戦士の試練

 ルイセイネとライラのこと、プリシアちゃんとニーミアのこと。それ以外にも色々と根掘り葉掘り聞かれた僕は、共同の朝食の時間がそろそろ終わるという頃に、ようやく解放された。


 ミストラルとコーネリアさんはいつの間にか家を出ていて、僕とアスクレスさんが外に出ると、すでにみんなで楽しく食事をしていた。


「こりゃあいかん、話し込みすぎた。もうきっと、余り物しかないだろうな。婿殿、急ごうか」


 ミストラルの村の食事は基本的に共同で摂る。とはいっても人数分をきちんと準備しているわけじゃなくて、何種類もの料理を準備し、その中から好きなものを好きなだけとる、という形なんだ。だから食事時間に遅れると、余り物だけだったり、下手をすると殆ど残っていない、という場合もある。


 朝食時間に出遅れた僕とアスクレスさんは、急いで長屋の共同厨房前に向かう。

 しかし、そこで悲劇は起きた。


「やっと出てきたか。仕事だ」


 僕は在ろう事か、ザンに捕まってしまった。


「はい? 仕事ってなに。というか、ご飯食べさせて?」


 首根っこを掴まれ、猫のように持ち上げられた僕は、同じ高さになったザンの顔を恨めしそうに見つめる。


「時間に遅れるお前が悪い。アスクレスさん、こいつは貰っていきます」

「そう言えば、今年は人族の飛竜狩りの影響で早めに実施するんだったな。仕方ない」


 謎の会話のやり取りをして、アスクレスさんは僕を見捨てて長屋の方へと歩いて行く。


 ええっと、状況がわからない上に空腹です。せめて朝食を摂ってからにして欲しいんだけど。という視線をザンに送ったけど、無視された。


「ニーミア、さっき話した場所に、俺たちを連れて行ってほしい」

「わかったにゃん」


 僕の視線なんて眼中にないザンは、ニーミアを捕まえてなにやら指示を出す。

 ニーミアも了解しているらしく、にゃおんとひと鳴きすると、巨大化した。


「ニーミア助けて。せめてご飯を食べてからにして」

「駄目にゃん。急ぐのにゃん」

「ぐうう」


 ニーミアの裏切り者。僕のお願いよりも、ザンの言う事を聞くんだね。


「仕方ないにゃん。そうしないとおやつが貰えないにゃん」


 おやつの欲望に負ける、僕とニーミアの関係ってなにさ。


 全く状況を掴めないまま、僕はザンによってニーミアの背中へと運ばれる。


「わたくしも行きますね」

「エルネア様とルイセイネ様を二人だけにするわけにはいきませんわ」

「んんっと、プリシアも行く」


 僕の知らないところで、なにやら色々と話は進んでいたみたい。仕事だという割には、ザンはルイセイネとライラ、それにプリシアちゃんが同行する事を黙認していた。


「油断はしないで。行ってらっしゃい」


 ニーミアの顔を撫でながら、ミストラルが見送る。


「わたしはこれから少しの間村を離れるから、みんなで仲良くね」

「さっき話していた、花嫁修行?」

「ええ、そうよ。しきたりだから仕方がないの」


 少し困った様子のミストラルを、ニーミアの背中の上から見下ろす僕たち。


「あれはかなり精神的にくるらしいな。だが、お前のことだ。逃げ出すようなことはないんだろう」

「ええ、承知の上よ。きちんと笑顔で戻って来てみせるわ」


 ザンも、花嫁修行のことを知っているみたい。ミストラルと含みのある言葉を交わすと、ザンはニーミアに指示を飛ばす。

 そして僕は何もわからないまま、村の人たちに見送られて、竜峰の空へと上がった。


「ザンもミストラルの花嫁修行を知っているんだね?」

「ふん、あれはそんなに優しいものではない。あれを乗り切れずに、結婚を諦めた者も多いと聞くからな」

「竜人族の花嫁修行って、そんなに厳しいの?」

「正確には、花嫁修行ではないんだが。まあ、辛いらしいな」

「どんな内容なの?」


 興味本位で聞いてみたけど、ザンは僕を見つめるだけで、答えてはくれなかった。


「エルネア君は、今は自分のお仕事のことに集中した方が良いですよ」

「そうですわ、私たちはミストラル様を信じて待つだけですわ」


 どうやら、ルイセイネとライラも知っているような雰囲気だよ。僕には秘密で、他の人は知っている修行って何なんだろう。という疑問が凄くあるけど、今は別の疑問の方が問題なのかも。


「それじゃあ、僕の今からの仕事ってなに?」


 ミストラルのことも気になるけど、自分に与えられる仕事に目を向けないとね。

 竜峰の空を優雅に飛ぶニーミアの背中の上で、ザンやルイセイネを見つめる僕。


 ま、まさか。これも秘密だなんて言わないよね!?

