階段の先

 舞台では吟遊詩人が唄い始め、しっとりと夜はけていく。だけど、会場には大勢のお客さんが残っていて、宴はまだまだ続いていた。

 僕たちも、飲んだり食べたり休憩しながら、楽しく過ごす。

 みんなで輪になって踊ったり、並んで遠吠えしちゃったり。

 ずっと一緒に行動していた家族のみんなも、あっちに呼ばれたりこっちに誘われたりと、離ればなれになることが多くなり始めていた。


 そして僕は今、竜人族の男どもに包囲されていた。


「ふふふ。エルネアよ、先ほどの恨みだ」

「な、なんのことかなー?」


 満足そうなアイリーさんとは真逆で憔悴しょうすいしきった男たちは、それでも最後の気概を見せて、僕を草食動物を狙う肉食獣のような迫力で取り囲んでいる。


「エルネア君、今日はなんの日かな?」


 ジルドさんがにこやかに質問してくる。でも、目が笑っていません。

 ジルドさんも、アイリーさんの罠にかかったひとり。というか、一番の犠牲者だからね。共犯者である僕に向ける恨みの視線が痛いです。


「ええっと、今日は僕たちが結婚した日ですよ!」

「ふむ、そうだね」


 どの種族にも、他に特別な記念日は設定されていない。だから、今日がなんの日かと聞かれたら、迷わずそう答えるよね。

 でも、竜人族の男たちの雰囲気がなにやら不穏だ。

 がしっ、とザンに肩を組まれて僕は嫌な予感にかられ、逃げようとした。だけど、がっちりと押さえられていて逃げ出せない。

 空間跳躍でも使えば簡単に逃げ出せるだろうけど、ザンは慣れていないからね。

 お酒を飲んだ状態で慣れていない人を巻き込んだ空間跳躍をしたとして。しかも肩を組まれている状態でザンが目を回したら……

 僕の大切な衣装が大変なことになっちゃいます!


「では、エルネア。今日が結婚した日だとすると、今夜はどういう意味を持つ?」


 にやり、とイドに笑みを向けられた。

 というか、イドがそういう顔をすると魔王並みに怖いんですけど?

 僕はイドの迫力に顔を引きつらせつつ、ちょっぴり恥ずかしそうに応える。


「決まっているじゃないか、今夜は……」

「そう、そういうことだ!」

「いやいや、僕はまだ最後まで言ってませんよっ!?」


 僕の言葉をさえぎる竜人族の戦士。

 だけど、みなまで言う必要はない。全員が知っている。結婚した日の最初の夜がどういう意味を持つのかなんて。


 夜中になっても賑やかな会場は、きっとこのまま東からまた太陽が昇ってきても続いているはず。

 そもそも、僕たちはこのお祭り騒ぎを数日間は続けるつもりで計画している。

 数日間の猶予があるからこそ、テルルちゃんのところへたどり着けるか、という壮大な企画を立てたんだしね。

 でも、お祭りが続いている間中、僕たちがこの会場にずっと滞在するとは言っていない。

 みんなだって用事があれば帰るだろうし、時間が空けばまたやって来ると思う。そして僕たちだって、それは同じだ。


 みんなで申し合わせているわけじゃないけど、それはほら、みんな理解していると思うんだよね。


 うえっへっへっ、とこれからのことが頭を過ぎり、にやけてしまう。


「ふっ……」


 だけど、僕のにやけ顔を見たザンが鼻で笑った。

 いいや、ザンだけではない。イドや他の竜王たち、さらには僕を包囲する竜人族の男ども全員が、極悪な笑みを浮かべていた。


「エルネア君は聞いていないだろうか、儂ら竜人族の習慣を」

「ええっと、どんな習慣でしょう?」


 竜人族と生活してきた僕だ。いろんな習慣や習わし、おきてを知っている。そのなかで、今この場に適応するような習慣なんてあったっけ?


「ふっ、知らないなら教えてやろう」

「儂ら竜人族は、初夜しょやを邪魔してやろう、という習慣がある!」

「はいぃっっ!?」

「ぐわっはっはっ、覚悟するんだな。貴様は俺たちを倒さない限り、嫁のもとへは行けんぞっ」

「なんて迷惑な習慣なんでしょう!」


 大切な夜を邪魔するだなんて、極悪非道にもほどがありますよ!


