ランさん救出大作戦

 僕とミストラルとルイセイネ。ユフィーリアとニーナとプリシアちゃん。それだけじゃない。耳長族の戦士たち。そして、剛王と側近の人たち。

 多様な種族を交えた集団は、ランさんが封印されているという泉に向かって駆けていた。


「我に力を。術で道を拓く」


 迷いの術を転化させると、目的地へと最短距離で向かえるらしい。

 ユンさんの言葉に従い、僕たちは力を送り込む。

 だけど、やはりこの場にライラが居ないせいか、ユンさんは万全の力を発揮できないみたい。


「本来なら、すぐに目的地へとたどり着くのだが」

「だけど、森を直接走って向かうよりかは早く着くよっ」


 先頭を走るのはリンさんだ。


 リンさんは、耳長族にさえランさんが封印されているという泉の場所を話していなかった。なので、リンさんの案内無しではたどり着けない。


 華奢きゃしゃな身体を大きく動かし、全力で走るリンさん。

 僕たちも並んで走っていると、風景が細切れのように切り替わっていく。

 でも、進みが遅い。


「エルネア。リンと耳長族を連れて先行しなさい。こちらは巨人族と一緒に、ユンと後を追うわ」

「うん、わかった!」


 やはり、空間跳躍を使える僕や耳長族と、大地を駆ける巨人族たちとでは進む速さが違ってしまう。

 剛王たちは種族間のいざこざを抜きにして妖魔を倒すと参戦してくれたけど、彼らの速さに合わせていると、どうしても進みが鈍くなってしまっていた。


「リンの気配なら追える。先行してくれ」


 ユンさんの言葉に頷くと、空間跳躍を使える者たちだけで先を急ぐ。

 リンさんは賢者と呼ばれるだけあって、空間跳躍の飛距離も段違い。

 僕や耳長族の戦士たちは、リンさんから遅れないようにと、必死についていく。

 リンさんの次に速いのは、どうやらカーリーさんのようだ。

 大森林に住む耳長族よりも巧みに、樹の枝から枝へと飛び移っていく。


 竜の森の耳長族であるカーリーさんは、確認するまでもなくランさんの救出に出てくれた。

 それだけじゃない。

 飛竜騎士団もまた、空から向かってくれていた。

 ただし、ユンさんが迷いの術を改めた導きの精霊術を行使したせいか、僕たちの頭上には見えない。おそらく、迷わないようにユンさんたちの進む速度に合わせて向かってきてくれているに違いない。


 なにはともあれ、即座に向かえる戦力だけで先ずは急行し、妖魔バリドゥラの動きを止めなきゃいけない。


 導きの精霊術は、リンさんも使えた。

 すると、消費される力はユンさんに向けるものと合わせて二倍になり、さらにミストラルたちとも距離が離れたことで、僕への負担が相当きていた。


 うぬぬ。

 これじゃあ、たどり着いても僕は戦力にならないかもしれない。

 ああ、それでも良いのか。

 今は僕だけじゃない。

 カーリーさんや耳長族の戦士たちがいる。

 彼らの力を頼っても良いんだよね。


 空間跳躍を駆使するごとに、景色が変わっていく。それと同時に、なにやら禍々まがまがしい気配を感じ取り始めていた。


「これほどの妖気は、森の西でも感じたことがない……」


 そういえば、大森林に住む耳長族の人たちは、森の西側をどう思っているんだろう。

 人族が開拓を進めているけど、魔物や妖魔の騒ぎはあっても、耳長族からの妨害にあったという話は聞いたことがないよね。

 ランさんの件が片付いたら、質問してみよう。


 小高くなった丘を、小川に沿って下る。

 すると、樹々の先から今まで以上に黒く気持ちの悪い気配が漂ってきた。


「気をつけて。居るよっ」


 リンさんの忠告が飛ぶ。それと同時に、樹の陰からうねうねと触手が伸びて襲ってきた。

 耳長族の戦士たちは、瞬時に散開する。そして、ある者は弓矢を構え、ある者は精霊術を行使する。


 耳長族が精霊を使役する以前から、この場には精霊たちが集まりだしていた。

 どうやら、ランさんも精霊に愛されているらしい。

 集まっていた精霊たちは、自主的に不気味な触手へと攻撃をしていた。だけど、たいした効果はないみたい。

 精霊力を纏った旋風が、触手を切り落とそうとする。大地が隆起し、樹々が触手の道を塞ぐ。

 だけど、どれも劇的な効果は出ない。


 もしかして、精霊の力に強い抵抗力を持っているのかな?

