえなかったどころか、自分の不甲斐なさに負けていたかもしれない。
だから、僕は改めてメアリ様に提案する。
「メアリ様。もう一度、試練を仕切り直しましょう」
「エルネア様?」
僕の思わぬ申し出に、メアリ様が振り返る。
マドリーヌ様も、僕を見て「メアリに付き合う必要はないですよ?」と言ってくれた。
だけど、やっぱり男として、試練はしっかり乗り越えたいよね。
僕がマドリーヌ様に相応しい男であるというところを、メアリ様に認めてもらいたいんだ。
「とはいえ、どんな試練が良いのかな? 今さら、前の続きでお互いの術が途切れるまで、なんて条件だと、メアリ様の方が不利になっちゃうしね」
鶏竜の術を中断した僕とは違い、メアリ様は今でもずっと、月光矢を維持したままだ。巫女様たちの言う通りなら、あと一日くらいは維持できるはず。とはいえ、今から僕と改めて勝負をするとなると、竜気と集中力が回復した僕の方が、ずるいらいに有利になっちゃう。
メアリ様も、どうしましょう、と首を傾げた。
「それでは、こうしましょう」
そこへ現れたのは、マドリーヌ様とメアリ様のお母さんであるイリア様だった。
「エルネア様とマドリーヌには、今日一日、街で楽しく過ごしていただきます」
「ええっと……。イリア様、それが試練になるんですか?」
意味がわからず、質問する僕。
だけど、メアリ様はイリア様の試練の内容を理解したようだ。
「はい、わかりました。それでは、エルネア様とお姉様が楽しく過ごされたのなら、私もエルネア様をお認めいたします」
「ううーん、僕とマドリーヌ様は、いつも仲が良いですよ? 今さら喧嘩したりはしないと思うんだけどなぁ?」
疑問を浮かべつつも、イリア様やメアリ様、それにマドリーヌ様が納得していので、僕は試練を
「それでは、エルネア君。遊びにいきましょう」
「はい、行きましょう」
僕はマドリーヌ様の手を取って、二人仲良く丘の上の邸宅を後にした。
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