「さあ、勝負だ!」


 言って、巨躯きょくの竜王セスタリニースが、どんっ! と机に出してきたのは、お酒だった。


「……いやいや、僕はお酒なんて飲めませんからね?」

「くっくっくっ、に及んでなにを甘いことを言っている?」

「我ら全員を酔い潰さない限り、貴様に甘い夜は訪れないと知れ!」

「うわっ、無茶苦茶だっ」


 どうやら、勝負とは武器や術を用いたものではなく、飲み対決らしい。

 でも、僕はお酒なんて飲めないし……


 そこで僕は、はっと思い出す。

 そういえば結婚の儀の少し前に、竜人族の人たちがなにやら意味深なことを僕に聞いてきていたよね。お酒は飲めるのか、とか。

 どうやらこのことを示唆しさしていたらしい。

 カルネラ様の村の人たちの、あのにやけた笑みの理由を、ようやく思い知らされたよ!


「さあさあ、飲め!」

「ひえっ」


 器に注がれたお酒が僕の前に差し出される。

 竜人族のみんなも杯を持っていた。


「では、八大竜王エルネアの夜を潰す覚悟で、かんぱーい!」


 ぐびぐびぐびっ、と一気にお酒を飲み干す竜人族の男たち。


「さあ、お前も飲め」

「もしも飲まなかったらどうなるのかな?」

「知れたこと。お前はまだお子様だった、ということで笑われるだけだ。軟弱者とそしられてもいいのならこの勝負は受けなくてもいいが、嫁であるミストラルはどう思うだろうな?」

「……ミストラルも竜人族だから、この男たちの習慣は知っているわけだよね?」

「そういうことだ」


 男の習慣、もとい試練を逃げたりなんかしたら、竜人族のなかでは半人前と思われちゃうのかな。そうなると、妻のミストラルたちに申し訳が立たなくなっちゃうかもしれない。


「お前の酒の酒精しゅせいは低くしている。俺たちがお前に譲歩できるのはそれだけだ」


 べつに、お酒が嫌いなわけじゃない。毎晩のように晩酌をしているユフィーリアとニーナの飲む姿を見ていると、とても美味しそうに見えるんだよね。

 でも、僕にはまだ早いような気がしていた。


 早い人だと学校に通う前から飲んでいる強者もいたりするけど、なんとなく「お酒は大人のあかし」みたいな先入観があったんだよね。

 ひ弱だ、軟弱なんじゃくだと友達にからかわれたり、童顔だなぁと言われたり。僕はまだまだ子供で、その「大人の証」を口にするのは早いのだとばかり思っていた。


 でも、どうだろう。

 僕はいっぱい冒険してきた。それこそ、勇者のリステア以上の旅をしてきたんじゃないかな。

 そして竜剣舞をおさめ、五人のお嫁さんを迎えることができた。

 結婚の儀では、こうして数えきれないくらいのみんなに祝福されている。


 僕はまだ子供?

 それとも、大人?


 ううん、悩むのは間違いだ。

 僕は大人だ!