 黙して僕を見つめ返すみんなの視線に、僕はたじろいだ。


「んんっと、戦士の護衛なんだって」

「ええっと、それってどういう意味?」


 僕の膝上に移動してきたプリシアちゃんに聞き返す。だけどプリシアちゃんは、自分が言った言葉の意味は理解していなかったみたい。僕と一緒に小首を傾げる姿に、ルイセイネとライラが微笑む。


「今日これから、竜峰中の戦士を目指す竜人族の人たちが集まって、試練が科せられるそうですわ」

「ですが危険なので、各村から護衛が出るらしいのです。エルネア君は、その護衛役みたいですよ」

「えぇっ! それって、僕に務まるのかな!?」


 ついこの間、竜峰に入ったばかりの僕。ひとり旅では散々な目にあったし、ミストラルの村の戦士の中でも、たぶん僕は強い方じゃない。試合ったことがないから、戦士の人の戦いを見ての感想だけどね。その僕が、戦士を目指しているという竜人族の人の護衛なんて務まるのだろうか。


「少し誤解がある」


 ルイセイネとライラの説明を受けて顔を青くしていた僕に、ザンが補足を入れる。


「村から出る護衛役担当は俺だ。お前は半分試練に参加しつつ、周りにも気を配れ。ほぼ女どもの護衛役になると思うがな」

「それってつまり?」

「竜人族の戦士になる為の試練に参加にゃん」

「護衛を兼ねますわ」

「わたくしたちも試練に参加しますので、至らない場合は守っていただくことになりますね」

「お仕事いっぱいだね」


 ぐうう、なんという試練でしょう。


 竜峰の村の外は本当に危険なんだ。強い魔物は出るし、魔獣だって跋扈ばっこしている。竜族は至る所に巣を作っていて、縄張りに入れば容赦なく襲ってくるような竜も居る。そんな危険な世界で戦士を目指す人たちの試練が、簡単なはずがない。


 なのに僕はその試練に参加しつつ、他の戦士を目指している人たちの護衛をし、更にルイセイネとライラを守らなきゃいけない。

 どんだけ難易度の高い試練なんですか!


 口をあんぐりと開けて愕然あぜんとしている僕の肩に、ザンが手をかける。


「誰かを守ること、指導することで自身が学ぶこともある。お前はもう竜峰をひとりで歩ける程度には実力があるんだ。それを自覚しろ」


 ザンの言っていることはわかる。僕に今足りないのは、自信と自覚。

 ジルドさんから竜宝玉を受け継ぎ、竜王を継承した。八大竜王という凄い称号なんだ。そしてそれに見合うだけの竜力を手に入れ、竜人族の人たちからも認められている。


 だけど、どうなんだろう。と思う時があるんだよね。


 竜王という称号がどれほど凄いのか、ということに実感を持てていない。

 セスタリニースや他の竜王はとても気さくな人たちだし、村の人も親切で身内のように接してくれる。だから僕が持つ竜王という称号は、竜峰の人たちに認められる為にお飾り的に与えられたものなんじゃないか、と思う時がある。


 もちろんジルドさんの試練は厳しかったし、そのジルドさんが大切に守り続けてきた称号を受け継いだという誇りはある。でもどうしても、ふとした瞬間にそう思ってしまうことがあるんだ。


 そして、力を手に入れたけど実際の実力が上がったわけじゃないから、実戦経験豊富な竜人族の戦士の人たちの訓練風景を見ていると、僕は彼らに敵わないだろうな、とつい思ってしまう。

 魔族のルイララにだって剣術勝負でなんとか勝てただけだし、泉に現れた黒甲冑の魔剣使いには、結局一太刀も与えていない。


 僕以外に何人もの竜王がいて、僕が直接憧れられるような存在ではない。勇者のリステアのように、周りから称賛され憧れられることもなく、大した実績もないし、実力を実感できるだけの経験もない。


 だから僕は、竜王だという自覚をなかなか持てずに、それが自信につながっていないんだ、と自己分析をしていた。


「本当は凄いことにゃん。自慢していいにゃん」

「そうなのかなぁ」


 さすがに自慢する気は起きないんだけど、もう少し自分自身を認めても良いのかもしれない。

 その為には、今回の試練をきちんとやり遂げることが先決なのかな。試練を失敗して自信と自覚なんて付くわけないしね。


 よし、やる気が出てきたよ!