 僕の悪い予感は的中してしまう。

 耳長族たちが、自分たちだけで妖魔を倒す、と意気込んで放った炎や風や氷は、ことごとくが妖魔の表皮に跳ね返されてしまう。

 見た目はうねうねとした軟体だけど、どうやら表面はとても硬く頑丈そうだ。


「それならっ」


 カーリーさんは、迫る触手には目もくれず、妖魔の本体があるはずの森の先へと消える。

 僕たちも後を追う。


「で、でかいっ」


 そして見た、大妖魔バリドゥラ。

 小さいとは言えないくらいの大きさの泉に、覆いかぶさるようにして浮遊する不気味な生物は、ぶくぶくと太った身体に無数の青い目を持つ、形容しがたい姿をしていた。

 バリドゥラは複数の瞳で、空間跳躍をしてきた僕たちの場所を瞬時に確認する。そして、触手を伸ばしてきた。


「うわっ」

『気をつけて。絡め取られたら消化されちゃう』

『捕まったら、養分にされちゃう』

『早くしないと、汚染されちゃうよっ』


 精霊たちが口々に警告を発する。

 見ると、触手がった跡は土も草木も全てが干からびていた。


 触れるもの全てを養分として取り込んじゃうのか!?


 耳長族の戦士たちは精霊の忠告に従って、触手へは剣や槍での直接攻撃を控える。

 どうせ触手に攻撃しても、硬い表皮に弾かれるだけだ、と早々に判断したのか、耳長族の戦士たちは空間跳躍で素早く移動しながら、妖魔の本体にびっしりと見える無数の目を矢や精霊術で狙いだした。

 だけど、百の目は伊達じゃなかった。

 素早く空間跳躍をしても、すぐに場所を特定されてしまう。更に、相手の狙いを正確に見つめ定めると、思わぬ行動に出た。

 ずぶり、と気持ちの悪い音を発しながら、矢や精霊術に狙われた瞳が体の奥へと沈んで消える。すると、本体の表面も硬いのか、耳長族の攻撃は弾かれて意味をなさない。


「ぐぬっ。手強い」


 しかも、どうやら狡猾こうかつな頭脳も持っているようだ。

 両手の先が大鎌になっているけど、耳長族や精霊たちは攻撃範囲に入ってこない。狙って触手を繰り出しても回避される。そう判断したのか、無軌道に触手を振り回し始めた。

 滅茶苦茶に振り回す触手は、何十本とある。

 僕らはまともに妖魔の本体へと攻撃することもできずに、いったん距離を取った。


「これは……。どうにかして、動きを押さえ込まないと!」


 リンさんが目的地に着いたおかげで、導きの精霊術で消費されていた僕の負担は和らぐ。だけどユンさんがまだ案内中ということもあり、全力が出せない。

 さて、どうしたものか、と改めて妖魔を観察した。


 妖魔は僕たちが離れたあとも、うねうねと触手と両手の大鎌を動かして警戒している。

 それと、触手は僕たちに向かって放たれていたものだけではないようだ。覆いかぶさった泉の底に向けても伸ばされていた。

 触手に触れた水はにごり、臭そうな水蒸気を放っていた。


「このままでは、ランが……」


 案内してきたものの、力を出せずに見ているだけしかできないリンさんが、顔面蒼白で泉の奥を見つめていた。

 僕も泉の奥底へと意識を集中させてみる。でも、なんの気配も感じ取れなかった。


 大森林の耳長族たちから賢者と讃えられたリンさんが施した封印だ。探った程度では見つけられないほど厳重なものなのかもしれない。

 きっと、他の耳長族の戦士たちも、この泉の底にランさんが封印されているなんて微塵も感じ取れていないはずだ。

 でも、それを見つけた大妖魔バリドゥラ。

 油断していては、遅れをとってしまう。


 僕は白剣と霊樹の木刀を抜き放つ。

 とはいえ、触れるものから全てを奪うような能力だ。たとえ白剣や霊樹の木刀といえども、気安く剣を振るうわけにはいかない。

 なら、遠隔攻撃かな?


 白剣のつばに埋め込まれた宝玉に力を流し込みながら、竜剣舞を舞う。

 なぜこの場で演舞を、と疑念の瞳を向ける耳長族の戦士たち。だけど、僕から漂う気配や精霊たちのざわめきを感じ取ったのか、無用な質問を口にするような人はいなかった。


「気をつけろ。こちらの動きに妖魔が気づいた。襲ってくるぞ!」


 カーリーさんが叫ぶ。

 妖魔も、僕の只ならぬ様子に敵意を集中させてきた。

 十本以上の触手が、一斉にこちらへと向かって伸びてくる。


「うわっ」


 妖魔との距離があるからといって、悠長に竜剣舞なんて舞っている暇はないみたい。

 触手は見た目以上に伸びるのか、距離があったはずなのに、こちらへと届いた。そしてまた、狙いを定めることなく振り回す。


 空間跳躍で逃げる。そして竜剣舞の続きを舞う。

 だけど、舞えない!