 夫として、一家の大黒柱として、妻や家族を支えなきゃいけない。そんな僕がいつまでも子供でいて良いはずなんてない。


 これは、初夜を賭けた男の試練だけど。僕自身が大人の階段を登る切っ掛けでもあるのかもしれないね。


 強引に持たされていた器に視線を移す。そして、ぐいっと一気に中身を飲み干した。


「ぐええっ、喉が熱いよっ」

「がははっ、よく飲んだ!」


 ばしっ、と竜王のジュラに背中を叩かれて、むせ返る。


「さあ、これで終わりではないぜ。どんどんいこうか」


 軽い口調の竜王ヘオロナが、空になった僕の器に新たなお酒を注ぐ。


「エルネア君が先に酔い潰れるか、僕たちが先に酔い潰れるか、これからが勝負だね」

「……せめて、甘いお酒でお願いします」


 同じ八大竜王のウォルが音頭おんどをとると、また竜人族の男たちはお酒をあおる。僕も飲め、と急かされるけど、まだ喉の奥が熱くてたまらない。

 液体を飲んだはずなのに、逆に喉が乾くような。まるで、お腹のなかでお酒が燃えているような感覚。ひりひりとしびれる舌。

 これが大人の味か。


 大人の階段をひとつ登った僕だけど。

 まだまだ階段は先に続いているようです。

 からいお酒は苦手かな。

 ザンが少しだけ気を効かせてくれて、果実酒かじつしゅに変えてくれた。

 僕は果実酒を飲む。


 甘い口当たり。だけど独特の味。そしてやっぱり、喉が燃えるように熱くなる。


 僕の飲みっぷりに、竜人族の男たちから歓声が上がる。


 だけど、これが限界だった。

 まともにお酒を飲んだことのなかった僕は、急激に視界が回りだす感覚に襲われる。

 ザンに肩を組まれているはずなのに、ぐるんぐるんと不安定に回る景色。頭がもわっとしてきて、呼吸が乱れ始める。

 しっかりとした芝生の上に立っているはずなのに、崖の上にでもいるかのように足もとがおぼつかない。


 ふらり、と僕はへたり込んでしまった。


「わっはっはっ、もう酔ったようだな」

「これが酔ってる状態なんだね……」


 陽気に笑う竜人族の男たち。

 年末にもひょんなことから酔っ払ったけど、あのときとは比べようもないくらい思考がとどこおり、自分の身体が自分のものじゃないような感覚になっていた。


「まあ、最初はそんなもんだ。ほら、霊樹の雫だ」

「ありがとう、ザン」


 ザンに手渡された霊樹の雫を飲む。

 焼けていた喉がすうっと気持ちよくなり、身体に染み渡る。


 そういえば、霊樹の雫は二日酔いとかにも良いんだよね。


 不愉快感や吐き気などはない。

 ユフィーリアとニーナが「酔うのは好きだわ」と言っていたけど、今ならなんとなくわかるかも。

 ふわふわとした思考も、揺れる視界も、なにもかもが面白く楽しくなってきたよ。


 わぁい、もっと飲もう。

 というか、飲まないとあんなことやこんなことができないぞ。

 みんな、待っててね!

 あははははーっ!


 次はまだかー、と両手を上げてお酒を所望した僕は、そのまま芝生の上にひっくり返った。

 そして、狭まる視界。

 気持ちいい感覚に任せて、僕は眠りに落ちた。






「ううん……ここはどこ、僕はだあれ?」


 目が覚めると、視界いっぱいに綺麗な星空が飛び込んできた。

 はて、僕はなんで野宿なんてしているんだろう?


「がははっ、フォルガンヌもなかなか飲める口だな」

「こればかりは、竜人族にも負けんぞ」

「おおう、勝負だ」

「いやあ、人族代表として俺も参加させてもらおうかな」

「ルドリアードとか言ったか。良いだろう、人族の実力を見せてみろ」


 ゆるい思考をかき乱すように、男たちの賑やかな声が耳に届く。

 首から上だけを動かして騒がしい方角を確認すると、種族が入り混じっての宴会になっていた。


 ……そうか、僕は竜人族の男たちに挑まれて、お酒を飲んだんだっけ。


 ようやく状況を把握して、苦笑する。

 どれくらい寝ていたのかな?

 ミストラルたちはどうしているんだろう。

 大切な夜をすっぽかした僕に、あきれているのかな?

 ミストラルは竜人族の習慣を知っているのだし、みんなに説明してくれているかな?

 今からでも遅くはないのかな?


 ゆっくり起き上がると、まだ視界は少し揺れていた。


「起きたか」

「ザン、おはよう」


 挨拶をしたら、笑われた。


「まだ夜中だ。酔っているのだろう?」


 ほら、とまた手渡された霊樹の雫を飲む。

 僕を打ち負かした竜人族の男たちは、勝利の宴の真っ最中らしい。

 でもそれが功を奏して、起きた僕を確認している人はザンしかいない。


「ちょっと休憩させて」

「逃げても良いが、ミストラルたちもまだ他の奴らに捕まっている最中だぞ」

「もしかして、女性には女性の習慣が……?」

「そういうわけじゃないがな」


 ザンが教えてくれた。

 竜人族は、こうして幸せな夫婦の出だしをくじくことで、夫婦生活は前途多難だぞ、ということを知らしめるらしい。特に、男に対して。

 嫌な習慣です。

 ザンや他の人が結婚したあかつきには、僕も目一杯の邪魔をしよう!