「エルネア様、頑張ってくださいませ」

「いやいやいや。ライラも試練に参加するなら、君も頑張らなきゃいけないんだよ」

「そうですよ、ライラさん。試練に失敗したら、エルネア君の足手まといと判断して置いて行きますからね」

「はわわっ。酷いですわ、ルイセイネ様」

「ルイセイネも、無理しない程度に頑張ってね」

「はい。戦巫女の職に恥じないように、頑張ります」

「ルイセイネ様こそ、試練失敗の際には神殿に戻ってもらいますわ」

「あらあらまあまあ、それは困りました」


 何気に火花を散らすルイセイネとライラから視線を外すと、プリシアちゃんが僕を見上げていた。


「あのね、プリシアとニーミアを守ってね?」

「プリシアちゃんも参加するの!?」


 僕はてっきり、プリシアちゃんはニーミアについて来ただけで、目的地に辿り着いたらニーミアと帰るものだと思っていたよ。


「今のお前なら、小娘を守るくらいの足枷は必要だろう」


 どうやらザンも了承済みらしい。


 仕方ない。僕だけじゃあ不安もあるし、アレスちゃんにつきっきりになってもらおう。


「おさんぽおさんぽ」

「いや、お散歩じゃないからね。試練なんだからね」


 アレスちゃんを呼び出すと、プリシアちゃんは嬉しそうに飛び跳ねる。

 巨体のニーミアの背中だとしても、飛び跳ねるのは危険だから辞めようね。

 僕はプリシアちゃんとアレスちゃんを抱き寄せる。

 そしてザンに、残りの疑問を質問した。


「戦士になる為の試練がこれからあるんだよね?」

「そうだ」

「村で、人族の飛竜狩りの影響でって言ってたけど、どういうこと?」


 今年の夏。もうそろそろだね。アームアード王国王都の北部に広がる飛竜の狩場では、精鋭による飛竜狩りが行われる予定なんだ。

 でもそれが、竜人族の戦士になる試練にどう影響してくるんだろう?


 僕の疑問に、ザンは苦笑する。


「飛竜狩りか。いい迷惑なんだがな」


 どうやら人族の飛竜狩りは、竜人族にはこころよく思われていないみたい。


「お前たちが飛竜狩りを行うと、ろくなことが起きない」

「むむむ、そうなの?」

「考えてもみろ。お前たちが普段狩りをする場所に来たら、逆に自分たちを狙う不届き者がいたとする。それを快く思う者はいるか? 襲ってきた者がいる、と怒りが湧いてくるだろう」

「うん、まさにその通りだね」

「腹が立ったら、お前はどうする?」

「ううん、気を紛らわす為に、散歩するかな?」

「お前に聞いた俺が馬鹿だった……」

「腹が立ったり怒りが収まらない時は、暴れますわ。そういう人をずっと見てきたからわかりますわ」


 自分で言っておいて、ライラは少し気落ちして項垂れる。

 過去のことを思い出して、辛くなったんだね。


「ライラの言う通りだ。鬱憤うっぷんを晴らすのには、暴れるのが手っ取り早い。それが凶暴な飛竜なら、尚更だろう」


 そうか、そうだよね。普通は暴れたりして、気を紛らわせるよね。


「ここまで言えば、わかるだろう」


 後は自分で考えろ、とザンはそれ以上は何も言わなかった。

 でも、僕にもさすがにわかったよ。


 餌を取りに来た飛竜が、逆に襲われる。怒り腹を立てた飛竜は、竜峰に帰っても暴れるだろうね。中には王都に襲来する奴も居るだろうけど、竜峰で暴れる者もいる。

 すると、竜峰はより一層危険な場所になってしまう。

 一人前の戦士や村の中で守護されている人には影響が少ないかもしれないけど、戦士を目指して試練を受けようとしている竜人族には、まだまだ危険すぎるんだ。

 だから、夏になって飛竜が暴れ出す前に、竜人族は戦士の試練を開始するに違いない。


 人族の飛竜狩りがこんなところに影響しているなんて、知らなかったよ。


 今でも竜騎士にはあこがれがある。だから飛竜狩りに参加する人たちがうらやましいし、頑張ってほしいとも思う。

 でもそれと同時に、暴君と知り合った今、飛竜に被害が及んでほしくないと思うし、竜峰に住まう者たちに迷惑が出ていて申し訳ないとも思った。


 人族と竜峰のことを知った今の僕に、お互いの影響と関係について、何か貢献できることはないだろうか。

 そして僕はみんなを守りつつ、試練をやり遂げられるだろうか。

 複雑な想いと気持ちを抱えたまま、僕はニーミアの背中に乗って、試練が行われる場所へと向かう。


 前途多難なような気がするけど。でもその前に。


「お腹すいたなぁ」


 ぐうぐうと、僕のお腹は悲鳴をあげていた。

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