 やはり僕が飛んだ先を瞬時に把握する妖魔は、残っていた触手を容赦なく繰り出す。


「くうっ、これじゃあ、竜剣舞をまともに舞えないよっ」


 ただでさえ、ユンさんに力を割いている現状だ。集中して舞わないと、嵐の竜術どころか雷撃さえ放てない。


 こうなったら、作戦変更だ!


 僕は両手の武器を腰に納めると、竜気を手に直接集める。全身を巡った竜気は僕の手から放出され、竜槍りゅうそうに変化する。

 濃いかすみが濃縮されて形取られた竜槍を完成させると、躊躇ためらうことなくバリドゥラに放つ。

 緑色の尾を引き、高速で飛ぶ竜槍。


 だけどバリドゥラは、またしても百の目でこちらの動きを感知し、本体の周りに素早く触手の壁を築く。

 竜槍は勢いよく、触手の壁へと激突する。

 ずうんっ、と重い響きと同時に、大爆発が起きた。


「エルネアの竜術も防がれるか……」


 カーリーさんが苦々しい表情で言う。

 僕はそれに首を振りながら、たて続けに竜槍をバリドゥラに向かって放ち続けた。


「ううん、違うよ。今はバリドゥラを倒すことが最優先じゃないんだ。どうにかして、バリドゥラを泉の上から引き剥がすのが先決だよっ」


 そう。このままでは、泉の底に封印されているランさんの身が危ない。妖魔バリドゥラは、僕たちと交戦しながらも泉への侵食を続けているんだ。


 竜槍の連撃を受けたバリドゥラは、爆発の威力と竜槍そのものの突進力で、本体ごと身体が流れていた。


「そうか! 全員、エルネアと同じ方向に火力を集中させろっ!」


 カーリーさんが指示を飛ばす。

 連携しつつも、四方八方から攻撃していた耳長族の戦士や精霊たちが、僕に合わせて攻撃しだす。


『ぎいいぃぃぃぃぃぃっっ』


 どこに口があるのかわからないけど、バリドゥラが不愉快な奇声をあげた。


「いいぞっ。奴が動かされている。それと同時に、泉から触手が浮き始めている!」


 バリドゥラは、泉に覆いかぶさるようにして浮遊していた。

 浮いてるだけで、どこかに固定されていたわけじゃない。そのせいか、攻撃を一点に集中させたことによって、バリドゥラは身体を泳がせて、泉の上から引き剥がされそうになっていた。


「このまま……っ!?」


 押し込めば、泉の上から完全に引き剥がせる。誰もがそう思った。

 だけど……!


 宙に浮いていたバリドゥラは、壁を成している部位以外の触手を地面に伸ばす。そして、くさびのように大地に突き立てると、身体を固定してしまう。


「ちいっ。小賢しい。お前ら、地面に刺さった触手を攻撃しろ!」


 耳長族の戦士の代表が叫ぶ。

 でも、生半可な攻撃じゃ通用しない。

 どうすれば!?


 攻撃しあぐねる耳長族の戦士。

 焦る僕たち。

 悲壮感を漂わせるリンさん。


 そこへ、銀に近い金色の閃光がきらめいた。


「はあっ!」


 美しい残像の尾を流星のように長く伸ばした女性。ミストラルが、漆黒の片手棍をバリドゥラの触手へと容赦なく振り下ろす。

 ぐしゃんっ、と盛大に体液をぶちまけながら、バリドゥラの触手が五本まとめて圧壊した。


「お待たせしました!」

「ルイセイネ! それに、みんなも!!」


 森の奥から現れたのは、後発組のみんなだった。

 全員が戦意を漲らせ、バリドゥラと対峙する。

 ひと足先に到着したミストラルは、圧倒的な破壊力をもって地面に刺さったバリドゥラの触手を粉砕しまくっていた。


「うわぁ……」


 古代種の竜族であるスレイグスタ老の鱗さえ粉砕する一撃だ。妖魔の表皮がどんなに固かろうと、ミストラルの前では意味をなさない。

 僕だけじゃなく、耳長族の戦士や巨人族も、竜人族の竜姫の戦闘力に度肝を抜かれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る