 ……そうか、この精神で受け継がれてきた習慣なんだね、と自分で答えを導き出して、笑ってしまう。


「逃げ出さないよ。ただ、ちょっと酔いを覚ますために散歩をしてくるね」


 ザンは、僕を止めたり疑って付いてくるようなことはしない。

 ザンに見送られて、僕は男たちの宴の場をあとにする。


 会場は相変わらずのお祭り騒ぎだ。

 歩きながら確認すると、ユフィーリアとニーナは貴族の方々に囲まれて楽しく談笑していた。お酒もいっぱい飲んでいるはずなのに、酔っている様子はない。

 さすがは毎晩飲んでいるだけのことはあるね。

 僕も徐々にお酒に慣れていかなきゃいけないかもしれない。


 ライラは、王様やフィレルに囲まれて幸せそう。近くにレヴァリアやグスフェルスも来ていて、仲良く過ごしている。

 あそこは放っておくと、今晩だけじゃなくて明日も明後日も、可能な限りの時間を使って一緒に過ごしそうだ。

 でもまあ、滅多にない機会なんだし、意味もなく引き離す必要はないからね。

 このまま楽しんでもらいましょう。


 ミストラルは、スレイグスタ老とアシェルさんのお世話をしていた。

 こういうときにもしっかりと働くミストラルは、さすがだなぁ、と思っちゃう。

 というか、僕が敗北することを確信していて、ああしてみんなは思い思いの場所で今晩を過ごそうとしているんですね。

 みんな、ごめんなさい。


 ミストラルにお世話されているスレイグスタ老は、どうやらやっと「待て」が解除されたみたいだね。ミストラルに毛繕けづくろいをしてもらったり、お肉を食べたりしている。

 古代種の竜族の周りには、ミストラル以外にも人影が見えた。ミストラルの母親のコーネリアさんとか、ユーリィおばあちゃんやジャバラヤン様。他にも、竜人族の女性や耳長族の女性。

 おす嫌いなアシェルさんが居るせいで、男はひとりも居ません。と思考したら、遠いのにアシェルさんから睨まれた。


 プリシアちゃんを筆頭としたちびっ子の姿はない。

 うたげの真っ最中ではあるけど、夜中だからね。きっとお母さんに「そろそろ寝なさい」としかられて、渋々と寝床に入ったんじゃないかな。


 他にも、各所で飲み食いをする者や寛ぐお客さんがたくさん見受けられた。

 だけど、騒ぐみんなのなかにルイセイネの姿だけは確認できなかった。

 それもそのはず。

 ルイセイネは、舞台の上に居た。ルイセイネだけじゃない。同じ巫女のキーリとイネア、他にも聖職者の皆さんが、舞台で夜神楽よかぐらを舞っていた。


 キーリとイネアには、申し訳ないことをしたかもしれない。

 巫女である二人は、リステアの奥さんではあるんだけど、この盛大な宴には参加できない。

 聖職者は、華やいだ宴や祭になどにはお客さんとして参加はできないからね。

 僕たちの結婚の儀を裏からしっかりと支えてくれていたのは、聖職者の方々だ。

 現在も聖職者の人たちが、女神様が僕たちを見守ってくださいますように、と夜神楽を奉納ほうのうしてくれている。


 これは家族を代表して、しっかりと見届けなきゃね。ということで、僕は舞台の方へと歩いていく。

 すると会場の一箇所にだけ、異質な空間が出来上がっていた。


「……ごめんなさい。せっかく来ていただいたというのに、これまで挨拶もしなくて」

「エルネアは気にすることないの。エルネアが寝ている間に、綺麗なお嫁さんたちから挨拶されたの」

「それでも、遅い挨拶ですよね」


 本当は、夜神楽をしっかりと観たいんだけど。こちらもいい加減、放置はしていられない。

 僕が進路を変えて向かった先は、謎の集団の区画だった。


 僕と最初に言葉を交わしたのは、禁領で出逢ったミシェイラちゃん。彼女と褐色かっしょくの肌の耳長族の家族は知っている。

 だけど、他の人たちは初めて見る人ばかりだった。


 ナザリアさん一家は、席に着いて寛ぎながら談笑したり夜神楽を観ている四人の女性のお世話をしていた。

 しかし、この区画にいる人たちは、ナザリアさん一家と、席に座る不思議な四人だけではない。他にも八人の女性がこの謎の区画には居て、飲み物を運んだり食べ物を補充したりと働いていた。

 耳の長い人、見た目は僕たちのような普通の人、獣顔の人、あと、背中に翼の生えている人がいる。

 多種多様な種族の人たちが、四人の女性のために働いていた。


 そして、お世話をされているミシェイラちゃんと一緒に机を囲んでいる人物は三人。

 ひとりは、魔女さんのように色素の薄い女の子。とはいっても頬にしゅがさしていたり、唇が桃色だったり、瞳が緑色だったりと、魔女さんよりかは色がある。

 女の子は、ミシェイラちゃんと同じくらいの年頃かな?

 ルイセイネの晴れ着にどことなく似た装束を着ていた。

 ううん、どちらかというと、ルイセイネよりもジャバラヤン様の衣装に似ているかな?

 でも、ジャバラヤン様のものよりもさらに古めかしい柄のような感じがする。


 もう少し詳しく観てみると、実は他の人も同じような、今風ではない衣装だと気づく。

 どうも、ジャバラヤン様の衣装に似ているというよりかは、別の地域の衣装なのか、古来よりの柄なのかもしれない。


 ミシェイラちゃんと女の子の他に、あと二人が席に着いていた。

 最初は姉妹かと思っちゃった。だって、同じ紫色の髪なんだもの。だけど、顔立ちも髪の色合いも違う。というか、ひとりの頭からは、つのが二本生えていた。


 耳の上の辺りから、曲がりくねった角が前に向けて伸びている。

 まるで竜族のそれのような女性の角は、綺麗な顔立ちには似つかわしくない。

 若いような、妙齢のような、まるで精霊のように年齢不詳の容姿。

 そして、地面にらされた髪はとても長い。きっと、立ち上がっても髪は地面についたままなんじゃないのかな?

 というか、身長の何倍かはありそうだ。

 長い髪は、芝生の上に紫色の川を創り出していた。


「素敵な儀式でした。貴方は多くの種族、多くの者たちに愛されていますね」

「あ、ありがとうございます」


 つい、見惚れてしまっていたらしい。

 優しい笑みを向けられて、慌てた僕は笑顔で誤魔化す。

 角付きの女性は、お酒よりも食欲優先らしい。

 お世話をする人たちが運んでくる食べ物を、美味しそうに食べている。

 いったい、あの細い身体のどこに収まっているのでしょうか……


 角付きの女性と挨拶を交わした僕は、次にもうひとりの紫髪の女性に向き直った。


 こちらの女性の髪は、背中で綺麗に切りそろえられている。

 ふわりと柔らかそうな角付きの女性の髪質とは違い、さらさらとした絹糸のような感じだ。

 そして、この女性には角はない。代わりに、綺麗な赤色の額飾ひたいかざりをつけていた。

 こちらの女性は、食い気よりもお酒らしい。とはいっても唇を湿らせる程度で、上品に飲んでいる。

 柔らかな物腰だけど、隙がない。

 きっと、只者ではないはずだ。


 額飾りの女性とも挨拶を交わすと、すうっと立ち上がったのは色素の薄い女の子だった。


「ずっと見ていました。貴方は素敵な出逢いとたゆまぬ努力をしてきた立派な方です」

「きょ、恐縮です……」


 ずっと見てきたって、今日のことだよね?

 なのに、僕のこれまでの過去を評価するような言葉に戸惑っちゃう。

 ああ、そうか。

 京劇を観たんだよね。でも、あれは誇張された、お客さんを喜ばせるための演出だから。


「ふふふ、そうじゃないのですよ」

「あっ……」


 心を読まれちゃった。

 ミシェイラちゃんの知り合いらしいし、まあそれくらいはできちゃうのかな。

 と思い、女の子を見た。


 緑色の瞳が大きな、可憐かれんな女の子。

 白いお肌は、どちらかというと病的な白さかもしれない。

 でも、瞳には強い生命力が感じられて……。と、気付いたときにはすでに、引き込まれていた。

 女の子の瞳から視線を逸らすことができない。

 風景が収束する。

 ぼんやりと認識していた周りの景色が線状に伸びて、女の子の瞳に吸い込まれていく。

 そして、僕の意識も読み込まれてしまっていた。





 最初は、まだ酔っ払っているのかと思った。

 きっと、酔っ払っていることには違いない。

 だけど、これは夢でもまぼろしでもない。


 気づくと、僕は天も地もない純白の世界に立っていた。

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